BLUE COMPASS
新井 伊津
第1話
ビルが乱立する街は巨大な森みたいだと
「チーフ、ここも変更したほうがいいですか?」
海都の質問に、隣の席のチーフは答えず、向かいに腰掛ける別の社員に話しかける。
「あー、
海都の苗字は
「ふっざけんなよ!」
顧客とのアポイントメントを終えた昼休憩。カラオケ店に持ち込んだサンドイッチとコーヒーを昼食にしながら大声で毒づく。仕事休憩でカラオケ店に入ったのは初めてだが、どれだけ叫んでもすっきりしない。
感情的になるなだの何だの、偉そうに人に説教したくせに、自分のやっていることは感情的でないとでも言うのか――という言葉は口に出さず、食パンとレタスを一緒にかっこむ。よく噛んだつもりなのに胸につっかえている気がする。
流し込むために飲んだコーヒーも余計に胸を重苦しくしただけだった。
あからさまな態度を取るチーフも、チーフがいないところでこっそりとフォローしてくる同期も、何もかもが疎ましい。
会社に帰りたくないがそうもいかないので、両頬を叩いて気合いを入れる。一曲も歌っていない。カッターシャツとスラックスに煙草の残り香が移るのもどうでもよかった。隣から聴こえてくる陽気なラップ曲に海都は小さく舌打ちした。
自動精算機には、平日だというのに若者のグループが数組並んでいる。夏休み中の大学生だろうか。赤い髪の女の子が「一回生は
「あー……馬鹿ばっか」
誰にも聞こえないように呟く。一向に進まない列にいらいらしていると、自動ドアのそばのラックが目についた。無料の求人情報誌のようだ。列の状況を見て、しばらく動かないだろうと判断してラックを目指した。求人情報誌を何冊か手に取る。クーポンマガジンはスルーし、一番下の段に行きつくと、見慣れない雑誌があった。厚みはクーポンマガジンと同じくらいだが、しっかりした紙で、より「本」らしかった。
表紙には、海の底だろうか、青い水底のような場所に建ち並ぶビル群がCGで描かれている。生き物のいない、静かで密やかな海底都市。そんなイラストがこの場所にあるのがひどく不釣り合いに思えた。
白抜きでいくつか文字が書かれている。左上には大きめに『BLUE COMPASS 夏号』、右下には小さめに「特集 大阪リラクゼーション/夏色カフェ/水都ファッションリレー」。どれも表紙イラストに似合わない言葉だが、この海底都市なら何でも受け入れてくれそうな気がした。
仕事を終え、
シャワーを浴び、Tシャツとスウェットパンツ姿でベッドに寝転び求人情報誌を開く。捲れど捲れど何も頭に入らない。ため息をつき、『BLUE COMPASS』を開いた。なんとなく持って帰ってしまったのだ。目を通していくと、若者向けのタウン情報誌だった。ありがちな内容だと思ったが紹介されている店へのインタビューなどが丁寧で興味深くじっくり読んでしまった。一番最後のページへ辿り着く。そして、末尾の三行を何回も読み返す。
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