2章11 『Bitterness supplements』 ④


「――あたしが思ったのはね。さっきも言ったけど、あいつがマトモだったらあんなことするわけないってことね」


「好きになったり、告白したりしないってことですか?」


「うん。周りに合わせてそういうフリをするにしても、いくらなんでもあそこまでしないと思うの。あたしはあいつのこと世界一キライだけど、あいつもあたしのことキライだし」


「ふむ……。仮に不思議現象と関係なく普通に好きになったとしても、付き合ってると思い込むわけはないと」


「そーね。あいつってば頭おかしいけど、そういう方向じゃないし」


「なるほど。だから、七海ちゃんは――」


「世界全体の認識が改変されちゃうとかって不思議パワーでもないと、あいつがあたしのこと好きになるはずがない」


「――そう思ったわけですね。よくわかりました」



 希咲の説明に望莱は頷き、必要な質問をしていく。



「でも、『キモ告は“もう”しないで』ってさっき言いましたよね? その言い方からすると以前にもされたことあるんですか?」


「あぁ……、うん……」



 七海ちゃんはとってもビミョーな顏になった。



「前に通話した時にしてきたのよ」


「それなら今回もそれの可能性があるんじゃないですか?」


「うーん……」



 望莱の反論を受けて、希咲は宙空に目線を遣って言葉を探す。



「……前のとはちょっと違ったのよね」


「と言いますと?」


「前の時は、もう単純にあたしに嫌がらせをしたいって目的が見え見えで……」


「今回はそうじゃなくって、明確に好意が感じられたということですか?」


「それは……、うーん……、ぶっちゃけわかんない」


「わかんない?」



 曖昧な言葉に望莱は首を傾げる。


 希咲は苦笑いを浮かべながら説明を続けた。



「キモすぎたせいで好意かどうかは判断出来なかったんだけど、でもあいつの行動にはちゃんと目的みたいなのを感じたのよ」


「ただの嫌がらせとは違ったということですね」


「うん。多分『あたしと付き合うこと』――正確には『付き合ってるって認めさせること』なのかな? それを達成するって意思の強さがあって、だからこそ“ホンキさ”はスッゴク感じたの」


「なんかえっちですね」


「なんでよ! とにかく、あいつはガチだったと思うの」


「なるほど。ガチのキモ告ですか……」



 望莱は希咲の証言を吟味するように目を伏せて考え込んだ。



「あんたはそうじゃないって思うの?」


「うーん……?」



 今度は立場を変えて希咲が問うと、望莱もまた宙空から言葉を探した。



「わたしは『せんぱいの様子』から判断して、『そうじゃない』って思ったわけではないんです。それは実際にわたしが見たものではないですから」


「だからあたしの話を聞きたかったの?」


「はい。わたしが違和感を持ったのは、周囲の要素と言いますか、そういう状況証拠的なものからです」


「状況証拠?」



 希咲がパチリとまばたきをしたところで、望莱は真っ直ぐに画面から視線を向けてきた。



「はい。『せんぱいが七海ちゃんと付き合っていて、そして好きになる』、これが水無瀬先輩に纏わる不思議現象の一つだとすると、どうも違和感を拭えないんです」


「どういうこと?」


「まず、この現象ってなんで起こっているものでしたっけ?」


「えっと……、愛苗の存在が初めから無かったことになっても他の人たちに違和感を残さないため……?」


「はい。一応、そういうルールというか、共通点がありましたよね」



 弥堂たちほどの知識と理解はないが、彼女らもこれまでに起きたことから事態に対する理解がかなり正確なものに近づいていた。



「水無瀬先輩が居なくなる。最初からその存在をなかったことにする。その為に友人知人だけでなく、彼女の両親すら忘れてしまう」


「…………」


「そしてそれだけでなく、監視カメラの録画や学園の名簿などからもその痕跡が消えてしまう」


「え? 学園の名簿……?」


「はい。調べさせたら消えていました。入学の記録、その為の入金履歴、試験の記録など。水無瀬先輩の痕跡になるようなものは悉くが消えています。恐らく戸籍などもそうでしょう」


「人だけじゃなくって、物にまで影響するの……?」


「いいえ。恐らくですが書類の字やデータが勝手に消えるわけではなく、誰かがうっかり消してしまうんです。港の録画映像のように」


「なによそれ……」



 望莱の推論に、希咲の背筋がゾッとした。



「多分、人間の無意識の部分に何かしらの働きかけがあるのではないでしょうか」


「無意識の部分?」


「そうですね。例えば、紙にシャーペンでお絵描きをしてたとします。うっかり書き損じたら無意識に消しゴムに手が伸びますよね?」


「それが無意識の働きかけ?」


「いいえ。これは条件反射からくる無意識の行動です。字にしろ絵にしろ、わたしたちは小さい時から、書いて失敗したら消して直すという行動を繰り返しています。それこそ無意識に手が動くくらいに」


「えっと、じゃあ……?」


「これは無意識ではありますが、明確な自分自身の目的と意思がありますよね? 『絵をちゃんと描き上げる』もしくは『失敗を消す』という目的が。この『消す』という反射は『書く』という行動の中に組み込まれた一部なんです」


「つまり、全然別の話ってこと? なんでそれを今……」



 困惑する希咲に望莱は微笑みかける。



「ですが、消しゴムを使って絵や字を消した時に、無意識に手を払って消しゴムのカスを机の下に落としちゃうことないですか?」


「えっ?」


「そんなことする必要ないのに、むしろしない方がいいのに。ついうっかり無意識で気付かぬ内にやってしまって、後でお部屋の掃除をしている時に『あ、そういえばやっちゃった』って気付いたりしないですか?」


「あー……、うん。わかったかも」


「これって消しゴムのカスが紙の上にあると邪魔で書きづらいからの行動ではあるんです。でも、それを払うだけなら元の目的のうちなんですけど、それを場外まで吹っ飛ばす必要はないですよね?」


「気をつけてたらまずやらないけど、書くことに夢中になって急いでたり、他のこと考えててイライラしてたりすると、つい気付かずにやっちゃってることあるかも……」


「そういう認知の隙間に出来る目的外の無意識――世界全体で水無瀬先輩は居なくなったことの辻褄合わせをする為に、何らかの働きかけで人々にそういった無意識の証拠隠滅をさせている」


「……そういえばそうよね。いくらなんでも警察関係のプロの人たちが揃いも揃って同じタイミングであんな“うっかりミス”はしないわよね」


「はい。それこそ、“せんぱい”が七海ちゃんと付き合ってると思い込んでしまうような不思議現象でもないと」


「……うん。納得した」


「まぁ、それを証明できる物的な証拠もそれこそ存在しませんが」



 深く頷く希咲に、望莱はにへらと笑った。


 しかし、あくまで推論だと言外に伝える彼女の仮説は希咲にはすごく腑に落ちるものだった。



「この現象って誰かの悪意ではなくて、世界が正常に世界として在るための自己治癒のようなものなんじゃないかって思ったんです」


「自己治癒?」


「はい。この世界って――便宜上地球としておきましょうか――この地球がわたしたち生物が生命を育む場所として成り立つのに様々な法則があるじゃないですか?」


「法則って、重力とかそういうもの?」


「そうですね。そういった物理現象や化学反応などの多くの法則が奇跡のようなバランスで同時に成立していることで、地球が地球として存在しています」



 急に話が壮大なものになってきたなと、希咲は戸惑いかけて、



(――そっか……。『世界』って……)



 そういえば弥堂もそんな壮大なものの話をしていたと思い出した。



「港の海が斬られた的な話をしたじゃないですか?」


「え? うん」


「あれの映像を改めて見た時に思ったんです」


「海の映像?」


「はい。例えば兄さんの必殺剣みたいなのを海に振り落としたら、一瞬だけなら同じように海が割れると思うんです。でも――」


「――すぐに海水が流れてその割れ目は閉じる……?」


「はい。物理法則に従って」


「でも、今回の港のそれはそうじゃなかったのよね?」



 希咲自身も現場で見てきたものを思い出しながら望莱に問う。



「ですです。水を斬るとは言いますが実際には水を分けているだけで斬っているわけではないです。そして分けたままにすることも不可能です」


「凍らせでもしない限りそうよね」


「それが実現されていました。まるで斬ったら斬れるという未知の法則でも働いているかのように」


「でも、結局戻ってるのよね?」


「はい。それが世界の自己治癒――元の在るがままの世界に戻る、或いは維持するという法則。海が斬れたままにするなんて法則があると世界は正常に維持できない。だからそれを消す。そんな風に感じたんです」


「在るがままの世界……。ということは、愛苗が居なかったことになるのも……?」


「はい」



 望莱は真剣な表情で頷いた。



「普通、生物が消えるというのは死を意味しますよね? 循環の法則に従うのなら生まれ生きて死に世界に還る。ですが――」


「――死ぬ前に勝手に消えちゃうと……」


「そう。法則に反したことになりますよね。自然でない。そして世界に還らずに消えることで齟齬が起こる。それは他の生物への影響だったり」


「それを起こさないために、誰も違和感を持たないようにする。その為の自己治癒として、みんなが愛苗のことを忘れて、記録も全部消してなかったことにしちゃうってこと……?」


「推論ですらないただの思いつきですけどね」



 望莱は苦笑いを浮かべてから切り替える。


 同時に話も戻すことにした。



「――ということで、それらを踏まえると、今回の水無瀬先輩の存在が消えたことの辻褄合わせ――長いので仮に“愛苗ちゃんショック”とでも呼びましょうか――」


「――ちょっと、それじゃ愛苗がなんか悪いことしてるみたいじゃんか」


「まぁまぁ、便宜上ですから。というわけで、“マナック”が起きるのは辻褄合わせをしなければいけない時ということになります」


「…………」



 さらに雑に省略されたが、希咲はツッコまなかった。


 みらいさんは一度眉をふにゃっとさせてから、説明を続ける。



「水無瀬先輩は普段から嫌われ者の弥堂せんぱいに積極的に話しかけていた。二人の間には色んな会話があり、そしてその様子から周囲は彼女が“せんぱい”を好きなのではと思っていました」


「まぁ、そうね」


「それが水無瀬先輩が消え、辻褄合わせが起こったことで、水無瀬先輩と弥堂せんぱいの間での会話が、七海ちゃんとせんぱいの間で起こった会話ということに記憶が置き換わりました。さらに七海ちゃんが弥堂せんぱいのことを好きだという風にもなっています」


「…………」



 望莱の話す内容自体には理解は追い付いている。


 だが、彼女が軽く口にする『愛苗が消えた』という言葉には、到底希咲の気持ちは追いついておらず、胸の中に靄もやとしたものを渦巻かせた。



 そして、望莱は正確にそれを理解している。


 ほんの一瞬、彼女の唇が嗜虐的な弧を描いた。



「これにはわたし納得が出来るんです。そうでないと、『あれ? 弥堂とこんな会話してたのって誰だったっけ?』とか、『あれ? 誰か弥堂のこと好きな女の子いなかったっけ?』とかって。違和感を持つ人々が出てきてしまいますから」


「……そうね」


「ですが、『せんぱいが七海ちゃんを好きになる』とか、『二人が付き合ってることになる』って、必要なくないですか?」


「必要ない……?」


「はい。だって別に“せんぱい”が七海ちゃんを好きじゃなくっても、二人が付き合っていなくても、水無瀬先輩が居ないことに何も関係ないじゃないですか?」


「それは……、そうかも。元々、愛苗とあいつが付き合ってたわけじゃないし」


「それに、“せんぱい”って別に水無瀬先輩のこと好きだったわけじゃないですよね? だったら水無瀬先輩の代わりに誰か他の女の子を好きになる必要なくないですか?」


「代わりに……」


「これが『七海ちゃんが“せんぱい”を好きになる』だったらまだわかるんですよ。水無瀬先輩の代わりに七海ちゃんが“せんぱい”を好きになる。それなら水無瀬先輩の穴を埋めることになるから納得が出来るんです」


「そんなの絶対イヤだけど、理屈としてはそうね」


「だから、“マナック”によって『七海ちゃんとせんぱいが付き合う』ということに、わたしは納得がいかないんです」


「…………」



 この緊迫した場面の結論に“マナック”を持って来たことに七海ちゃんはイラっときたので同意の相槌をしなかった。


 だが、そうしなかったことで思いつくことがあった。



「――あ、そういえば……」


「なにか思い出したことがありましたか? “マナック”のことで」



 無理矢理“マナック”を定着させようとゴリ押ししてくるみらいさんの意図が見えたので、反射的に通話を終了させてやりたくなったが、希咲はギリギリのところで我慢した。



「……あいつが言ってたんだけど」


「“マナック”をですか?」


「うっさい! だまってて!」


「はーい」



 大分“マナック”を気に入ったらしいみらいさんを黙らせて希咲は気付いたことを話す。



「あのバカがさ。『俺を好きにはならなくていいから、付き合ってることだけ認めろ』みたいなこと言ってたのよ」


「不自然な物言いですね」


「いつものクズ発言と思ってスルーしちゃったんだけど……」


「“せんぱい”にとっては『好きというお互いの気持ち』よりも『付き合っているという事実』が重要なようですね」


「あんたの話聞いた後だと途端にそうとしか思えなくなったわ」


「いい情報ですね。これは後々重要になるかもしれないので一旦仕舞っておいて次にいきましょう」



 望莱は自身の説が補強された手応えにほくそ笑みながら話を進める。



「次って、法廷院たちのこと?」


「正確には裏に居る人ですね。仮に“フィクサーさん”とお呼びしましょう」



 法廷院たちに何か指示を出して、自分たちの出来事に関わらせている人物の存在。



「同じ学園の人なのでしょうか」


「うーん、法廷院は“友達”って言ってた。友達のことだから言えないって」


「ふむ……。上下関係ではなく横の繋がりですか……」


「雰囲気的には、法廷院もそのフィクサーに100賛同はしてないけど、友達だから協力するみたいな風に言ってたわ」


「それなら交渉で情報を抜きやすいと見るべきか、逆にだからこそ口を割らせるのが難しいと見るべきか……」


「カンだけど、普通に聞いただけじゃ絶対に言わないと思う」


「なるほど。七海ちゃんがそう感じたのならそうですね。それならまずはウチのスタッフに探らせましょう」



 希咲の勘に全幅の信頼を寄せる望莱は瞬時に対応の方針を決める。



「こいつらのことにも納得できないってこと?」


「はい。さっき言ってしまいましたが、今ってわたしたちにとって割と重要な出来事の真っ最中じゃないですか?」


「そーね」


「その出来事の重要な場面――それも七海ちゃんと“せんぱい”の決着を左右するようなピースとなる。それって結構運命力が必要だと思うんですよね」


「運命力……?」



 首を傾げる希咲に望莱は微笑んでみせる。



「ここでは敢えてこう言い換えましょうか。“魂の強度”と――」


「あっ――」


「もしも彼らが水無瀬先輩を忘れちゃってる側の“魂の強度”がヨワヨワな人たちなら、場違いで分不相応だと思うんですよね」


「あいつらも“こっち側”ってこと……?」


「その方が納得できません?」


「それはそうだけど……、でも何でもかんでも全部“こっち側”に関連してるって考えるのも……」



 希咲は半分同意しつつ、異論を唱えた。


 望莱もそれに頷く。



「もちろん全てを無理矢理関連付けることも牽強付会こじつけけることもよくないです。でも、わたしは思うんです。重要な物事における重要な立ち位置に足を乗せるには、相応の資格が必要だと」


「資格か……」


「ここでさっきのわたしの“思いつき”に戻ります。水無瀬先輩のことを忘れることは世界の自己治癒である。しかしわたしたちを含めて一部の人間はそうはなっていない。これってなんでですか?」


「“魂の強度”が高いからって話だったわよね?」


「はい。仮に“魂”というものが記憶を含めた全ての“自分”なのだとしたら。“魂の強度”とは、世界や他のモノからの影響に抗うチカラ。強く自分が自分である為の、自分というカタチに固定する為の能力。そういうものなんだと思いました」


「自分が自分で在るための……」


「それって要は世界の自己治癒と同じことですよね。全ての存在がそれを持っているのでは? ただ、それが強かったり弱かったりするだけで」



 望莱のその説は、希咲が聞いた弥堂の話とも合致するように感じた。


 だけど、そうだとすると希咲にも納得できないことがある。



「うーん……、でもさ? あいつら何にもスキルとかなかったわよ? せいぜい普通の【空手】くらい」


「見たんでしたっけ」


「うん。一応昨日は魔力もチェックしたけど、特には」


「ちなみに――せんぱいはどうでした?」


「えっ? それはこないだも言ったけど――」


「――あ、ごめんなさい」



 目を丸くする希咲に望莱は言葉を直した。



「言葉が足りませんでした。弥堂せんぱいにスキルや魔力があるかではなく。弥堂せんぱいは法廷院先輩にどんな態度でした?」


「態度……?」


「なにか警戒しているとか、探っているとか、もしくはやけに通じているとか。そういった不自然な仕草はありませんでしたか?」


「ふしぜん……、あっ――」



 言われて思い出そうとすると、一つ印象深いことを思い出した。



「そういえば……、多分全然マジでこれっぽっちも関係ないと思うんだけど……」


「構いません。なんでも聞かせてください」


「えっと……、あいつ――弥堂がね? 法廷院の靴下を無理矢理脱がせたのよ。それで法廷院泣いちゃったんだけど、あいつったら靴下返してあげなくって。そんでジップ付きのビニールに入れて、なんかわかんないんだけど自分の靴箱に仕舞ってたのよ」


「ガチで不自然すぎて草」


「あいつマジおばかすぎておかしいの!」



 思っていた方向と範囲を容易に跳び越えてきた弥堂の不審な行動に望莱は吹き出す。


 いかに弥堂の頭がおかしいのかを訴えてくる希咲に対して、しかしここはあえてジト目を向けた。



「それでその靴下が今回……?」


「え? いや、ベツに関係ないと思うけど?」


「んもぅ、七海ちゃんったら。今は真面目にお話してるんです。ふざけないで下さい」


「なんでも言えって言ったじゃん! 関係ないけどって言ったし!」


「それでもまさか無関係の靴下が出て来るとは思いませんでした。何故今それを?」


「いや、あいつの不自然な行動っていうからつい思い出しちゃって……」


「あの人ホント面白いですよね」


「おもしろくないっ! 意味わかんなすぎて、あたし頭おかしくなりそうだったから見なかったことにして忘れてたのよ! 思い出しちゃったじゃんか!」


「うふふ」



 プリプリ怒る七海ちゃんを一頻り鑑賞して満足し、望莱は話を戻す。



「なにか“測る”ようなことをしていませんでしたか?」


「弥堂が法廷院をってこと?」


「ですです」


「うーん……、あっ――」


「今度はパンツとか要らないですよ?」


「そんなんじゃないから!」



 せっかく思いついたことがあったのに、茶々を入れて邪魔をしてくる望莱を叱ってから、希咲は自分の気付きを口にする。



「あいつね、何度か法廷院のことをジッと見てる時あった」


「見る、ですか」


「うん。法廷院に対してだけじゃないんだけど、今思えばあいつ誰かを警戒してたり怪しんでたりする時に、黙ってジッと見てることがあったかも」


「やっぱりですか」


「えっ?」



 何も確定したことのない曖昧な情報だが、それに対する望莱の反応は深く納得するようなものだった。


 希咲はその反応を意外に思って目をぱちくりさせる。



「前に七海ちゃん言ってましたよね? “せんぱい”が七海ちゃんや水無瀬先輩のことをたまに黙ってジッと見てくることがあるって。こっちを見てるけど自分でない別のモノを見ているようだったと」


「あ、うん。そうそう。それと同じ感じ」


「“せんぱい”ってわたしたちの“tier”を当ててきましたよね?」


「てぃあー?」


「ゲーム用語なんですけど、ランキング的に階層を分類することですね」



 希咲は思い出す。


 弥堂から“魂の強度”や“魂の設計図アニマグラム”などの知識を得た時に、自分たちのグループメンバーの“魂の強度”の格付けを聞かされたことを。



「tier1に兄さんとわたし、tier2にリィゼちゃん、tier3に七海ちゃん、tier4に蛮くんと真刀錵ちゃん」


「そう言ってたわね」


「これ、どうやって測ったんでしょうね?」


「あ、そっか……」


「“魂の強度”という知識を持っているだけでは、こんなことはわからない。彼はそれを測る為の何らかの方法を持っている」


「それが――」


「――目、なのではないでしょうか」



 直接的な関りは殆どないまま、希咲を通すことで弥堂は日を追うごとに望莱によって丸裸にされていく。



 弥堂の側には、数千年の時を生きて今や精霊レベルにまで魂を昇華させた聖女のエアリスと、悪魔のメロという既知外の存在が居るように――



――希咲の側には紅月 望莱という天才が居る。



 今日の出来事で勝ったと――


 乗り切れたと考えていたが――



――彼女の存在を弥堂はまだ知らなかった。

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