2章07 『辿る足跡、迫る足音』 ①
4月30日の昼過ぎ。
<――聴こえる……?>
希咲が左耳のピアスの一つを意識してそう念じると――
<――はい。良好です>
魔法のアイテムによって距離をブーストさせた思念通話だ。
<案外この距離でもいけるものなんですね>
<でもブースターに魔力持ってかれるからあんまり長い時間はもたないわよ>
<では、手早くいきましょう>
挨拶もそこそこに二人は本題に入る。
<どうですか?>
<どうって……>
だが希咲はすぐに眉間を歪ませて答えに困る。
改めて現在視界に映しているものに意識を向けた。
<ヤバくない? これ……>
希咲の見つめる先にあるのは裂けた埠頭の地面だ。
8等分されたホールケーキから一切れだけをとった後のように地面が欠けている。
希咲はそれを現場近くに停められている大きなクレーン車の天辺から見下ろしていた。
望莱からの要請に応えて希咲は魔王出現場所と目される事件現場に来ている。
<なにか気付いたこととかあります?>
<……これ、多分一撃でやってるわよね。
<七海ちゃんも出来ます?>
<あたしはムリかなぁ。真似は出来るけどこの威力はちょっと。つか、これ下手したら聖人よりも……>
<やっぱりそう見えます? 事件後は海面にも切れ込みが入ったまましばらく元に戻らなかったそうですよ>
<なにそれ。キモイんだけど>
<水を別けられたのではなく、切られて消失したみたいになっていたそうです。もしかしたら海水が減っているんじゃないかって調査をしているそうです>
<そんなことってあるの? ねぇ、これって魔王が……?>
<普通に考えるとその可能性が高いですけど……>
希咲の現場を見た感想は、警察からの資料を見て抱いた望莱の感想とほぼ同じものだった。
<なにか怪しい形跡とか残ってます?>
<それって普通に見えることでって意味じゃないわよね?>
<えぇ。そちらは警察が調べましたので>
<ちょい待って……>
望莱に断りを入れてから、希咲は何かを念じるように集中をする。
――《
頭の中でそれの起動を念じると、希咲の目にだけ可視化されたここら一帯のMAPが顕れる。
希咲はそれをジッと見て、すぐに顔を顰めた。
<んー……、いや、なにこれ>
<なにかありました?>
<あったっていうか……ありすぎ?>
希咲が見るMAPはヒートマップのようになり、そこかしこが多少の濃度の差はあれど赤に近い色で塗られている。
<魔力の反応に絞ってみたんだけど、なんか滅茶苦茶なのよ>
<あぁ、それはきっと魔力事故のせいですね。事故後あっちこっちに変な魔力が残ってしまって誤検知されるようです>
<そうなんだ。こんなキモイ色になってるの初めて見た>
<陰陽術の探査もまともに機能しないと聞きましたが、七海ちゃんのスキルでもそうなっちゃうんですね。これは貴重なデータです>
<魔力がダメなら生体反応に変えて……、あれっ?>
<どうしました?>
MAPの機能を切り替えようとした時、希咲は何か違和感を感じる。
べったりと色が塗られたようになっているMAPの一部分に一瞬だけ赤い光点が生じたように見えたのだ。
それは今はもう消えている。
<今、海に何か反応があったような……>
望莱に応えながら実際の該当箇所に目を向けてみる。
そこは例の切断面で今は海水が流れている場所だ。
<……気のせいかな? 何も居ない?>
<陰陽術や魔術でサーチしてもそういう誤検知が多いみたいです>
<うーん……>
<むっ、この反応は妖……⁉ と思って見に行ったら何もいなかったとか。そのせいで中々清祓課の人たちが撤収出来なかったようです>
<そっか。じゃあ気のせいね>
そこで魔力の反応から生体の反応への探知に切り替えをする。
ヒートマップは消え代わりに多くの光点が現れる。
<んー……、これだけ見ても怪しいかどうかはわかんないわね。普通に働いてる人たちだろうし>
<ですね。特にこれからその辺りは人の出入りが増えるでしょうし>
<そういや、あたしたちが旅行に出発した時よりなんか港に船が多い気がするんだけど>
<実は海から色んなモノが入って来てるんですよ>
<色んなモノ?>
声の調子から小首を傾げる七海ちゃんを想像し、みらいさんは密かに萌えた。
そのことはおくびにも出さずに涼しい声で希咲の疑問に答える。
<基本的には港の復興の為の物資の搬入なんですけど、それに紛れて入ってくる海外の犯罪者さんとかもいるでしょうね。そういう情報がちょっと入ってきてます>
<うぇ。このややこしい時に>
<いい迷惑ですけど社会に迷惑をかけるからこその犯罪者さんたちなので。というわけで、しばらくは街の治安も悪くなるでしょうから大地くんたちにも注意しといた方がいいかもです。新美景駅の周辺の特に北口方面は近づいちゃダメですよって>
<北口って……、あぁ、外人街か。そりゃそうなるわよね>
<ですです>
辟易とすると自然と渋い顔になってしまう。
希咲は意識して話題を変えた。
<そういやそっちの監査は?>
自分たちがあの無人島へ行った本来の目的の方を尋ねてみる。
<現在絶賛開催中です。あの人たち偉そうなワリに仕事遅いんですよね。接待係の蛮くんがめっちゃイライラしてます>
<あぁ……、なんか想像できる。お疲れさまって言っといて>
<わたしにも言ってください>
<はいはい。おつかれさん>
<ではご褒美に――>
<――あげない>
<ぶー>
<うっさい。それより。ってことは、あんたたちが帰ってこれるのはもうちょい先になっちゃうのか……>
<ですです>
<…………>
希咲自身の最優先目的は親友の愛苗の保護だ。
その有力な手掛かりと目されるのは弥堂である。
しかし、単独での彼への接触は危険があるかもしれないので、望莱たちが帰ってくるまではなるべく自重する約束になっていた。
(こんなにのんびりしてていいの……?)
どうしても気が急いてしまう。
こうしている間にも、愛苗がどんな状況でどんな目に遭っているかわからないのだ。
だが、その話を今蒸し返しても何かが好転するわけでもない。
希咲は鬱屈とした思いを頭を振って追い出した。
<おけ。じゃ、そろそろあたしも撤収する>
<はーい、おつです>
<ん。今後の連絡なんだけどさ……>
<はい。監査中ですが極力電話には出られるようにします。今みたいに思念通話飛ばしてくれてもいいですよ>
<こっちの方が手っ取り早いと言えばそうなんだけど……、でも魔力がなぁ……>
魔導具を使って長距離の通信を可能にしているので、それを使用するには当然その都度魔力が必要になる。
<それでしたら、ウチのマジカルスタッフにお願いしておきました>
<なによマジカルスタッフって……>
<魔力の扱えるスタッフです。可愛くないですか?>
<えー? カワイイかなぁ……>
みらいさんの会社には、在野からスカウトしてきた私兵とも謂える退魔士が組織されている。
現場での戦力として見るには心許無い部分はあるが、魔術や陰陽術が必要になる細かい作業を任せるには十分な能力を有していた。
<彼らに魔石のチャージを指示しておきました。リィゼちゃんほど爆速では無理ですが、通信に使う程度の分はもう終わっていると思います。後で取りに行ってみてください>
<あ、それはマジ助かる。ありがと>
必要なやりとりはそれで終わり、あといくつか会話を交わして希咲は通信を終了させた。
そしてここに入って来た時と同様に自身の気配を隠し、クレーン車から飛び降りて現場から立ち去った。
希咲が立ち去って少しした後――
地面の裂け目に流れる海水の一部がドロリとした質感で蠢き、そして海の方へ流れて行った。
その後、希咲は愛苗を探して街を歩き、それから望莱の会社に寄っていくつかのチャージ済みの魔石を受け取る。
オフィスから外に出ると辺りは日が暮れ始めていた。
希咲はそこで本日の捜索の打ち切りを考える。
家事を熟さなければいけないからだ。
このまま駅前の商店街の方へ行って買い物を済ませ、それから妹の保育園に迎えに行って一緒に家に帰る。
そんな予定を頭の中で組み立てながら「そういえば洗濯物まだ干しっぱだ……」などと考えて歩いていると――
(――えっ⁉)
偶然にも学校帰りの弥堂の姿を発見してしまった。
出来る限り早く弥堂に接触して愛苗の手掛かりを探りたい――
確かに、何時間か前に港ではそんなことを考えはした。
だが、これは完全に意図しない邂逅となってしまった。
弥堂にはこちらに気付いた素振りはなく、普通に道を歩いている。
希咲は反射的に自分の気配を隠して彼の後を追ってしまう。
(どどどどど、どうしよう……っ⁉)
目的の定かでない尾行劇が開始されてしまった。
弥堂は新商店街を抜けて駅前の方へ向かっている。
奇しくもそれは希咲の目的地と同じ方向だった。
(てゆーか、それなら……)
普通に声をかければよかったと今更少し後悔する。
夕飯前の時間のこの辺りは通行人も多い。
弥堂に接触する時の条件――望莱に言われたそれを満たしてはいた。
(だけど……)
一度始めてしまった以上、今さら声は掛けづらいものがある。
(だから仕方なくなんだから……っ)
もはやそんなことを言っていられる状況ではないが、クラスメイトをスキルまで使って尾行することに罪悪感がないわけではない。
それを誤魔化すように脳内で何度か「仕方なくなんだから」と繰り返して希咲は歩く。
そうしながらスマホを取りだし消音モードになっていることを確認し、手早く弟の大地にメッセージを送る。妹の保育園の迎えを頼んだのだ。
スマホを仕舞って、意識を完全に尾行の方に集中させる。
(そういや今って下校の時間よね。あいつお家に帰るのかな?)
向かっている方向的には昨日望莱に調べてもらった彼の住所の場所だと思える。
ただし、その住所は公的なものではない。
本当は昨日のうちにその場所周辺を調べに行こうと思っていたのだが、予期せぬご家庭の事情でそういうわけにもいかなくなってしまった。
それならちょうどいいかと、希咲は足音を潜ませる。
しかし――
(あれっ……?)
弥堂はその住所の建物に通じる道へ曲がらずに真っ直ぐ通り過ぎてしまった。
思わず足を止めそうになってしまった希咲だったが、慌てて後を追う。
もう少し歩くと弥堂は左に曲がって細い路地へ入って行った。
例の住所の家に行くには右方向に曲がる必要があるはずなのに。
不審さを胸に希咲も続く。
角を曲がってからもう一度スマホを取り出した。
地図アプリを開いて進行方向を探る。
(ん? こっちって……)
現在向かっている方向から目的地を予測すると、そっちの方向にあるのは弥堂の自宅として学園に届け出されている方の住所だ。そちらへ向かっているように見えた。
(なんで……?)
希咲や望莱はそちらの正規の住所はダミーなのではないかと予想していた。
(いちお住んではいるの……? でも――)
そうすると納得できないことがある。
この路地に曲がるまでは学園からほぼ一直線だ。
4月16日に彼と一緒に下校した道と同じだった。
しかし現在向かっていると思われる弥堂のダミーの住所の場所へ行くにはこれが最短ルートではない。
国道に沿ってショッピングモールに来るまでは一緒だ。
しかしその後に右へ逸れて今しがた通って来た新商店街の中に入る必要はない。そのまま国道沿いに進んだ方が近道だ。
希咲は目を細めて弥堂の後ろ姿を見る。
持ち物は学生鞄のみ。買い物袋などは持っていない。
希咲が彼を発見したのは新商店街を抜ける直前だったのでずっと彼の様子を見ていたわけではないが、買い物をした後にも見えなかった。
(なんとなく商店街をブラブラしただけ……? あいつが?)
それはあり得ないように思えた。
短い付き合いに過ぎないが、それでも彼の性格について知っていることもある。
弥堂 優輝という人間は、本人が口癖のように「効率が――」と言っているとおり、無駄なこと意味のないことをするのを嫌う。
用もないのに遠回りをして商店街を歩くようなことは性格上しないはずだ。
なら、それが無駄ではなく意味のある行動なのだとしたら――
(それってなに……?)
最初は隠れ家の方に向かっていたが急遽進路を変えた。
簡単に思いつく可能性としてはそういうものになる。
(なんで……?)
そうする必要があったとしたら、それはどういう時か――
「――っ⁉」
そこまでを考えた時に、希咲は思わず息を呑んだ。
ギリギリのところで動揺が仕草に出ないように自制することに成功する。
仮に今思いついた通りだったとしたら――
(――こいつ……、尾行に気付いている……⁉)
それなら彼の行動に辻褄は合う。
(でも――)
前方を歩く弥堂にはそんな素振りは見られない。
淀みなく一定の歩調で歩いている。脇見すらしない。
しかし、彼には正体を隠して生活をしているのではないかという疑いがある。
そして実際に住所を偽装してもいた。
そんな人間なら、現在のような状況に慣れていたとしてもおかしくはない。
(ヤバ――)
希咲は反射的にスキルを使う。
――《
より強く自身の気配を隠蔽した。
そしてより強く前方の尾行対象に注意を向けて、その後を着いて行く――
《――あれっ? へ?》
《どうした》
突如メロが念話で素っ頓狂な声を送ってきたので、弥堂は問い質す。
《ナ、ナナミが……、消えた……?》
《なんだと?》
メロからの報告に弥堂の眉が跳ねる。
しかし動作や仕草には一切の影響を出さないように歩行を維持した。
《どういうことだ? 見失ったのか?》
《い、いや、そんなはずは……》
《希咲は俺の背後にいるのか?》
《そ、それが……》
メロは動揺しながらも、自身の目の前で起こったことを説明していく。
弥堂を尾行する希咲を尾行する。
それがメロに与えられたミッションだった。
特に油断をしていたわけでも怠けていたわけでもなく、弥堂の言い付け通りに希咲を視界に収めながら弥堂の後ろ姿に視点を合わせて監視をしていた。
それが突然、ふっと消えるように希咲の姿が見えなくなったのだ。
それを弥堂にそのまま伝える。
《あいつは異常な速度で動くことが出来る。移動した可能性は? 自分の周囲も確認しろ》
《そんな気配は感じなかったし……》
メロは答えながら自分の周囲や背後を見回す。
だが――
《――やっぱりどこにもいないッス》
《魔力は?》
《魔法を使ったような気配も感じなかったッス。マジでいきなり見えなくなったんッスよ》
《ふむ……》
相槌だけ返しながら弥堂は腰の後ろのナイフの存在を意識する。
奇襲を仕掛けられる可能性を考えた。
《あ、魔力――そうだ……ッ!》
すると、メロが何かを思いつく。
メロは自分と弥堂との間の空間の魔素に意識を集中させた。
すると――
《――ん? なんだこりゃ……?》
《どうした》
《ちょっと待ってくれッス》
ごく一部の空間の魔素の流れに違和感を持った。
メロは自身の魔力を高めて両目に集中させる。
《はあぁぁぁぁぁ……っ! ネコさんアーイズ……ッ!》
《……それわざわざ思念にして俺に送ってくる必要があるのか?》
頭の中で何かの技名のようなものを叫ばれ、弥堂は迷惑そうな顔をした。
《――……あっ⁉》
メロは今しがた違和感を覚えた空間を強化した目で注視する。
その結果――
《いたっ! ナナミがいたッス……!》
《どういうことだ》
先程までと変わらぬ位置関係で希咲が弥堂を尾行している姿を発見した。
《ジ、ジブンにもわかんねえッス。でも、なんか魔素がおかしいとこがあるなって思って。そこよく見たらナナミが……》
《隠形の魔術か?》
《姿とか気配を隠すってのはそうだと思うッスけど……。でもこれって魔法とか魔術とかなんかな……》
《お前が今そうしているように、魔力の仕様を隠蔽する技術を敵が持っていたとしても不思議はないだろ。重要なのはそれが魔術かどうかじゃない》
《え?》
弥堂は先程よりも思念を強めて、メロに警告するように伝える。
《実際にそれが出来ているという事実だけが重要だ。そして次に考えるのは、何故急にそうしたか――だ》
《何故急に……?》
《そうだ。やるなら最初からやればいい。もしもそうされていたらお前もあいつの存在に気付かなかったんじゃないのか?》
《た、たしかに……。目の前でいきなり消えたから違和感を持てたのかも……》
《実際お前が居なかったら最初の尾行にも俺は気付けなかった。なのに、何故今頃になって突然隠形を強化する必要がある?》
《なんでって……》
《気付かれたぞ。俺たちが尾行に気付いていることに、あいつも気付いた――》
《あっ――》
弥堂のその指摘にメロの身体にも緊張が奔った。
《態度に出すなよ。お前はただ道を歩いているだけのネコだ》
《う、うん……》
《もしも俺が突然倒されたらすぐに逃げろ。水無瀬と合流して身を眩ませろ》
《で、でも……っ》
《こういう時にどうするかという打ち合わせはもうしただろ。それ通りにやるか、そうでないなら勝手にやれ》
《…………》
急に事態が深刻化したように感じられ、メロは言葉を失う。
その間も尾行をされているフリと尾行をしているフリが続いたまま、道を進んでいく。
《しょ、少年……》
《あ?》
やがて、ポツリと漏らすようにメロが呼びかけてくる。
《ゴ、ゴメンッス……》
《なにが》
《ジブン、ナナミがなんかしてくるとか、なんかそっち側のヤツだとか、そんなの全部あるわけないって思ってたッス……》
《そうか》
《でも――》
弥堂は『現状に関係のない話はやめてほしい』と思いながらどうでもよさそうに返すばかりだが、メロの声音は真剣だ。
《でも――これは明らかにフツーじゃねえッス……! 確かにジブンは三下ッスけど、それでもジブンは悪魔でネコさんッス……!》
《そうか》
《そのジブンの前で魔力を感知させずに何かしたり、ニオイだって感じなくなった……! そんなのありえねえッス。ジブンは弱いから、そういう方向のことは得意なのに……!》
《それは確かにな》
適当に聞き流しながら最後の部分には弥堂も同意した。
弱いとはいえ腐っても悪魔だ。
こと魔法や魔力の関係する部分で悪魔の目や感覚を誤魔化すことは実際難しい。
ということは、希咲はそういった方向に特化した技能を持っていると考えられる。
(とはいえ……)
魔術や魔法でもなく、魔力に頼らずに不可思議な現象を実現する――
その方法は弥堂にも見当がつかない。
だが、唯一、それを可能にするものがある。
(こいつ、まさか……)
その考えに至り、弥堂は警戒度と敵意を最大レベルにまで上げた。
《予定を変更する》
《え?》
そしてすぐに意思決定をし、メロへと伝える。
《このまましばらく泳がせる》
《このままッスか?》
《だが家には向かわないし、特に撒こうともしない。歩き回って相手の出方を見る》
《どういうことッスか?》
《延々と歩きまわって、あっちが諦めて消えるならそれでいい。だが――》
弥堂の思念から強烈な殺意が伝わってきてメロは身を強張らせる。
《――そうでないのなら、今日ここでこの女を仕留める》
《…………っ》
《人気のない方向へ行く。戦闘に入ったらすぐに人避けの結界を張れ。そしてそのままお前は撤退して水無瀬と逃げろ。絶対に出てくるなよ》
《ジ、ジブンは……》
《連絡は以上だ》
念話は繋がったままだが、それっきり弥堂は喋らなくなる。
メロは頭が真っ白になりかけながら、ただ二人の後を着いて行く。
確かに弥堂の言う通り、希咲は普通の女の子ではなかった。
だが、だからといってメロには敵だとも思えない。
気配を消して尾行をしてくるという時点で、弥堂が敵対行動だと受け取るのは一応理解は出来る。
しかし、弥堂の側に居るメロの目から見ても彼の言動には問題があるし、希咲との間に誤解があるようにも思えるのだ。
それは解消できるものなのではないだろうかと、今になってもそう思ってしまう。
だから、このまま二人を戦わせてしまってもいいものかと焦燥する。
弥堂の雰囲気はこれまでに何度も見た戦闘中の彼のそれと同じだ。
一度始まってしまったら死ぬか殺すかまでは絶対に止まらない。
そして彼は死なない。
弥堂という人間のそういうところはメロにももう理解出来ている。
(あれ……?)
そこまで考えたところで、メロは疑問を感じた。
弥堂の様子がこれまでの戦闘と同じ――
それはゴミクズーや悪魔や魔王と戦った時と同じということだ。
戦闘に臨む時の彼のスタンスは基本的に相手が誰でも同じなように思えるが、それでも――
(――本気すぎねえッスか……?)
そんな風に感じられた。
自分がどうなろうがどんなことをしてでも相手を殺す。
彼の戦いにはそんな異常性があり、そしてそれは強者に挑む弱者の姿だ。
だが、彼はあれでも一応勇者らしいし、何より実際にメロの目の前で魔王を仕留めてもいる。
いくら希咲が普通の人間ではないからといって、そんな彼があそこまで警戒するのは不自然なのではないかと気付いた。
(ナナミってそんなに強いのか……?)
それはメロにはわからない。
だが、実際に本気で戦ったことがない以上弥堂にも希咲の実力はわからないはずだ。
メロから見た弥堂という男は、強者だ。
魔力が強い。フィジカルが強い。
そういったわかりやすい強みはないが、しかしそれでもあの執拗さと異常さで、絶対に勝利を掴み取る。
弥堂にそういう印象を持っている。
それでもあの男があそこまで危険視をしているということは――
(こ、これはもしかして――)
その時、メロのネコさんボディに電撃が奔るような圧倒的閃きが舞い降りた。
(――もしやこれは裏切りチャンスなのでは?)
ニヤリとウィスカーパッドを吊り上げる。
あの男は一応愛苗の恩人でもあるし、一応味方のような存在だ。
しかしヤツの方針には賛同しかねるものが多いし、自分への扱いにも大いに不満がある。
(むしろナナミと一緒にアイツを倒した方が色々といい感じになるのでは……?)
ネコさん頭脳がギュインギュインっと高速回転を始めた。
どう考えてもその方がいいような気がしてきた。
愛苗と希咲はまた仲良く一緒に居られるようになる。
弥堂は希咲らの背後や国の組織を気にしていたが、そいつらが本当にヤバイ連中なら当の希咲たちが普通の生活を送れていないはずだ。
(やはりジャマなのはアイツの方なのでは?)
考えれば考えるほどにそうとしか思えなくなってきた。
(大体、あのクズと一緒になってナナミをボコるとかないだろ)
常識的に考えていい子なギャルと肉球を組んで、悪の権化のようなあの男を倒す方が正義であるとメロは確信する。
「――ククク……、フハハハハ……、おっと」
思わず悪魔笑いが漏れてしまい、メロは慌てて前足でお口を塞ぐ。
そして今しがたの気付きを悟られぬように自然な動作で尾行を続けた。
しかしその心中は高揚している。
(ククク……、愚かなニンゲンめぇ……よくも今まで好き放題してくれたな……!)
弥堂から受けた数々の非道な行いへの恨みを燃やす。
(キサマの悪行もここまでッス……!)
メロは希咲の味方につくことを決めた。
(さぁ、ナナミ! ジブンがサポートしてやるッス! 一緒に悪の風紀委員を倒すッスよ!)
二人の戦闘が始まったら、先程弥堂に言われたとおり結界を張って、そしてそのまま希咲と一緒に弥堂に襲い掛かるよう画策する。
まずは逃げたフリをして、あの男が油断したタイミングで奇襲をするべきかとシミュレーションした。
(安心してヤツを襲うッスよナナミ! ジブンこれでもサポートタイプのネコさんッスから、後ろは任せて欲しいッス! でもジブン、アイツがコワイから基本ナナミがボコってくれな! そしてマナをヤツの手から取り戻しておくれッス!)
コソコソと弥堂を尾ける七海ちゃんの背中に、コソコソと隠れながらか弱いネコさんはラブラブ熱視線を送った。
《――おい、集中を切らすな》
《そ、そんなことねえッスよ》
すると突然弥堂からの念話が届き、メロはドキリと心臓を撥ねさせる。
《お前からの視線や意識が薄れた。もっと集中しろ》
《だ、大丈夫ッスよ……!》
慌てて答えながらも――
(――コ、コイツ……、キメエッス……!)
よくわからない感覚でこちらの心変わりに感づいてきた変質者を恐れる。
ますます、この男はここで確実に始末しなければならないという気になった。
《動き方は覚えているな? しくじるなよ》
《……フッ、任せてくれッス……!》
《本当に状況がわかっているのか? いつ戦闘になるかわからんぞ。気を引き締めろ》
《もちろんッス。ジブンちゃんと準備出来てるッス! いつそうなってもいいように》
《そうか》
そこでまた念話が途切れる。
メロはほくそ笑んだ。
(だが……、“そうなったら”その時がオマエの最期だァッス……!)
狩りをする獣であるネコさんは牙を剥き、そしてその時を待ちきれないとばかりに口を開いた。
ニチャァっとした唾液が牙と牙を繋ぐ。
メロの戦意は十分だ。
しかしそれでも相手は腐っても勇者だ。
勇者というものが実際どのくらいスゴイのかメロにはわからないが、もっと自分を高めるべきだとそのように感じた。
自分という存在のベストをこの一戦に持ってくる必要がある。
メロはさらに己を高めるべく、二本の後ろ足で立ち上がると前足を腰だめに構え、その悪魔的魔力を解放した。
「はああああぁぁぁぁっぁああぁぁぁ……っ! 燃えろッ! ジブンの
ゴゴゴゴっと地鳴りのような音が鳴っている風で、自身の身にオーラを纏った気分で、さらに己を解放した感じを醸し出した時――気付く。
前方から自分のことを見ている目があることに。
形の良いアーモンド型の一対の目。
ぱちぱちと――
ポーズをとったままメロはまばたきをする。
すると――
ぱちぱちと――
メロを見つめる目も同様にまばたきをした。
「――メロ……?」
いつの間にか背後を振り返っていた希咲が、茫然とした目でメロを見ていた。
きっと己を高め過ぎてしまったがために普通に見つかったのだろう。
(しししししし、しまったぁーーーッス⁉)
メロはサァーっと顔を青褪めさせる。
使い魔の契約によりコンビを組んで臨んだ最初のミッションで、早速裏切りを画策したメロカスさんは、戦闘開始前に死刑確定の“しくじり”をやらかした。
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