2章05 『嘘と誤認のスパゲッティ』 ②

 その空気感の変化にメロは戸惑う。



 何故愛苗の無事を希咲に隠すのかと、至って普通の疑問を口にしただけのつもりだった。


 沈黙に圧迫感を覚える。



 無言のままの弥堂には特に怒ったような様子はない。


 だが、呆れたような軽蔑したような、ひたすらに白けた眼をしていた。



「え……? なにこの空気? ジブンがおかしいみたいな……」



 この反応に納得のいかないメロがそう言うと、弥堂は「はぁ」とこれ見よがしに溜息を吐いた。



「なんッスか? だってフツー誰でもそう思うだろ……、って、あっ、あっ……、やめてくれッス……!」



 弥堂の態度にムッとしたメロが抗議をしようとすると、同じく無言のままだったブラジャーのエアリスさんが宝石を白滅させる。


 レーザーポインターでそうするように目に光を当てられたネコさんは前足でお顔を押さえながらイヤイヤをした。



『ユウくん、ダメよこれ。使えないわ。もう殺そ?』


「そうかもな」


「なななな、なんでそうなるんッスか……⁉」



 お目めがチカチカしているとそんな物騒なやりとりが聴こえてきてメロは焦る。


 弥堂は諦めたようにもう一度溜め息を吐いて、それから口を開いた。



「どうも話が通じないと思ったら、まさかそこからとはな……」


「な、なんなんッスかその態度っ! ジブン至極真っ当なことを言ってるッス!」


「……本当にそう思っているのか?」


「だっておかしいだろ! せっかくナナミがマナのこと覚えててくれたのに! なんで二人を会わせてやらないんッスか⁉ 二人ともカワイソウだろ……ッ!」


「ガキの遊びじゃないんだ。そんな馬鹿なことが出来るか」


「どうしてッスか⁉ オマエだってマナに言っただろ? もう一回ナナミと友達になればいいって。ナナミが覚えてたんだから話は早いじゃないッスか!」


「あいつが水無瀬のことを忘れていたのならそれでもよかったんだが、覚えたままだというのなら話は変わる」


「はぁ?」



 今いち真意の掴めない弥堂の物言いにメロは顔を顰める。



「オマエもしかして、ホンキでナナミがマナに何かするっていうか……、敵対するとかそういうこと考えてるんッスか?」


「さぁ。それはまだわからないな」


「そんなわけないだろ! マナとナナミはマジで友達ッス! ジブン近くでそれを見てきたからハッキリわかるッス!」


「へぇ、それは素晴らしいな」


「……なぁ、少年? オマエは本当にナナミがマナを攻撃したり騙したりとかするって思ってるんッスか? 少年にはそう見えるんッスか……?」


「いや? まったく思わないな」


「へ?」



 もしかしたらこの男には本当に他人の気持ちがわからないのではとメロは慎重に尋ねる。


 すると、弥堂からはあっさりと、しかしこれまでの言葉と矛盾するような答えが返ってきた。拍子抜けしてしまったメロはポカンと口を開けた。



「俺から見ても、希咲と水無瀬の友情は篤いものだと見える。希咲は本当に水無瀬のことを思っているし、水無瀬も同じだ。あいつは今本気で水無瀬を心配して探し回っているだろう。その気持ちに嘘はないと思える」



 弥堂らしからぬ言葉だが、彼から見た二人の少女の関係について思うことを正直に話す。


 それを聞いたメロはすぐには返す言葉が出て来ず、何故かモジモジと身を捩った。



「……なんだ? その反応は」


「い、いや……、だって。いきなりそんなギャップ見せてこないで欲しいッス。ジブンのことじゃないのにキュンとしちゃうだろうがッス」


「あ? どういう意味だ?」


「つーか、じゃあなんでナナミを遠ざけるんッスか? 疑ってるみたいに」


「俺があいつらの関係をどう思っているかなど関係ないからだ」


「ん……?」



 少しはこの男にも人間っぽいところがあってよかったと嬉しそうにしたメロだったが、続いた弥堂の言葉にまた首を傾げることになった。



「俺は希咲には水無瀬への害意が無いと思っている。だが、それは俺がそう思っているだけで実際にはどうかはわからない」


「は……? え? なんて?」


「俺には何もかもを見通してこの世の全ての問いに100%の正答を出すような能力はない」


「はぁ……、だから?」


「だから俺が希咲に問題はないと思ったとしても、それが正しいとは限らない。だから疑うし、念のため殺しておけば後々の面倒とリスクが減ると考えている」


「ダ、ダメだこの人……! 人間不信極まると自分のことも疑っちまうからこうなるんッスね……」



 人として終わっている男のあまりの手の施しようのなさにメロは戦慄する。



『フフフ、ユウくんかわいい。大丈夫! お姉ちゃんだけはユウくんの味方よ!』


「うるさい黙れ」



 ここぞとばかりに年季の入ったストーカー女がアピールするが、人の心を失くした怪物は一切揺るがない。



「それに、理由はそれだけじゃない」


「え?」



 ブラジャーのことは無視して隣のネコさんに話を続けた。



「希咲自体に問題がなかったとしても、あいつの周囲や背後のことはどっちかわからない」


「ん? それってナナミの幼馴染とかいう連中のことッスか?」


「そうだ。それとそいつらの家、親族、他の繋がりも全てだ」


「な、なんで? ナナミとずっと友達だったヤツらなら大丈夫なんじゃ……」


「呆れたな。本当にわからないのか?」



 まるで人間の子供のようなことを言い出した悪魔に弥堂が侮蔑の眼を向けると、メロはムッとして言い返す。



「オマエの言うことを100%わかるヤツなんて、多分この世に一人もいねえッスよ!」


「教会、京都、東京新分庁……」


「え?」



 だが、言い返すでもなくまるで関係のない単語を並べ始めた弥堂に戸惑い、メロの勢いは萎んだ。



「日本だけじゃない。他の国の名前も出していたな」


「オ、オマエなんの――」


「エクソシスト――」



 意味がわからないと訴えようとした時、弥堂が口にしたその言葉にメロは息を呑む。



「この世界にはそういう連中が存在しているんだろう?」



 弥堂のその問いにはすぐには答えられなかった。


 メロのような力の弱い悪魔にとって、その存在は恐怖の対象ともなるからだ。


 だが、返す言葉がすぐに浮かばなかったのはそれだけが理由ではない。



「アスやボラフがそんなことを口にしていた。この世界にはお前のような悪魔や、ゴミクズーのような魔物と戦う力を持った、エクソシストと呼ばれる人間が居るのだろう? 違うか?」


「い、いや、違くないっつーか、確かに居るッスけど……」


「なんだ?」


「えっと、つーか、少年がその退魔師エクソシストじゃないんッスか?」



 魔物や悪魔に関する知識があり、それらを前にしても恐れず、それどころか戦いを仕掛けて実際に滅ぼしてみせた。


 メロはてっきり弥堂のことをそうだと思っていた。



 弥堂は特に間を置かずに答える。



「俺は違う」


「は? じゃあ、なんであんな風に悪魔やゴミクズーをぶっ殺せたんッスか?」


「生きているからだ」


「え? い、いや、それだったら誰でも出来ることになっちまうッスけど……」


「そうだ。誰でも殺せる」



 メロの毛がブワッと膨らむ。



「生きているのなら必ず死ぬ。死ぬということは殺せる。だから生き物は誰にでも殺せるし、殺される。それがニンゲンでも悪魔でも……」


「…………」



 弥堂の表情に変わったところはない。


 しかし、そののっぺりとした黒い瞳の中に、常軌を逸した彼の戦いの本質が垣間見えたような気がした。


 それを見て、メロは彼への恐怖を思い出した。



「それはどうでもいい。それより、俺はこの国で生まれた。そして中学に上がるまでは普通の子供として育った」


「は? え? いきなりなんッスか……?」



 メロのそんな心情など他所に、今度は突然身の上話が始まったので戸惑う。



「それまでの時間で、魔物だの悪魔だの――そんなモノがこの世に存在しているなんてことを俺はまるで知らなかった。そんなことはアニメや漫画の中だけの話だと思っていた。そうして知らないまま異世界へと渡った」


「……ん? なんて? 異世界?」



 すると大してキャラ設定にも言及されていない中学生の弥堂くんに開幕からトンデモ展開が起こる。視聴者であるメロは光の速さで置き去りにされた。



『オイ悪魔! もっとユウくんが気持ちよくお喋り出来るような相槌を心掛けろ! 自我を出すな!』


「す、すんませんッス……」



 しかしこの場では語り手が絶対というルールがあるようで、過激な古参様に怒られてしまった。初見さんのメロは肩身の狭い思いをしながら耳を傾ける。



「異世界には魔力だの魔術だのと、そんな不思議な力が当たり前のように存在していた。悪魔や天使にも出遭ったし魔物も居た。最初は驚いたがそういう世界なのだと割り切り受け入れた。そして1年ちょっと前にこっちの世界に戻ってきた」


「え、えっと……? つまり、そういうファンタジー的なモノはこっちには無いって思ってたってことッスか?」


「そのとおりだ」



 特に何事も語られずに弥堂くんの異世界での旅が終わったことにメロは納得がいかなかったが、古参が恐かったので自我を押さえたコメントを心掛けた。


 弥堂は厳かに頷く。



「だが、そうではなかった。今お前が俺の目の前に当たり前のように存在していて、当たり前のように日本語を喋っている。悪魔が居て魔法少女が居て魔法が在った。こっちの世界にも“それ”は在ったんだ。それを最近知った」


「……それはわかったッスけど。でも、それがマナとナナミのことにどう関係あるっていうんッスか?」


「お前らが――悪魔や魔物が存在していること自体が問題なのではない。問題は、お前らのようなモノが当たり前のように存在しているのに。俺たち一般人はそのことを知らないのに。それでも当たり前のように社会が正常に保たれていること。それが問題だ」


「ん? それの何が悪いんッスか? 意味がわかんねえッス」



 困惑したように眉間を歪ませる悪魔に、弥堂は僅かに眼を細めた。



「今回はお前らが故意に魔物を生み出していたようだが、それとは関係なく魔物は自然にも発生するだろう?」


「そッスね。時間かかったり変な風に混ざったりするッスけど」


「それなのに、人間の社会でそれが目撃され、被害が出て、騒ぎになる。そんな話が全くない。だが、そんなわけがないだろう?」


「だからそれは――」


「――そうだ。エクソシスト。つまり、魔物や悪魔などに秘密裏に対応している者たちが存在するからだ」


「んー……? えっと、要するに。ナナミがエクソシストだって言いたいんッスか? だからバレるとマズイって、そういう話ッスか?」


「バレるとマズイのはそうだが、希咲がどうかは知らんな」



 弥堂は適当に答えて肩を竦める。


 だがメロは納得がいかないようで、難しい顔をした。



「でもッスよ? ジブンこれまで何回かナナミと一緒に居て、そういうチカラが使えるような大きな魔力を感じたことないッスよ」


「そうか」


「それも隠してるってことッスか? 少年はナナミにそういうの感じたことあるんッスか?」


「魔力はわからないな。水無瀬くらい逸脱していれば俺にも感じ取れるが、そうでもない魔力の差を測れるようなセンスは俺にはない」


「うーん……、確かに完全なパンピーよりは魔力あるかもだけど、一般人でもいるくらいの量ッスよ?」


「魔力は問題じゃない」



 弥堂は意識して自身の眼に魔力を流し、魔眼を起動した。



「問題になるのは“魂の強度”だ。水無瀬のことを覚えていられるかどうかには、“魂の強度”が一定以上であることが条件になっていると俺は見ている」


「それジブンにはよくわかんねえんッスけど、そういうヤツって魔力持ってたりするんじゃないんッスか?」


「半分正解だな」


「半分……?」



 不可解そうに首を傾げるネコに説明する。



「“魂の強度”が高いというのは“魂の設計図アニマグラム”が優れているということだ。優れた“魂の設計図アニマグラム”の持ち主は魔力も持っていたりすることが多い。だが、魔力が多少あるからといってそいつの“魂の設計図アニマグラム”が必ずしも優れているとは限らない」


「ネ、ネコさんにはちょっと難しい話ッス……」


「というかお前ら悪魔はそういうのを看破したりできるんじゃないのか?」


「出来ねえことはないと思うんッスけど、なんとなくコイツやべーとか、コイツすげーとか、感覚的なんッス。ジブンら魔力にはけっこう敏感ッスけど、魂とかはあんまり……」


「へぇ」


「ほら、アス様がたまに片っぽだけのメガネしてたろ? あれがそういうのを見たりする魔導具なんッスよ。つまりアス様クラスでも素ではハッキリわかんねえってことなんじゃねえッスか?」


「なるほどな」


「つーか、話逸れたッスけど、要するに少年は、ナナミはその魂が強いヤツだって言いたいんッスか?」


「そうだ。だからこそあいつは水無瀬を忘れていないし、そうであるからこそエクソシストだのと関りがある人物だと考えている」


「うーむ……」



 少し呑み込めてきた様子のメロにさらに話を続ける。



「エクソシスト――俺の知識にあるものだと、魔術師に近いものだと考えている。合っているか?」


「そうッスね。それでいいと思うッス」


「希咲がそれかはわからない。だが、おそらく学園を運営している郭宮くるわみやや御影。あいつらはそうだと思う。それから希咲の幼馴染である紅月、蛭子、天津。これらの家はその郭宮と関わりが強いと思われる」


「そいつらが退魔師エクソシスト……、この国だと陰陽師か。そうだって言うんッスか?」


「陰陽師? なんだそれは。エクソシストとは何か違うのか?」


「いや、呼び方が違うだけッスよ。国とかによって名前とか、使う術とかがちょっと変わるみたいなんッスけど、原理はどれも魔術らしいッス」


「へぇ、それは知らなかったな。お前の口ぶりだと自分で遭遇したわけではなさそうだが、誰かにそう聞いたのか?」


「いんや、これは悪魔学校で習ったッス。ニンゲンさんにイタズラしに行く時の注意みたいな。悪魔学校の修学旅行で京都とか行くこともあるッスから――」


『――クラァッ! この新参がァ! ユウくんは違うことを話してただろうが! ちょっとコメ拾われたからて調子こいて連投して話逸らすんじゃないわよ! 隙あらば自分語りしやがって……! そんなんでユウくんの気を惹けると思わないで!』


「す、すいませんッス……」


『さぁ、ユウくん! お姉ちゃんが場を整えてあげたから! 続きをお話して!』


「…………」



 弥堂は悪魔の修学旅行に若干興味があったが、自治厨が面倒なので努めて自制し話を戻す。



「……郭宮の関係者連中がそうだと、裏はまだ取れていない。この地に昔から居座っている暴力団と俺は少し関係を持っているんだが、チャカでもシャブでも言えば何でも用意してくれる連中が、郭宮の情報だけは漏らさない。だから古くから根付いているものなのだと思う」


「……マナがそいつらに狙われるって?」



 チャカとシャブをくれる暴力団との関係にメロはすごく引っ掛かったが、頑張って聴こえなかったことにした。



「さぁな。今回の事件をヤツらがどう解釈するか次第だろう。水無瀬はこの街を確かに救ったが、一方で自分の問題に街を巻き込んで危険に曝したという見方も出来る。陰陽師とやらがどういう考え方をするかは俺にはまだわからないからな」


「そんな……、マナはあんなにがんばったのに……」


「お前が言えた立場かよ」



 茫然と呟くメロに、弥堂は「ハッ――」と鼻で嘲笑った。



「だからわからない以上、水無瀬をヤツらの前には出せない。ニンゲンなのか、悪魔なのか、悪魔の要素を強く持ったニンゲンなのか。今の水無瀬を見て連中がどう判断するかが読めない以上はな」


「それは……」


「ちなみに一応聞くが、退魔師エクソシストでも陰陽師でもどっちでもいいが。そいつらは悪魔に寛容か?」


「……いや、基本的には見つけたら殺しに来るッス」


「だろうな。俺の言いたいことがそろそろわかったか?」


「……ナナミだけならともかくってことッスね。ジブンにもようやくわかってきたッス」


「そうか。それは助かるな」



 遅れて深刻そうな顔になってきたメロに弥堂は至極どうでもよさそうに答えた。


 だが――



「――でも、それならッスよ? もしもナナミがそいつらの仲間なら、ナナミに事情を説明して、なんとか間に入ってもらうとか……」



 いいことを思いついたと喋り出したメロに、弥堂はまたすぐに呆れた顔になった。


 その雰囲気に気付いてメロは途中で言葉を止める。



「なんッスかまたそのリアクション」


「お前は馬鹿か」


「ハァッ⁉」



 再度溜息を吐いて、弥堂は子供にそうするように、当たり前のことを言い聞かせるために億劫そうに口を開いた。



「希咲とその周囲だけで済む話なわけがないだろ」


「家族もってことッスか……?」


「それもそうだが、それだけじゃない。よく考えろ。というかオマエは知っているはずだ。郭宮、紅月……、退魔師エクソシストはこいつらの家だけじゃないだろ」


「あ――」


「いくら古い家で親戚が多かろうが、所詮は個人の範疇だ。こいつらだけで日本中、世界中の魔物などの問題に対応できるか? そんなわけがない。あるだろ? 仕組みが――」


「しくみ……」


「――社会に。国に。人類全体に。魔物や悪魔などに対抗し、そしてそれを隠す為の仕組みが。そうでなければ一般人が何も知らずにのうのうと安穏に生活を送れているはずがない」


「た、たしかに……」


「そいつらに水無瀬の存在を気付かせるわけにはいかないと言っているんだ」



 重大な事実に気付いたといった素振りでメロは茫然とする。


 そんな彼女に弥堂はまた呆れた眼を向けた。



「というか、何故お前が知らないんだ。何よりお前ら自身に関わることだろ。悪魔学校とやらで習わないのか?」


「いや、一応習ったような気もするんッスけど……。なんせジブン、イジメられるからあんま学校行ってなかったんッスよね」


「ボラフやアスの口ぶりから予想してはいたが、どうやら正解だったようだな」



 嫌な予感ばかりがかなりの確率で当たると、今度は自分自身に呆れる。



「で、でもッスよ? その仕組み? って要は警察みたいなモンだろ? それなら一般人を守ってくれるんじゃ……」


「あのな。あいつのどこが一般人だ」



 だが、自分よりもよほど愚かな生物が目の前にいるおかげで自嘲の気分はすぐに晴れた。



「俺の水無瀬への評価は、人類史上類を見ないレベルの天才だ。魔法だの魔術だのが当たり前だった異世界でも、あんなモノは視たことがない。それとも、こっちの世界の退魔師エクソシストとやらは、あれが標準かそれ以下のレベルなのか?」


「……いや、比較になんないッス。ジブンそいつらに会ったことないッスけど、それでもそれは言い切れるッス。マナは飛び抜けた天才ッス。魔王級とかそれに匹敵する大悪魔に勝てるニンゲンなんているわけないって思ってたし、そう習ってたッス」


「だろうな。そんなヤツを一般人と呼ぶのは無理があるし、連中も当然そうは見てくれない。例えば警察や軍の中に、対魔物部隊なんてものがあったとして。そいつらがそんな天才を見つけたらどうすると思う?」


「え? マナ捕まっちゃうんッスか⁉」


「もしくは仲間になるよう強要されるだろうな。どちらにしても野放しにはしてくれない。あれを見逃すような組織なら――今日この日まで、魔物だの魔術だのの存在を世間に隠し通せているわけがない」



 そう説明すると弥堂の危惧がメロにも伝わり始めたようで、彼女の表情に焦燥が浮かぶ。



「で、でも、仲間になったらダメなんッスか?」


「ダメだ。少なくとも今は」


「どうしてッスか?」


「仲間とは言うがな。実際にそこの一員になったら何をやらされると思う?」


「なにって、魔物退治だろ? 魔法少女の活動とあんま変わんねえような……」


「それだけならいいがな」


「え?」



 メロがどうにか楽観視しようとしても、即座に容赦なく弥堂に否定されてしまう。



「なにが心配なんッスか?」


「アスが映像で見せてきたろ? 街に侵攻した屍人グールが人間を襲っているところを」


「それがなんッスか?」


「あちこちでグールに襲われる映像。その中に退魔師エクソシストは居なかった。ただの一人も。あの事態の中で即座に広範囲に対応が出来ない。つまり退魔師エクソシストの数は少ないと考えられる」


「そういえば……」



 弥堂の指摘に、当時に見た映像を思い出しながらメロは納得をした。



「この世界には魔素が少ない。質も悪い。つまり頻繁に魔力運動が起きていない。それは魔術師が少ないからだ。国のお抱えの退魔師エクソシストがいたとしても、その絶対数は決して多くはないはずだ」


「それはそうかもしんねえけど、でもそれのなにがダメなんッスか? そうしたらマナは逆にヒーロー扱いになるかもッスよ」


「それが問題だ」



 ふと記憶が視せてこようとする過去の映像を意思で跳ね除けて、弥堂は説明を続ける。



「例えば100体のグール。これを処理するのに一般的な退魔師は何人必要だ?」


「ん? どうッスかね……。多分、何十人か要るんじゃないんッスか?」


「水無瀬はそれを一人で一瞬で滅ぼす。そんな便利な戦力、徹底的に使い潰されるぞ」


「え……?」


「それだけならまだマシだ。相手が魔物や悪魔だけなら……」



 弥堂の瞳の昏さが深くなる。


 メロはそれに引き込まれるように真意を問おうとするが――



『――うっ……、うぇっ……、うえぇぇぇぇ……っ、ぶえぇぇぇぇぇぇ……!』



――突如隣から聴こえてきたカバのような鳴き声に我にかえった。


 嗚咽を漏らすのはしばらく黙っていたエアリスさんだ。



「こ、この人いきなりどうしたんッスか……?」


「ほっとけ。メンヘラは勝手に突然泣き出すものだ」


『ユウぐぅぅぅんんっ……!』


「うるせえな」



 涙声で名前を叫ばれ、弥堂は不快げに顔を顰めた。


 ブラジャーに鼻はないはずだがエアリスさんは「グズグズっ」と何かを啜り鳴らしてから喋り出す。



『お姉ちゃんにはわかったわ! つまりユウくんは小娘を自分と同じ目に遭わせたくないってことね?』


「違うが?」


「え? 同じ? コイツとマナのどこが……」


『口を慎めクソ悪魔ァ……ッ!』



 自身の大事な家族と人間失格を一緒にされることにメロが遺憾の意を表明しようとすると、数秒前まで大泣きしていた女が激昂した。


 メンヘラに火がついたことで話の継続が困難になったことを弥堂は実感する。



 メンヘラとは周囲の空気や話の流れ、全体の都合など関係なく自分のしたい話しかしない。


 非常に目障りな存在だが、確かにメンヘラがこの『世界』に存在している以上は、『世界』がそれを許しているからということになるのだ。


 なので、所詮は矮小な身に過ぎない弥堂は諦めるしかない。



 適当に付き合ってやらない限りメンヘラは暴れ続けるので、弥堂は面倒そうに溜息を吐いて彼女の話に耳を傾けることにした。

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