2章04 『Private EYE on a thousand』 ④


「――なんの話でしたっけ?」



 起床してから1時間も経たずに本日二本目のエナ汁を飲み干した後のみらいさんの第一声は、案の定そんな言葉だった。



「だからぁ……っ! あいつが犯人っぽいけど論理的に考えると犯人じゃないからなんかムカつくとか。無罪は解釈違いとか」



 希咲は苛立ち混じりにまとめる。


 すると、みらいさんはこれ見よがしに驚いた顔をしてみせた。



「まぁ。七海ちゃんったらなんてヒドイことを。いくらなんでもそんな雑な決めつけはよくないです。実は“せんぱい”にだって人権はあるんですよ? ったく、これだからギャルはよぉ」


「あんたが言ったんだろうがっ!」



 勢いよくツッコんでくれるお姉さんに望莱は満足げに微笑む。


 その顔を見て、希咲も表情を真剣なものに改めた。


 二人は暗黙の了解で元の話に戻る。



「結局――あいつがなんで事件の時に港に居たのかをハッキシさせないとダメってことよね?」

「ですです」


「んー、倉庫整理のバイトとかどう? たまに高校生でもOKって募集してるわよね」

「いいえ。それはないです。場所的に倉庫とは違いますし。なによりドレスコードに引っ掛かります。倉庫整理でも工事現場でも、こんな歌舞いた作業着のバイトくんは居ないです」


「ま、そっか。悪の怪人だもんね……」



 弥堂に気を遣って擁護にチャレンジしてみた希咲の意見を否定してから、望莱は自身の見解を語りだす。



「ここは美景市南端にある美景港。映像に映っているのは港の敷地内にある仮設の工事現場となっている場所で、資材とか工事車輛の置き場にもなっていた所です」


「普通の人は来なそうなトコね」


「はい。カメラに映っていた“おじおじ”は、大橋 勘太さん。40代の男性。この現場で働いている工事関係者ですね」


「あ、そうなんだ」


「だから簡単に裏がとれたんです。まぁ、昔ヤンチャしてて警察のお世話になったこともあったようなんですが、むしろその時のログがあったおかげで、昔からこの街に住んでいる人だってすぐに判明したようです。『身元! ヨシ!』って」


「うぅ……、“おじおじ”はすぐに無罪になったのに、あいつってば……」


「うふふ」



 希咲がウソ泣きで同情をしてみせると望莱は楽しげに笑う。


 そして話が続く。



「この日は街で『外出自粛令』が出ていました」


「そういやそんなのあったわね」


「はい。ですので、当日に急遽工事はお休みなってしまったんです。しかし、だからといって『うぇーい! やったぜ休みだー! おいオメエら! いっちょ北口で女でも買おうぜ!』とはならないのがオトナのツライところ。“おじおじ”は休工中に現場で事故などが起こらないよう、資材や機材がしっかりと片付けられているかを確認に来たそうです」


「あ、マジメに働いてるオジさんだったのね」


「えぇ。頑張ってる“おじおじ”だったのです。なのに、そんな時にゾンビさんに襲われてしまった不運な“おじおじ”でもあります」


「うぅ……、ゴメンね“おじおじ”。きもいとかゆって」


「うふふ」



 今度は心から同情して涙を流す。



「と、いうことで“おじおじ”はシロ。それに比べて“せんぱい”の容疑は一向に晴れません。お休み中の工事現場に無関係な普通の高校生がいるはずがないです」


「え、えぇっと……、ほら? 近くの倉庫でバイトしてて、騒ぎを聞きつけて……、苦しいわね。自粛でどうせそっちもお休みのはずだしね」


「はい。それもあるんですが、実はこの区画ってちょっと特殊な場所なんです。外出自粛だろうと普通の日だろうと、一般人の出入りってほとんど無い場所なんですよ」


「そうなんだ。特殊って?」


「美景の港って“新”と“旧”で分かれてるの知ってますか?」


「んー……?」



 人差し指を唇に当てて目線を上げる希咲に、望莱は答えをすぐに提供する。



「ほら、わたしたちが美景を出る時に船に乗った場所。あそこが昔からある方の旧港です。それで海外との貿易をもっと拡げようって名目で新しく開発している場所。そこが新港です。船が出発する時に見えませんでしたか?」


「あー、わかった。あの、なんか知んないけど一生工事してるトコだ」


「ですです。常に利権で揉めてるから中々工事が進まないんです。なので、あそこは一般的にはまだ稼働していない区画なんですよ。基本関係者以外立ち入り禁止です。つまり――」


「――普通の高校生じゃなかったとしても、用もないのにそんなところに居るわけない。偶然通りがかるなんてこともありえないってわけね」


「そうなんです」


「うぅ……、情報が増えれば増えるごとに余計あやしくなっていくなんて……。なんなのあいつ……」


「うふふ」



 そして今度は事実を受け止める側の自分に同情して欲しくなって希咲は泣いた。


 望莱は一度微笑んで表情を戻す。



「――ってことで、このみらいちゃんは考えるわけです。この人なんでここに居たんだろう。何処から、どうやって来たのか。というわけで調べてみました」


「え? そんなこと調べられんの?」


「はい。時に七海ちゃん。この港に行く時ってどうやって行きます?」


「どうやってって……、えーとほら、国道のさ。モールのとこ。あそこの交差点曲がってこう……、あのおっきめの道を真っ直ぐ……?」


「はい。あれは県道ですね。地図上だと美景市の東西をつなぐ国道が横方向に敷かれていて、県道は北と南の縦方向。つまり県道を真っ直ぐ下に降りていくわけです」


「うん。で、それがどうしたの?」


「港に行くためには必ずあの県道を通るんです。だから県道には一定間隔でカメラが設置されています。海と繋がる港に出入りする人は24時間全チェックです」


「うわ、あそこってそうなんだ。こわ」


「だから弥堂せんぱいが、いつ、どうやって港に来たのかを知るために、そのカメラの映像をチェックしました。そうしたら出ました。新たなる怪しいポイントが」


「あいつ終わってるわね」



 いい加減呆れてジト目になってしまった希咲に、望莱はさらに情報を与えていく。



「“せんぱい”はバイクに乗って県道を走り、そして美景港に入りました。あ、ちなみにそのバイクは1年くらい前にしっかりと盗難届が出ていました」


「マジおわってんだけど!」


「まぁ、今更バイクの盗難くらいはヨシとします。ただ、ここで奇妙な点が。この県道って港から車で数分くらいまでの区間には横道がないんです」


「横道? どゆこと?」


「つまり、です。港の付近まで来るとどこか横に曲がって他に行くことは出来ないし、逆に横道から入ってきて港に行くことも出来ないようになっているんです。そうやって普段から限定的に封鎖された区間があるんですよ」


「うわ、そんなにガチガチの場所なんだ」



 今回のような紅月家の用事で希咲も何度か出入りしたことのある場所だったが、そんなにも厳重な防犯体勢が敷かれていたとは知らずに驚く。



「で――ですよ? “せんぱい”はその封鎖区画のカメラには映っていました。盗んだバイクで走っちゃってる姿が」


「え? うん」


「でも、それよりももっと手前――北側の区間のカメラには映っていないんです。ここでの『映っていない』の意味。わかりますよね?」


「まさか――」


「――そうです。正確には『映っていない』のではなく、『せんぱいの映った映像が無い』。ここにもありました。不自然に消えている部分が」


「それってさ」


「はい。“せんぱい”が港に居た時間から逆算すると、その消えた部分には彼が通行した姿が映っていた可能性が高いです」


「じゃあ、港の映像の消えてる部分にも弥堂が……?」


「いいえ。実はですね、県道の消えた映像は、港の消えた映像とはちょっと違うんです」


「違う……? って、なにが?」



 望莱の言い回しに不穏さを感じた希咲は無意識に声を潜めて問いかけた。



「お浚いになりますが、港の消えた映像って、なんで消えているのかわかんないって感じだったじゃないですか? なんかうっかり消しちゃったかもですーとかって、適当な感じで」


「うん。そうだったわね」


「でも県道のは違うんです。こっちの映像は、何故か消えてしまっているではなく、明らかに外部からクラッキングを受けた形跡があるようなんです。つまり、不思議現象ではなく、通常の不法な手段で消去されたものだということになります」


「通常の不法ってちょっとイミわかんないけど……、うん。わかった。ついていけてる」



 希咲と目を合わせて彼女の理解を察し、望莱は指を二本立てて画面に映す。



「今のが不審点一つ。そして次の不審点は、この県道の映像の消えている部分。これは消されていると誰にでも認識出来ること、です」


「ん? どういう意味?」


「港の方は、“わかる側の人”が指摘しないと、誰もが映像が欠けていることに気付けなかったですよね?」


「“わかる側の人”……、あ、そっか。魂の強度。“こっち側”ってことか」


「そうです。ですが、県道の方は“わからない側の人”に何も言わずに調べさせても普通に映像が欠けているって気付けるんですよ。『え⁉ た、たいへんです社長っ! これハッキングされてますよ!』って」


「……ってことは」


「明らかに違いますよね。同じ日の同じ時間帯に同じような場所で同じように映像が消えているのに、これらは別々の手法で消されている可能性が高いんです」


「なんか、またややこしくなったわね……」


「まぁ、この問題は今真相まで考えなくても大丈夫です。重要なのは――一つ、弥堂せんぱいの映像が消されていること。二つ、それは通常の範囲の方法で行われていること。三つ、それが消えていることが誰が見てもわかること」


「…………」


「今はこの三点だけ覚えておいてください。この少し後の話でこれらが重要になってきますので」


「わかった」



 二人共に一つ息を吐いて、一旦の切り替えを行った。



「では、一旦置いておいて。“せんぱい”の侵入路の話に戻ります」


「うん」


「港の手前の封鎖区画よりもっと北側の県道のカメラ映像には彼の姿がない。映っていたと思われる箇所が消されている。では、実際何処からどう進んできたのか。その足跡を辿るために、県道沿いにあるいくつかの建物――主にお店ですね――これらの防犯カメラの映像も洗ってみました」


「そんなにどこもかしこもカメラ付いてんだ……」


「いいえ。それがそうでもないんです。民間のお店の場合、こっちで勝手にカメラなんか設置出来ないですし。なので出来る範囲で調べました」


「あぁ、そっか。まぁ、そうよね。防犯カメラが付いてるお店だって、あんたんトコの会社と契約してるとも限らないしね」


「はい。ということで、ムカついたので、その他社製の防犯システムにハッキングを仕掛けました」


「はぁ⁉」



 油断をしていたところに爆弾を放り投げられて希咲の目が丸く開く。



「我が社の誇るサイバーチームが実にいい仕事をしてくれました」

「犯罪じゃん」


「正義のホワイトハッカーです」

「ちょーブラックじゃん」


「安全保全の観点からやむなく」

「安全壊れちゃったじゃん」


「…………」

「…………」



 お互い譲らずジッとスマホごしに見つめ合う。


 少しして、お互いに一旦流すことにした。



「今はこんなことで争っている場合ではないです」

「一旦だから。あんた後で絶対にお説教だかんね」


「そんな……、わたしはよかれと……」

「ねぇ? 今回の件、あんたが犯人じゃないでしょうね。あたしの中で弥堂と同じくらい、あんたも“そういうキャラ”なんだけど」


「誤解です。弁護士に言いつけます」



 馴れたやりとりをしてそれで手打ちとする。



「で? 結局何が見つかったの?」


「それが、せんぱいは映ってなかったんです」


「えー? そこまでやったのに?」


「でもでも、ほんの一部ですが、同様に消されているものも見つけました。このことから、ウチのシステムだけを狙ってやっているわけではないことがわかりました」


「でも、結局有力な情報はないのか……」


「いいえ。実は他で見つけました。バッチリと弥堂せんぱいが映っている映像を」


「え? まじ?」



 もう調査済みの話ではあるのだが、進展を見せた望莱の話に希咲は思わず前のめりになる。



「県道にホームセンターあるじゃないですか?」


「うん。昔っからあるやつね」


「あそこの経営元の会社って、実は結構前にパパの会社が買収していたんです。で、あそこの防犯カメラって古いやつで。ネットに繋がっていないんですよ」


「へー」


「だから、令和最新版にするべきです! って、親会社の社長の娘であることを前面に押し出して、以前にウチのカメラを売りつけようとしたことがあったんですけど……」


「あんたホントろくでもないわね」


「そしたらですよ? 経営不振中だからそんなお金ないって、泣きながら土下座されてしまいました。その時はそれで帰されてしまってそれきり忘れていたんですけど……、今回ピンっときてそのことを思い出したんですよ。というわけで、ダメ元でスタッフをそのホムセンに行かせて、親会社の社長の娘の使いであることを前面に押し出させて、警備室に保存されてる映像を直接確認させたんです」


「サイテー……、だけど、それでまさか……」


「はい、ビンゴです。事件当日の録画に“せんぱい”が映ってました。ちょっとの時間だけでしたけど。どうもハッキング犯はネットの専門みたいですね。まぁ、ハッキングだから当たり前ですけど。でも、アクセス手段と攻撃手段がネットオンリーである可能性が高いことがわかりました」



 希咲は慎重な目で、薄く笑うみらいの顔を見る。



「それで、弥堂は何を……」


「はい。“せんぱい”が映っていたのは屋外の駐車場。県道脇の歩道に面している端っこの方ですね」


「買い物……、なんかじゃ当然ないわよね」


「はい。お店には一切入っていないです。“せんぱい”はそこで4名の男性と会っていました。一緒にここに来たわけではなく。先に男性グループが駐車場に居て、そこに弥堂せんぱいが来た。そして、“せんぱい”は彼らからバイクを受け取った」


「仲間、なのかな?」


「わからないです。かなり小さくしか映ってないですし画質も悪いので。現在解析と特定を急がせています」


「ってことは、あいつはホームセンターまでは徒歩かなんかで来て、そこからバイクに乗って港まで来たってことね」


「おそらくそうでしょう」



 希咲は記憶にあるホームセンターと県道を思い出しながら当時の様子を想像する。



「この行動からすると、当日港に偶然居たなんて可能性はもうゼロです。“せんぱい”は明らかに目的を持って港を訪れています」

「それって、なんなんだろ……」


「そこで、ですね。わたしここでもう一個ピンっときたんです」

「え?」


「七海ちゃん。何日か前の、一回目の龍脈の暴走。憶えていますか?」

「そりゃもちろん。あたしもまだそっちの島に居た時よね」


「はい。あの日、学園の警備システムはハッキングを受け、無効化されました」

「あ、まさか――⁉」


「そして、その日も、“せんぱい”は現場である美景台学園に居た。本来居るはずのない深夜に」



 希咲はハッとする。


 これには希咲にもピンっとくるものがあったからだ。


 ピンっとくるというかむしろ――



(――知ってた!)



 今回の港の件はともかく、学園の方に関しては以前にもしかしたらと予想をしていたのだが――



(――あんにゃろ……! やっぱやってやがったな……!)



 それが当たっても全く嬉しくなんてなかった。



 さらに嬉しくないのが、希咲は自分がそう予想していたことを仲間にも隠していたのである。



(う、うぅ……、なんかあたしまで共犯なんじゃって気がしてきた……)



 大変気まずい思いをし、七海ちゃんはキョドキョドと目を泳がせる。


 話を止めてその様子を見ていたみらいさんがニコーっと笑った。



(あ、バレてる……)



 そのことを悟り、希咲もとりあえずニコーっと笑い返した。



 数秒そのまま見つめ合い、お互いに一旦スルーした。



「んんっ。そして、その日も、“せんぱい”は現場である美景台学園に居た。本来居るはずのない深夜に」

「……どっちも、龍脈がらみの事件よね」


「ただ、このことだけで直ちに彼が犯人だとは出来ない。けれど、今回の一連の事件にガッツリと絡んでいることはもう間違いがない。ここはもう確定にしていいでしょう」

「…………」



 希咲はここで、また自分が思い違いをしていたように感じた。



 弥堂のことは自分が巻き込んでしまったと少なからず考えていたのだ。


 自分が留守中に愛苗のことを頼んだから。


 そしてさっきまでは、彼は愛苗に繋がる手掛かりのような存在だという風に見ていた。



 だが、ここまでの望莱の話を聞いて、それは違ったのではないかと思った。



 もしかしたら、彼は自分や自分たちとは関係なく、彼個人として今回の一連の事件に関わっていたのではないか。


 むしろ自分なんかよりももっと中心に近く、もっと大きく影響をして。



 相変わらず敵なのか味方なのかはわからないままだが、しかしもう彼への見方は変えざるを得ないところまで来てしまったと感じた。



 そうしてより深く考えこもうとしたところで――



「――では次ですが」


「え?」



 それを阻むように望莱が口を開く。



「今、お話したのは弥堂せんぱいが港に現れる前のお話。そしてここからは例の工事現場での映像にあった出来事の後のことをお話します」


「あ、うん……」



 淀みなく続いていく望莱の話に耳を傾ける。



 心の一部を何処かに置き去りにされたような気がしたまま――

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