2章04 『Private EYE on a thousand』 ③
事態は希咲が思っていたよりも大事になっていた。
いや――
元々大事ではあった。
龍脈が乱れ土地が滅ぶか滅ばないか。それと同時に親友が説明の出来ない超常現象のようなものの被害に遭っている。
だから元々大事ではあったし、事実正しく大事だと理解もしていた。
しかし、種類が違った。
思い違いをしていた。
一般人の普通の社会の裏側の見えない場所。
そこで起こっている不思議な事態。
その中で敵を倒せば解決する。
いつものようなそういう種類の大事だと思っていたのだ。
だが、今回は違った。
自分たちのコミュティの外の友人や知り合いまで関わって、さらに警察に捕まるだとか捕まらないだとか――
そういった表の世界でも大事になるような話だとは全く思っていなかったのだ。
もしも事態を止めることが出来なかったら間違いなく大惨事になっていた。
それを引き起こした者がいるのだとすれば、その人物は間違いなく――
「――社会の敵。あるいは国家の敵、ですね」
「…………」
希咲の表情にその考えが表れていたのか、望莱が改めてそう言い直した。
それについてどう思えばいいのかわからず、希咲は複雑な顏のまま彼女へ問いかけた。
「……ジッサイさ、どうなんだろうね」
「どう、とは?」
「あいつ」
「弥堂せんぱいが犯人かどうかってことですか?」
「……うん。どう思う?」
「そうですね……。それは、わかりません」
「……まぁ、そうよね。わかってたらそもそも警察がもう――」
「――あぁ、いえ。そういう意味ではありません」
「え……?」
突然語調を変えて慌てて否定してきた望莱に、希咲は思わず目を丸くする。
「すみません。あ、いえ、そういう意味なんですけど。なんというか……、今の『わかりません』はちょっとニュアンスが違うというか……」
「ん? どゆこと……?」
「えっとですね。テレビとか動画とかで自称有識者がやっているような、所謂、予防線を張った腰抜けコメント的な、証拠とかちゃんと揃ってないから確かなことはまだ『わかりません』って、そういうのじゃなくって」
「あ、うん」
「ぶっちゃけ、ガチのマジでこれもうわっかんねーな、っていう『わかりません』なんです」
「うん……、うん……?」
頭のいい望莱にしては明瞭さが不足した物言いで、希咲も首を傾げてしまう。だが、何となく言いたいことがわかるような気もした。
「あんたでも予測出来ないってこと?」
「どう言えばよいか……、予測すること自体は出来るんです。ただあの人の頭がおかしすぎるから、ほら? 常識とか論理性とか合理性とか全部跳び越えてきそうじゃないですか? だからシロでもクロでもどっちでもあるなって」
「あー……ね。わかる、かも」
言語化に困って眉を寄せていた望莱は、希咲が同意すると俄然勢いづき人指し指をピンと立てる。
「七海ちゃん。一旦、証拠とか論理とかそういうの全部横にポイしちゃってください。ただのイメージだけで考えると、ぶっちゃけあの人『超やってそう』じゃないですか?」
「あ、はい」
「むしろ『やってて欲しい』とすら感じます。事故だか犯行だかの現場にあの人がいたら、もうその時点で『あいつやってんな』ってなるじゃないですか?」
「うん……、う~ん……、うん? うん……」
共感を求めてくる妹分に、お姉さんは唸ることしか出来ない。
ただ、希咲も内心では「めっちゃわかる!」と思っていた。
とはいえ、いくらなんでもそんな乱暴な決めつけはよくない。
そんな風にイメージだけで犯人かどうか判断するだなんて、決してしてはいけないことだし、それが一般常識だ。
しかし、その対象があの男となると、やっぱり『超やってそう』となってしまう。
心の中の最後の一線がそれをそのまま口に出すことを躊躇わせ、七海ちゃんはお口をもにょもにょさせつつも明言することだけは避けた。
「――だからもうあの人が犯人でいいんじゃないかなって思っちゃうんですけど。でも、それだとおかしくなる点もあるんですよね。犯人でも犯人じゃなくても存在するだけで迷惑とか、むかむかのむかです。ホントなんなんですかあの人。悪魔ですか」
「マジそれ。ホンットむかつくわよね。そこはガチ同意するわ」
「めっちゃおもろいですよね」
「なんでよ。今むかむかのむかって言ってたじゃん……、って、あれっ?」
「どうしました?」
たった今『弥堂 優輝=むかつく』で合意に至ったはずなのに、秒で条約破りをされたことについて遺憾の意を表明しようとした希咲だったが、件の望莱の発言の中のある部分に遅れて違和感を持つ。
「えっと、あいつが犯人だとおかしい点ってなに?」
「あぁ、それですか。もしもせんぱいが犯人だとすると、港のカメラに映っていた彼の行動と整合性がとれなくなるんですよね……」
「あっ。そういや実際カメラに何が映ってたのか聞くの忘れてた。あのバカあんなとこで何してたの?」
「それがまた一言では何とも説明しづらいのですが……」
「えぇ……」
困ったように眉を下げる望莱に、希咲も眉をふにゃっとさせる。
嫌いなあの野郎に関わることなのでなんとなくヤになったのだ。
「難しいというか、例によってツッコミどころが多いんです」
「うん? たとえば?」
「まずはファッションチェックですね」
「えー? あいつのファッションとか死ぬほどどうでもいいんだけど……」
「それが聞いてくださいよ。ありえないんです」
「うんうん」
「なんかー、バイク乗る人が着てるみたいな全身スーツ? 正式名称わかんないですけど、そういうのあるじゃないですか」
「あー、うん。わかるわかる」
「そんな感じの着てて。あっ、真っ黒でした。黒づくめ」
「あー、そういう系かー……」
「しかもですよ! これがヤバイんですけど、その上に制服のブレザー羽織ってるんです! 休日なのに! 私服の上だけ制服!」
「うっわ、ないわ……」
「ですよね? わたしも見た瞬間思わず『ダッダダダダダセェ……ッ⁉』って叫んで白目になっちゃいました。そしてすかさずスクショしました」
「それあとで送ってよ。ベツに見たくないけど、今度あいつに会った時にそれで攻撃するから」
「あ、今送りましたー」
「ん。ありー……、って、アッハハハハだっさー! マジうける」
「しかも本人、お顔がめっちゃキリってしてるじゃないですか? 迫真!って感じで。『遊びは終わりだ』とか言ってそうじゃないですか」
「キャーこわーい! アハハハハハ……ッ! まって! やめて! おなかいたい……っ! もうやめて! そういやあいつこんな顔で『ここはもう戦場だ……!』とか言ってた」
「ここはもう戦場だ――キリッ」
「キャハハハハッ、アテレコむりぃー……っ!」
みらいさんが得意のモノマネを繰り出すと七海ちゃんはお腹を抱えて悶絶しながらパタパタと足を動かす。
「なんかアレみたいですよね。悪の怪人的な」
「あいつ、自分はそんなのと戦ってる方だみたいなこと言ってたわね。闇の組織?を探して空き地で穴掘ってるとか」
「なんですそれ? 闇の者を落とし穴に落っことしてやっつけるんですか?」
「や。知らんけど。夜に通話した時そんなこと言ってた」
「まぁ、せんぱいったらとっても不審者さんです。一日24時間の中で不審じゃない時間はどれくらいあるんでしょう」
「さぁ? ないんじゃない? 寝てても不審そう。でも、そう考えるとやっぱ犯人力高いわね……」
プロフェッショナルなJKである希咲さんと紅月さんは、同じ学校の嫌いな男子の悪口で盛り上がった。
一頻り弥堂をディスってストレスを発散させてから、思い出したように望莱が話題を変える。
「――あ、そういえばアレも見ましたよ、アレ」
「……っ、あ、あれ……?」
『悪の怪人ビトー』がツボって笑い過ぎた七海ちゃんは目尻に堪った涙を指先で拭いつつ尋ね返す。
「アレです。例の『必殺変態パンチ』です」
「あー、ね。どうだった?」
「はい。すっごく変態でした。なんかキモい感じで」
「でしょ? なんかキモくってマジ変態よね」
「
「なんて言ってた?」
「蛮くんが多分発勁だって言ってました」
「真刀錵は?」
「コクリと頷いて『見事……!』とか言ってました。精悍なお顔で。だから変態確定です」
「ね? やっぱ『変態パンチ』だったでしょ?」
「ですです」
弥堂が大好きなお師匠様に教わって頑張って身に着けた“
「ただ、不自然なところもあるみたいで」
「不自然? キモいってこと?」
「あ、はい。キモいのは間違いないんですが、不自然なのは『威力が高すぎる』ってとこらしいです」
「ん? どゆこと?」
不可解そうに眉を寄せる希咲に、望莱は少しだけ表情を真剣なものに改める。
かなりゆるくなっていた空気が少しだけ元に戻った。
「たまにテレビとか動画で、達人だか仙人だかって人が発勁の実演とかしてるじゃないですか」
「あー、見たことあるかも」
「あれって大抵が板を何枚か割るのが精々って感じですよね?」
「うん。えっと、だから動画のはウソってこと?」
「いいえ。真刀錵ちゃんが言うにはあれはあれで本物も居るらしいです。ただ、本物でもその程度なんだそうです」
「だから弥堂のは強すぎってことか」
「そうです。ですが、今言った“その程度”ってのは普通の一般人が練習なり修行なりをして辿り着ける最高到達点って意味です。ここで言う一般人の意味わかりますよね?」
「うん。その枠を超えた人は“こっち側”ってことか」
つまり弥堂は“こっち側”だという意味だ。
「はい。スポーツ界とかのトップアスリートの中でも極一部の外れ値――そんな天然さんも稀に居ることは居ますけど。せんぱいは“こっち側”確定って考えていいでしょうね」
「あの『変態パンチ』ってそんなに変態だったんだ……」
「はい。すっごい変態です。あのレベルの威力を出せるのは、滅多に表に出てこない中国の仙人さんとか、真刀錵ちゃん家の妖怪おじいちゃんみたいな、そういうレベルの変態さんみたいです」
「うわぁ……マジキモ――って、ちょっと待って!」
ドン引きしかけて希咲はハッと気が付く。
映像の中で彼は“それ”を使用した。
そして『あの威力』。
ということはつまり――
「――もしかしてあいつ、カメラの前で人に向けて打ってたの……⁉」
同様に“それ”を打たれた自分は、もしもあれが当たっていれば致命傷に至っていたのだ。
それならば彼は――
「あー、いえ。人と謂えば確かにまぁ、人かもしれないんですが……。人体ではあるんですけど、厳密には人ではないんですよ」
「ん? どゆこと?」
問われた望莱は微妙な顔をする。
「せんぱいが『変態パンチ』したのはゾンビさんなんです」
「えっ?」
「彼は戦っていたんですよ。映像の中で、ゾンビと」
「あ、なんだ……」
その答えに希咲はどこかホッとする。
クラスメイトが殺人を犯した証拠映像など、頼まれても見たくはない。
「七海ちゃん安心してる場合じゃないですよ」
「へ?」
「ここで話が戻りますけど、これが弥堂せんぱいが犯人だとしたら不可解な点、なんですよ」
「……? なんで? だってさ、あいつってばおっきぃ妖とかにも殴りかかってたかもしんないって、こないだ話したじゃん? ゾンビくらいなら殴りかかっても今更ベツにって感じで、驚かなくない?」
「あー、違います。そっちの視点じゃないんです」
「視点……?」
「もしせんぱいが街へのゾンビの襲撃を仕掛けた側だとすると、話がおかしくなるんですよ。自分で放ったゾンビと戦うって意味わかんないじゃないですか」
「あ、そっか。それもそうよね」
「ですが、だから彼は犯人じゃない――と直ちになるわけでもない。なら、そもそも何故ここに居るのかって」
「うぅ……、あ、あやしい……っ。どうがんばっても常にあやしい……」
「で。どういう状況で戦ってたのかっていうのが、映像からある程度推測できるんですけど……、これがまた話をややこしくするんですよね……」
「えぇ……? あたし、あいつマジでヤなんだけど……」
うんざりするくらい怪しい男への不快感を露わにするが、望莱はお構いなく先を続ける。
「カメラに映ってた人間さんって、せんぱいだけじゃないんですよ」
「え? 仲間かなんかが居たってこと?」
「それがおそらく違うようで、映ってたのは一般男性です。40前後くらいのおじさんが一体」
「一体っつーな。てか、おじさん……?」
「はい。知らない“おじおじ”です」
「なにそれ。キモいんだけど」
不審者+一般おじのコンビに、ギャルJKはさらに嫌悪感を剥き出しにした。
「そのおじさんって――」
「――いえ、この人は完全に普通の“おじおじ”です。警察も既に“おじおじ”に聴取を済ませていて裏も取れています。この“おじおじ”は潔白で無罪です」
「あ、そうなんだ……」
「この“おじおじ”はむしろ被害者ですね。ゾンビに襲われていた一般人なんですよ。そこに“せんぱい”が登場して“おじおじ”を救出したというわけです」
「あ、なんだ。じゃあよくない? 全然犯人じゃないじゃん。てゆーか、ちょっとあいつのこと見なおしたんだけど」
「なに言ってるんですか七海ちゃん。そんなわけないでしょう?」
「へ? なんで?」
本気で理解出来ない様子の希咲に望莱は真剣に伝える。
「いいですか? ゾンビに街を襲わせた犯人なら、自分でゾンビを減らすわけがない。仮に何かそうする必要があって偶々数体処理したのだとしても、一般人を救出するわけがない。しかもその一般人を逃がしています。現場に居ることが疚しい人間だったら目撃者を逃すわけがない。故に弥堂せんぱいは犯人ではない――論理的に考えるとこうなりますよね?」
「え? うん。だから今あたしそう言ったんじゃん」
「いいえ。よく考えてください、七海ちゃん。もう一度、よく、考えて」
「へ? な、なによ……っ」
ズイっと画面に迫る望莱の雰囲気に希咲は思わず気圧される。
「だって、弥堂せんぱいですよ? あります? あの人が人助けって」
「は……?」
キョトン顏の希咲はぱちぱちとまばたきをする。
数秒遅れて言われたことの意味を理解した。
「や。言ってることはわかんなくもないけどさ。いくらなんでもそれは――」
「――いいえ。よーく考えてください。七海ちゃんの知ってる“せんぱい”がどういう人か。よーく思い出してください。これまでの彼の言動を。あの殿堂入りクズが行きずりの知らないオジさんを助けます? しかも相手はその辺のチンピラさんとかじゃなくってゾンビですよ? ありえなくないですか?」
「う、う~ん……」
望莱の提唱する酷い決めつけに希咲は頭を悩ませる。
一頻り唸ってどうにか弥堂を擁護してみようと試みるが、
「――ないわね。うん。ないわ。あいつがそんなことするわけない」
「ですよねですよね」
結局そういう判決になった。
弥堂とは付き合いが長いわけではないが、彼がどういう人間かはある程度身に染みている。
胸を触られた。パンツ見られた。既読無視された。
特にこの三点が判決に大きく影響をしたと思われる。
「むしろオジさんをゾンビの方にドンって突き飛ばしてさ、オジさんが食べられてる間に自分だけ逃げそう」
「ありえそう、っていうかそういうのムチャクチャ似合いますよね。いかにもって感じで」
「そうそう。あいつってそういうキャラよ」
「そう、それです」
「ん?」
どこか冗談めかしたノリで共感していたら、今度は急に望莱が真剣な顔をした。
「キャラって大事ですよね」
「え? 今度はなに?」
「今は大分軽いノリでやっちゃいましたけど、普通はキャラで犯行を決めつけるなんてないですよね」
「まぁ、うん」
「でも、だからといってあの“せんぱい”が現場に居て無罪って、それもしっくりこないですよね。キャラ的に。でも論理的に考えたら犯人なわけない。だけど、七海ちゃんを殺そうとしたことも事実ですよね? 犯人でも犯人じゃなくっても、どっちにしても絶対にどこかに違和感があるんです。だから――」
「――あぁ、だからか。ガチのマジでわかんないってことになるのね」
「そうです。マジきもいです」
「うん、きもい」
それには希咲も深く同意した。
「あのさ、みらい」
「はい?」
そして、慎重な調子で問いかける。
「その『変態パンチ』されたゾンビってさ、どうなったの……?」
「はい。爆発しました」
「は?」
「爆発しました。パーンって」
しかし、予想外の言葉にまた目を丸くすることになった。
「爆発って……」
「えっとですね。“せんぱい”はこう、ゾンビさんの正面から拳をあてて……、それでグリンってしたんですけど。そうしたらパーンって。何故か後頭部と背中が破裂したみたいになってビチャビチャビチャって」
「うっわ……、グロ……、なにそれ……」
「わたしスマホでその映像観てたんで、スローにしても何が起きてるのかわからなかったんです。真刀錵ちゃんが言うには、打点から衝撃を体内に徹して背中側で炸裂させているとか……、なんかそんな変態っぽい解説してました」
「うん……、それは変態ね……」
軽い調子で相槌を打ちながら想像する。
もしも――
「――もしもあの時、緊急回避が発動しなかったら」
「……そうね」
その想像を察して望莱が拾うと、希咲は重く同意する。
「七海ちゃん。これはわたし如きが指摘するのは恐縮なのですが――」
「――うん。もしも自分で緊急回避を一回使って、そのクールタイム中にもう一回打たれたら……」
「はい。とはいえ、わたしたちって“それ”だけではないので、実際あれを喰らったら本当にワンパンキルが成立するのかはわかりませんが……」
「まぁ、試す気にはなんないわよね……」
「ですです。なので、彼には十分にわたしたちを殺し得るチカラがある――そういう前提でいた方がいいです」
「……うん。わかった」
望莱が何故こうまで神経質になっていたのかを希咲は理解する。
以前に弥堂との戦闘について話した時に気付いたと言ってはいたが、今回それを実際に映像で見たので彼女も強い危機感を持ち、それで注意喚起してくれたのだろう。
だけど――
(……ん? キャラ……?)
それとは別の、先程の望莱の言葉が何故か浮かんだ。
そこにあるのは違和感だ。
(キャラに合わないって……)
「――それにしても許せませんよ!」
「わっ」
そのことを考えようとすると、望莱が突然声を荒らげた。
それに驚いてしまい、始めようとしたばかりの思考は霧散する。
「あによ。急におっきな声出さないでって、いつも言ってんじゃん」
「だって、わたし許せないんです……!」
「だからなにがよ」
随分と真に迫ったような様子だが、しかしこの子はこういう時が一番信用できない。
「だって……! もう少しで七海ちゃんのおっぱいがパーンってなっちゃうとこだったんですよ……⁉」
「ほらっ! やっぱりふざけてた!」
「ふざけてなんかないですよ! んっ……んっ……、言っただろ? 遊びは終わりだって……!」
「うっさい! イケボやめろ! 無理矢理上手いことつなげてくんなっ!」
「無いのに……! ただでさえ殆んど無いのに……! それが弾けて消えでもしたら……! そうでなくとも年下のわたしよりも無いのに……! こんな残酷なことって無いですよ……っ!」
「あ? 言ったなてめー。そこまで言ったらもう遊びじゃ済まないわよ?」
スマホに映る七海ちゃんのお目めがマジギレモードになったが、そのくらいじゃみらいさんは止まらない。
「しかし運がよかったです。頑強な補正ブラと分厚い鉄板のようなパッドのおかげで九死に一生を得ました。これらが無かったらきっとおっぱいパーンして即死だったでしょう。胸囲は無いのに脅威が半端ないです」
「カンケーないから! 緊・急・回・避っ! したの! ブラもパッドもカンケーないっ!」
「そんな……⁉ ブラもパッドも無かったらもう何も残らないじゃないですか……!」
「あんだとこらー! あるから! 見たことあんだろ! あったでしょ⁉」
酷く憤慨した様子のみらいさんだが、しかし悟られぬように、何やら必死に叫ぶ希咲の表情をチラリと窺う。
みらいさんは希咲とのこのやり取りに確かな手応えと成果を実感していた。
前回弥堂とのバトルのことを語った際、この対話相手のお姉さんはどこか恥ずかしがったような仕草で何かを隠し誤魔化した。
七海ちゃん検定367段である達人のみらいさんはそれを的確に見抜いた。
そしてそれ以来疑っていたのだ。
この女、胸を触られたな――と。
さらに今、その言質をとったも同然だ。
みらいさんは会話の中にナイ乳イジリのトラップを仕込んだ。
するとナイ乳イジリにアツくなった七海ちゃんは、その幼気なナイ乳に変態パンチをストライクされた事実を否認することを失念してしまったのだ。
これこそが美景台学園主席合格の頭脳を駆使した恐るべき策謀である。
一見アツくなっているように見えても心の裡の彼女はいつでも冷静だ。
(お腹の奥は熱く、しかし心の底はクールに……)
それが彼女の信条である。
そして今日も彼女は勝利した。
そしてすかさずお腹の奥を熱くする。
自らの推しである幼馴染のお姉さんが、自分が見ていないところで、よく知らないポッと出のクズ男に、その永遠に発展途上なお胸を好き放題にイジられていただなんて――
その事実に仄暗い興奮を得た。
無性に白米をかっ込みたくなったみらいさんは「むふー」っと熱い鼻息を漏らす。
「ねぇーっ! きいてんの⁉ あんた集中力切れただろ⁉」
「うふふ、ねぇ七海ちゃん? コリコリもされたんですか?」
「は⁉ なにが⁉」
「さきっぽ“いじいじ”の事実を確認しています」
「イミわかんないこと言わないで! 今は“おじおじ”の話なんてしてなかったでしょ!」
「はぁー……、生きるって、愉しいですよね……」
「なに遠い眼してんのよ! こっち見ろ! あんたちょっとエナ汁飲んできなさいよ!」
「さっきは飲むなって言ったのに。ふふふ、七海ちゃんったら理不尽かわいいです」
「そーゆーのいいからっ! てゆーか、ほらぁっ! なに話してたかわかんなくなっちゃったじゃんかぁ……っ!」
「うふふ。そんないつも通りの日常が最高です」
今日はいつもよりは保った方ではあるが、やはり現代っ子のみらいさんは真面目に話すのに飽きてしまった。
ここからしばらく、清楚に微笑むみらいさんに七海ちゃんがガァーっと怒鳴る時間が続いた。
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