1章81 『4月27日』 ②


『――というわけで、街の復旧作業等にはもう目途がつきました』


『……そうですか――』



 美景台学園の生徒会長室。



 事務机の上に置かれたノートPCのスピーカーから、男女のグループ通話の音声が鳴っている。



『幸い――とは公には言えませんが、死者はゼロ。軽傷者はさすがに出ましたけど、他に目立った物損もありませんでしたから』


『私の立場からすると不幸中の幸いですね』


『まぁ、あの規模の霊害が起こって死者ゼロは奇跡のようなものですしね』


『この度は誠に申し訳ありませんでした』



 真摯な謝罪を述べたのは女の声――


 この私立美景台学園の理事長である御影だ。



『いえいえ、仕方ありませんよぉ。ボクだって急な出張に行かされることはありますし。その時はこちらがご迷惑をおかけすることになりますので、そこはお互い様ということで』



 その謝罪に軽薄な調子で応えたのは通話相手の男性だ。声と喋り方からは中年ほどの年齢に感じられる。


 御影は一つ溜め息を吐いて、男の言葉を受け入れた。



『しかし、よりにもよって私が不在の時にあやかしの大発生が起こるなんて……』


『ツイてなかったですねぇ』


「でも……」



 多少砕けた雰囲気に変わった二人の会話にか細い肉声が挿しこまれる。


 声の持ち主はノートPCの前に座る生徒会長、郭宮 京子くるわみや みやこだ。



『…………』


『…………』


「…………」



 しかし彼女はそう切り出そうとしたっきり何も話さない。



 ジッと座る彼女の傍に一人のちびメイドがスススと近寄った。


 会長は青い髪のメイドにコショコショと耳打ちする。


 ちびっ子――“うきこ”は「ふんふん」と頷いてから、PCの画面を向いた。



「急にメイド長が京都に呼ばれた時にこんなことが起こるなんて、いくらなんでもタイミングよすぎ――的なことをお嬢様が言ってる」


『お嬢様、自分で喋って下さい……』



 御影の呆れたような声の後に、気を取り直した雰囲気がスピーカーから伝わってきた。



『確かにタイミングとしては怪しすぎますよね。ですが、だからといっても、いくらなんでも京都がこんなに大規模に妖を使役するとは……』


『まぁ、“GHOST法”が制定されてから式神の運用にも規制が厳しくなりましたからねぇ。彼の陰陽府も流石にそこまではしないでしょう。色んな意味で』


「どうしようお嬢様。大人たちが全否定してきた。なまいき」


「…………」



 クルっと“うきこ”が首を回して主の顏色を窺う。


 お嬢さまはシュンと俯いてまた黙ってしまった。



 彼女のそういったところには慣れたものとばかりに、通話相手の大人たちは二人で会話を進行していく。



『――それで? 犯人ないし原因の特定は?』


「う~ん……それがですねぇ……」


『はっきりとしていないのですか?』


『そうなんですよぉ。場所は美景新港の開発途中の区画で間違いないと思うんですが、犯人までは……』


『事件当時は現場に入れなかったと聞きました』


『そうそう。大規模で頑丈な結界が張られていたみたいでして。結界の存在に気付くだけでも至難な。しかも、魔王級に相当する個体が3~4体いたと思われる……』


『その情報は?』


『“M.M.S”からです』



 “M.M.S社”とは美景の名士である紅月家が経営する会社の一つだ。


 紅月グループ傘下ではあるが、紅月家の親族の一人が株を100%保有している独裁組織でもあり、その経営や活動はグループとは独立して行われている。


 正式名称は『株式会社 Mみんなの.Mみらい.Sセキュリティ』だ。


 この怪しいふざけた警備会社の代表取締役は当然みらいさんである。



『魔王級が数体……、それでは例え結界の中に入れたとしても……』


『ですねぇ』


『……私が美景に居たとしても何も出来なかったかもしれませんね』


『ハハハ、そんなことありませんよぉ。理事長なら勝てますって』


『しかし解せませんね……』



 露骨なおべっかを無視して御影が声を潜めると、男の声のトーンも一段落ちる。



『ええ。一体だけでも我々にはどうすることも出来ない魔王級。それが複数体』


『それが居るだけでも人類史に残る大災害認定ですが……』


『はい。それらが我々の世界にほぼ何もすることなく、勝手に消えた。報告では数時間も居なかった』


『幸いなことではありますが、それにしても――』


『――不自然、過ぎますねぇ』



 重い空気が通信越しに共有される。



『……行政の判断は?』


『最有力が2パターンあります』


『一つが、龍脈を暴走させて得たチカラを利用し、何者かが魔王級を召喚して失敗した。もう一つは、悪魔自身が何かしらの目的をもってこちらへ現界した』


『ご明察です。理事長』


『どちらだと思いますか?』


『う~ん……、現時点ではなんとも』



 男の声がまた軽薄なものに戻る。


 ということは、これ以上の有力な情報はもうないということだ。


 御影は電波に乗らぬように鼻から息を薄く吐いた。



『現場の監視カメラの映像は?』


『いやあ、それがカメラが壊れてしまって撮れてないって“M.M.S”が……』


『リアルタイムでサーバーに保存されるはずですが』


『それがねえ、あのお嬢さんが「無いものは無い」の一点張りでして……』


望莱みらいめ、一体なにを考えて……』



 敵対組織や政争相手だけでなく身内まで怪しい。


 御影は思わず眉間を押さえて頭痛を堪えた。



『それにしても、上位の悪魔が街へ出てこなかったとはいえ、よくこの緊急事態に対応出来ましたね』


『え? あぁ、それがですねぇ……』



 話を変えると、男は嬉しそうに語り出す。



『ちょうどウチの上司も出張中だったんですよ。おかげで素人が指揮を執らずに済んだので、中々に上手く対応することができました』


『あぁ……今の室長は普通の役人でしたっけ』


『えぇ、その通りです。不在なので代わりに専門のボクが指揮を執れましたので。懇意の警官や暴力団が協力してくれたこともありましたが、運よく大手柄ですよぉ。大きな声では言えませんがね』


『それは……なんとも』


『しかもですよぉ? こんな大事件の時にゴルフなんて行ってたものだから、目の上のタンコブが責任とらされて異動になりまして! おかげでまた出世できそうなんです!』


『貴方って人は……』



 若干軽蔑混じりに、御影は通話相手に呆れた。



『まぁ、なんにせよ。捜査に進展があったらまたご報告差し上げますね』


『感謝します』


『いえいえ。裏では御影の管轄地だったとしても、表ではやっぱり行政の仕事ですからねぇ。当たり前ですよ。まぁ、正確にはボクの所属は公安なんですけど』


『私も出来るだけ早く帰ります。一度現場を見てみたいですね』


『現場はボロボロでしたからねぇ。埠頭が真っ二つで。もうすぐ瓦礫の除去も終わるはずなので、もう一度ボクも見に行きます』


『あの日あの時あの場所で――』


『――何処の誰が一体何をしていたのか。ふふ……、オジさん絶対に逃がしませんよぉ……』



 その後細々とした擦り合わせをしてグループ通話は終了する。


 生徒会長室は無音になった。



 しかし、すぐにクスクスとした笑い声が漏れ聴こえてきて、その静寂は終わってしまう。


 実に愉しげに笑うのはちびメイドの“うきこ”だ。



「ふふっ、いい気味」


「…………」



 満足げな“うきこ”の言葉に会長はふにゃっと眉を下げた。



「だって、お嬢さま。昨日だってアポなしでいきなり来て、あのクズ男はワガママばっかりした。こっちだって“まきえ”のオムツ替えたりして忙しかったのに。バチが当たるべき」



 そう弁明すると、会長も昨日の出来事を思い出したのかシュンと顔を俯ける。


 それっきり彼女はもう何も主張しなかった。



 咎められることもなくなり、“うきこ”はまたクスクスと意地悪げな笑い声を漏らす。



「あーあ。これからすっごく大変なんだろうなぁ……」



 同情するような口ぶり。


 しかし、それとは真逆に彼女の瞳には愉悦と嗜虐が満ちていて、口調は極めて挑発的だ。



「ホントかわいそぉ――」



 そして、ニヤリと、一瞬だけ獰猛に口の端を持ち上げた。



「――“ふーきいん”ってば」



 クスクス、クスクスと――



 明日の話をした鬼が嗤った。


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