1章78 『弥堂 優輝』 ①

 俺の名前は弥堂 優輝びとう ゆうきだ――




――そう名乗ったところで、一体どれくらいの者に俺がナニモノであるかと伝わるのだろう。



 答えはゼロだ。



 俺のことを全く知らない人間に名を名乗ったところで俺がナニモノであるのかは全く伝わらないし、俺のことを既に知る者に改めて名を伝えたところで情報は一つも増えない。


 名前という記号は他人と別の他人を区別する為の道具――手段であり、自分というモノを表すのには全く役に立たない。



 じゃあどうするかといえば、よく使われるのは属性や肩書なんかだろう。



 たとえば今俺の目の前にいるような連中と出遭ってしまった時には、奴らは悪魔であるし、俺は人間という属性になる。それだけで互いの違いがわかる。


 だがこれは極端な例で、普通はこんな奴らに出遭うことなどないし、また出遭うべきでもない。



 だから人間同士のケースで考えるべきで、その場合は職業などが一般的だろう。


 会社員だったり、警官やヤクザだったり、キャバクラ嬢や黒服だったり、あとはギャングやヤクの売人だったり、など。



 一部職業ではないものが混ざってしまい、全体的に非合法よりなラインナップになってしまった。


 この発想の傾向が俺という人間のどうしようもなさを表してはいるが、初対面の者を相手にいちいちこんなことを喋る馬鹿はいない。



 だから、俺の場合は高校生――ということになるだろう。



 この高校生という肩書は割と便利だ。



「俺は普通の高校生なので」と、そう言っておけば大体の相手に俺が何者であるかが伝わる。



 だが、相手が同じ高校生になった場合は少し面倒だ。


 同じ属性なので、学校名、学年、クラス、部活や委員会など――より細分化された属性を語る必要がある。



 それを加味してやり直すと、



「私立美景台学園、2年B組、サバイバル部員であり、風紀委員でもある」



 と、このようになる。


 ここまで言えばかなり詳細に伝わるだろう。


 その際に俺の名前が『弥堂 優輝』であるということなど、ほとんどの人間にとってはどうでもいい。


 名前を使うのは最後の手段となるだろう。



 つまり、他人に自分がナニモノであるかを伝えるには自分と相手との違いを言えばいいのだ。


 それは一番効率がいい。



 しかし――



 ここまで、このように語ってきてなんだが、以上のことはあくまで『他人に自分をナニモノだと思わせるか』という観点での『自分』だ。


 自分で自分をナニモノだと認識するかという観点で見ると、話しは変わってくる。



 例えば、希咲 七海きさき ななみなら――


 彼女は『高校生』であり『シングルマザーの娘』であり『ギャル』で『水無瀬 愛苗の友人』であり、そして『俺の知らないナニカ』だ。


 よくわからないから例えに使いづらいな。


 なんで出てきたんだクソギャルが。失せろ。



 例えば、水無瀬 愛苗みなせ まなを例に挙げよう。



 彼女は『高校生』であり『花屋の娘』であり『希咲 七海の友人』であり、そして『魔法少女』でもあったが『魔王』にも為った。


 そしてその中の一つを除いて全てを失ってしまい、『魔王』だけが残った。



 だから、アスは今や水無瀬のことを『魔王様』だと呼んだ。


 しかし、水無瀬は『自分は魔王ではない』と叫んだ。



 対外的にはもう『魔王』でしかないのは間違いがないが、しかし彼女自身は自分で自分をそうは思っていないのだ。



 この『他人が思う自分』と『自分が思う自分』が乖離するということは間々ある。


 むしろ乖離している方が多いかもしれない。


 俺は他人とそういう話をしたことがないし、する相手もいないので正確にはわからないが、きっとそうだと思う。



 水無瀬がそうであるし、そして俺自身もその例として挙げられるからだ。



 俺はほとんどのケースに於いて、自分を「普通の高校生なので」と名乗るが、だが俺自身は自分のことを全くそうは思っていない。思えていない。


 嘘を吐いている自覚を持ってそう名乗ることもあれば、何も考えずにそう名乗ることもある。


 また俺自身、その『普通の高校生』と為るべきと日頃考え、またそう為ろうと日常的に相応しい行動を心掛けている。


 だが、そうでありながら、『自分が普通の高校生だと思うか?』と問われれば、やはりそうではないと思っている。



 この『他人が思う自分』と『自分が思う自分』が一致するケースとして、俺に思い浮かぶのは一人くらいしかいない。



 それがルビア=レッドルーツだ。



 久しぶりに――もう5年ぶりくらいになるのか、彼女と言葉を交わすことが出来たので、少し彼女のことを語りたい。




 ルビア=レッドルーツというのは偽名だ。


 彼女の本名はルヴィ=グロム。


 グロム村のルヴィという意味だ。



 彼女の故郷の地方では、ルヴィは女に付ける名前、ルビアは男に付ける名前としてよくあるものだったらしい。


 彼女は人生のある時から、その男の名前の方を名乗るようになった。


 俺は彼女にはそれがよく似合っていると思っている。



 彼女の故郷は貧しい村だった。


 6人兄弟の下から二番目だったルヴィは、今でこそ凶悪な人相をしているが顏の造形は悪くなく、また当時は女らしくもあったようだ。


 そして彼女は親によって奴隷商人に売られた。


 恐らくこの瞬間がルビア=レッドルーツの人生ものがたりの始まりだったのだろう。



 この日本で娘を奴隷として売り払ったなどと聞けば、目ん玉引ん剥いて奇声をあげて踊る人々がおそらく大勢いるだろうが、彼女の国や地方では珍しいことでもなかった。


 子供が大人に成長するまでに生き残っている確率がこの日本よりも格段に低い場所だった。



 そのため、貧しい家庭であっても万が一上の子供が死んだ時の保険や、労働力の確保、そして緊急時に奴隷として売ってある程度のまとまった金に換える手段として、子供を多く作ってこうすることはわりと一般的なことだった。



 奴隷商の流通ルートが娼館まで繋がっていたため、見た目がいい娘だったら割と高く売れるのでむしろそれは運がいいことでもある。


 親たちにとっても、本人にとっても。


 家には金が入り、売られた子もハズレの店を引かなければ今よりも遥かにいい暮らしが出来る。


 だからその行いに対する忌避感が薄い。



 そんな価値観クソッタレの国だった。



 ある日、親に売られたルヴィは奴隷商人の馬車に乗り故郷から旅立つ。


 そして村を発ってから数時間もしない内に野盗の一団と遭遇した。


 戦争に負けて敗走しそのまま野盗となった傭兵崩れたちだったそうだ。



 逃げる商人の馬車を二人の野党が追い、残りの本隊は真っ直ぐに進んだ。



 細かい経緯はどうでもいいので結論として馬車は横転し、操縦していた商人は殺され金品が奪われた。


 荷台に乗っていたルヴィは横転の直前に外へ投げ出され、倒れた荷台と馬に半分下敷きにされたようだが、運よく死ぬことなくその陰に隠れて野盗に見つからなかったそうだ。



 だが、その事故で彼女の左腕は壊れた。


 荷台から落ちた彼女の左腕を馬車が轢き、そのショックで車輪が撥ねて横転したそうだ。


 当時の彼女にそんなつもりはないだろうが、自分を金で買ったクソ野郎を即座に地獄送りにしてやったという結果だけ見れば、彼女らしいと笑える。



 しかし、それは自分の所有者、庇護者を失ったことでもある。


 野党が立ち去った後しばし途方に暮れた彼女は、千切れかけの左腕を支えながらとりあえず故郷に戻ってみることにした。



 そして辿り着いた先では、故郷の村が火の海になっていた。



 野盗の本隊がここを襲ったようで、ルヴィが辿り着いた時にはもう虐殺も略奪も終わっており、襲撃者の姿はなかった。



 小さな村で、狭い社会だった。


 そこで暮らす者はみんな顔見知りだ。



 何時間か前までは家だったモノの下敷きになり黒焦げになった人のカタチ、どこかから聴こえる呻きや嘆きの声。


 その総てが彼女の知っているモノだった。



 彼女は茫然としたまま村が燃え尽きるまでその光景を見続けた。



 恐らくそれはルビア=レッドルーツの原初の光景。


 彼女の腹の底でその後も燻り続ける怨みの火。


 生まれ故郷を焼く火が、彼女の加護である【燃え尽きぬ怨嗟レイジ・ザ・スカーレット】の原初の火種だ。



 彼女の災難はこれで終わりではなく、その波乱万丈な人生の始まりの一つのエピソードに過ぎない。



 焼け落ちる村を見ていた彼女は自分は移動しなければならないことに気が付く。生き残りなどいなかった。


 だから自分で自分の進む方を決めなければならない。


 ただこの場に留まることは出来なかった。



 こんなクソッタレな国ではあるが、一応人身売買は犯罪だ。


 国民は国の所有物なので、それを誰かが勝手に誰かに売るのは国への反逆行為であるとセラスフィリアが言っていた。



 通常人が奴隷になる際には、借金が返せなくなってという理由が多い。


 その回収不能の債権を国が買い取り、引き取った民を公認の奴隷商へ売る。


 それが正規のルートだ。



 だからいずれこの村に来た憲兵に見つかってしまえば、その辺の事情を聞かれ、彼女は罪人として捕まることになる。


 売った者や買った者だけでなく、売られた者も同罪となるらしい。


「オドレこら、なにワシらに黙って勝手に売られとんじゃい」という理屈らしい。どうかしている。



 そういう訳で、彼女は何処も目指さずただ歩き出した。


 右も左もわからなくても、右足と左足を交互に動かせば勝手に何処かに着くと彼女は言っていた。



 だが、満身創痍に近い彼女は程なくして行き倒れてしまう。


 そして運よく――或いは運悪く、そこに傭兵団が通りがかる。



 あの国、あの地方の傭兵団とは野盗と変わらない。違いは仕事があるかないかだ。


 仕事があれば戦場で戦っているし、なければその辺で遊び歩き、金がなくなれば人や村を襲ってシノギにする。


 国主の人格に似つかわしく、酷く文明と教育レベルが低い場所だった。



 ルヴィはその傭兵団で飼われ、慰み者とされる。


 碌に栄養もとれず治療もされず、痩せ細り左腕は腐っていった。



 そのうち、食い詰めたその傭兵団は村を襲い、運悪く――或いは運がよく、偶然通りがかった国の正規軍によって皆殺しにされ、ルヴィは軍に保護された。


 ちなみに滅びかけの村は、村人は軍によって皆殺しにされ金目の物は全て徴集されたらしい。野党の仕業ということにして。本当に終わってる国だ。



 帰還した軍とともに街に連れてこられたルヴィは申し訳程度の治療と聴取をされ、身元引受人なしとして娼館に売られた。


 ちなみに治療とは腐った腕を斬り落とすことだ。



 俺は彼女の身内だし日本人でもあるので、酷い話だとは思うが、こんなことは“あっち”ではよくあることで、特筆するような悲劇でもない。


 一応囚われの身ではなくなった以上、自分は運がよかったとルビアは言っていた。



 だが、腕を欠損していて、病人のように痩せ細った女には客などつかない。彼女の生活は苦しかった。


 娼館が彼女に与えるエサ代の分すら自力で稼げていないが、店は彼女を置いてくれていた。その店はそういう店らしく、彼女のような者たちの一応の受け入れ先となっていたようだ。



 だが、今度はその街が敵軍に襲われることになる。


 一応街を奪われはしなかったようだが半壊にまで追い込まれ、彼女の居た娼館は燃えた。


 次なる火が彼女の裡に投げ込まれる。


 茫然と火を見ているところを敵軍の兵士に攫われ、また彼女は屈辱の日々を送ることとなる。



 敵軍は彼女や同じ境遇の女たちを使いながら移動し別の街に入る。


 そこで彼女は再び奴隷として売られることになった。



 格安で買われた彼女の次の行先は最前線だ。


 従軍の娼婦ということになる。



 この頃の彼女は酷く心を壊していたという。


 当たり前だが。



 そして彼女が入った駐屯地は敵との戦いに敗れ、また火の海に沈んだそうだ。


 絶望しきってその火を見つめていると、不幸続きの彼女に出逢いが訪れる。



 最前線で戦っていた傭兵団のリーダーをしている男だ。


 その男に拾われ、ルヴィはその傭兵団で世話になることになった。



 そういった状況にはもう慣れたものと、彼女はリーダーの男のシモの世話をしようとした。


 そして怒られたらしい。もうそんなことはしなくていいと。



 その男は、日本から来た俺が聞いてもちょっとどうかと思うくらいの善人で、人心が乱れ切って治安が壊滅的だった“あっち”では他に見たことがないほどの“いいヤツ”だったそうだ。


 男は戦争で行き場を失くした奴らを拾い集めながら傭兵として食わしてやり、何処にも渡せなかった子供は傭兵団で育てながら各地を転々としていたらしい。


 ルヴィより10歳ほど年上の男はカリスマ性に溢れ、戦いにも強く、頭もそこそこ良く上手く団を運営していた。


 言葉遣いの荒さと少し酒癖と女癖が悪いところが玉に瑕だそうで、まるで俺の知っている誰かのようだと思った。



 俺にとってその誰かがそうだったように、少女のルヴィにとっても彼はまんま英雄ヒーローだったことだろう。



 ちなみに俺はその男の名前を知らない。


 何度か聞いたことがあったような気もするが、当時の俺――クソガキはその男の名前を聞きたくなかったようで、だから聞いていなく、聞いていないから今の俺の記憶にも記録されていない。バカなクソガキだ。



 そこからしばらくは戦争はしているものの、比較的平穏な日々を彼女は過ごす。


 何度かそうしようと思えばどこかの街で別れることは出来たらしいし、実際男も彼女へそうするよう勧めていたらしいが、恋するルヴィは気合で飯炊きと雑用を片腕で熟し、頑として傭兵団に居座った。


 そうしている内に男も彼女に絆され、二人は恋人となった。



 おそらく、彼女の人生の中で最も幸せだった瞬間はその数年間だろう。


 数年でそれは終わりを迎えた。



 男は滅法強かったらしいが、それでも最強ではない。


 最強であったとしても、生きていれば必ず死ぬ。



 とある戦いでの野営中、傭兵団は夜襲を受けて壊滅した。


 少しでも多くの仲間を逃がす為にと、リーダーの男は一人殿に立ち、そして死んだ。



 男の死体を抱いてキャンプ地を焼く炎を見つめ、ついに彼女の身の裡に収まらなくなった怨みの焔は外へと溢れ出した。


 これが彼女が加護に目覚めた瞬間だ。



 憎しみで燃える怨みの焔は敵を焼き尽くした。


 だが、もう遅かった。



 彼女は激しく戦争を憎み、そして男の遺志を継ぐことにした。


 多分この時からルヴィはルビア=レッドルーツに為った。


 確認したことはないが、きっとそうだ。



 彼女は散り散りになった仲間を探しながら、男と同じように戦争で迷子になった奴らを拾って、傭兵団の再建を目指す。



 “加護ライセンス”持ち――その中でも強力な加護を持つ者は“神意執行者ディードパニッシャー”と呼ばれていた。


 ある戦場で目立った戦果をあげた彼女は教会の目に留まり、“神意執行者ディードパニッシャー”の認定を受けた。


 あらゆる意味で特別な存在である“神意執行者ディードパニッシャー”は大抵の場合、教会やどこかの国や貴族に好待遇で抱えられている。


 だが、彼女は傭兵を続けることを選んだ。



 戦争によって全てを焼き尽くされた女が、今度はその恨みの焔でクソッタレな戦争を焼き尽くそうとしていたのだ。



 “神意執行者ディードパニッシャー”が指揮する傭兵団として彼女は有名になった。


 そしてその勇名はどこかのクソのような国の、クソのような為政者の耳にも届く。



 また数年後、グレッドガルド皇国のほぼ専属傭兵団となっていた彼女は、セラスフィリアからの依頼の最中で、一人のクソガキを拾う。


 その地方では珍しい黒髪黒目で、右も左もわからずに泣くクソガキだ。



 ルビアがそのクソガキをセラスフィリアに引き渡してから1年するかしないか――


 ある日最前線で戦う彼女の元にクソガキが送られてくる。



 どう考えてもそこで死なせろという、ただの厄介払いなのだが、バカな彼女はそのクソガキを傭兵団に入れちまった。



 そして、それからまた1年は経っていただろうが、多分2年は過ぎていない頃――



 彼女はクソガキを――俺を守って死んだ。




 これがルビア=レッドルーツの鮮烈な人生だ。



 当然彼女の壮絶な人生の出来事はこれだけではなく、もっと色んなことがあったことだろう。


 だが、俺が知っているのは彼女から聞いた昔話だけなので、重要な情報を並べると大筋ではこんな感じで合っていると思う。



 彼女は開けっ広げな性格のようでいて、だがあまり自分のことをちゃんと話そうとはしなかった。


 だけど、酒を飲んで少しだけ良くない酔い方をした時にベッドの中でだけ、自分のことを話すことがあった。



 だからこれらはクソガキが彼女と同じベッドで彼女から聞いた話と、薄い壁の向こうで彼女が他の男に聞かせていた話から得た情報だ。



 ルビアの傭兵団は年中金欠だったので、街に泊まる際はいつも格安宿だった。


 防音技術など存在しないただの薄い衝立のような壁。


 隣の部屋の物音も話声も普通に聴こえてくる。


 ルビアは酒癖も悪いが男癖も悪いため、よく知りもしない行き摺りの男をしょっちゅう部屋に連れ込んでいた。


 クソガキはいつも彼女の隣の部屋か同じ部屋に入れられていたので、つまりはそういうことだ。



 だから、色んな意味でシラフの時の彼女が語った話はほとんどないので、もしかしたら間違っているかもしれないし、もしかしたら嘘も混じっているかもしれない。


 だが、それは別にいいだろう。



 彼女が語る過去よりも、彼女が見せ続けた多くの今の方が、クソガキに多くのものを与えた。


 傭兵としてクソッタレな戦場を生き延びるための、一端の男としてクソッタレな世界を生き抜くための、必要な流儀を教えてくれた。



 あとは女というものも彼女から教わった。


 クソガキはきっと彼女を愛していたが、恋はしていなかった。


 最も近い感情は崇拝かもしれない。



 クソガキは本気で彼女のことを最強の英雄ヒーローだと思い込んでいた。


 彼女は絶対に負けることはなく、何があっても死なないのだと。



 そんな幻想は四分五裂に引き裂かれた彼女の無残な死体を見て、同様にバラバラに引き裂かれた。



 誰でも死ぬのだ。



 生きている以上。



 殺せば死ぬ。



 魔王も、英雄も。



 俺とルビアの間に肉体関係はあったが、俺たちは恋人じゃない。


 またそうであった時もない。


 もしも彼女が生き返ってお互いにやり直せることがあったとしても、決してそうはならないだろう。



 彼女にとって俺は、いつまで経ってもどうしようもないクソガキで。


 俺にとって彼女は、いつまでもずっと保護者のような女なのだろう。



 ルヴィは――



 彼女は奴隷と為り、娼婦と為り、ただの女と為り、そして“神意執行者ディードパニッシャー”と為り、傭兵と為った後、最期に弥堂 優輝の保護者のような女と為った。



 彼女はその全てを喪い、だが死した後、今日ここに、恐らく仮初だろうが戻った。


 俺の保護者のような女として。



 そして彼女を喪った俺も、死んで何年か経った今でも、彼女を眼にして、やはり保護者のような女だと思った。



 大分回り道になったが、だから、ルヴィが思う彼女と、俺が思うルビア――



 それらは『弥堂 優輝の保護者のような女』で一致しているというわけだ。



『自分が思う自分』と『他人が思う自分』どちらが大事かと問われれば、俺は前者だと思う。そう思いたいという意思がそこにはある。


 だが実際に答える時は後者だと言うかもしれない。きっとその方が世の中を上手に生きられると思う。



 だが、人が真にナニモノかに為る時は――



 この『自分が思う自分』と『他人が思う自分』が一致した時だと思う。



 彼女の――ルビア=レッドルーツのように。



 だが俺は――俺たちはまだクソガキだから、未だナニモノにも為れてはいない。



 希咲 七海は『高校生』で『ギャル』で『水無瀬 愛苗の友人』であり、恐らくあともう一つ俺の知らない『ナニカ』である。


 水無瀬 愛苗は『高校生』で『花屋の娘』で『希咲 七海の友人』であり、『魔法少女』で『魔王』だ。


 弥堂 優輝は『高校生』で『サバイバル部員』で『風紀委員』だ。



 彼女らは自分のことをナニモノだと思っているのだろうか。


 それはわからない。



 じゃあ、俺は彼女らのことをナニモノだと思っているか。


 希咲は――わからない。ただ『よくわからないムカつく女』だとは思っている。


 水無瀬は――こっちもわからないな。彼女はルヴィと同様に全てを喪ってしまった。だが彼女は俺にとって『守りたいナニカ』に為ったようだ。



 では、彼女らから見て、俺はナニモノなのだろうか。


 希咲は――きっと俺と同じだろう。『よくわからないムカつく男』と思っていることだろう。それ以上のことを知っていたら彼女を殺す必要が出てくる。


 水無瀬は――やはりわからないな。何も考えていなさそうだが、何もかも見通していそうでもある。ただ、彼女にとって『守りたいモノの一部』ではあるのだろう。



 そういう意味では俺と彼女らの間には水無瀬の言う“おあいこ”が成立しているのかもしれない。


 だがそれはまだ不十分で、俺たちが真にナニモノかに為るには、このクソッタレな地獄を一緒に生き抜いて、そして改めてお互いをナニモノだと思っているかを決めて、そして自分がナニモノであるかを名乗り、答え合わせをする必要がある。



 その為に必要なのは敵を皆殺しにすること。


 そしてもう一つある――



 ここで本題に戻る。


 俺は俺自身をナニモノだと思っているか。


 それを決めなければならない。



 弥堂 優輝はナニモノであるかという話で、何故ルビア=レッドルーツの人生を長々と話したかというと、弥堂 優輝という生き物を語る上で彼女の存在が不可欠だからだ。



 村娘のルヴィが恋人の死体を抱いた時にルビア=レッドルーツと為ったように。


 ただの中学生だったクソガキもルビアの死体を抱いた時に今の弥堂 優輝と為ったのだ。



 弥堂 優輝は『高校生』で『サバイバル部員』で『風紀委員』であり、そしてもう一つ、俺が頑なに語ることを拒んでいた、ここで挙げなければならない属性がある。



 俺はそのことに長らく目を逸らしてきた。


 自分を見限り見捨て見離していた。



 だが、今ここで俺がナニモノかに為るのならば、それは避けては通れない。


 それは酷く気が進まなく気が重いことではあるが――



『✕✕✕✕、✕✕✕✕』



 俺の記憶にある一番最初に聴いたセラスフィリアの声。



 俺がナニモノかというのを考えるのには、恐らくイカレ女のこの一言で事足りるかもしれない。


 当時のクソガキの知らない言語だったが、今の俺にはあいつが何と言っていたかがわかる。



 だが、それは俺がナニモノであるかをあのクソッタレのイカレ女に決められるようで心底癪なので、どれだけ気が進まなくても気が重くても、自分でやる方が遥かにマシだ。



 だからここで俺は自分というモノに一度向き合ってみようと思う。



 普通の中学生である弥堂 優輝に何が起こったのか。



 話はそこから始まる――

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