1章56 『Away Dove Alley』 ⑥


 水無瀬を連れた男たちが居なくなると、この場に残ったスカルズの二人は目つきを鋭くさせる。


 その彼らへ法廷院はヘラヘラと笑いかけた。



「あれぇ? キミたちは行かなくっていいのかい?」


「……オレらはテメェらに用がある」


「おや、そうなのかい。でもボクたちも用事の途中なんだぁ。手短に頼むぜぇ?」


「なんの用事だ?」


「さっき言いかけたけど、ボクらはお買い物の途中なのさぁ」


「買い物だと?」



 スカルズの男は法廷院の姿に改めて目を遣る。


 スーパーマーケットに置かれているベビー席付きのショッピングカートに彼は乗っている。


 その非常識な様相の不可解さに眉を歪めた。



「……店の外だぞ」


「それは仕方ないだろぉ? 外にカートが並べてあるんだもの。店に入ろうとしたら彼らにカラまれちゃったんだよぉ」


「……ガキが乗るもんだろうが」


「おいおいおい、だからボクには乗るなって言うのかい? なんて『酷い』ことを言うんだ。だってそうだろぉ? 子供だけは『特別』で、それ以外の人は乗ってはいけないだなんて、そんなのは『差別』じゃあないかぁ」


「なにを意味のわからねェことを――」


「――意味のわからないことを言っているのはキミさ。キミがボクに言いたいことは本当にそれなのかい?」


「…………」



 その挑発にスカルズの男たちの顔色が変わる。


 落とした表情には敵意だけがあった。



「……テメェら“ダイコー”だよな?」


「もちろん。この制服はコスプレなんかじゃあないよぉ」


「最近ここらでウチのモンを狙って“ダイコー”のヤツが暴れてるみてェなんだがよ、なにか知らねェか?」


「へぇ、それは穏やかじゃあないねぇ。その暴れてるってのはキミたちに襲いかかってるって意味かい?」


「他に何があんだよ。そうだよ。まさかオマエらじゃねェよな?」


「もちろん。ボクは平和主義者だしねぇ。ボクたちはキミらと争ったことはまだ一度もないよぉ」


「“まだ”……?」



 その言い回しに男が眉間を歪めると法廷院は不敵に哂ってみせた。



「どういう意味だ?」


「それに答える前に。もう一回同じことを聞くぜぇ?」


「あ?」


「それが本当にキミがボクに言いたいことなのかい?」


「…………」



 男は答えずベッと地面に唾を吐いた。


 二人組の男は申し合わせるでもなく互いの距離を少し離し、法廷院たちの前に立った。



「……気に喰わねェんだよ」


「アーハァン?」


「テメェさっきから誰にタメ口きいてんだ。オレらは“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”だぞ」


「ククク……、いいねぇ。ようやくキミの本音が聞けたよぉ。それじゃあボクも応えるとしようかぁ」


「アァッ⁉」



 威嚇の怒声を浴びせつつ、男たちは内心で戸惑う。


 法廷院たちにまるで怯む様子がないからだ。



 自分たちはここら一帯をナワバリにする不良チーム“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”のメンバーだ。


 自分たちには一般人だけでなく、先程退散していった“カゲコー”の連中のように不良たちも道を空ける。



 それに対して目の前に居る“ダイコー”の者たちはどうだろうか。



 特に不良なわけでもなく、法廷院の方に至っては何か鍛えていたりといった雰囲気もない。それどころか、彼は痩せていてとても弱そうに見える。


 そんな一般生徒がまるで怯える様子を見せずに、余裕たっぷりに挑発的にさえ振舞う。


 そんな異様さに無意識に絡めとられていた。



「――キミたちさぁ、“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”って言ったよねぇ?」


「あ? そ、それがなんだ……⁉」


「ボクみたいな善良な一般人でも聞いたことがある。この繁華街の裏を我が物にしているそうだね」


「それがなんだぁ⁉ オレらがシメてんだ! アタリメェだろ!」


「そうかい。でもさぁ、そうやってナワバリを主張するんならしっかりと治安を守りなよぉ」


「どういう意味だ⁉」



 困惑する男たちへ法廷院はギョロリと目玉を向ける。



「先日ね、ボクの大事な同志がここらへんで変質者に襲われたんだぁ。全身黒タイツでフルフェイスのヘルメットを被った男に。なんでも圧倒的なキレの腰振りを見せつけられて挫折を感じ、心が折れてしまったんだよぉ。とっても『酷い』と思わないかい?」


「な、なにを……」


「もちろんその犯人が悪いって話なんだけど、でもこうも言えないかい? ここらを仕切ってるはずのキミたちの『怠慢』だと」


「な、なんだと……⁉」


「キミらさえしっかりとここを支配・統治出来ていたらこんな『悲劇』は起こらなかったのに。ボクなんかはそうも思うんだよねぇ」


「な、なにが言いたい……?」


「『権利』を主張するんなら『義務』を果たせって言ってるのさ! キミたちの『怠慢』のせいでボクの大事な同志が負った心の傷――この『損害賠償オトシマエ』はどうつけるのさ! ボクはそう言ってるんだよぉ」


「アァッ⁉」



 それでも挑発の度が過ぎたことで不良たちは激昂する。



「パンゾーがオトシマエたぁ大きく出たじゃねェか! どうつけさせるつもりだ⁉」


「だから言ったのさ。“まだ”ってね。これから争うんだよぉ!」


「誰にモノ言ってんだダサ坊がよ!」


「当然キミら“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”に、だ。キミらはここの支配者を名乗って随分と横暴なことをしているそうじゃないかぁ。つまり、キミらは『強者』で『圧政』を敷いている。そんなのボクたちの敵に決まっているじゃあないかぁ! だってそうだろぉ? ボクらは『弱者』の味方なんだからねぇ! ボクは最初にこうも言った! 『買い物に来た』って! この喧嘩を買いに来たのさ! ボクたちは『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』だっ!」


「そこまで上等コキやがったらもう退けねえぞ! 2対2の同数ならやれるとでも思ったか⁉」



 男たちは殺気立ちもはや戦いは免れない。


 それでも法廷院は不敵に彼らを嘲った。



「2対2だって? 勘違いするなよぉ」


「アァッ⁉」



 大声で威嚇しつつ、スカルズの男は素早く周囲に視線を巡らせる。


 法廷院の余裕の態度は仲間を潜ませていたからだったのかと考えたからだ。


 しかし、それらしき人物は見当たらない。



「……なんだ? どこに仲間隠してやがる……⁉」


「仲間ぁ? おいおいよく見ろよぉ。ボクの仲間なら後ろにいるじゃあないかぁ」



 背後に控えていた高杉が、法廷院の座るカートの前にその巨体をヌッと出した。



「2対2? 勘違いしちゃあいけない。1対2だぜぇ?」


「ナメやがっ――」



 その怒りの咆哮は最後まで言うことは出来なかった。



 ダンッ――と、はなまる通りの路面を強く踏む音で男の声はかき消された。



 高杉だ。



 口上の途中で男の顔面に正拳を突き入れる。


 男はドッと倒れそのまま白目を剥いた。



「な――っ⁉ テ、テメェ……っ⁉」


「もう1対1になってしまったぞ?」



 高杉に油断のない目を向けられ、残された男が慌てふためく。



「ひゅぅ~っ。やる気十分だねぇ、高杉君」

「ストリートの流儀に倣ってみましたが、あまり気分はよくないですね」


「オイッ! なにしてやがるっ⁉」

「オ、オマエら……! こっちだ! 早く来てくれ……っ!」



 するとそこへスカルズの別の巡回部隊が騒ぎを聞きつけて集まってくる。


 それによって呆然自失しかけていた生き残りの男は戦意を取り戻した。



「テメェらタダじゃすまさねェからな……っ!」


「これは恐い。そんじゃ高杉君、ストリートファイトはあんまり好きじゃないかもしれないけれど……」


「いえ。弥堂に負けて少々考えが変わりました。こういった実戦の中で培われる感性も磨かねばならないと。望むところです」


「そうかい。そいつはボクも気が楽だよ。それじゃいっちょ頼むよぉ」


「承知」


「なにゴチャゴチャ抜かしてんだぁっ!」



 高杉は敵の集団へ身体を向け、空手の構えをとる。


 気が付いたら10人近くの不良が集まっており、彼らは俄然強気に怒声を撒き散らしてきた。



「高杉 源正だ――」



 グッと硬く拳を握る。



「――この名前を覚えておくといい」



 言葉と同時に高杉は仕掛ける。


 修練通りの動作で、相手に掴まれることだけは避けながら、次々に敵の攻撃を捌き打撃を当てていった。



 一層大きくなった騒動をまるで他人事のようにニヤニヤと笑いながら法廷院は眺める。



「流石だねぇ高杉君。普通の不良が相手ならこんなに人数がいても全く問題にならないじゃあないか」



 自身の懐刀を称賛しながら周囲へ目を遣る。



 高杉の大立ち回りに集まってきた野次馬たちも殺伐とした空気になっていた。



「おいコラボケェ! テメェ今オレにガンつけたろ⁉」


「アァッ⁉ 知るかよダボがぁッ! テメェどこよ⁉」



 そこかしこで美景台学園でもスカルズでもない無関係の者たちの小競り合いが起きそうになっている。


 するとそこへスカルズの新しい部隊がやってきた。



「オゥコラどけやぁ! スカルズだコラァッ!」


「あぁ……?」



 その部隊の通り道にいたのは先ほど法廷院たちに絡んでいた美景高校の不良たちだった。


 彼らが不服そうに道を空けようとする様子を見て、法廷院は厭らしく頬を吊り上げた。



「おいおいおいおい! そこの“カゲコー”のキミィっ! そんなにあっさり道を譲っちゃうのかよぉ? 気弱すぎじゃあないかい?」


「な、なんだとコラァッ……⁉」



 “カゲコー”の不良は痛いところを突かれたのか過剰な反応を見せた。



「だってそうだろぉ? あっちを見てごらんよぉ? キミらより下のはずの“ダイコー”の高杉君があんなに多勢に無勢でも勇敢に戦っているというのに。ボクらより上のはずのキミらは従順に尻尾を巻いちゃうのかぁい?」


「ぐっ……、そ、それは……っ!」


「まぁ、仕方ないよねぇ。スカルズは恐いものねぇ。いいとも。ボクはキミたちの『弱さ』を許そうじゃあないかぁ。だってそうだろぉ? ボクは『弱い』者の味方だからねぇ。『弱い弱い』“カゲコー”のキミらは端っこの方でクゥンクゥン鳴きながら見ているといいよぉ!」


「ざ、ざけんな……っ! オイッ! オマエらヤるぞっ!」

「おぉっ!」

「上等だよ!」


「な、テ、テメェら……っ⁉」



 見事に法廷院に扇動された“カゲコー”の不良たちはスカルズに襲いかかった。


 普段自分たちに反抗しない者たちのその行動に戸惑いつつスカルズたちも応戦する。



 それをきっかけとしてそこら中でケンカが巻き起こった。


 元々暴れる理由を求めて街を徘徊していたような連中ばかりだ。タガが外れれば暴徒と化すまでの時間は早かった。



 スカルズと関係ない者同士でも殴り合いを始め、僅かにこの通りに居た一般人たちや店の従業員たちが泡を食って逃げていく。



「あぁ、なんてこった。どうしてこうも人は争いに身を投じてしまうんだぁ。でも、それも『弱さ』だよねぇ。弱さは免罪符だ。だからぜぇんぶ許されるよぉ」


「――代表」



 その様相を法廷院がニヤニヤと嘆いていると高杉が寄ってくる。


 最初に接敵した者たちはもう全部片づけたようだ。



「混乱が大きくなってきました。こちらへ――」



 高杉は法廷院の乗るカートを押して一本の狭い路地の入口まで移動する。


 そして彼を背後へ隠し路地に蓋をするように立ち塞がると、自分たちの方へ向かってくる次の集団を迎え撃つ。



 その後ろ姿を目に写しながら、法廷院は飽きてしまったかのように嘆息をした。



「さぁて、言われたとおり騒ぎを起こしたけど、これいつまで続けようかねぇ……」



 狭い路地の中で漏れた呟きはメイン通りから響く怒号にかき消された。






「――なんか、誰か叫んでる……?」



 足を止めて水無瀬は首を傾げる。


 すると先行している男から声をかけられた。



「どうした? 水無瀬ちゃん」


「あっちからおっきい声が聴こえた気がして……」



 スカルズのメンバーであるリクオは水無瀬の指差す方を見遣り、薄い笑みを浮かべた。



「まぁ、このへんではよくあることだ。元気いい奴が多いからよ。気にすることないぜ?」


「そう? ならよかった」



 ニコっと笑みを返し、水無瀬はテテテっと小走りに彼らに追いつく。


 そして彼らの先導に従ってまた歩き始めた。



「ちっとごめんな。“South-8”にいる奴らにメッセしとくからよ」


「あ、うん。ありがとう。薬剤師さん?」


「あ? あぁ……、薬剤師さんが店にいるか聞いてるんだ」


「そうなんだね。わざわざごめんね?」


「気にすんなよ、困った時はお互いさまって言うだろ?」


「うんっ。リクオくんって親切なんだね」


「あぁ……、うん? う~ん……?」



 水無瀬の全肯定の称賛になにか首の据わりの悪さを感じ、リクオは首を傾げつつ路地を曲がる。


 水無瀬はその後に着いていく。



「リクオくんが困ってる時は私も助けてあげるね?」


「……そうだな。多分この後助けてもらうことになるさ」


「そうなの?」


「あぁ。水無瀬ちゃんには“お世話に”なると思うからよ。よろしく頼むな?」


「うん、私いっぱいがんばるねっ!」



 快諾する水無瀬の前を歩く彼らが浮かべた下卑た笑みは水無瀬からは見えない。


 男どもの下賤な欲望など知ることもなく、水無瀬は人の親切さに触れて幸せな気持ちになる。


 足取り軽く彼らの後ろを歩き、そしてまた一つ路地を曲がった。



 その通りに入って三歩進み、水無瀬はまた足を止めた。



 男たちは気付かれたかと内心緊張しつつ、彼女の方を振り返った。



「……どうした?」


「…………」



 水無瀬は答えない。


 彼女の鼻がクンクンと動いた。



「あれぇ……?」


「……なにか気になることでも?」



 再度問いかけつつ彼らの中の一人は水無瀬を逃がさぬようさりげなく彼女を挟み込むような位置へ移動をする。



 水無瀬は進行方向とは反対を向き、そちらを指差す。



「あのね? あっちに弥堂くんがいるような……」


「ビトーくん……?」



 クンクンと鼻を動かす彼女へリクオは怪訝な目を向ける。



「あのね、弥堂くんはお友達なの。薬局に行くって言ってた……」


「あぁ、なるほどね。ビトーくんね」


「知ってるの?」


「もちろんだぜ。“South-8”でよく見かけるからな」


「そうだったんだ。お友達なの?」


「いや。顔見知りって程度だな。そのビトーくんなら今日も来てるぜ」


「あれぇ? でも……」



 水無瀬は自身で指差していた方向へ鼻を向ける。



「こっちから弥堂くんのニオイが――あっ⁉」


「……どうした?」



 リクオは他のメンバーに目配せしながら水無瀬に問う。



「ニオイがしなくなった……?」


「ニオイ……?」


「うん、弥堂くんのニオイがしてたんだけど……。気のせいだったのかなぁ?」


「…………」



 彼らには水無瀬の言っていることがまるでわからなかったが、どうでもいいと適当に口を回す。



「さっきも言ったが、ビトーくんならもう店にいるらしいから急いで行かないと行き違いになっちまうぜ?」


「わわわっ、たいへんだぁ……っ! 足を止めちゃってごめんね?」


「いいってことよ、それじゃ行こうか」


「うん、よろしくお願いしますっ」



 水無瀬はペコリと頭を下げて彼らにまた着いていく。


 彼女の背後にいる男はそのまま最後尾を歩き続けた。



 さらに路地裏の奥へ這入りこんでいった。









「――痛いっ……!」



 路地裏の壁に身体を押し付けられ女は短く悲鳴をあげる。



「――テメェ……、瞳っ! 今なんつった……っ⁉」



 彼女へ無体を働いたホスト風の男は女の顔に自身の顔を近づけて凄んだ。



 その男――馬島 尚斗まじま なおとを女は睨み返す。



「“WIZ”はもう買わないって……、そう言ったのよ! 刻悸也トキヤっ!」



 刻悸也は馬島のホスト店での源氏名だ。



 そして彼をそう呼んだ彼女はそのホスト店の客であり、この街で出回り始めている“WIZ”という新種の薬物の客でもある。


 カイカン熟女クラブというデリヘル店に所属するキャストで弥堂の指名嬢でもある朝比奈さん(29歳)――本名、小島 瞳だ。


 熟れ熟れEカップが売りであるというのがキャッチコピーだ。



「ここまで来ておいて何言ってやがんだ……⁉」


「私は“WIZ”を買うとは一言も言ってないわ!」



 従順なはずだった客の反抗的な態度に馬島は激昂するが、朝比奈は気丈にも怒鳴り返す。


 馬島は動揺した。


 現在の彼はとても追い詰められた状況にあるので、なんとしてでも“WIZ”の客を“South-8”まで連れて行かねばならない。



 余裕のない彼は短絡的に暴力に頼る。



「あぁっ……⁉」



 馬島に頬を張られると朝比奈は途端に震えだす。


 つい今まで彼女の目にあった反抗心は一瞬で消え失せた。



 それも無理はない。


 彼女は元来意思が弱い。



 だからホストにも売人にも食い物にされてきたのだ。



 女の怯えた様子に馬島は俄然調子づき、僅かに余裕を取り戻した。



「へ、へへっ……、素直に言うこと聞かねえからそうなるんだよ……! もう一発いくか? アァ?」


「や、やめて……っ」



 弱気な態度を見せる女の姿に仄暗い欲望が膨らむ。


 自分より弱い者を屈服させることには悦びがあった。



「オマエはいつもそうだな……? わかってるよ、抱いて欲しいんだろ……?」


「なっ……、ち、ちがっ……!」


「ウルセェ! 立てっ!」



 殴られたショックでヘタリこんでいた彼女を馬島は力づくで引っ張り立たせる。


 そして無理矢理彼女のニットワンピースのスカートを捲り上げた。



「いっつも最初はイヤイヤ言っててもよ……! チ〇コ突っ込んでやりゃあすぐに甘えてくるもんな! どうせそうやって誘ってんだろ⁉」


「ち、ちがう……! 私もう、アナタにはヤらせないから……っ!」


「そういうのいいんだよ! メンドくせェな! いいぜ、サービスだ。タダで抱いてやるから後でちゃんと言うこと聞けよ? オレ今ヤベェことになってんだ……!」


「そ、そんなの知らな――やめてっ! 脱がせないでっ!」



 女の言うことになど耳を貸さず、馬島はカチャカチャと片手で自身のベルトを鳴らしながら、もう一方の手で女の下着を無理矢理ズリ下ろそうとする。



「――こんな不衛生な場所で行為に及ぶのはやめた方がいい」


「――っ⁉」



 女の膝の上あたりまで下着が下ろされた時、突然背後から聴こえてきた平淡な声に馬島は硬直する。



「もっとも、お前らのような溝鼠には似合いの繁殖場所だがな――」


「――ぃぎゃあぁぁぁぁっ……⁉」



 馬島の身動きが出来なくなるタイミングを見計らってその場に介入したのは弥堂 優輝だ。



 音もなく背後から忍び寄り馬島の股の間に片足を突っ込むと、半脱ぎ状態だった彼のスーツのズボンを踏みつけて両足を拘束する。


 そしてすかさず女の下着を掴む馬島の手首を捻りあげた。



「い、いでぇ……っ!」


「――キャッ……⁉」



 下着を掴んだまま馬島が腕を動かしたことで朝比奈さんはバランスを崩す。


 その腕にかかる力の方向を弥堂が巧に操ると朝比奈さんは転倒し、下着からその両足がスルリと抜ける。



 続けてパキンっと乾いた音が鳴ると、それが馬島のさらなる絶叫の引き金となった。


 下着を掴む馬島の指を弥堂がヘシ折ったのだ。



 手を胸に抱きながらその場に蹲る馬島の尻を無感情に見下ろし、弥堂は何となく流れで奪ってしまったデリヘル嬢の下着を適当に放り捨てる。


 路地裏の汚い地面の上に高級感のある赤いレースのTバックがヒラリと落ちた。



「デッ、デメェ……ッ! ダ、ダレ……、誰だ……! オレは――ズガッ⁉」



 弥堂はこちらを見上げて罵声を放とうとした馬島の顔面に無言で爪先を突き入れる。



「ィデッ、イデェェ……ッ! かおぉ……、オデのかおぉぉ……!」



 そして馬島のネクタイを掴み上げて首を締めながら吊るし上げた。



「ォデッ、オデェ……ッ! ジュカルジュなんだジョオォォ……ッ!」


「うるさい黙れ。ホスト崩れの薄汚い売人が。死にたくなければ俺の聞きたいことだけを喋れ」


「ィギャァァァ……ッ!」



 ボロボロと泣き喚く彼に無慈悲な眼差しを返し、折れた馬島の指ごと彼の手を握り痛めつける。



「ヤメッ、ヤメッ……、ユルジデェ……ッ!」


「それは俺の聞きたいことじゃないな」


「オ、オバエ、ヨソもんだろぉぉぉ⁉ ここはスカルジュのシマだぞぉぉ!」


「だからどうした? どれだけ数が多くても、お前は今ここで一人だ」


「しゅ、しゅぐに仲間が……っ」


「うるせえよ。だったらとっととその仲間とやらを全員呼んで来い」


「ひぎゃあぁぁぁっ⁉」



 弥堂は懐からライターを取り出すと、躊躇いなく馬島の髪に火を点けた。


 ブワっと一瞬だけ火の勢いを増したことで動転した彼の拘束を緩めてやる。すると、チリチリと焦げたニオイを撒き散らしながら下半身を露出したままの馬島は悲鳴をあげて一目散に走り出した。



「追え」


『了解なのだ』



 弥堂が馬島の後姿に鋭い視線を向け虚空に短くそう命令を呟くと、黒い機体のドローンが逃走する下半身丸出しのホストの追跡を開始した。



 弥堂はすぐにそちらから目線を切って振り返る。



 そして、汚い路地裏に転がる下半身丸出しの女へ冷酷な眼を向けた。

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