1章56 『Away Dove Alley』 ⑤

「ナ、ナイーヴ・ナーシング……?」



 学ランの男たちは僅かに後退りする。



「そうさ。弱者の剣。弱き者を救うためにボクらは在る。そしてボクはその代表、法廷院 擁護ほうていいん まもるだよぉ」


「なんだそりゃ……、チームか……?」


「そうだね。確かに目的の為に同志たちと協力する。人権保護団体とでも思ってくれ。いずれは他の団体とも連帯していきたいところだね」


「い、意味わかんねェよ……」



 粘着ねばついた視線を向け厭味ったらしい口調で喋る目の前の男の異様に圧される。


 だが、それだけで元来気が短く喧嘩っ早い彼らが臆する理由には足らない。


 学ランの男たちはチラリとショッピングカートの後ろに立つ男を見る。



 身長も高くガタイもいい。


 ニヤニヤと喋る痩せた男の背後から鋭い目つきを自分たちへずっと向けている、まるでボディガードのような男。


 高杉 源正たかすぎ もとまさだ。



 一見してその強さが想像することが出来る佇まいの高杉を警戒し、恐れてもいた。



「代表。蹴散らしても?」


「う~ん、どうなんだろこれ。まだもうちょっと後な気がするんだよねぇ……」


「承知」



 法廷院の前に出ようとした高杉は足を止め、再び背後に控える。



 その動きに学ランの男たちは僅かに勢いづく。



「な、なんだコラ。やんねェのかよ……!」

「ビビってんじゃねえぞオラァッ!」


「おいおいやめてくれよぉ。そんな大きな声で恫喝をするのは。これはれっきっとした『脅迫』だぜぇ? だってそうだろぉ? 今、ボクは確かに恐怖を感じたんだから」


「テメェが喧嘩売ったんだろうが!」

「殴られたくねェんなら財布と学生章置いてけや!」


「お、おぉ……? 特にこっちから大袈裟に拡大しなくても勝手に犯行を自供してくれるね。しかしこの街はなんて治安が悪いんだ。その在り余ったエネルギーを人助けに向けて欲しいもんだよ。ねぇ、高杉君」

「はい、代表。嘆かわしいことです。鍛練が足りませんね」


「――オイ、オマエらなにしてんだっ!」


「――おやぁ?」



 学ラン集団と対峙しているとそこへ乱入してくる者たちがあった。


 年代は同じくらいの数名の男たち。私服の不良チーム――“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”だ。



「――うっ⁉ ス、スカルズ……っ⁉」



 学ラン集団――美景高校の不良たちはわかりやすく狼狽えた。



「……へぇ? なるほど、そうなるのか……」



 その様子に法廷院はニヤリと頬を持ち上げ厭らしい笑みを浮かべた。



「テメェらここが何処だかわかってんのか? オレたちスカルズのシマだぞ……!」


「い、いや……、オレらぁベツに……」


「だったらとっとと失せろや! ここで騒ぎを起こすってのはオレらに喧嘩売ってんのと一緒なんだよ!」


「クッ……、わ、わかったよ……、悪かった……」



 思いの外聞き分け良く学ラン集団は引き下がる。それが美景高校の不良とスカルズの力関係を表していた。



 去っていく後ろ姿を睨みながらスカルズの男はベッと地面に唾を吐き捨てた。



「――で? オマエらはなんなんだ?」



 別の男が法廷院たちに声をかける。



 法廷院は特に態度を変えることなくニヤニヤと笑みを浮かべたまま男を見返した。



「見てのとおりだよぉ。ボクたちは――」


「――あの、すみませんっ」



 また饒舌に言葉を連ねていこうとしていた法廷院だったが、横合いから話に割り込まれる。


 今回新たに登場した人物の声は不良男子のものではなく女の子のものだった。


 一旦会話を中断し、法廷院もスカルズのメンバーたちもそちらへ顔を向ける。



 そこに現れたのは水無瀬 愛苗だ。



 声をかけたことで反応した何人かの男たちに視線を向けられると、彼らを呼んだ本人である水無瀬さんも何故かハッとした。



「あ、あの、ごめんなさい! 私ちょっと鈍くさくって……。お話止まったと思って声をかけたんですけど、また始まっちゃってたみたいで……」



 水無瀬はペコリと頭を下げてから恥ずかしそうに身を縮こまらせる。


 法廷院は無言でスカルズの男へ視線を向ける。


「どうするんだい?」という意味をこめて。



「……オレらに何の用だ? ていうかオマエ中学生か?」



 その視線を受けた男は先に水無瀬の方を片付けることにしたようだ。



「えっと……」


「構わないよ。ボクはここまで結構喋ったしねぇ。発言の機会はみんなに同じだけ与えられるべきだぁ。だってそうだろぉ? そうじゃないと『不平等』だからねぇ。気兼ねなく先に話すといいよぉ」


「あ、ありがとうございます!」



 発言を促された水無瀬が遠慮がちに法廷院に目線を向けると、彼は寛容な仕草で彼女へ場を譲った。


 水無瀬はスカルズの男たちの方を向くとペコリと丁寧に頭を下げてから元気いっぱいに“ごあいさつ”をする。



「こんにちはっ、水無瀬 愛苗です! 初めましてっ。美景台学園です!」


「あ……? え? お、おぉ……? こ、高校生……?」


「はいっ、2年B組です! よろしくお願いしますっ!」


「い、いや、そこまでは聞いてない……」



 彼らにとって法廷院とはまた違った意味で、この水無瀬も普段接することのない人種だったので、不良たちは戸惑いを露わにし、若干対応に困った。



「あー、えぇっと……、水無瀬、ちゃん……? オレらになんか用があるのか?」



 しどろもどろになりつつ絞り出した言葉は、迷子の子供に向けるようなものになってしまった。



「はい。私、道をお聞きしたくって……」


「道?」


「そうなの。でも知らない人に話しかけちゃダメだよーってお母さんにもメロちゃんにも言われてて……。だからどうしようって困ってたら同じ学園の制服の人見つけて……」


「制服……?」



 言葉と同時に法廷院たちの方を見る。


 男女の違いはあるが、確かに同じ美景台学園の制服であった。



「……するってーと、オレらじゃなくて、コイツらに話を聞きたかったってことか?」


「あ、うん……、そうだったの。ごめんなさい……」


「あー、いいって。オレもソイツらに話あっから、先に済ませちゃってくれ」


「いいの? えへへ、親切にありがとうっ」


「あ、あぁ……、うん? しん、せつ……?」



 ここ数年聞いたことのなかった言葉にスカルズの男は首を傾げてしまう。


 その間に水無瀬は法廷院の方へ身体を向ける。



「こんにちはっ」


「うん、こんにちは。いい挨拶だねぇ」


「はいっ、挨拶だけはいつもホメてもらえます! はじめましてっ」


「はい、初めまして。ボクは法廷院、三年生だよ」


「わ、先輩なんですね。私は水無瀬 愛苗です! 二年B組です! よろしくお願いします、法廷院先輩っ!」


「おっと、ボクのことは苗字で呼ばないでくれ。自分の苗字が好きじゃなくってね。ボクは法廷院 擁護ほうていいん まもるっていうんだ。擁護ようごって書いて“まもる”だよぉ。擁も護もどっちも“まもる”って読めるんだ。名が体を表すように一人でも多くの弱者を守れるよう日々勤しんでいるんだぁ」


「わぁ、スゴイんですねっ。いっぱいがんばるってことですか?」


「うん? まぁ、そうだね。守っても守っても足りないからねぇ」


「スゴイっ! よろしくお願いします! “いっぱいまもる”先輩っ!」


「な、なんだってぇ……?」



 突然奇天烈な名前で呼ばれ、法廷院はカートのカゴからズリ落ちそうになる。



「あれっ?」


「なんなんだい? そのファンキーな仇名は? 意味合いは悪くないけど如何せんダサすぎやしないかい?」


「あ、ごめんなさい。“まもる”が二倍だからてっきり……」


「だとしてもそうはならないだろぉ? さすがにそれで出生届を出そうとしたら役所の人もボクの両親を止めてくれるはずだよぉ」


「じゃあ、“まもる”は半分でいいんですね?」


「おいおいちょっと待っておくれよぉ! それだとなんだかボクが手を抜いてるみたいじゃないかぁ」


「あ、そんなつもりじゃ……。じゃあ、“一回だけいっしょうけんめいまもる”先輩……?」


「いやいや、余計なことを付け加えなくていいから普通に“まもる先輩”でいいじゃない」


「あ、そうですね。すみません、“普通にまもる”先輩っ」


「…………」



 スカルズのメンバーだけでなく、さしもの法廷院もあっという間に展開された“愛苗ちゃんわ~るど”に言葉を失った。



「キミはけっこうマイペースだって言われないかい?」


「え? どうなんでしょう? 上級生の人とお話することあんまりないから緊張しちゃったかもしれないです!」


「そういう問題じゃない気がするよ? キミの場合」


「そうですか? じゃあ、私いっぱいがんばりますねっ!」


「そうかい……」


「ということでよろしくお願いしますっ!」


「おっと、そうはいかないよ?」


「えっ?」



 お目めをぱちくりとさせる下級生に法廷院はニヤリと意地が悪げに笑う。



「さっきも言ったろう? ボクは弱者の味方なんだぁ」


「えっと……?」


「だってさ、水無瀬さん。水無瀬 愛苗さん――」


「はい」


「――キミは強者じゃあないかぁ」



 戸惑いを浮かべる水無瀬に法廷院はギョロリとした目玉を向けた。



「えと、あの……、そんなこと、ないと思うんです……」


「おや? そうかい? ボクの勘違いかなぁ?」


「私、いつもななみちゃんに助けてもらってるし、最近は弥堂くんにもいっぱい迷惑かけちゃって……」


「へぇ? 七海ちゃんに弥堂くん、ねぇ……?」


「はいっ、おともだちなんですっ」


「そうかい。二人とも大事にした方がいいよぉ」


「はい。ありがとうございますっ」



 いまいち噛み合っていない会話だったが、法廷院は表情に納得を浮かべ、そして満足げに笑う。



「それじゃあ、ボクの勘違いっぽいし、強者だったとしても“今の”キミは弱ってそうだし。ここはひとつこのボクが助けになってあげようじゃあないかぁ」


「わぁ、ありがとうございますっ」


「それで? なにか聞きたいことがあるんだって?」


「はい。私、“さうすえいと”ってお店に行きたいんですけど、場所がわからなくて……」


「ほぉほぉ、そういうことかい」



 その店の名前が出ると、法廷院よりもスカルズの男たちが露骨な反応を見せた。仲間同士で目配せをしあう。


 法廷院は横目でその様子を確認した。



「なるほど、“South-8”かぁ……」


「薬局みたいなんですけど、私知らなくて困ってて……」


「うん、知らないね」


「――いや、知らねェのかよっ!」



 あっさりと言い放つ法廷院の返答に水無瀬のよりも早く、これまで黙っていたスカルズの男がツッコミを入れた。



「えっ……?」


「あ、いや、ワリィ……。クチ挟むつもりじゃなかったんだが、そっちのヤツがよ。自信満々だったわりに知らねェのかよって、つい……」


「フフ、気にしないでくれよぉ。ミスは誰にでもあるものさぁ。ボクはキミのその短慮さをもちろん許してあげるよぉ? だからキミもボクの無知を許すべきだぁ。だってそうだろぉ?」


「な、なんかオマエいちいちムカつくな……、って、そうじゃねェ。なぁ、水無瀬ちゃん? ちょっといいか?」


「はい?」



 コテンと首を傾げる水無瀬に、男はもう一度仲間と目を合わせてから申し出る。



「実はよ、オレらその店のことよく知ってんだ」


「え? そうなんですか?」


「あぁ。いつもその辺で溜まってっからよ。キミはそこに何の用なんだ?」


「えっと、私のお友達が今日そこの薬局に行くって言ってたんです」


「薬局……?」


「はい。なんかお薬取りにいくとかって……」


「……そうか」



 男は短く返事をして思案をする。


 そしてジッと水無瀬を見た。



「なぁ、水無瀬ちゃん」


「はい」


「よかったらよ、オレらが“South-8”に案内してやろうか?」


「えっ? いいんですか?」


「あぁ、ちょうどこれからその辺に戻るつもりだったからよ、ついでみたいなもんだ」


「わぁ、ありがとうございます」



 たったの1秒すらも警戒することも疑うこともなく喜びを浮かべる水無瀬に、彼女と話している男以外のスカルズのメンバーたちが下卑た笑みを浮かべた。



「おっとぉ、いいのかい? 知らない人に着いて行っちゃダメって言われてないかい?」


「え?」


「チッ……」



 彼らとは別種の厭らしい笑みを浮かべた法廷院が口を挟むとスカルズの男たちは不機嫌さを露わにする。



「あっ……、そういえば……」


「言いつけを守らないと過保護な親猫に怒られちゃうぜぇ?」


「オイ、テメェ余計な口を――」


「――あっ! でもでもっ!」



 何かを思いついてパチリと大きくまばたきをした水無瀬はスカルズの男へ、そのまんまるな目を向ける。



「あのっ、お名前なんていうんですか?」


「は?」


「私は水無瀬 愛苗ですっ。よかったらお名前教えてくださいっ」


「あ……、オレは……、リクオっつーんだけどよ……」


「リクオくんですねっ! ありがとうっ」


「お、おう……?」



 男の戸惑いには気付かずに、水無瀬は今度は法廷院の方へ向きなおる。



「これで知らない人じゃないから、大丈夫になりました!」


「ハハッ、こいつは一本とられたねえ。なるほど。確かにこれなら過保護とは言えないねぇ」


「えっと?」


「なんでもないよ。気にしないでくれ。彼らの世話になるといいよ」


「あ、はい。“普通にまもる”先輩もありがとうございましたっ!」


「なんてこった! まさかそれで定着させる気かい? 頼むよぉ、皆田さぁん」


「え? 私、水無瀬です。水無瀬 愛苗です」


「おっと、これは失礼。でも、名前を間違われるのは嫌だろう? ボクのこともちゃんと呼んでくれよぉ」


「あ、はい。ごめんなさい、“いっぱいまもる”先輩っ」


「……そういうことじゃあないんだけどねぇ」



 法廷院は苦笑いを浮かべ、今日この場で天然さんにわかってもらうのは無理かと切り替える。



「まぁ、彼らをあんまり待たせるのも悪いし、もう行った方がいいよぉ」


「あ、そうですよね。ありがとうございます」


「キミはいっぱいお礼が言えて“いいこ”だねぇ」


「おい、オマエら着いてこい」

「おう」

「水無瀬ちゃん、こっちだ」


「あ、はい。よろしくお願いします」



 水無瀬と法廷院の話がついたことでスカルズの男たちが動き出す。


 リクオが促すと、彼を含めた三人の男たちが水無瀬に付いて、この場に二人残る。



「……代表。よろしいので?」


「あぁ。“これで”いいんだぁ」



 そっと耳打ちしてくる高杉に法廷院は確信的な声音で答える。


 その彼らの前にはスカルズの男が二名近寄ってくる。



 この場に残った二人は法廷院たちに剣呑な眼差しを向けているが、彼は全く意に介さず離れていく水無瀬の背中に声をかけた。



「気をつけてねぇ、水無瀬さん」


「あ、はい。ありがとうございました。また今度学園でお礼言いに行きますっ」


「そいつはどうも。でもね、水無瀬さん――」


「はい?」


「――ボクってヤツは実は結構忘れっぽいところがあってねぇ。もしかしたら次に会った時に、さっきみたいにキミの名前を間違っちゃったりするかもしれないし。さらにもしかしたらキミのことを忘れちゃってるかもしれない」


「え――」


「その時は記憶力が弱いボクのことを許しておくれよ? このボクも――例えどんな未来になってもキミの弱さを許してあげるからさぁ」


「え……? あの、それって――」


「――オイ、しつこいぞテメェ。もういいだろ!」


「おっとぉ。どうやら彼らも待ちきれないようだ。これ以上お預けしたら怒ってしまいそうだよ」


「あ、あの――」


「さぁ、もう行くんだ。キミは強い。だから彼らの我慢弱さを許してあげるべきだ。だってそうだろぉ?」



 水無瀬は尚も法廷院に何かを問いかけたそうにしているが、男たちが身体を割り込ませ視界を遮る。


 どこか急かしたように水無瀬を路地裏の方へと導く。



「じゃあね、水無瀬 愛苗さん。また会えるといいね」



 もはや聴こえていないだろう彼女へ法廷院は一方的に別れの挨拶を済ませた。



 そして、この場に残った男たちへ目線を動かし、その目玉をギラつかせた。

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