1章55 『密み集う戦火の種』 ⑬


「――といっても、新しいネタはない。オメーが掴んだモンを裏付ける程度のモンだ」



 紹興酒で舌を濡らし、ホームレスの老人は話し出す。



「十分だ」



 裏がとれているだけで現場での効率は大きく変わる。


 弥堂は了承の意を唱えた。



「狙い目はホストどもだ。専業の売人どもも動くだろうが恐らく南までは出てこないし、コイツらの今日のメインは売れ筋のヤクだ。一匹見つけるのにも手間がかかるだろうし、まぁ、こっちは儂に任せな。何人かツラを拝んできてやる」


「わかった」


「最近ホストの店が増えてるのはわかってんだろ? ありゃあ全部同じグループだ。表向きは別の経営者をたてて一つ一つ無関係の会社を装ってるがな。カシラは“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”のOBだ。手下一人ずつに別々に会社をやらせて、どこか1つが摘発されてもシッポ切りして他は逃げやすいようになっとる」


「判別する手間が省けていいな。適当に殴り込みに行っても当たりを引ける可能性が高いということか」


「阿呆。そんなことせんでも向こうから出てきてくれるわい」



 白けた顔をする老人に目線で「どういうことか」と問う。



「このホストグループもな、外人街から新種のヤク――WIZを捌けとノルマを課されとる。だがの、このクスリとホストって職業は相性が悪いのよ」


「そうなのか?」


「いいか? 基本的にホストがどうやって商売してるかってーと、まず客に売掛をさせる。それが払えなくなったら金融を紹介して借金を負わせる。返せもしねえのにどんどん借りさせる。そんで返済のために風呂に沈めたりAVに出させたりなんかするわけだ。いい感じに病んできたところでクスリに手を出させてさらに沼に落とす」


「酷い商売だな。心が痛む」


「やかましいわ。まぁ、最近はSNSだなんてケッタイなモンがあるせいで、下手に発信力を持たれたら困るからそっちは減っとるがの。そうじゃなくっても表に出して金になるツラしてる女ばかりじゃあねえしのう。一番多いのはモグリの立ちんぼじゃ。つまりそうやって金に変えとるわけだ」


「あぁ、なるほど。そういうことか」



 そこまでの話で得心がいったと弥堂が納得すると、チャンさんはニヤリと笑う。



「そういうこった。WIZは使えば死ぬ。割と早く、割と高確率で。その点ではシャブよりもずっとヤバイ代物じゃ」


「せっかく掴まえた金蔓が死んじまうんじゃ踏んだり蹴ったりだな」


「だが店が増えた分ノルマも増えた。ヤツらはそれでもWIZを捌かなきゃならん」


「おまけにWIZは売る相手を選ぶ必要もある。店に来る客だけじゃどうしても母数が足りない、か」


「じゃあどうするかっつったら、行商に出るしかねえよなあ」


「お誂え向きに数日は警察の監視が緩む」


「条件は揃った――そういう話じゃ」



 ギラリとした老人の眼光を弥堂は無感情に受け止める。



「“STARDUST”ってホストクラブがある。割と新しい店だ」


「アンタに紹介された女からも聞いた」


「この店が開店初っ端の売り上げコケたみてぇでな。上から特に強く詰められてるらしい。そんで一回焦って適当にWIZを捌いてヤキを入れられたことがあるみてぇでな。つまりコイツらには余裕がない」


「そうか。それは気の毒にな」


「おぉ、悪いことは重なるもんで、今日なんかもっと気の毒な目に遭っちまうんだろうなあ」


「世の中そんなもんだ。運がなかったのさ」



 同情心を欠片も感じさせない声音に老人はカカカっと笑った。


 弥堂は眼を細める。



「“South-8”か?」


「あぁ、“STARDUST”は若いホストが多い。現役のスカルズに直の後輩が多いからそいつらに声を掛けたそうだ」


「そうか。具体的な人物は?」


「わからん。スカルズは構成員が多いからのう。おまけに現役スカルズの中にもWIZを捌く為の特別部隊がいるらしい。コイツらが協力するのか、ただのパシリが出てくるだけなのかまでは掴めんかった」


「問題ない」



 チャンさんは再度酒を煽りシケモクを一本咥える。弥堂はそれに火を点けてやった。


「ンパッ、ンパッ」と煙を漂わせてからチャンさんが口を開く。



「相手はガキとはいえ、正面突破出来るほど簡単じゃあねえぞ?」


「そうかもな」


「オメーが負けるとは思っちゃいねえが、逃げられたらオジャンだ。どうする気じゃ?」


「適当に監視しておいてシッポを出したところで踏み込む」


「……あの店の周辺は完全にヤツらのシマだぞ? 見かけねえヤツがいたら警戒される」


「いい感じのカメラを手に入れたんだ。上手くやるさ。それに――」


「アン?」


「――いっそ向こうから襲ってきてもらおうか。その方が効率がいい」



 チャンさんは怪訝そうに伸びきった眉を寄せた。



「確かにいつもなら店の外に余所モンがいりゃあそれだけで襲ってくるだろうが、今日は流石に軽率な真似はせんじゃろ」


「そうかな。そうとも限らんぞ」


「アーン? 瘋狗ファンゴォウ、テメェなにを仕込みやがった?」


「別に。真面目に働いていただけさ。働きすぎて今じゃウチの学園の制服を見ただけでヤツらが喧嘩売ってくる様になっちまったよ」


「あぁ、ここんとこ南の路地裏で暴れてる“セーガク”がいるって、やっぱりテメェのことじゃったか」


「心配だぜ。俺は自分で自分の身を守れるが、うっかりウチの生徒が路地裏に迷い込んでしまったりしたら……。もしかしたら攫われて暴行を加えられた上に薬物を射たれてしまうかもな」


「クカカ……ッ! よく言うぜ、この狂犬ヤロウがよぉ……!」



 愉快げに笑い声をあげる老人に適当に肩を竦めてみせた。



「行くんか?」


「あぁ。俺は風紀委員だからな。学園とその生徒の安全を守るために最大限の努力をしなければならない。少なくともその姿勢を見せる必要はある」


「そうかい。生徒さんもそうだがオメーも生きて帰って来いよ」


「さぁな。それは俺の考えることじゃない。神様にでも聞いてくれ。そこに居るんだろ」


「カカカ、違ぇねぇ」



 顎を振って聖堂の壁に掛けられた大きな十字架を示し、弥堂は踵を返した。



 そのまま出口へと向かおうとするがすぐに目の前に立ち塞がる者があった。


 シスタークララだ。



「邪魔したなシスター。生きてたらまたそのうち」


「……お待ちなさい」



 軽い挨拶をしてその脇を通り過ぎようとしたが、多分に怒気が含まれた声に呼び止められる。



「……貴方がたに今ここで更生をしろとまでは言いません。ですが、教会内で不適切な会合を開いたこととその中での言動。そして今しがたの主を軽んじるような物言い。これは神さまに謝ってください……っ!」



 怒り心頭の様子にシスターの言葉に、弥堂とチャンさんは目を合わせて肩を竦めた。



 そして――




「「神様ごめんなさい」」




 あっさりと軽い調子で十字架へ向かってペコリと頭を下げた。



「主はテメエらをお赦しになったぜー。マジエイメンな」


「ああ、エイメンな」


「おお。またエイメンじゃの」



 誠意のない彼らの懺悔に不良神父が適当に赦しを告げると、適当な挨拶を交わして何事も無かったように彼らは解散する。


 チャンさんはまたその場の床に尻をつけて不良神父と呑み始め、弥堂はプルプルと震えるシスターさんを置いて聖堂を出た。






「――オドレコラボケェーッ!」



 聖堂の外に出るとすぐにそんなガラの悪い鳴き声に威嚇される。



 先程外にブッ飛ばしたアニキたちご一行だ。



「もう動けるのか。相変わらず頑丈だなアンタ」


「じゃかましいわボケェッ! そんなこと聞きにきたわけちゃうわアホンダラァ!」


「なんだ?」


「なんだじゃねェわドサンピンがァ! おうワレ、シャレにならんマネしてくれたのう」


「……アンタも大概しつこいな」



 弥堂は嘆息し懐から封筒を取り出して彼らへ差し出す。


 アニキに目配せされたリュージがそれを受け取った。



「……なんじゃこりゃあ?」


「10万入ってますアニキ!」



 アニキはギロリと弥堂を睨めつけた。



「なんのマネじゃあ?」


「やるよ」


「アァン⁉ ナメとんかオドリャァ……ッ!」

「ぶっ殺すぞクラァ!」

「フィメフォンフォファイファレェッ!」


「なんで金やったのにキレんだよ」



 三人並んで鳴き声をあげてくるチンピラたちに弥堂はうんざりとした顔をした。



「オゥこら狂犬のぅ」


「なんだよ」


「大人しく詫びを寄こすたぁオドレにしては殊勝なこった。じゃがのう、まだワシらは金を出せとは言っとらんじゃろ? 言われる前に金を出すのは行儀が悪いんじゃ。それはナメてるってことになる。つまり無礼ってこった」


「意味がわからん。メンヘラみたいなメンドくせえこと言うなよ」


「アホ、ヤクザはみんなメンヘラなんじゃ」



 意味不明なヤクザ者の言い分に溜め息を漏らす。



「要はアンタらの流儀ってことだな。だが勘違いをするな」


「アァ?」


「その金は詫びじゃない。経費だ」


「経費だァ……?」



 盛大に眉を寄せて下から覗きこむようにガンをつけてくるヤクザたちに弥堂は説明をしてやる。



「チャンさんから買った情報は渡せない」


「なんじゃワレェ! ナメとんかァ!」


「うるせえな。だが、代わりに第二候補を教えてやる」


「第二……だァ?」


「そうだ」



 適当に顔面を押し遣って彼らを離す。



「売人の居所が知りたいんだろ?」


「当たり前じゃろがい」


「俺にも仕事を受けた体面がある。第一候補――さっき得た情報は渡せない。だから代わりに、もしもチャンさんからの情報がなかった時に狙うはずだった狩り場を教えてやる」


「なんじゃぁ! 狂犬ワレェ! そんなもん両方教えろや!」


「……よせ、リュージ。ええわ、聞かせえ……」



 激昂する子分を押さえてアニキは目を細めた。



「“ヴォイプレ”だよ」


「……若とオドレがケツもってるキャバクラか」


「そうだ」



 弥堂は静かに頷く。



「少し前にキャストが狙われたことがある。今日あたり客として売人を潜り込ませてくる可能性が高い」


「……ほぉ」


「どっちの狩り場が当たりを引くかはわからないと思っている。当然第一候補の方が可能性が高いと考えてはいるが、正直なところ最終的には運次第だ。そうだろ?」


「なるほどのう。この情報が詫びってわけかい」


「そうだ。どっちが当たりを引いても恨みっこなしだ。それで手打ちにしてくれ」


「ほぉ、ほぉ……、ンで? この金はなんじゃ?」



 アニキはビラビラと顔の横で封筒を振って見せる。



「言ったろ。経費だ。黒瀬マネージャーには今日俺に連絡して繋がらなかったらすぐに皐月組を呼べと言ってある。ヴォイプレに近い場所で呑んでてくれよ」


「ほぉかい。それで経費っちゅーわけか」



 封筒を振りながらアニキは宙空を見上げて感情をしていると、ふと視線を感じる。


 視線の方へ目を向けると子分たちが期待をしたような目でワクワクと落ち着かない様子をしていた。



「……ハッ、ええやろ」



 アニキは決断し金の入った封筒をリュージに渡した。



「しゃあないのう、オドレの話にのったるわ」


「そうか」


「ほな、お互い生きてたらまた」


「あぁ、死ぬなよ辰っさん」


「ガキがナマ言うてんやないわ。まずオノレの心配せぇっ!」



 それで話はつき、アニキは踵を返して教会の敷地を出ていく。


 向かう先は新美景駅の北口歓楽街だ。



「オマエら着いてこい。今日はキャバクラ奢ったるわ」


「ヘイ! アニキィ!」

「ファニフィファファイフォウファベェッ!」



 肩で風を切って歩いていくアニキの背中を子分たちはウキウキと追いかけて行った。



 その場に残された弥堂は彼らが路地を曲がって姿が見えなくなるまで待って、それから別ルートを使って駅へ向かう。


 弥堂の狩り場は南口の繁華街の路地裏だ。




 何度か曲がってから立ち止まり電柱の陰となる壁際に背をつける。


 そしてスマホを取り出して手早く通話を発信する。



『――黒瀬です』

「俺だ、黒瀬さん」


『どうされました?』

「とり急ぎ報告だけ」


『どうぞ』

「店の付近に皐月の組員を待機させるよう話をつけられた」


『それは――助かります』

「ただし辰のアニキだ」


『それは……』

「緊急手段だと思ってくれ。連絡の優先順位は俺が先のままで構わない」


『かしこまりました』

「そろそろ作戦に入る」


『幸運を』

「では――」



 必要なやり取りだけを最短で熟し通話を切る。


 弥堂の脳内で黒瀬マネージャーの評価が2段階上昇した。



 続けてメールを手早く作成しY'sへ送信する。



 返信が来るまでの間にもう一件電話をかける。



「俺だ」

『いよぅ兄弟。オレだ』


「間もなく作戦を開始する」

『そうかい。悪かったな下手を打って。そっちに辰っさんが行ったろ?』


「問題ない。お前があの人を蔑ろにするから拗ねてんぞ」

『そうなんだけどよォ……、あの人すぐに戦争したがるしなァ……』


「俺の方で仕事を頼んだ。今晩“ヴォイプレ”に張ってもらう」

『悪ぃな』


「そんなことより――」

『――あぁ、売人攫う時は連絡くれ。付近に車と手下を待機させてる』


「ガラまで攫ってもいいのか?」

『上手くいけばの話だ。モノと情報押さえるだけでもいい。うっかり殺っちまった時も言ってくれ。そいつらに死体を処理させる』


「わかった。あとは?」

『ねぇな。健闘を祈る』


「あぁ、じゃあ」

『あぁ、じゃあな』



 こちらも手早く通話を切る。


 弥堂の脳内で馴染みのヤクザの倅の評価が2段階上昇した。




 メールアプリに画面を戻すと返信がきていた。


 タップして表示させる。



『まもなく作戦領域。状況報告。』


『お渡ししたヘッドセットを装着してください』



 弥堂が送った端的な報告とそれに対する返答だ。



「…………」



 弥堂は不服そうにしながら、メールの指示通りに懐から出したワイヤレスイヤホンを右耳に入れる。


 放課後になり学園を出ようと靴箱を開けたらこれが入っていたのだ。



 するとすぐにスマホに着信が入る。


 相手は見覚えのない文字列だ。



「…………」


『お疲れ様なのだ。本日の作戦は音声通信によりボクがサポートするのだ』



 イヤホンから聴こえてきた巫山戯た声に弥堂は眉を顰めた。

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