1章54 『drift to the DEAD BLUE』 ⑱

 疑うべきは弥堂だけではないと、水無瀬の名前をあげた望莱へ希咲は目線を向ける。



 その目はかなり険が強くなってしまっていることを自覚しながら、しかしやめることはない。



「どういうつもり……? 笑えない冗談なんだけど?」


「ふふ」



 今はそういった冗談を言ってふざける場面ではないし、自身の親友へ疑いを向け彼女を貶めるようなことを言うのも許せない。


 そして、この程度のことで望莱が怯むこともない。



 だから、怒りを隠さずに目線に籠め、望莱を睨みつけた。



 案の定、彼女は怯えることも怯むこともなく、楽し気に薄く笑みを浮かべた。



「冗談なんかじゃないですよ? だって可能性の一つとして、そのことも考えるのは当然ですよね?」


「全然。愛苗がそんなことするわけないじゃない」



 望莱には効かなかったが周囲の人間に対しては同様ではない。



 ガンギマリの瞳のギャルJKに蛭子くんは思いっきり怯んだ。


 身長190cmオーバーの立派なガタイの最上方あたりに位置するお目めをキョロキョロと彷徨わせる。


 すると、あちらの方で親友の紅月 聖人も同じように顔色を悪くしてキョドっているのが見えた。



 聖人だけではない。



 王族であらせられるマリア=リィーゼ様は静かに涙を流しながらカチカチと震えており、普段は泰然としている天津 真刀錵でさえもダラダラと脂汗を流していた。


 戦闘に特化したJKである天津には恐れるものなど何もないように思えるが彼女は口が上手くない。マジギレ中の七海ちゃんに激詰めをされればあっというまに白目を剥かされてしまう。



 ここに居るメンバーは各人それぞれに戦闘的な技能を持っておりそれなりの場数を踏んでもいる。


 だが、同様に各人それぞれにこれまで過ごしてきた中で、大なり小なり希咲に激詰めをされた経験があるので、魂の奥底に彼女には勝てないという意識を植え付けられているのだ。




「普通の高校生だと思っていたのに、学園やこの島といったわたしたちの事情にガッツリ絡んできている。その点で弥堂先輩が疑われるなら、水無瀬先輩だって同じですよね?」


「あいつと一緒にしないでよ……!」



 このコミュニティのメンバーの中で唯一、無敵のメンタルを持つ望莱だけが希咲に物怖じしない。それどころか彼女を怒らせて逆に嬉しそうにしている。


 そんな挑発的な言い方をしないでくれと、きっと自分以外の他のメンバーも思っていることだろう。蛭子はそう思っている。



 だが、それなのに誰も希咲を挑発する望莱を止めないのは、今回のことに関しては望莱の言っていることの方が正しいと、そう思っているからだ。



「でもでも、例えばじゃあ、この水無瀬先輩のところに別の知らない誰かをキャスティングしたら……? そうすると怪しいって感じません?」


「それ、は……っ」


「水無瀬先輩は怪しくない。でもそれを担保できる材料って『水無瀬先輩だから』、その一点しかないんですよね。違いますか?」


「違うわよ!」


「えー? でもー、水無瀬先輩って配役的にというか、彼女の立ち位置としては今回の件の犯人や内通者が立っていても不思議ではない場所なんですよね」


「みらい、あんた……っ」


「七海ちゃん。わたしは可能性の話をしているだけです。七海ちゃんが水無瀬先輩は違うと思うのなら、この話を頭ごなしに否定して逃げるのではなく、きちんと議論をした上でその可能性を否定してみせるべき。そうではありませんか?」


「…………」


「ふふ。事実は事実。お気持ちはお気持ち、です」



 反論が出来なくなった希咲の顔を愛おしげに見つめ、望莱は話を展開する。



「今回の件――護法石が破壊された件ですが、これは一体誰へ向けた攻撃でしょうか? ただし、護法石の破壊が事故ではなく、意図的に狙ったものとします」


「……美景全体、っていうか郭宮じゃねェのか?」



 話しあいに応じるためにか、冷静になろうと怒りを収めている最中の希咲に気を遣い蛭子が代わりに答えた。



「いいえ。これはわたしたちへの攻撃です。もちろん郭宮も被害を被るので含まれてしまいますがメインターゲットは紅月――その中のわたしたち、もっと絞ると兄さんへの攻撃ですね」


「僕?」


「はい。最高機密のこの島と繋がる護法石がどれか、その情報を掴んでいたなら学園内の他の護法石の情報まで掴んでいたはずです。その中でこれを選んだのなら、攻撃目標はこの島になります」


「なるほど……」


「そして、学園の最高機密を入手できるくらいの人なら、わたしたちが今ここに居ることを知らないはずがない。だからわたしは今回の襲撃はわたしたち、というか、厄介な立ち位置である紅月 聖人を失墜させるための攻撃だと考えました」



 そこで望莱が一回言葉を切ると、考えながら控えめに蛭子が手を挙げる。



「理屈としてはわかる。だが、聖人狙いと断定は出来なくねェか?」


「どうしてですか?」


「もっと大きな――美景の地も郭宮もまとめてぶっ壊そうとした攻撃ってことは考えられねェか?」


「それは龍脈を暴走させて土地ごと滅ぼす。そういう意味ですか?」


「……そうだ」



 それは発言者である蛭子としても考えたくない可能性なので、肯定の言葉が重くなる。


 そんな彼に、望莱は殊更に明るくニコッと微笑んだ。



「それはないですね」


「ア?」



 軽く、しかし即座に否定してみせる彼女へ蛭子は目線で真意を問う。



「考えてみてもください。あんなに周到に情報を下調べしたり、警備のハッキングまでしてるんですよ? その上で護法石を破壊しようと思ったらあんなに派手に戦闘をする必要なくないですか? “まきえ”ちゃんに気付かれずに彼女を無力化できるなら、そのまま隠密で破壊工作まで遂げてしまうことは出来たはずです」


「……それは、そうか」


「でも、みらい。そうしようとしたら弥堂に見つかって戦闘になったから派手になっちゃったとか考えられないかな?」


「まぁ、兄さん。自主的に発言できてエライですね。ですが、いいえです」


「え? どうして?」


「いいですか? 妖は6体いたんですよ? もしもわたしなら、1体を“まきえ”ちゃんの拘束に、運悪く出くわした弥堂先輩にも1体ぶつけて、残りは護法石へ向かわせて残り4体分の血をまとめて龍脈にぶちこみます」


「でも、それやっちゃったらその後どうするのさ?」


「兄さん、その後なんて無いんですよ。本気で龍脈を暴走させて土地ごと滅ぼすのなら、これをやってしまった後は犯人も逃げ場はありません。生き残る必要がないんです」


「そ、そうか……」


「だから、この島と龍脈への攻撃ではあるんですが本気で壊す気はないんです。だから護法石が戦闘の不可抗力で壊れたのでなく、意図的に壊したのなら、その意図は龍脈に不具合を起こさせ、紅月や郭宮の失態を生み出すこととなります」



 望莱の推理を否定する言葉は誰からも出ない。


 理解を追い付けてから蛭子が口を開く。



「一応、反論はねェな。あくまで護法石の破壊が意図的なものならってことだな?」


「はい。そこ結構大事なので忘れないでくださいね? ちなみに、事件当時の現場に、敵側に妖以外は誰もいなかったって可能性はもう考えませんよ? それはありえませんからね」


「……だな。ハッキングなんて芸当が出来んのは人間だけだしな」


「もしも妖の襲撃とそのハッキングが別口で、偶然バッティングしただけってことだったら、もう笑うしかありませんね」


「いくらなんでもありえねェだろ」


「あっ――」


「おや? おかえりなさい、七海ちゃん。どうかしましたか?」


「あ、えっと、その、ね……」



 望莱と蛭子の話に希咲が反応する。



 冷静に話が出来るように自分の感情のコントロールに努めていた彼女だったが、望莱も蛭子も『ありえない』と切って捨てたその可能性が実はありえるかもしれないと言及すべきかと思ったのだ。



 しかし――



(えっと……、今って愛苗の話してんのよね……? でも、弥堂のことも犯人じゃないって否定してあげないと……)



 あの夜に学園に盗みに入ったら、そうしたら妖と偶然バッティングしてしまっただけで、学園への襲撃やこの島への工作とは本当に無関係かもしれない。



(あれ……っ? でも……、ん? 犯人……? いや、犯人じゃん!)



 襲撃の犯人ではなかったとしても泥棒ではある。


 仮に盗みはしていなくても襲撃の犯人ではあるかもしれない。


 仮に一億歩譲って彼が盗みも襲撃もしていなかったとしても、それでも最低でも不法侵入の罪状は付く。



(な……、なんなの、あいつ……っ! なにがどう転んでも絶対になにか悪いことはしてるって……、そんなことある⁉)



 せっかく庇ってやろうと思ったのに、該当人物がどんな敏腕弁護士でも無罪を勝ち取ることが不可能なクズであったことに希咲は憤る。


 いくらなんでも無理ゲーだった。



 厳重な抗議を本人へ申し立てたい気持ちがいっぱいだったが、生憎ここは美景とは離れている。


 それに、例えあのヤロウが目の前に居たとしても、全く悪びれもせずにいけしゃあしゃあと暴言を吐いて、逆にこちらをバカにしてくるだろう。



 目的の為なら手段は選ぶな――だとか。


 成果を得るには犠牲はつきものだ――だとか。


 法律? なんだそれは――だったり、甘いことを抜かすな――とか、お前は馬鹿か?――とか言って、そして挙句の果てにはこう言うのだ。




『ここはもう、戦場だ――』




(――うるさぁーーっい!)



 スカした顏でそう言ってくるクズ男に、声には出さずに怒鳴り返す。



(あっち行っててっ!)



 そしてポワポワっと浮かんだイメージの弥堂をシッシッと追い返す。



 そして、今は擁護不可能のクズ男よりも親友の愛苗ちゃんの方が大事だと切り替えをした。




「――ねぇ、みらい」


「はい。その話が水無瀬先輩にどう関係するのかってことですよね?」


「うん」



 名前を呼ばれただけで望莱は意図を正確に汲み、話を再開する。




「さっき、わたしはこう言いました。水無瀬先輩は怪しくない。でもそれを担保できる材料って『水無瀬先輩だから』、その一点しかない――と」


「……言ったわね」


「さっきは七海ちゃんをイジメるためにそう言いましたが、でも――これって人間誰しもあることですよね?」


「え?」


「さて、七海ちゃん以外のみんなに訊きます。これまでに水無瀬先輩のことを調べたことある人、誰かいますか?」



 その言葉には誰も答えない。答えられなかった。


 困惑したり考え込んだり、或いはハッと何かに気付く者たちの様子を満足げに眺めて、望莱は続ける。



「わたしたちって、このコミュってある意味閉鎖的じゃないですか?」


「みらい? あんたなんの――」


「まぁまぁ、ゆっくり聞いて下さいよ。ちゃんと関係ある話です」


「……わかった」


「七海ちゃん、チューしましょう」


「うっさい! 早く言えっ!」



 酷く困惑した様子の希咲の表情にみらいさんは興奮し、思わずチュチュっと唇を鳴らして求愛行動をするがすげなく叱られてしまい、仕方なく真面目にお話をすることにした。



「わたしたちのこのコミュって兄さんを中心にしてますよね? その兄さんはどこに行っても人気者です。中学でも高校でも学校の人気者。みんなに好かれ、信頼され、一目置かれ、周囲に人が集まってくる」


「え、えっと? 褒められてるのかな? それほどでもないと思うけど」


「ふふふ。兄さんの鈍感主人公。ですが、それなのにそういった人たちの中から、今日この場にまで着いてくる――もしくは連れてくるような人は誰もいません。幼稚園の頃から始まったとして、去年リィゼちゃんが仲間になるまで、このコミュニティには一切人が増えていません。多くの人に好かれて、いっぱい人が集まってきていたようで、その実、ひどく閉鎖的だとも言えます」


「そりゃオメェ、そうだけどよ。でもそれは――」


「――そうです。仕方ないことです。何故ならわたしたちは普通でない業界のお家に生まれたからです。閉鎖的であることが正しいんです。普通の子たちをワイワイと連れ歩いていたらこれまでに何人死なせてたかわかったものではないですからね。ですが――たった一人だけ例外がいます」



 望莱がそこで言葉を切ると、希咲は自分へ集まる視線を感じた。


 そのことに動揺することも困惑することもない。


 その視線の意味は自分でもよくわかっているからだ。



「そうです。七海ちゃんです。七海ちゃんだけが例外です。七海ちゃんは一般家庭で生まれたごく普通の一般ギャルですが――」


「――ギャルじゃないし」


「…………」


「…………」



 調子よく話している途中で否定の言葉を挿し込まれ、二人はジッと見つめ合った。



「ギャルです」


「ギャルじゃない」


「やだーやだーっ! ギャルがいいーっ!」


「あ、こらっ! ダダこねんなっ!」



 癇癪を起してゴリ押そうとするみらいさんに七海ちゃんはムッと眉を吊り上げる。



「あんたとうちのママがギャルがいいって言うからこうしてるだけだしっ!」


「イヤなんですか?」


「や。あたしもベツにキライじゃないけど……」


「じゃあギャルじゃないですか!」


「違うから! 髪とか服とか、あとメイクとか……? がギャルっぽいだけでギャルじゃないから!」



『それはもうギャルなのでは?』と周囲のメンバーは思ったが、飛び火しては敵わないので口を噤んだ。



「あとは喋り方をマスターすれば完璧ですね。この間参考資料として渡した音声データはもう聴きましたか?」


「聴かないわよっ!」



 言われて思い出した瞬間お顔が真っ赤になる。



「どうしました?」


「あ、あんた……、あれっ……! なんなのよ⁉ み、耳舐めとか……っ、イミわかんないっ!」


「なんだ、聴いたんじゃないですか? あれでギャルの喋り方はわかりましたね?」


「わかるわけないでしょ! いきなりチュッチュッとか耳元で……、なんも入ってこなかったわよ!」


「えー?」



 思い出し恥ずかしがりをするお姉さんに萌えてみらいさんはニッコリだ。



「もういいから! 話戻せ!」


「では。というわけで七海ちゃんは例外的に特殊なわたしたちのコミュに入りました。それが何故かというと――」



 言葉を切り一同の顔を見回す。


 彼ら彼女らの表情から、これから発言する内容を全員がわかっていることを確認し満足げに頷く。



「みんな同じ気持ちのようですね。そうです。それが何故かというと――七海ちゃんがめちゃんこカワイイからです」


「違うでしょ!」


「えー?」



 本人から即座に否定され、他のメンバーはズルっと脱力していた。


 どうやらわかっていないのはみらいさんだけのようだ。



「オマエな、ふざけるのもいい加減に……」

「そうじゃないだろ、みらい……」


「なんですかーっ⁉」



 自分だけが共感出来ていなかったという屈辱をみらいさんはブチギレて誤魔化す。



「うおっ、なにキレてんだコイツ……」


「じゃあ二人は七海ちゃんが可愛くないって言うんですか⁉」


「そ、そうは言ってないけど――」


「――七海ちゃん七海ちゃん。兄さんと蛮くんが七海ちゃんのことブスって言いました」


「い、いやそんなこと言って――」

「オマエふざけ――」



 とんでもない濡れ衣を着せられた男子二人は焦って無実を訴えようと希咲へ顔を向けるが、彼女の顔を見た瞬間言葉が止まる。



「――ぶすじゃねーから」


「は、はい……」

「す、すいませんでした……」



 あまりに恐ろしい目をしていたのでつい謝ってしまった。


 言いたいことは色々あったし、とにかく理不尽だという思いもあったが、これ以上話が進まなくなってはまずいので感情をグッと胸の内に押し込め、悔し気に下唇を噛んで二人並んで俯いた。



「ちょっと、みらい。そんなことより――」



 希咲の方も彼らと意向は同じなので、望莱に先を話すよう促そうとするが彼女の顔を見てハッとなる。


 みらいさんは死んだ魚のような目をしていた。



 みらいさんは動画時間が3分以上の動画を視聴することのできない現代っ子なので集中力が切れてきていた。


 ただでさえ滅多に出さない本気を昨夜に続いて今日も出して、ここまでは彼女にしては割と真面目に頑張っていたので、彼女は飽きてきている。


 みらいさんの手はスマホを求めてワキワキとしていた。



「――っ!」



 これはいけないと希咲は何処からともなくエナ汁を取り出して望莱へ駆け寄る。


 エナ汁はみらいさんの主な燃料だ。



「あんたなに飽きてんのよ……っ、ほらっ、これ飲みなさい……!」



 そしてプルタブを開封したジュース缶を渡そうとすると、みらいさんは首を振ってイヤイヤをした。



「めんどいからダダこねないでよ……、え? 飲ませて……? イヤよ、なんであたしが――は? お膝がいい……? えぇー……、あたしヤなんだけど……、もうっ、しょうがないなぁ……」



 文句を言いながらも結局彼女のワガママどおりに希咲は椅子に座るとみらいさんを膝に乗せてやる。


 お尻をヨジヨジと動かしたみらいさんが背中を倒すとそれを希咲の手が支える。


 そして赤ん坊に哺乳瓶を咥えさせるように、彼女の口元へ遣ったエナ汁の缶を傾けた。



 コクコクと、みらいさんが喉を鳴らすのを一同なんとも言えない面持ちで見守る。


 これは一体何の時間なんだろうと思いながら、みらいさんの授汁が終わるのを待つ。



 やがて一缶飲み切ったみらいさんは希咲にトントンと背中を叩かれるとケプっと息を漏らし、キリっとした目を全員に向けた。



「例外としてわたしたちと一緒に行動するようになった七海ちゃんですが、去年の出来事を経て一般ギャルからスーパーギャルにクラスチェンジを遂げ、今では妖を蹴っ飛ばしてやっつけられるまでにギャルっています。おかげで本当にどこまででも行動を共に出来るようになりました」


「なによギャルってるって……、あんたの中のギャル像ってどうなってんの?」


「わたしたちにとって七海ちゃんが例外なように、七海ちゃんにも例外がいます。それが水無瀬先輩です」



 まるで核心的な部分に切り込んだ感を出すみらいさんに、他のメンバーは「あぁ、うん……」というリアクションしか返せなかった。授汁が後をひいていたのだ。



 しかし、共感性に欠ける彼女はみんなのノリが悪くても気にせずに進行をしていった。

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