1章54 『drift to the DEAD BLUE』 ⑰
(なんでタヌキ、描いたんだろ……あたし……)
自分で描いたラクガキに指で触れて希咲は自問する。
水性インクの滲んだタヌキさんの上から指を時計塔の絵へと滑らせる。
移動した先、指の横にはネコさんのラクガキが。
(……今回出た妖はネコ……、それからイメージした……)
スッと時計塔から一年生校舎へ指で線を引く。
(……校舎全部だからなんとなくおっきいのをイメージして……、ちょうどおっきいクマさんに会ったばっかだったから……)
きっとそういう風にイメージが紐づいたのだろう。
時計塔から元の場所まで戻るルートを紙面上でなぞる。
聖人が『この位置からならやれる』と言った場所だ。
(じゃあ、タヌキさんは……? 聖人にタヌキっぽいとこなんて一つもない……、なんで……?)
別にそこに意味などないのかもしれない。
明確な意図などなにも無く、ただなんとなくタヌキの絵を描いただけのことだ。
だが、自分がタヌキさんから連想する人物はたった一人で、そしてそれは――
「――七海ちゃん七海ちゃん。地雷ムーブの最中に申し訳ありません」
「――はぁっ⁉」
脳内でイメージを繋げようとしていると、看過できない侮辱の言葉を投げつけられ、希咲はハッと現実に立ち帰る。解像度が高くなってきていたイメージは一瞬で霧散した。
「誰が地雷よっ⁉」
「えー?」
日常でふと目にした何でもない物を自身の過去のイメージと紐づけ、良くないことが起きるのではと唐突に不安になるのはメンヘラ地雷女の特徴だ。
みらいさんはそのように考えている。
自分の大好きな幼馴染のお姉さんが順調にそんなメンドクセー女になっていっていることにほっこりとし、だがその考えは口にはせず、ただニッコリと笑った。
「実は七海ちゃんにお聞きしたいことがあるんです」
「え? あ……、ゴメン。ちょっとボーっとしてた。なに?」
先の自分と蛭子との会話は聴こえていなかった様子で、慌てて体裁を取り繕う希咲に望莱は問いかける。
「弥堂先輩のことなんです。あのひとの『必殺変態パンチ』あるじゃないですか? もしかしてあれは爆破能力なのではって、蛮くんとお話してました。」
「爆破、能力……?」
「はい。実際に見たことあるのは七海ちゃんだけですし、どう思うか聞きたかったんです」
「う~ん……、能力ねぇ……」
見たことがあるどころか、実際に戦ったことがある――どころか実際にそれを打たれたことがある。確かにそれを知り得るのは自分だけだと、希咲は胸に手を当てて思い出してみる。ふにっとした。
まだ記憶に新しい先週の出来事。
放課後の文化講堂に廊下にて対峙し対決することになった時のことを浮かべる。
弥堂 優輝の必殺変態パンチ。
彼は『
普通のパンチのように振りかぶって拳を撃ち出すのではなく、拳を先に押し当ててから大きな音が鳴るほどに強く地面を踏んで、拳から信じられない威力を打ちだす。
希咲の見立てでは身体の捻りにて力を上手に伝達することがポイントなのではないかと思えた。
しかし、だからといってそれだけのことで、拳で触れたコンクリートの壁を砕くなんて俄かには信じられないことだ。実際に目の前で見た出来事ではあるがただの身体操作だけで実現するのは普通のことではない。
さらによく思い出そうと、希咲は彼が自分にそれを打ってきたシーンのことを頭に浮かべる。
咄嗟のことだったので、その当時はきちんと状況が掴めていなかったが、それを改めて考えてみる。
(壁を壊した時と同じで、目の前で固まってたあたしにまず拳を押し当ててから……、ダンって足で床を踏んで…………、押し当てて……、押し当てて……? 手を、押し、当てて…………)
どこに? ふにっとした。
ちょうど今自分の手で触れている場所、と考えた瞬間――
「――ぃにゃあぁぁーーーーっ⁉ しねぇーーーっ!」
「――わっ⁉」
突然の大絶叫にびっくりしたみらいさんが目を丸くしながらピョコンと跳ねる。
「お、おい? どうした?」
「いきなり『いにゃーしねー』だなんてはしたないですよ? これはきっと只事ではありません。どうされました?」
「な、なんでもないっ! されてないからっ!」
「は?」
こちらの気分を窺う蛭子と望莱の言葉に反射的に否定を返し、希咲は自身の身体を抱くようにしてギュッと左胸を押さえた。ふにっとした。
その様子に蛭子は怪訝な目を向け、みらいさんはニッコリとした。
「そうですか。ところでどう思いますか?」
「ヘッ、ヘンタイだと思うっ……!」
「弥堂せんぱいがですか?」
「そうよっ!」
「なるほど。ではその変態さんの変態パンチはどうでしたか?」
「えっちだったっ!」
「まぁ。それは大変です。よくわかりました。蛮くん。えっちだったそうです」
「なにがだよっ⁉」
役に立たない通訳気取りが結論だけを伝えてきたが、蛭子くんにはまるで意味がわからなかった。
「おい、落ち着けよ七海。急にどうしたんだよ?」
「してないっつってんでしょっ!」
「うおっ⁉ な、なにキレてんだ……? つか、オマエ顔赤いけどどうし――」
「――うるさぁーーいっ! なんでもないわよ!」
「蛮くん、いい加減にしてください。しつこいですよ?」
「な、なんだってんだ……? 理不尽すぎだろ……」
白ギャルに睨まれ、黒髪清楚には蔑んだ目を向けられ――突然脈絡もなく女子二人に怒られたヤンキーは精神が不安定になる。
「な、なぁ……? 今よ、弥堂の話してんだよな……? オレの気付かない内に話題変わったのか……?」
「いいえ。弥堂先輩と、彼の隠されたチカラについての議論をしています」
「オ、オレがおかしくなっちまったのか……? そんな風にはサッパリ聞こえなかったんだが……」
「そこまでです。これ以上はセクハラと認定し、法的措置も視野に入れますよ?」
「クソが……」
あまりに理不尽な扱いに蛭子は歯を剥いて怒りを露わにするが、どうにか堪える。
昨今は女性がセクハラだと言えばセクハラになってしまうのだ。
そして自身が所属するコミュミティであるこの『紅月ハーレム』は女性の方が人数も多く、当然発言力も強い。
そんな中でセクハラ有罪の烙印を押されてしまっては今後の人生の長い時間を肩身の狭い思いをして過ごさねばならなくなる。
そういった処世術を心得た現代型のヤンキーは自らの保身のためにグッと我慢をし、そして下手に出た。
「わ、悪かったな……。だ、だけどよ……、今はその……、弥堂がどんなチカラをもってやがんのか。それを話し合おうぜ? な?」
「…………」
精一杯卑屈に遜ってみたが変わらずにみらいさんからはゴミを見る目を向けられる。
しかし希咲さんはようやくハッと我にかえった。
「そ、そうだったわね。今はこんなこと話してる場合じゃなかったわ……!」
「な、七海ィ……ッ」
何故かジィーンと感じ入った目を向けてくる大男がちょっとキモイなと七海ちゃんは思ったが、なんか可哀想なので気にしないようにして自身の持つ情報を開示する。
「あの変態パンチはなんていうか特殊な能力とかそういうのじゃないと思う」
「そうなのか?」
蛭子くんを陥れる流れもここまでかと諦めたみらいさんがチッと鳴らした舌打ちの音にビクビクしながら蛭子は希咲に相槌を打つ。
「んと、技術って言ってた気がする。お師匠さんに教えてもらったっぽい」
「師匠……?」
「ん。あのパンチもそうだって明言してたかは自信ないけど、でも全体的に戦い方はお師匠さんに教わったってニュアンスだったと思う」
「ってことは、アイツ固有の能力とかそういうんじゃあねェのか……」
「たぶん」
その情報に蛭子は顎に手を当て難しい顔になる。
「師匠……、どっかの流派か宗派なのか……? まさか中国から送り込まれてきたんじゃねェだろうな。そうだったらかなり厄介だぞ……!」
「んー……、確かに中国拳法っぽいとか言われたけど……」
「……けど?」
「たぶんちがうと思う」
「なんでだ?」
先と同じ『たぶん』と曖昧な言葉を使った希咲だが、今の『たぶん』はそれよりも確信的なものがあるような声音に蛭子には聴こえた。
「なんでって、ちゃんと答えられる根拠とかはないんだけど、でもちがうと思う……」
「……他のところか?」
「んーん。教会とか京都とか……、あと政府関係……? それも全部ちがうと思う……」
「どうしてそう言える?」
「あいつ……、たぶん、ひとりぼっち、だから……」
「…………」
夕暮れ時の並木道。
舞い散る桜の花びらに包まれる中、きっと昔の大好きだった人たち――きっと別れてもう逢えなくなってしまった人たちを思った彼の顔。
いつも無表情でなんの感情も窺えない顔に浮かんだあの時の色を思い出す。
その希咲の顔を見て蛭子はそれ以上の追及はやめた。
彼女の言うことに納得に足るだけの言葉はなかったが、しかし否定するだけの情報の持ち合わせも彼にはなかった。
「なるほど。七海ちゃんがそう言うんならそうに違いないです」
「オマエな……、そんな雑な結論があるかよ」
「蛮くんったら聞き分けがないですね。七海ちゃんの子宮がそう感じたんです。ならば間違いはないです」
「ちょっと! キモいことゆーな! 今マジメに話してんの!」
「……あのヤロウ、なんで学園に居たんだろうな」
彼女の勘はよく当たる。それはよくわかっているので食い下がることはせずに蛭子は話題を進める。
「理事長に頼まれたから……、じゃないのよね?」
「そうだな。少なくとも昨夜そうしてくれとは言われてねェはずだ」
「となると、例えばですが、単発の日雇い的なものではなく、在学期間中に学園になにかがあれば守って欲しいとか、そういった恒久的な契約を結んでいる可能性はないでしょうか?」
「ありえなくはねェな。独自に襲撃の情報を掴んで防衛に来たって感じか?」
「……そういえば。個人的になんか情報網?みたいなの持ってる的なこと言ってたかも」
「そうだったら一応筋は通りますね。ということで蛮くん。彼とどういった形で契約を結んでいるのか確認しておいてください」
「おう。まぁ、これも御影や弥堂本人に確認しなきゃこれ以上はわかんねェか」
「案外なんとなく眠れないからお散歩してたら巻き込まれたとかあるかもですね」
「……それはないと思う」
否定の言葉を置いて、希咲はひとつ考える間をおいてから口を開いた。
「……あいつ、そういう気分、みたいなのじゃ行動しないと思う」
「そうですか? あんな人でも急にお散歩したくなったりくらいはあるんじゃないです? てか、そうだったらちょっと可愛くないですか?」
「あのバカになにを求めてんのよ……、つかそうじゃなくって!」
気の抜けるようなことを言う望莱にジト目になってしまったので、意識して表情を真剣なものに戻す。
「なんていうか、上手く言えるかわかんないんだけど……、あいつね、多分急にお散歩したいなーとか思っても、そうする必要がなければ絶対にしないと思うのよ。散歩だけじゃなくって何か食べたいとか、何かしたいとか、そういうの全部……」
「なるほど……?」
「逆に、これはしたくないなーって思うことでも、それをする必要があるなら……。たぶんどんなことでもする……。そういうヤツだと思うの」
「なるほど」
「だから……、そうよ……っ。あいつが昨夜学園に居たんなら、そうする必要があいつにはあったのよ……、って、なに? 蛮? どうかした?」
「あ、いや……、なんでもねェ。続けてくれ」
どこか驚いたような、意外そうな、そんな顔で目を丸くしていた蛭子に怪訝な目を向け、しかしそれよりも今しがたの気付きを深めることを優先する。
ちょうどよく会話に間が出来たので、思考に潜る。
(そうよ……。あいつはあいつにとって意味のないことは絶対にしない……)
ならば、彼が深夜の学園に居たことは偶然などでは絶対にない。
(もし、理事長や生徒会長との契約や約束……、あいつ流に言うんなら取引……? それで学園に居たんならそれはいい……)
だが、もしもそうでなかった場合。
その時の答えによっては彼――弥堂 優輝と、自分――希咲 七海との関係は恐らく決定的なものになる。
だから考える。
彼が学園の防衛の為ではなく、それ以外の目的であの時間にあそこに居たのだとしたら、その時はどんな可能性があるか。
(あたしが知ってるあいつのこと……、部活か風紀委員……、って! そうだ! あの写真……!)
ふと閃く。
脳裏に浮かんだのは過去の映像。
あまり思い出したいものではないが、教室での一幕を盗撮したもので、何故か弥堂が持っていた自分のパンチラ写真。
(あの写真……、よく考えたら窓の外からじゃないと撮れない……!)
窓際には木が生えてはいるが、ちょうどいい高さに人が乗れるような枝はなく、あったとしてもそんなところからカメラを構えている変態が居れば自分なら絶対に気が付く。
ならば、それを可能にする手段は――
(学園のドローン……っ!)
あの警備ドローンにはカメラが付いていたはずだ。あの写真は監視カメラの映像を切り取ったものに違いない。
そしてその画像は弥堂のスマホに怪しい捨てアドからメールで送られてきていた。
それを送ったのは――
(あのストーカー女……っ!)
弥堂のスマホをチェックした際に見たグロい文章は極力思い出さないようにしながら、先を想像する。
ドローンによって撮影された映像を自由に持ち出せるということは、あの警備システムを操作、もしくはそれに介入出来るということになる。
事件当日、そのシステムはハッキングされたと言っていた。
ということは――
「――ねぇ、蛮。ドローンが盗まれたとかって言ってたけど、盗られたのってそれだけ?」
「ア? いや、なんかドローンを学園の外でも活動出来るようにする為の大型のバッテリーもパクられたって言ってたな」
「そ。ありがと」
「なんで急にドローンの話を――」
言いかけた蛭子の言葉は、「しぃー」と口元に人差し指を立てた望莱に止められた。
希咲は再び思考に戻る。
(なんのためにドローンを……? 外で……? そういえば――)
今週から放課後の生徒の道草を禁止にしていたはずだ。
そしてそれを取り締まるための見廻りに弥堂が街を巡回すると野崎さんが言っていた。
弥堂が親友の愛苗ちゃんにヒドイことをしていないかを監視するために、実は野崎さんからヤツの行動を教えてもらえるようにひっそりと約束をしていたのだ。途中経過をメッセージで聞いていた時にそんな情報をもらった。
(街を監視するためにドローンを……?)
普通はそんなことはしない。だが、ヤツならやりかねない。
弥堂に怪文書メールを送ってきていたあのストーカー女は情報屋のようなものだと言っていた。
すでに学園のドローンから映像を盗んだり、もしくは操作を乗っ取ったり出来ていたのだとしたら、警備システムそのものをハッキングしてダウンさせることも可能かもしれない。
そしてその隙に弥堂が実行犯として学園に侵入し、ドローンを盗み出す。
普通の高校生は絶対にそんなことはしない。
しかし、弥堂 優輝という男なら、彼自身がそうする必要性を感じたのならば躊躇いなくそれを実行するだろう。
(でも、それだけ……?)
少し理由が弱い気がした。
確かに街の巡回でドローンを使えたなら便利だろうし、彼の大好きな効率を上げることが出来るだろう。
でも、風紀委員の正式な仕事に使うのなら、普通に学園に申し出て借りればいいだけのことだ。
彼が理事長や学園のオーナーである生徒会長と個人的な関係があるのなら借りやすいはずだ。
(断られたから……? ううん、ちがう……)
直感的に否定する。
(たぶん、やましいことがある……)
学園から正式に借りたのならドローンは学園の警備部の管理下で運用される。使用期間中に撮影された映像もそちらへ持っていかれることになる。
(見られたらまずいことに使う気だ……)
あの男なら十分にあり得る。
(それってなに……? 他になにに使うつもり……?)
普段の学園での風紀委員の仕事にも個人的に使いたいから。
そういう可能性も考えられる。
たった一回だけだが彼の仕事ぶりを見てしまった希咲には、あれは他人に見せられるものではないと強くそう思える。
(風紀委員以外は……?)
そこで想像が狭まる。
彼についてそれ以上のことを知らないからだ。
あとは部活のことくらいしか知らない。
しかしよく彼の話に出てくる“部長”とやら。
聞いている限りではただの変態だとしか思えない。
(それ以外にあいつに関係する人……、他に誰か……っ⁉)
再び閃く。
脳裏に浮かんだのは自身の親友の顔だ。
(愛苗……っ?)
何故ここで彼女が浮かんだのだろうと考える。
(……あたしと、約束したから……?)
彼女を守って欲しいと、この島への旅路に着く前に彼と約束した。
もしかしたら約束とは言えない一方的に押し付けたような形の願い。
すぐに
(一応あいつは引き受けてくれた。でも、そんな律儀でも殊勝でもない……)
そう考える。
だが、なのに、それが一番答えに近い。
そんな気が強くする。
(どうして……? 約束したからってだけじゃなくって、他になにか愛苗が関係して、あいつがそうする必要があるって思うようなこと……)
思考を整理する。
弥堂になったつもりで、学園に夜中に忍び込んでドローンを盗む。そんなことをする必要性を探す。それも水無瀬 愛苗に関係したことで。
彼が水無瀬を守る為にしなければならないこと。
それは二つ。
希咲への嫌がらせをする為に、希咲の不在時に水無瀬にちょっかいをかけてくる者たちから守る。
もう一つは現在水無瀬の周辺で起きている異常事態、それへの対処。
その二つだ。
弥堂が水無瀬を守るとしても、彼にも彼の生活がある。
四六時中彼女に付きっ切りになるわけにはいかない。
(そのためのドローン……?)
自分の目が届かない時にドローンでそれを補完する。
(それだけ……? ううん、ちがう。それ“も”、だ)
特別期間中の街の監視。普段の学園内の監視。水無瀬の周辺の監視。
ドローンがあればその全てをカバーできる。
それはとても“効率”がいい。
そして他人に見せられないような映像もそれには含まれる。
(ここまで理由が揃えば、あいつならやるかもしれない!)
そして盗みに入ったら偶然妖と遭遇し、愚かにも戦いを挑んだ。
『化け物の分際で風紀委員の俺の前で不法侵入とはいい度胸だな。風紀の拷問部屋に連行してやる』
(言いそうっ!)
想像上の台詞だが、あのバカならやりかねないと希咲は頭を抱える。
その様子を戸惑ったように蛭子は見る。
話が中座してしまいどうしたものかと望莱へ目を向けると、彼は見てしまう。
望莱の唇が弧を描き、口の端が吊り上がった。
希咲はそれには気付いていない。
考えごとに夢中だった。
パッパッと情報と想像が繋がっていく気持ちよさがあった。
しかし、それは自分自身のパンチラ写真がきっかけとなって始まったイメージの連鎖であることに希咲はひどくムカついたが、ここで思考を止めるわけにはいかないので、一旦は頭の外へ追いやる。
中々に突飛な推理だと自分で思う。
しかし、郭宮、紅月、美景台学園という普通はちょっとありえないもの。
さらに、妖という普通はちょっとありえない化け物。
そして。弥堂 優輝という普通はちょっとありえないバカもの。
この関係図ならこんなバカな話もありえると、希咲は半ば確信する。
(でも……、たぶん、これでも半分……!)
まだ何かが足りない気がした。
それは何かと考えると、そこで浮かぶのはやはり水無瀬の顔だった。
(愛苗が……、なに? 昨夜のことにも? なんの関係があるの……?)
紅月家などの業界、妖という怪物、そういった者たちの物騒な戦い。
彼女のようなぽやぽやした女の子がそんなものに関係することなどないはずだ。
しかし、それをいくら否定しても、それに関連する根拠がひとつもなくても、何故かその不安と想像が止まらない。
(もしも――)
よく知っているはずの彼女のことについて。
もしも自分の知らないことがあったとしたら。
そして――
(――そのあたしの知らない愛苗のこと。弥堂はそれを……?)
陰陽府の内ゲバとも謂える郭宮や紅月を取り巻く闘争。
この島や美景の地を狙う外部勢力。
そんな中で起きた昨夜の学園への襲撃。
それと同時に起きている普通の高校生である水無瀬 愛苗の周囲の異常。
これも他のことと紐づいたものなのだとしたら。
(蛮はそうかもしれないって言ってた……)
よく考えれば、いくら狂犬だからといって突然出遭った化け物に戦いを挑むだろうか。
そんな必要性はないとは言えないが、薄いと思えた。
だが、もしも、その場に他にも誰かが居たら?
そしてその人物が守るべき対象だったとしたら?
(そんなわけない……)
その思いとは裏腹に視線は動く。
吸い込まれる先は自分で描いたラクガキ。
なんのつもりもなく描いてしまっただけのはずの――
「――でもぉ、怪しいのって弥堂せんぱいだけじゃないですよねぇ」
思考が断ち切られる。
突然響いたように感じたその声に、反射的に視線もそちらへ向いてしまった。
「ア? なんだ? 急に」
「えー? だって他にも居るじゃないですか」
少し警戒したような蛭子の声に実に楽し気に彼女は答える。
「弥堂せんぱいがスパイっぽいって言うなら、他にも身近で、今回のことに巻き込まれているようで、関係しているようで、なんだかよくわからない。そんな人いますよね?」
「オマエ、なにを……?」
「ほら? 水無瀬先輩ですよ」
「は?」
「オ、オイッ!」
瞬間的に瞳の奥に火が入った希咲を窺いながら蛭子は望莱を止めようとする。
今までの思考が吹き飛ぶくらいにカッと頭に熱が上がり、希咲は思わず彼女を睨みつけてしまう。
しかしその目を向けた先には、蛭子のように怯んだ様子はカケラもない、嗜虐的で愉悦を含んだワインレッドがゆらめいていた。
「弥堂せんぱいばっかり疑うのは可哀想ですよ。怪しいってだけなら水無瀬先輩も十分怪しいですよね?」
紅月 望莱が哂った。
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