1章54 『drift to the DEAD BLUE』 ⑫

 はっきりと空気が変わる。



 唇を結び真剣な目を向けてくる希咲と聖人に、彼女らの腰にぶら下がっているものは写さないようにしながら蛭子も同じ目を返した。



「学園に襲撃……って、無事だったの⁉」


「落ち着けよマサト。人的な被害はない」



 すぐに表情に焦燥を滲ませる聖人を落ち着いた声音を意識して宥める。



「それってもちろん深夜のアレ、よね? 具体的になにをされたの? そんな時間に京子センパイを狙うなら学園に来るわけないし、ただのイタズラってわけじゃないんでしょ?」


「イタズラだったらよかったんだけどな。それじゃ済まねェくらいのシャレになんねェ被害が出てる」


「えっ? 今無事だって――」


「――人はな。全部が全部、無事だったとは言ってない。ちょっと待て……」



 聖人の言葉を遮り、言いながら蛭子はスマホを取り出す。



「京子からちゃんと話聞けたのが今朝のことでな。流れとしては昨夜の日付が変わる前後の時間に学園が襲撃を受ける。侵入者を撃退。それから夜通しで修復作業。生徒たちの登校前にどうにか終了。それから各方面からの報告が上がってきて、それをまとめた情報をオレが聞けたのは割とついさっき――って感じだな」


「夜通し修復って……、でも朝までに直せたんならそんなに酷いものじゃなかったのかな? よかったけど」


「ハッ、とんでもねェぜ。甚大な被害だ。おかげで大して事情も聞かされずにオレまで手伝わされるハメになっちまった」


「ん? 手伝うってどういうこと? ここからあんたも何かしたってこと?」


「あぁ。まぁ、それを説明する前にまずは被害だ……」



 気を急かす希咲と聖人に皮肉気に笑ってみせ、蛭子はスマホの画面に郭宮生徒会長とのチャットを表示させ、そこに書かれた被害内容を読み上げる。



「まず、時計塔と護法石。それから校舎がいくつかってとこか」


「それって学園内広範囲にってこと……?」


「ほぼ全域だな」


「それって一人二人でって話じゃないわよね? 夜中の1時間2時間じゃそんなにあちこち手を出せないだろうし……。てゆーか、なにをされたの? イタズラ描きとかってカワイイもんじゃないんでしょ? 火でもつけられた?」


「放火の方がまだマシってレベルだな。場所によってはほぼ全損したとこもある」


「えっ?」



 瞠目する二人に蛭子は詳細を語る。



「マズイ順に言ってくぜ。まず護法石、ぶった斬られた。次に時計塔が倒壊。校舎が一棟全損。他の建物もあちこち壁や窓がぶち抜かれてて、校庭は抉られまくって植木もヘシ折られたり、フェンスもぶち抜かれたり……、こっからはもう挙げればキリがねェから省くぜ」



 その説明に希咲も聖人も言葉を失う。


 そして聖人が先に再起動する。



「ちょ、ちょっと待ってよ……なにそれ? 軍隊にでも襲われたみたいな話じゃないか……」


「いや、マジでそんなレベルらしいぜ? 爆撃でもされたみてェな有様だったようだ」


「校舎が全損とか、時計塔が倒壊って……」


「文字通りだ。校舎はひとつ吹き飛ばされて、時計塔は半ばから折られて上階部分が他の校舎の上に落ちてきたみてェだな」


「だ、大惨事じゃないか! そんなのもう、まるっきりテロだよ!」


「……だが、そのへんがぶっ壊れたのはまだいい。ヤベェのが護法石だ。こいつをぶっ壊されたのがマジでシャレにならねェ」



 言葉どおり眉間に深い皺を寄せて蛭子は怒りを滲ませて呻いた。


 その彼に今度は希咲が問いかける。



「蛮。護法石って?」


「ん? あぁ、学園にある要石って捉えてくれ。要は学園とここ、つまり龍穴である美景の龍脈を管理する為のシステム――それを維持する為の重要な部品だ」


「そんなのあったんだ……」


「こっちの専門知識だしな。だからオマエには言ってなかったかもしんねェ。学園の中に護法石はダミー含めていくつもある。今回やられたのはその内の一つだ」


「ねぇ、蛮。それってもしかして――」


「――そうだ。昨夜この島で起きた異変はその学園の護法石が壊れたことが原因だ」



 話の繋がりを見出した希咲に、蛭子はその先を肯定してやった。


 だが、聖人にはピンときていないようで首を傾げる。



「どういうこと?」


「もう、察しが悪いわね。昨夜ここの龍脈がヤベーって蛮が慌ててたでしょ? で、それと同じタイミングで学園が襲われて龍脈を管理する護法石が壊されてた。ってことはつまり――」


「――あぁ、さっき言いかけた話だ。ここと学園は相互関係にある。つまり繋がってるってことだ」



 言葉を切ってチラリと向けられた希咲の視線を受け取り、蛭子がそう結んだ。



「えっと、龍脈がここまで繋がってるってことだよね?」


「まぁ、そうなんだがそれだけのことじゃない」


「どういうことなの?」


「大昔に美景の土地から海を渡ってここまで龍脈を伸ばしたって言ったろ? だがその時に事故ったせいで拡張工事は頓挫しちまった。ってことはだ、ここで龍脈は止まっちまってたんだよ」


「なにか不味いの?」


「当然。龍脈は循環させなきゃならねェ。じゃないと終着点に力が溜まっちまって爆発する。だからここから美景に戻す脈を後から作ったわけだ」


「つまり大丈夫になったってこと?」


「そうだ。だがこの島の特殊性のせいでそれだけでは不足があった」


「特殊性……」



 考え込む聖人に蛭子は呆れたような顔をする。


 仕方ないので希咲はまた助け舟を出してあげることにした。



「ねぇ、聖人。ここの島って美景の他の場所と何が違うってさっき言ってた?」


「他との違い?」


「そ。単純に龍脈が繋がってるってだけなら美景市の他の場所もみんな同じでしょ? 多分蛮の家とかも通ってるんじゃない?」



 希咲に目線で促され、蛭子は肩を竦めて肯定する。



「ここだけが他と違って、特に気に掛けなきゃいけない理由。それは今あたしたちがここに居る理由でもある」


「あ、そうか。穴……が空いてる……?」


「そういうこった。ここにも龍脈の中を通る力の噴出孔――龍穴がある」



 聖人に正解を言い渡し、蛭子は再び話に加わった。



「なんかややこしいね。土地全体を龍穴って呼んだり、噴出孔自体を龍穴って呼んだり……」


「そこは覚えろ。戻すぞ。メインの龍脈自体は陸に戻すルートを作ったおかげで安定はした。だが、ここにも噴出孔があるせいでそこから溢れる力が存在しちまう。基本的にそれは抑制するための術式でどうにかなってはいるが、どうしても余剰が出る」


「それがあるとマズイんだよね?」


「マズイ。今は細かく説明しねェが、それはよくない。ってことで、メインの龍脈とは別にその余剰分を循環させるためだけの龍脈を単独で造って学園と直で繋いでるんだ」


「ってことは、美景には全体を循環するメイン?の龍脈と、ここと学園を繋ぐだけのヤツの、回路みたいなのが二つ存在してるって理解でいい?」


「あぁ、それでいいぜ。七海」



 何故京都の陰陽府で幅を利かす名家の坊ちゃんよりも、一般家庭のギャルJKの方が理解が早くて正確なのだろうと、遠い目になりかけながら蛭子は続ける。



「この直通回路で学園とこの島の相互関係が成り立ってる。具体例としては学園から送った力でこの島の各種術式を動かして、この島から溢れる分を学園に戻して処理したりってところだな」


「なるほど……」


「んで、護法石っても一つ一つ役割が違ったりもするんだが、昨夜学園でぶっ壊されたのがピンポイントでこの島との直通回路を制御してるヤツだった」


「だからここで異変が起きたんだね」


「あぁ、ぶっちゃけヤバかった。暴走しかけてた」


「えっ⁉ そ、そんなにピンチだったの⁉」


「そうだよ! だからテメェらが寝てる間もオレは徹夜で作業してたんだ!」



 今更事態の深刻さに驚いてみせる聖人を蛭子は怒鳴りつける。


 またヒートアップさせたら面倒なことになるので希咲はさりげなく口を挟んだ。



「あ、そっか。相互関係ってことは……」


「アン?」


「こっちからも学園に力を送って助けることが出来る……?」


「あぁ、そうだな」


「それじゃあんたが学園の修復を手伝ってたってのは――」


「――そういうことだ。暴走しかけて溢れる力を向こうへ送り返すように調整してた」


「そか。ご苦労さま」


「おう。ホントだぜ。つか、オレはまだマシだけどな。向こうでは“まきえ”が完全にダウンしちまったそうだ」


「えっと、それって……」


「あぁ、大事はねェよ。修復術式を全開で使ったからな。疲れきって寝ちまっただけだ」


「なる。よかった」


「え? 修復術式ってそこまで出来るの? 簡単な物しか直せないんじゃなかったっけ?」



 希咲が納得を見せる一方で、純粋に思いついただけの疑問を口にした聖人に蛭子は胡乱な瞳を向ける。



「あのな、覚えてろよ。普通ならそうだが学園にあるのは例外だ。敷地全体に術式を仕込んで龍脈の力を使って動かしてんだ。消し飛んだ校舎も元通りだ」


「そうなんだ。すごいね」


「いっつも思うんだけどあれってどういう理屈なの? 割れたガラスが元通りとか、倉庫ごと燃えても中の物も含めて元通りとか……。イミわかんないんだけど」


「……あれも例の天才様謹製の術式だ。ブラックボックスだったらしいんだけど、記録にあったものを京子が丸写ししてみたら奇跡的に再現できたらしい。もっとも、生き物は治せないらしいがな」


「ふぅん……それでも十分すごいよね。ご先祖様もそうだけど、それを再現しちゃった京子先輩も」


「過去の偉人には及ばねェがアイツもアイツで術式に関しては天才だからな……。まぁ、そんな大層なモンもここんとこは使いみちが専ら生徒たちが壊したもんの修復しかなかったんだが」


「そうなんだ。そんなに学校で物壊れてたっけ?」


「おぉ。壊れまくりだよ。このガッコよ、やたらとガラスだのドアだの壁だのがぶっ壊れんだよ。バカが多いからよ。んで、いちいち業者呼んでたら金がもたねェってんで術式大活躍だわ」


「それって不良のケンカとかで?」


「だな。あとは主に風紀委員が壊した物だな」



 風紀委員という単語を聞いて、どのような破壊活動が行われたのかがやたらと鮮明にイメージ出来てしまい、脳内に勝手に現れたクソ野郎を追い出すために希咲はクルっと顔を背けた。



「……つーかよぉ」


「うん?」



 突然そっぽを向いた彼女を訝しみつつ、蛭子は聖人をジト目で見遣る。



「学園の修復システムの説明は前にしただろうが。これ用の護法石もあるからな? 絶対に壊すんじゃねェぞ?」



 聖人は苦笑いを浮かべながら話を逸らそうとした。



「あはは……、護法石って大事なんだね……」


「あのな――」


「――ねぇ、蛮。ちょっとゴメン」



 軽薄な態度の聖人に説教をしようとした蛭子を遮り希咲が口を挟んだ。こちらへ顔を戻した彼女の表情が真剣なものだったので、聖人の方は一旦不問としてやることとした。



「なんだ、七海」


「龍脈ってさ、その護法石が壊れたら暴走するものなの?」


「あー……」


「例えばだけど爆弾かなんかでさ、学園ごと消し飛ばしちゃったりとかしたら即アウト?」


「そうだな……。そうとも謂えるし、そうではないとも謂える」


「ん? どゆこと?」


「状況によるってのが答えになるんだが……」



 言いながら蛭子は少し考え、頭の中を整理してから再び口を開いた。



「例えば、龍脈が暴走している、もしくは暴走寸前――この時に護法石を破壊されたらほぼアウトだ」


「今回はそれじゃないってことね」


「そうだ。美景の龍脈は基本安定してる。安定状態の時に護法石がやられても即座に暴走となるわけじゃない。その後にすぐに修復作業にかかれるなら大丈夫だ。だが、オマエが言った例で言うなら、爆弾で人間も吹き飛んじまって誰も修復出来ねェって状態になっちまったとして、それで数日ほっといたらヤバイだろうな」


「えっと……、今回はその大丈夫なパターンだったってことかな? なんにせよよかったよ」


「おばか」


「えっ?」



 暢気に胸を撫でおろす聖人へ希咲はジト目を送る。


 見れば蛭子の方も同じ表情だった。



「そうじゃないでしょ? 今回は龍脈が安定してる時に護法石が壊されたのに、すぐに暴走しかけた。そういうことよね? 蛮」


「そうだ。壊されただけならまだマシだったんだが、とんでもねェことをやられた」


「い、一体なにを……?」


「よりにもよってここと繋がってる護法石に血をぶち撒けやがった。それもあやかしの血を」


「妖だって……⁉」


「そうだ。妖の血が流れ込んだことで龍脈が穢れた。昨夜の暴走未遂はそれが原因だ」



 蛭子から告げられた衝撃の報告に希咲も聖人も言葉を失う。


 しん、と――一瞬の静寂が穏やかな森の空気を刺した。



「……そっか、だから。愛苗の話に繋がるかもって……。だから今回のことは怪異なんかじゃないって。蛮、あんたはそう思ったのね?」


「そうだ」


「え? ちょっと待って。妖に襲われたんだろ? なのに怪異じゃないって――」


「――落ち着いてください、兄さん。」



 二人の間では通じている意味が理解出来ずに、焦って問い質そうとする聖人を宥めたのは希咲でも蛭子でもない。


 希咲のお腹に押し付けていた顔を離した望莱だった。



「大分複雑になってきましたから、問題を分けて個別に話し合っていくべきです」


「わけるって?」


「一つは全体的なこと――大枠で今何が起こっているのかって話。二つ目は昨夜の学園の襲撃について。三つ目は今ここでわたしたちが何をするべきか。そしてその全てでキーマンとなる存在が居ます」


「キーマン……? 水無瀬さんのこと?」


「いいえ。彼女は問題の一つです。関わる側に配置された存在ではありません」


「それじゃ誰が?」


「当然、弥堂 優輝先輩です」


「弥堂が? それってどういう――」


「――兄さん。順番にいきましょう」


「……そうだね。望莱の言うとおりだ」


「後から言った順に話すのがわたしのおすすめです。ということで蛮くん。どうぞ」


「どうぞって、オマエな……」



 ガシガシと髪を掻く彼の嫌そうな表情を見て望莱は笑みを深める。



 いつものようなニッコリとした微笑み。


 しかしその瞳の奥には愉悦の光が微かに見えた。



 蛭子は続けてその兄に目を向ける。



 こちらは混じりっけなしの真剣な顔。


 いつものようなゆるさは鳴りを潜めている。



 はぁ、と。


 これ見よがしに大きな溜息をついてから最後に希咲へ顔を向けた。



「……よう、七海」


「……なに?」


「今起こってること。怪異じゃ――偶然のことじゃねェんじゃねェかって、予想してたんだがよ……」


「ん」


「……ほぼ確信に変わったぜ」


「…………」


「聖人が熱くなってやがって、望莱が興味を持ってる。間違いなくこれはクソロクでもねェことになんぜ……」



 希咲の返事は待たずに蛭子は全員へ向けて発言し直す。



「んじゃ、望莱お嬢様の言うとおり、順番に考えていくか――」



 目の前にいる彼らがどこか遠くになる。



 先程頭の中から追い出したクソ野郎の顔がまた浮かび、そして次に親友の顔が浮かび、希咲はひどく不安な気持ちになった。


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