1章54 『drift to the DEAD BLUE』 ⑪
カチャリと――控えめな音をたててソーサーの上にティーカップが置かれる。
「それにしても――毎日見ているあの川にそんな話があっただなんて……。わたくし、とんと知りませんでしたわ……」
『川原でのBQでそんなものを使われると余計な洗い物が増えるのでやめて欲しいなー』と考えながら、マリア=リィーゼ様の指が離れたカップを一度ジッと見て、それから希咲は彼女に相槌を打つ。
「そーね。あたしも最近になってちゃんと知ったような気がする。ちっちゃい頃に聞いてたはずなのにね。実感が湧いたとは言えないけど、身近でそれに関係する話が出てくるようになったから……」
「……亡くなった方々のために祈りを捧げたいですわ。慰霊碑などは無いんですの? ナナミ」
「あるわよ。土手の上にいくつか」
「私が案内しよう」
普段滅多に自発的な発言をしない天津が申し出る。
「美景川の土手の上に50人ずつ名を記した慰霊碑が一定間隔で置かれている。私は毎朝ランニングをする時に日替わりで一つずつ花を手向けているんだ」
「今度ご一緒しますわ」
「お前に早起きが出来るのか?」
「当然ですわ。わたくしを誰だと思っているんですの?」
『わたくし』だから『起きられるのか?』と天津は尋ねたのだが、マリア=リィーゼは自信満々に言い放つ。
こういう時は『起こして下さいまし!』とは言わない、時折見せる彼女のそんな純粋さに希咲は苦笑いを浮かべた。
そしてここで自身の右側へ顔を向ける。
右耳から入ってくる『クッチャクッチャ』という咀嚼音をずっと聴こえないフリしていたのだがもう限界だ。
「うめー。にくうめーです」
そこに居るのはBQのお肉を頬張り、もっちゃもっちゃとお口を動かすみらいさんだ。
そんな彼女をジト目で見遣ると不思議そうに首を傾げられた。
「……オマエ、よくそんな美味そうに肉食えるよな?」
何とも言えない顔をする希咲の代わりにそう言ったのは蛭子だ。彼も同様の表情をする。
「だって、おいしいですし……、おにく」
みらいさんはふにゃっと眉を下げる。
「よく食えんな……」
「ダメですか?」
「ダメっつーか……。食欲無くなんねェのか?」
「だって、おなかすきましたし……。ダメですか?」
「いや、別に悪かねェんだけどよ……、なんだ? なんなんだこれ? 不謹慎なわけじゃあねェんだけど……、なぁ?」
「知らないしっ」
援護を求める蛭子の視線から七海ちゃんはプイッと顔を逸らした。
希咲 七海はプロフェッショナルなJKである。
なので、概ね蛭子くんと同じ気持ちではあったが、炎上に繋がるかもしれない案件に関する言及は差し控えさせて頂いた。
「でも……、おにく、おいしいよ……? おにいちゃん」
「オマエのお兄ちゃんはあっちだ」
「えっ? 僕? えっと……、あはは……」
実の兄に曖昧な笑みで誤魔化されてしまったので、みらいさんは再び眉をふにゃっと下げた。
そしてクッチャクッチャと肉を噛み、積極的に蛭子くんを煽っていく。
「汚ぇな。つーかその顔やめろ。オマエやっぱおちょくってんだろ?」
「えー?」
「ミライ。死者を冒涜するのはおやめなさい」
そうすると王女様にも真剣な顔で咎められた。
「為政者は民の生命の上に立っています。彼らの生命活動の中で生まれたお金や食物を税として受け取り、代わりに彼らを庇護致します。ですが、時としてその彼らを兵として死地へ送ることもあります。だからその死を悼み祈りを捧げきちんと天へ送り、苦しみから解放して差しあげる義務があります」
「なるほど。ですがリィゼちゃん――」
「――口答えをするんじゃありません!」
「なるほど。ですがリィゼちゃん」
「なんですの!」
「聞くのかよ」
蛭子くんの呟きを無視して寛大なマリア=リィーゼ様は配下の者の話を聞いてやる。
「先程の兄さんと蛮くんのレスバですが――」
「レスバなんかしてねェよ」
「――口答えをするんじゃありません!」
「――お黙りなさい、蛮くん!」
「――クソが。なんなんだよコイツら」
これから言い争いを始めようとしていた二人に揃って叱られ、蛭子くんは手を引いた。
「結論としては、犠牲者さんたちの死を無駄にしないようしっかりとやっていきましょうというフワっとしたものになりました」
「そのようですわね。よきにはからいなさい」
「はからった結果のこれです」
言いながら、みらいさんはテーブル上の料理を指し示す。
「……これがなんですの?」
鉄串に刺さるよく焼けたお肉たちを見て、マリア=リィーゼ様はわずかに眉を寄せた。
「これらも死です」
「なんですって?」
「このお肉たちは人間が生きるために犠牲になった動物さんたちの死の結果です」
「どういう意味ですの?」
「動物さんたちの死を無駄にしないようにちゃんと食べるべきだと思いました!」
「……ミライ。今はそういう話はしてません。家畜と民を同列に語るべきではありませんわ」
「ですがリィゼちゃん。民も家畜です」
「……たしかに?」
「オイッ! クソみてェな話してんじゃねェよ!」
たまに真面目っぽい話をしていてもすぐにダメな方向にいってしまう彼女らの会話に、リタイアを決めたはずの蛭子くんが戻ってきた。
「ということで、わたしたちはお肉を食すべきだと思いました!」
「いいでしょう。話はわかりました。思う存分にお食べなさい――ミライ!」
「いいえ。食べるのはわたしだけではありません」
「……なんですって?」
「リィゼちゃんも食べるのです」
「な、なぜですの⁉」
「民のおにくを無駄にしないのは王族の義務だからです」
「そ、それは……」
「リィゼちゃんが自分でそう言ってました!」
「あ、あの……、わたくし……」
バーンっとみらいさんに指差されたマリア=リィーゼ様は気まずげに目を逸らし、キョドキョドと目線を彷徨わせる。
「わ、わたくし……、今は、その、気分が……」
「はぁ~? なんですって?」
「で、ですからっ、少し気分が優れなくて……」
「えー? 王族って気分で仕事するんですかぁ~? 大学生のバイト感覚なんですかぁ~?」
「無礼者ォッ! そんなわけがありませんわ」
「ホントに無礼よ。マジメにバイトしてる大学生の方がゼッタイ多いし」
王族は煽り耐性がゼロなので望莱の露骨な煽りにマリア=リィーゼ様は簡単に激昂した。
胡乱な瞳で指摘をしつつ、希咲は彼女らに呆れる。
「そんなものなんですか? 王族の義務は。リィゼちゃんの王族としてのプライドは」
「……わたくし、このような侮辱を受けたのは生まれて初めてですわ。よろしい。寄こしなさい、ミライ。おにくを!」
「リ、リィゼ……、やめておいた方が……」
「止めないでくださいまし! マサト! これは我が王家の威光に関わります!」
「そんなことないと思うけどなぁ……」
聖人の制止を振り切りマリア=リィーゼ様はお肉を受け取ってしまう。
しかし、口元に寄せようとする前に手に持った串に刺さった肉片に視点を合わせた瞬間、すぐに顔を蒼くする。
「うっ……」
収縮した胃がピクリとお腹の中で跳ね、食道が異常を喉に伝えてくる。
先程は立派なことも言っていたが、基本的に王宮から出ることなど殆どなかった彼女は、死というものに配下の報告や歴史の授業の中で伝えられる数字でしか触れたことがなかった。
しかし昨年に初めて来日して、彼女は多種多様で充実した映像配信サービスに出会うこととなった。
それからというもの、すっかりそれらの虜となった王女様は各種有名サイトとサブスクライブという名の奴隷契約を結び、毎日涎を垂らしながらタブレットとにらめっこをしている。
中でも彼女のお気に入りはPetflixというトップシェアを誇るストリーミングサービスで通称“ペトフリ”だ。
日本語にすると『ペットの毛皮』と訳すのだそうだが、たまにどういう意味なのだろうと考えてみたりもするも、映画やドラマを観ていればすぐにどうでもよくなって忘れてしまうので、未だに分からずじまいだ。
ともあれ、今までは死の現場をその目に写すようなことはなかった王女様だが、各社が提供する高品質かつ高画質な映像コンテンツの中にそういった表現を見つけてしまう。
あまりにリアルで、あまりに凄惨に映し出されたゴア表現によって初めて人間にはグロ耐性というステータスが存在し、自分はその数値があまり高くはないということを知った。
そのため、今までは特に事故や災害の話を聞いても、その悲惨さにあまり実感が湧かなかったのだが、すっかりエンタメ中毒となった今では過去に視聴した映像が紐づいた記憶として脳裡に蘇ってしまう。
特にこの旅行に来る直前に見た映画がよくなかった。
望莱に煽られるままに視聴してしまった、手術室で部分麻酔をかけた患者の肉をメスでこそぎ落し、手術台の横に置いた七輪でその肉を焼いて食べるというサイコホラー作品。
あれはよくなかった。
衝撃の映像を目にして『こんなこと人間の考えることじゃねーですわ!』と戦慄し、さらにその彼女の横で同じ映像を観ながら焼き肉を焼いて食べているみらいさんに『こいつヤベーですわ!』と追い戦慄をした。
そうして自室に蔓延する焼き肉の臭いと煙に包まれ泣きながら視聴を終えた彼女は完全にグロがトラウマになってしまったのだ。
思わずエルブライト公国第一王女の立場として、運営会社にメールにて遺憾の意を表明してしまった。そのことと部屋で焼き肉をしてニオイがとれなくなってしまったことを希咲に叱られたが、決して自分は悪くないと考えていた。
ふと、穏やかな風が手に持った串焼きのニオイを“
焼けた肉のニオイだ。
あの時のニオイ――
――紐づけられた記憶が脳内で再生され、マリア=リィーゼ様はさらに顔色を悪くする。
「あれー? どうしたんですかー、リィゼちゃん? おにく、たべないんですかー?」
何も知らない純真無垢を装った瞳のみらいさんが、よく見えるようこれ見よがしに目の前でもっちゃもっちゃと肉を噛む。
「ミライ、貴女……、まさか――」
いつかこうやってイジワルをする為に、ああして予めクソ映画を見せて自分にトラウマを植え付けておいたのでは――そんな想像が脳裡を過り、ゾクッと高貴なる背筋が震え鳥肌が立つ。
将来自分の小姑となる予定の少女に畏れを感じていると、ふとその小姑さんが優し気な目になり微笑む。
「冗談ですよ」
「え?」
「わかってます。気分が悪いんですよね? リィゼちゃん」
急にこちらに寄り添ったようなことを言い出す望莱を訝しむ。
しかしその一方で、もしかしたら許してもらえるかもといった期待も抱く。
王族であるマリア=リィーゼ様は自分から『もう勘弁してください』とは口が裂けても言えないのだ。
「……は、はい。そうなんです。わたくし……」
「大丈夫です。こういう時はいい方法があります」
「いい、方法……?」
にこやかに人差し指を立てる彼女の笑顔に安心感を覚えた。
「はい。気分が優れない時は豊かな自然が創り出す爽やかな風景に癒されるといいですよ」
そう言って望莱は立てた人差し指を川に向けた。
マリア=リィーゼの視線はその指の動きに釣られ示される方を向く。
ゆったりとした小川。
その向こうには森が見える。
木々の隙間から漏れる木漏れ日がキラキラと輝き、同様に水面も照らしている。
森から漏れ出す静けさの中で、ゆったりとした川のせせらぎが奏でられる。
時折虫や鳥の鳴き声が聴こえた。
そんな空間の中で目を閉じてみると、まるでこの静謐さの中を自分が泳いでいるように感じられた。
「――どうです? 少し落ち着きましたか?」
自我が溶けて拡がり混ざって、自分もこの風景の一部となる――そんな錯覚をし始めた頃にかけられたその声に瞼を開くと、再び現実に帰ってくる。
「えぇ。幾分よくなりましたわ」
落ち着いた声音でそう告げるマリア=リィーゼに望莱は嬉しそうに微笑むと、スススと、さりげない動作で彼女の隣に近付く。
「ここは美しい場所ですわね……」
マリア=リィーゼは密着するほど近くまで寄られていることに気付かず、いまだに川の流れを見つめる。
「そうですねー。落ち着きますよねー」
「えっ? あ、はい。そうですわね。こうして川の流れを眺めていると時間の流れをゆっくりと感じられますわ」
「高校生とはいえ、普段わたしたちは決められた時間に縛られて生活してますしね。たまにはこうして立ち止まってみるのもいいのかもしれません」
思ったよりも近くで聴こえた声に最初は驚きこそしたものの、何でもないことのように穏やかに川の流れを見つめる望莱の姿に、そんなに気にすることでもないかと談笑をする。
「わたくしこの島に来てよかったですわ。美しい自然、美しい水の流れ。ここはいい所ですわ」
「なるほど。ところで、リィゼちゃん――」
「なんですの?」
「こういう水の流れは普段身近な場所でも見られるって知ってました?」
「あら、そんなスポットがありましたの? わたくしでも行ける場所かしら? ミライ、よければ今度――」
関心を惹く話題にふと笑みを浮かべ、そして問いかける途中でその答えに思い当たり言葉が止まり表情が固まる。
息を呑みながら目に写す川の流れは変わらずにゆっくりと流れている。
弾むような声で望莱は答える。その顔はきっと笑っている。
「やだなー、リィゼちゃんったら。毎日登下校の時に見ているじゃないですか」
「……あ、あ……、まさか……」
「えぇ。美景川ですよ。学園の目の前の」
「…………」
表情だけではなく身体まで硬直させたマリア=リィーゼは視線すら動かせなくなる。その目に緩やかな川の流れを写し続けた。その水面に何かを幻視しながら。
望莱はそんな彼女の耳元へ口を寄せ、そして囁いた。
「知ってました? 美景川も流れが穏やかなんですよ。ちょうどこの小川と同じくらいに」
「……っ」
「これだけ流れがゆっくりなら、そりゃなかなか流れていかないですよね? 水面いっぱいに溜まってしまうのも無理はないです。そう思いませんか?」
「わ、わたくし……」
「ふふふ、どうしたんですか? リィゼちゃん」
微笑みながら望莱はマリア=リィーゼの右手に自分の手をそっと添える。
串焼きが握られたままの彼女の手に。
「ねぇ? 食べないんですか?」
「――っ⁉」
「硬くなっちゃいますよ? おにく」
言いながら望莱が軽く串焼きを握る手を押し出すと、マリア=リィーゼは呆然としながらその手を持ち上げてしまった。
唇の数cm先の焼けた肉から伝わるニオイに「ぅぷっ」と嘔吐く。
「さぁ、おくちをあけて? 歯をあてて嚙みちぎってください」
「…………っ」
「明日の自分の生命を得るため、死を喰らってください」
「あっ……、あっ……」
呆然としながら震える手を自ら咥内へ――近付けようとしたところで、串焼きを持つ手にさらにもう一つの手が重ねられた。
自分のものよりも、望莱のものよりも大きな手。
「――マサト……」
「いいんだ。無理しなくていいんだよ。リィゼ」
聖人は彼女の手からそっと串焼きを取り上げる。
「みらいも。リィゼをイジメちゃダメだよ?」
「ですが兄さん。お残しをしたら七海ちゃんにシバかれます」
「うっ⁉ そ、それもそうか……、じゃあこれは、僕が……」
悲壮感を浮かべた顔で聖人は手の中の串焼きを見下ろす。
その姿に、マリア=リィーゼはポロポロと涙を落とした。
「マ、マサト……、わたくし……」
「大丈夫だよ、リィゼ。僕に任せて……」
そう言うと、聖人は串焼きにかぶりつき一口で数枚の肉切れを口に収める。
だがたった一度咀嚼しただけで途端に顔色を真っ青にする。
そして意を決し、碌に噛むこともなく一息に咥内のモノを全て無理矢理に飲み込んだ。
「わ、わたくし……、わたくし……、ぅぇぇっ……」
「だ、だいじょうぶ……、さ、あっちで休もう?」
堪えていたものを決壊させて号泣する彼女の肩を抱いて、時折自分も「ぅぷっ」と嘔吐いて決壊しそうになりながら紅月家の鬼子から離れる。
逃げていく二人をみらいさんはつまらなさそうに見ていた。
「オマエよ、なんでこんなことすんの? シュミ悪すぎんだろ」
そこに入れ替わりで蛭子がやってきて不機嫌そうな目で睨まれた。
チラっと他所へ目を向けるとそこには同じく咎めるような七海ちゃんのお顔。これはわりと本気で怒ってる時のお顔だ。
みらいさんは蛭子くんに目線を戻す。
「だって、おにくが……」
「それはもういいんだよ。オマエさ、大した意味もなく遊び半分で仲間の心を折るんじゃあねェよ。カンベンしろっつーのマジで」
「えー?」
クスクスと笑う彼女へ蛭子は眉を寄せる。
「あのよ、オマエ今みたいなの地元帰ったら絶対言うんじゃあねェぞ? ガチで不謹慎すぎるってのもそうだが、ただでさえその話はタブーみたいなもんなんだ」
「なかったことにするのはよくないと思います! 真に我々が災害から立ち直り明日へ進むためには!」
「ウルセェんだよ! 心にもねェこと言うんじゃねェよ!」
「あれ? もしかして蛮くん怒ってます?」
「アタリメェだろうが! オマエよ、外人街のクソどもがあの海なんて呼んでるか知ってっか? デッド・ブルー――死の海とか抜かしておちょくってやがんだぞ! ただでさえそれでムカついてんだよ!」
「まぁ、では次は外人さんたちとケンカするんですね?」
「しねェよ! シャレになんねェだろうが!」
「そうですか。ではやれるところから地道にやっていきましょう」
「なにをだよ! あの姫さん泣かして何が始まんだよ」
「だって、リィゼちゃんったらいっつも好き嫌いばっかり言って七海ちゃんを困らせてるので、そろそろヤキを入れてやろっかなーって思いまして」
「全っ然関係ねェじゃねェか!」
「他の女が七海ちゃんを困らせるなんて許せません。わたしが一番上手に七海ちゃんを困らせられるんです。七海ちゃんを困らせる女の子はわたしだけでいい……」
「ちょっと!」
聞くに堪えないとご本人も参加してくる。
「コイツこっわ……」
「もう十分あんたに一番困ってるわよ!」
「えー?」
「えーじゃない。あんなことしたら余計にあの子の好き嫌い増えるでしょ! メンドくさいことしないで!」
「だって――」
「――口答えすんなっ!」
「――ぁいたぁーーっ⁉」
口の減らない妹分のほっぺをムギュっとつねって黙らせる。
すると物理最弱の彼女はピーピーと泣き始めた。
「ぅっ、ぅぇえっ……、七海ちゃんがっ、七海ちゃんがガチつねりしましたぁ……っ!」
「うっさい。そんな強くつねってない」
「つねりましたぁっ! ぅぁあああっ……!」
ダーっと涙を流したみらいさんは癇癪を起してダーッと駆けだす。
希咲も蛭子も特に追いかけたりはしない。
二人が胡乱な瞳で見守る中、みらいさんは泣きながらその辺の近いところを適当にグルッと回ってから戻ってくると七海ちゃんの腰にしがみついた。
希咲は溜息混じりにメソメソする彼女の頭を適当に撫でながら蛭子の方へ目を向けた。
「あんたもさっさと続き話しちゃいなさいよ。いつまでヘコんでんのよ」
「ベ、ベツにヘコんでなんか……」
「ただでさえマジメな話してんだからさ、あんま隙を作るとこの子が飽きてふざけちゃうのよ」
「わ、わかったよ……」
「聖人ぉーっ! あんたたちもこっち来なさい!」
「あ、うん。わかったぁ。ほら? 行くよ? リィゼ」
「わたくし……、わたくし……、ぅえぇぇっ……っ」
泣きじゃくるみらいさんにしがみつかれながら呼びかけると、泣きじゃくる王女様にしがみつかれながら聖人が近寄ってくる。
「はい、どーぞ」
「……この空気で?」
嗚咽を漏らす女の子を腰に装備した希咲と聖人に挟まれ、蛭子くんは絶望的な面持ちになる。
なんとなく周囲へ視線を遣ると、こんな惨状でも黙って立ったままだった天津と目が合う。
「私もお前にしがみついた方がいいか?」
「……いらねェよ」
珍しく気遣いを見せてくれた彼女からスッと目を逸らし、溜め息を一つ。
無理矢理気分を切り替えて口を開いた。
「昨夜、学園が襲撃を受けた――」
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