1章53 『Water finds its worst level』 ⑬
希咲が戻ってくると彼女を待っていた女子たちは途端に燥ぎだす。
「遅いよー七海ちゃん!」
『ゴメンゴメン……って、よく考えたら謝る筋合いもないわね』
「ののか図々しいよ」
いの一番に話しかけてきたのは早乙女と日下部さんだ。
「でももうちょっとで休み時間終わっちゃうね」
「ナイスだよマホマホ! さぁ、七海ちゃん! ブラを見せておくれ!」
『ベツにいーけど、ホントにそんなに見たいの?』
「見たいんだよ!」
「あ、それは私も見たいかな」
『えぇ……、真帆まで?』
困ったような顔をする希咲のスマホの画面には他のメンバーである野崎さんや舞鶴も映り込んでくる。どうやら彼女らも興味津々のようだ。
「かわいー下着は普通に見たいし」
『つーか、普段フツーに見れるじゃん。体育の時とか』
「そうなんだけど。席遠いし、七海ちゃんいっつも着替えめちゃ速いしで、ののかまだ見たことないんだよ」
「あ、それ私も思ったー。七海って着替えすっごい速いよね」
『そ、そそそそーかしら……っ? あ、じゃあ見せるから他の人には画面見えないようにしてもらってもい?』
まるで何かを誤魔化すかのように希咲はあれだけ渋っていた下着の披露を自ら申し出た。
「じゃあ窓際に画面向けるね」
水無瀬が手に持つスマホを窓際にある自分の席の方へ向けると、希咲から見える画面には水無瀬の席と外の風景が映し出される。
教室の構造上、確かにそこに人の姿はなかった。
遅れてその風景に早乙女たちが追加されていく。
『えっと、じゃあ、パパっと――』
さっさと済ませてしまおうと肩から被っているベッドシーツを掴んで前を開こうとした瞬間、七海ちゃんはハッとなった。
『――ちょ、ちょちょちょっとだけ待ってね! すぐだからっ!』
「え?」
一体どうしたと誰かが問うよりも早く、皆の見るスマホの映像が真っ白くなる。
スマホを引っ繰り返してベッドの上に置いた希咲は急ぎ立ち上がり、自身の身体から剥ぎ取ったシーツをその辺から血走った目を向けてくるみらいさんに投網のように投げつけて彼女に被せた。
そしてモガモガと蠢くシーツ妖怪を置き去りにして、右手で胸を抑え左手を背中に回しながら慌てて脱衣所に駆けこんでいく。角を曲がる直前に細かく動いた彼女の指がプツッとブラホックを外した。
そうしばらくもしない内にベッドシーツから顔面だけを脱出させることに成功したみらいさんが脱衣所の方へ目を向ける。
するとちょうどそこからは、何かしらの仕込み作業を終えたのか堂々とした様子で胸を張った下着姿の希咲が出てきたところだった。
ニコッとみらいさんは微笑みかける。
七海ちゃんもニコっと笑顔で応えた。
ただし、その頬にはさりげなく小さな汗が。
望莱に何かを言われる前に希咲はスマホを手に取り通話を再開させた。
『――ゴメン、おまたせ』
「あ、戻った」
「七海、どうしたの?」
当然突然の奇行に驚いた友人達から心配の声をかけられる。
『ん。大したことじゃないんだけど、服とか脱ぎ散らかしてたから映ると恥ずいし、急いで片付けてたの』
「なーんだ。ビックリしちゃった」
「何事もなくて安心ね」
「そんなこと気にしなくてよかったのにー」
『あ、あははー』
「よかったぁ」と声を揃えて笑う友人たちに希咲も笑顔で応える。
ただし、その頬にはさりげなく小さな汗が。
少し距離を置いてその会話を聞いていた弥堂は眉を顰める。
これから下着姿を見せるという破廉恥な真似をするのに、脱ぎ捨てた服を見られる方が恥ずかしいというのは一体どういう価値観なのだと疑問を持つ。
だが、彼には少々難しすぎた。
『じゃあ、チャチャッと済ませましょ』
「はぁーい」
「ののか、もうちょっとそっち寄ってよ」
「水無瀬さん。スマホ持つの変わるわ。こっちでみんなと一緒に見なさい」
「ありがとう。でも私は後で大丈夫だよー」
キャイキャイと弥堂にとって耳障りな声をあげながら女子たちはいそいそと画面の前に集合していく。
そんな中で水無瀬以外にも動いていない者がいることに気が付いた舞鶴が声をかける。
「楓? どうしたの? アナタは見せて貰わないの?」
その相手は、希咲が突然画面の向こうへ引っ込んでからずっとスマホを弄り続けていた野崎さんだった。
「なに? メールでもしてるの?」
「うん。希咲さんが離席してる間に済ませちゃおうって思ったんだけど、間に合わなくって…………、はい、終わった。ごめんね」
「相変わらず忙しいのね、委員長は」
「あははー」
何かしらの作業を終えたらしい野崎さんも苦笑いを浮かべながら輪に加わる。
するとすぐに楽し気な談笑が始まった。
「わぁー、かわいー!」
「谷間キレー!」
漏れ聴こえてくるその声に何名かの男子がそわそわとする。
そんな中でも弥堂だけはジッと眼を離さずに、油断のない眼つきで機を窺い続けていた。
「さっすがダイコーNO.1のモテギャルなんだよ! エロカワっ!」
「これってMosa Mogi? 先月モールにショップできたよね?」
「う~ん、Mosa Mogiはもう少しデザイン大人しめじゃないかな?」
「意外と詳しいわよね、楓」
『あー、そっちじゃなくって新美景のショップ。Tique Pakaってお店で、キャバの人たちとかがよく使うとこ』
「ロリ系のののかには敷居が高いんだよ……」
「新美景かぁ……、ちょっとコワイなぁ……」
「あのお店は駅ビルに入ってるから行きやすいよ」
「楓……?」
みんなの声を聴きながらスマホを上から覗き込んで何やらフンフンと頷いた水瀬さんがクルッと顔だけ振り向いてくる。
「弥堂くん弥堂くんっ。やっぱりななみちゃんカワイーよ!」
よくわからない報告をしてきた彼女へ弥堂は精悍な顔つきでコクリと頷いてやった。
今は彼女の相手をしている場合ではないのだ。
「キャバ嬢御用達ってのがエロいんだよー」
「でも、そう聞くと高そう」
『や。そうでもないわよ。あたしそんなにお金使えないし』
「けっこうセールもやってるよね」
「楓さん……?」
『そうそう! セールの時だと上下1000円とかで買える時あるのよ! 真帆もこういうの好きだったら今度一緒に行く?』
「え、いくいくー! 七海が一緒だと心強いかも!」
「お? マホマホってばエロ下着に手を出すのか⁉ まさか好きな人でも⁉」
『え? マジ? そういう話なの? それだったらあたしも気合い入れておススメショップツアー組んじゃうわよ?』
「ちがうってば! てゆーか、こんくらいならエロ下着とか言わないでしょ。普通にカワイイし。ののかのテカテカ紫は下品で引くけど」
「お? お? ののかのパンツをディスったな? やんのかー?」
「楓? 私に黙ってそういうお店に行っているの?」
「おい、お前らもういいだろ」
キャイキャイと甲高い声で燥ぐ女子トークの中に突如野太い低音ボイスが挿し込まれると、それはすぐに異物として認定され会話がピタっと止まる。
水無瀬の背後からヌッと顔を出したのは弥堂だ。
「俺にも見せろ」
『えぇ……』
そのあまりにも漢らしい要求に全女子がドン引きした。
機を窺っていたがその機とはいつなのかがわからず、結局ゴリ押すことにしたのだ。
「弥堂君……? それはさすがにちょっと……」
「サスガにののかも引くぞー?」
日下部さんにやんわりと注意をされ、彼女がそうまで言うのならこれは本当にアウトなんだなということが弥堂にも理解出来た。しかし目的がある以上は全ての女を引かせてでも退くわけにはいかない。
「これはいくらなんでも学級委員長として注意をするべきなのでは?」
「……び、弥堂君は、真面目だから……」
「ちょっと。こっち見て言いなさいよ、楓」
舞鶴と野崎さんのやりとりを聞き流しながら水無瀬の胸元に構えられたスマホを覗き込む。
そこに映るのはジト目の希咲のアップだった。
『あんたまだ懲りてないわけ?』
「カメラを下に向けろ」
『マジキモ』
要求は跳ねのけられ、代わりに最大限の軽蔑が返ってきた。
『あのさ。またヘンなスイッチ入ってるんでしょうけど、なんべん言われても見せないから。諦めろ』
「そうはいかん。俺はプロフェッショナルだ」
『ヘンタイのプロとかサイテーすぎなのよ!』
「さっきも一回見たんだからいいだろ?」
『よくない』
「変わんねえだろ」
『事故ってチラっと見えちゃったのと自分から見せるのじゃメチャクチャ変わるわボケ』
すぐにいつもの言い合いが始まるが、今回は周囲の女子たちは明確に希咲の味方だった。
「び、弥堂君。いくら仲良くてもそれはダメだよ」
「そうだぞー? 笑えないのはののかもNGだぞー? 急にどうしちゃったのー?」
「いい質問だな、早乙女」
「えっ?」
注意をしてみたものの聞き入れる確率は限りなく低いと考えていた男にクルっと顔を向けられ、早乙女は戸惑う。
「どうしたと思う?」
「ど、どうしたって……? どうかしちゃったとしか……」
「何故だ? お前には今俺が何をしているように見える?」
「えっ? なにって……、普通にセクハラしてるとしか……」
「その通りだ」
「はい?」
真っ直ぐに目を合わせながらセクハラを肯定した男に戸惑った早乙女は隣の友人に助けを求めるように顔を向けるが、生憎彼女も同じように首を傾げていた。
「俺は今希咲にセクハラをしている。どうだ?」
「えっ⁉ なにがっ⁉」
重ねられた問いにますます混乱をする。
「ど、どうだと言われましても……、ねぇ? マホマホ」
「う、うん……、サイテーだなぁ、としか……」
「ふむ」
歯切れの悪い様子の彼女たちに弥堂は一度顎に手を遣って何かを考えると、再度スマホへ顔を向けた。
「やはりこれくらいじゃ足りないようだな」
『あ、あんたってば……っ!』
再び覗き込んだ画面に映る希咲は頭痛を堪えるように額を押さえていた。
『こんなんで戻るわけないってゆってんじゃん!』
「それは確かめてみればはっきりとする。ということで先程の再現をしよう。胸を見せろ」
『見せねーっつーの! そう言われて自分から胸見せる女がいるわけあるか!』
「何故そんなに嫌がる? 前回お前の水着の写真でほぼ全身見ただろうが。あの時は別に何ともない様子だっただろ」
『あれは水着っ!』
「露出は大して変わらんだろ」
『そういう問題じゃないの! 水着は水着だから見られてもオッケーなの! 下着は下着だからダメに決まってんでしょ!』
「……⁉ ……⁉」
当たり前のように水着と下着の違いを言われたが弥堂には難しすぎた。
盛大に眉を歪めて混乱している乙女ルールを解さぬ野蛮な男を希咲は見下す。
『なんでわかんないのよ! そういうもんなのっ!』
「そうか」
『な、なんでこう言うとすぐにナットクすんの……』
「そんなことはどうでもいい。それよりも今必要とされるのはセクハラだ」
『セクハラが必要とされるなんて何時なんときもありえないからっ! 愛苗ぁーっ! ちょっとこのバカのお尻つねって! お仕置きして!』
「え? うん、わかったぁー」
突然の七海ちゃんからのお願いにお目めをパチリとして愛苗ちゃんは弥堂くんにお願いをする。
「あのね弥堂くん、ごめんね? ちょっとお尻つねってもいーい? 痛くしないから」
「いいわけ……、いや待てよ。そうか……」
気の抜けるような水無瀬のお願いに反射的に断ろうとした弥堂だったが、ひとつ思いついたことがあり、水無瀬へ真剣な眼を向け直す。
「いいぞ、やれ。水無瀬」
「え? うん、ありがとーっ」
何故かOKを出され、水無瀬はチョコチョコと近付いてくると弥堂のお尻に手を伸ばす。
そして握力MAX15キロのお手てで控えめにキュッとお尻をつねる。
「わ、お尻かたい……」
「…………」
「あ、ごめんね? よしよし……いたいのいたいのとんでけーっ」
すぐに指を離してつねった場所をナデナデして慰めてくれる水無瀬を弥堂は無感情に見下ろす。
「おい、お前今俺のケツを触ったな」
「え? うん、もしかして痛かった? ごめんね」
「痛むのは心の方だ。いいか? 異性のケツを触るのはセクハラだぞ」
「えぇ⁉ そ、そうなの……⁉」
驚愕する水無瀬を尻目に弥堂は早乙女の方を視る。
「おい早乙女。俺は水無瀬にセクハラをされたぞ」
「は、はぁ……」
「どうだ?」
「なにがぁ⁉」
「チッ、駄目か」
「どういうことなのぉ⁉ ののかどう思えばいいのぉっ⁉」
「日下部さん。キミはどうだ?」
「どうと言われましてもっ⁉」
「そうか」
セクハラの感想を求められびっくり仰天する二人から思ったような反応が得られず、弥堂はさらに考える。
『ちょっと! ちょっと弥堂っ!』
すると水無瀬の持つスマホからキャンキャンと喧しい声が響いてくる。
「なんだ」
『あんたなにしてんのよ⁉』
「もちろん実験だ」
『なんの実験よ⁉ みんなビックリしちゃうでしょ⁉ やめなさいよ!』
「うるさいだま……、そうだな。それなら……」
また何かろくでもないことを思いついたに違いない不審者からジロリとした眼を向けられ、スマホ越しでもぶわっと鳥肌を立てた希咲は後退る。
その際に彼女の肩の黒いブラ紐がチラっと見えたので、弥堂は素早く眼球を左右に振って女子たちの様子を窺ったが特に変化は見られなかった。
「……やはりこの程度では足りんか」
『あ、あんた……、なに⁉ なんなの……っ⁉』
「いやなんでもない。時に希咲よ」
『な、なに……っ?』
「お前、白プリンについてどう思う?」
『は?』
警戒心たっぷりに返事をする希咲へ弥堂は何んとなしを装って話題を変える。
『……なに? どういうつもり?』
「質問のとおりだ。白プリンについて、お前の忌憚のない意見を聞きたい」
『え? プリン? なんなの、急に……?』
「気軽に答えてくれ」
『え、えっと……、おいしい……?』
全くをもって意味がわからなかったが、セクハラをされるよりはマシと判断し、希咲はその会話に付き合うことにした。
「そうか。だが、白プリンだぞ?」
『えっと……? 白プリンって牛乳プリンってことでしょ? あたしベツに牛乳キライじゃないし。フツーに好きよ? 白プリン』
「そうか。だが、それが生プリンだったとしても同じことが言えるのか?」
『……⁉ ……⁉』
ギロリと眼光を強めて『希咲さんって生プリン好き?』と聞いてくる同じクラスの男子に希咲は只管戸惑った。
『ど、どういうこと……? 生プリンおいしいじゃん』
「本当にそうか? 白くてプルプルのそれを、お前はプリンとして認めるのだな?」
『は? え? だって、プリンはプリンじゃん?』
「それが生だったとしてもか?」
『や、そんなこと言われても……。生でもプリンはプリンじゃない。え? もしかしてキノコ・タケノコみたいな話なのこれ?』
「そうではない。安心して率直なキミの意見を言ってくれ」
余りに念を押して確認してくる男に希咲は迂闊に立場を明言してはいけない話なのではと急に不安を覚える。
弥堂はそれを否定したが、とても他人に安心を促すような眼つきではなかったので尚更落ち着かなくなった。
「つまりは希咲。キミは生の白プリンを愛してやまないと、そう言うわけだな?」
『そこまでじゃないけど……、フツーに好き、くらい?』
「それは真実か?」
『こんなことでウソついたってしょうがないでしょ! てゆーか、マジでなんなの? この質問っ。あんた自由すぎないっ⁉』
「そうか。では神に誓えるか?」
『はぁ?』
執拗に生プリンについての感想をネチネチと問い詰めてくる男に希咲は段々とイライラしてきた。
つい直前までセクハラを繰り返していた男なので、まさかこれもセクハラの一種なのではと一瞬疑いを持つが、しかし希咲の知っている限り生プリンとはそういった性的な物ではなかったので、わけがわからなくなる。
『しつこいわねっ! 好きだって言ってんじゃん!』
「なるほどな。大胆に断言するじゃないか。では、誓え」
『はぁ? またそれ?』
「む、貴様。誓えんのか?」
『うっさいわね! なんでいちいち神さまに誓わせんのよ! めんどくさいわねっ!』
「俺はただお前の発言の真実性を――」
『――あーっ! うっさいうっさい! わかったわよ! 誓ってあげるわよっ!』
またも屁理屈を重ねようとする男にうんざりとして、とりあえず満足のいくように言う通りにしてしまうことにする。
『神さま、あたしは生プリンが好きです』
「ちゃんと正確に誓え。白くてプルプルの生プリンが好きだと、はっきりと明言しろ」
『もうっ! なんなのよっ! 神さまっ! あたしは白くてプルプルの生プリンが好きですっ! これでいいっ⁉』
「ふんっ」
意味のわからない遊びに付き合わされた希咲が怒りの目を向けてくるが、聞きたいことは聞けたので弥堂はつまらなそうに鼻を鳴らした。
その『用済みだ』と言わんばかりの態度に希咲は尚も怒鳴りつけてくるが、弥堂は彼女を無視して今度は野崎さんたちへと顔を向ける。
「野崎さん」
「はい」
「どうだ?」
「えぇーと……、あははー」
さしもの野崎さんも気まずげに目をキョロキョロとさせて曖昧に苦笑いを浮かべた。
「舞鶴。キミはどうだ?」
「そうね……。アリよ」
「アリとは?」
「段々面白くなってきたからどんどんやっちゃってちょうだい」
「そうか」
続いて問いかけた舞鶴からはよくわからない答えが返ってきたが、恐らくこれは自分の望んだ結果ではないのだろうと判断し、弥堂はもう少し攻めてみることにする。
「おい希咲」
『なによっ⁉ あんたさ! あたしが呼んでる時は無視するくせに、自分が話したい時だけ話しけかけてくんのマジうざいんだけど!』
「それは悪かったな。そんなお前に詫びをしたいと思う」
『はぁ……?』
「今度お前が帰ってきたら生プリンをご馳走してやろう」
『は、はぁ……? なんで……?』
「俺は常々お前に生プリンを食わせてやりたいと考えていたんだ」
『そ、そうなの……? そんなこと言われても……』
「覚悟しろ。それをたっぷりとお前にくれてやる」
『そ、そこまで言われると何か恐いんだけど⁉ つか、まさか高級プリンとかじゃないわよね? それはちょっと重いからいらないわよ?』
「勘違いするな。そのへんのコンビニでいくらでも売っているような安くて低劣な物だ」
『そんな言い方すんな。コンビニプリンおいしいじゃん』
「いつまでそんな風に余裕でいられるかな? 口の中に大量に注ぎ込まれてもそんなことが言えるか?」
『や。お口にプリン入ってたら喋れないでしょ。つか、あんたまさかアーンしようとしてるの? 絶対イヤなんだけど』
「それは俺が決めることだ」
『あたしが決めることでしょ! って、コラ! どこ見てんだ! こっち向け!』
会話の途中で興味を失ったように他に眼を向ける男を希咲は叱りつけるが、弥堂は早乙女たちの様子を窺っていた。
「うわー。教室でヤベー大胆な話してるんだよぉ~っ!」
「の、ののかっ。チャカしちゃダメだよ! で、でも、あれってホントにするのかな……? 生だなんて……」
『えっ⁉』
スピーカーから伝わってくる二人の会話に希咲はビックリする。
『ちょ、ちょっと⁉ 二人とも⁉ なんか誤解してない⁉ 生プリン貰って食べるってだけよ⁉』
「は、はわわぁ……っ⁉ さすがギャルなんだよぉ~!」
『なにがっ⁉ たかがプリンでしょ⁉』
「た、たかがって……、や、やっぱり七海ってススんでるのね……」
『なんでぇ⁉』
慌てて釈明をするが二人を余計に赤面させてしまい七海ちゃんも大混乱だ。
『ちょっと弥堂っ! あんたこれなんなのっ⁉』
「ちょっと待て。おい、早乙女」
「えっ? な、なに?」
「聞いていたな? 俺は近いうちにこの教室で希咲に白い生プリンを食べさせるぞ。お前にしてやったようにな。どうだ?」
「どっ、どどどどどうとも言えないんだよぉーーっ!」
『どういう会話なのよこれぇーーっ⁉』
キャッキャと女子トークをしていたはずなのに、たった一人の男の介入によってあっという間にこの場が日本語で意思疎通をすることが不可能の地獄へと変わった。
自分だけではなく、他のみんなまで混乱の坩堝へと叩きこまれていることに希咲は『え? これまさかあたしのせい?』と俄かに不安を感じる。
あのクズ男はセクハラをさせろと言ってこの場に乱入してきた。
それを断ったらこの有様だ。
(ま、まさか……。あたしがセクハラさせたげないとこれ終わんないの……?)
何から何まで意味がわからないのに何故かそれだけはやたらと確信めいたものを感じてしまい、希咲は強い絶望感を覚えた。
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