1章53 『Water finds its worst level』 ⑩


 思いつめる希咲の顔を見ながら、その時間で弥堂も少し思考をする。



 希咲の言った『誰かが何かをしているのでは』という可能性を否定するような態度を弥堂はとった。


 今回起きていることについてはそう考えてはいないが、しかしその手段が存在しないかというと『ある』と考えている。


 そして、それをする可能性のある者も存在すると。



(――認識阻害の結界)



 魔法少女や悪の怪人が使ったそれによく似ていると感じた。


 ショッピングモールでの戦闘に巻き込まれる直前のことを思い出す。



 別空間を創り出して云々という部分は置いておいて、その特定の場所に余人が辿り着かないようにするために、その場所へ人々に興味関心を持たせないように仕向ける。


 夕方の人通りも車通りも多くなるはずの国道沿いのショッピングモール、まるでそこを避けるように人も車も別の方向へ流れて行っていた。



 対象を場所ではなく人物で指定出来るのなら、現状起こっていることはそれにそっくりだと弥堂は思った。



 そして、魔法少女と敵対する闇の秘密結社。


 ヤツらならそれを実行しても何も不思議はない。



 魔法少女の戦力を削ぐ為にメンタルを摩耗させる。



 弥堂自身もそれが対魔法少女に於いて有効な手段であるとシミュレートしていた。



 そして、犯人がヤツらなのであるなら、水無瀬 愛苗にはその標的にされ被害に遭うだけの十分な理由がある。



 もしもこれが『普通の高校生である水無瀬 愛苗に起こった出来事』ではなく、『魔法少女である水無瀬 愛苗の物語』であるのなら――


 物語の中で起こった謎の真相に対するアンサーはこんなものでいいし、おそらくそれくらいで多くの者が納得するであろう。



 だが、『普通の高校生である水無瀬 愛苗』の友人である希咲 七海はそれでは納得しないだろう。


 それどころか、彼女を『普通の高校生』だと思っている内は永遠に真相に辿り着けない。


『魔法少女である水無瀬 愛苗』という存在を知るまでは。



 だが、水無瀬の方からそれを打ち明けることはまずないだろう。


 闇の秘密結社やゴミクズーという化け物との戦いに『普通の高校生である希咲 七海』を巻き込みたくないと、水無瀬はそのように考えるはずだ。


 そして、それはおそらく希咲の方も同じだ。



 彼女も――正確には彼女の幼馴染たちも、『普通の高校生』ではない。



 それがどの程度普通でないのかはわからないが、何やら怪しい行動をしている彼らや希咲が『マトモ』だとは弥堂は考えていない。


 先週希咲と戦った時に得られた情報もそれを裏付けている。



 彼らがどんな立場で何をしているのかまでは弥堂にはわからない。しかし何かと面倒で複雑な業界の中でも殊更にややこしい家柄だと聞いている。


 そんな『マトモじゃない業界』に生きる連中と関わっている『普通じゃないギャル』の希咲は、『普通の女子高生』である友人をその関連性に巻き込みたいとは思わないだろう。


 普段から彼女が見せている水無瀬への過保護さからそれはほぼ確信できる。



(儘ならないものだな)



 希咲も、水無瀬も。



 彼女らは真に友人を大事に思い、相手を思いやっている。


 だから本当のことを言えない。


 それは間違いなく誠実さだろう。



 誠実だから相手を慮り思い遣り、だからこそ救えないし、救われない。



(意味がない)



 少しでも相手を利用しようとしてやる狡猾さや、自身の運命を他力に委ねる蒙昧さがあれば、もしかしたら普通でない彼女たちが普通でない事態に力を合わせて立ち向かう――そんな物語かのうせいもあったのかもしれない。



 だが、現実はそうはならない。



 きっと彼女たちはこの先にあるクソッタレな結末に涙することになるだろう。



 弥堂はそれを少しだけ憐れみ、そして――



(――運がなかったのさ)



 そのように片付けた。



 善良で優しくても、そのように振舞って生きたとしても、それが報われるような未来が必ず用意されているわけではない。


 悲運・不運は誰のもとにも不合理に降り注ぐ可能性がある。



 因果応報など人間の勝手な願いであり、人間の思う公正なる世界などというものはこの『世界』には存在しない。



 相手のためを思って選んだつもりの選択肢によって、相手にも自分にもろくでもない結果になる。


 そんなことなどいくらでもある。


 たとえ、どれだけ優秀で人格的な者が現状で出来る限りのことを尽くして、限りなく正解に近いと思われる正しいことをしたとしても、最良の結果に結びつくとは限らない。



 そうなってしまうのはやはり――



『――ちがうぜ。運が悪かっただなんて、そうやって割り切って諦めて言い聞かせるもんじゃないぜ。弥堂君――』



 ふと廻夜部長の言葉が思い出される。



『――目の前の敵に打ち勝つんじゃない。敵を倒す方法の有無じゃあないんだ。あくまでも勝利の後の結末の有無。その可能性の有無。『ある』ということを自分がわかっているか。そして、そのルートを選べるか、だ――』



 部長の言う“可能性”。そして――



(――ルート……)



 それは道筋、経路。


 どこをどう進んでいくか、ということだ。



『――大丈夫。その都合のいい結末は必ずある。『ある』と。それさえ理解していればいい。信じるのでも願うのでもない。その前にまず『ある』ということを知って、認めて、理解するんだ。あとは如何にしてその場所へ辿り着ける道筋を見つけて選べるかだ。どんなに薄氷を踏むような細く薄く脆いルートだろうと、『ある』以上は『いける』――』




 都合のいい結末とは――



(希咲も水無瀬も、なにも痛まず元通りの日常を取り戻すこと……)



 では、そこへ繋がるルートを歩めているか――



(いない……)




 自分たちの現状におけるルートとはどんなものがあるだろうか。



 一つは、今進んでいる希咲も水無瀬もお互いを思い遣るがあまり、相手を危険から遠ざけることで逆に真にお互いを理解することが出来ず、そうやって真相に辿り着けないでいる内に時間切れになる――そんなルート。



 もう一つは、先程弥堂が考えた『魔法少女』である水無瀬と『なんかわからんけど強いギャル』である希咲が、お互いを理解しあって協力する――そんなルート。


 だが、これに関しては彼女らだけではそうはならないであろう。少なくとも手遅れになるまでは。


 弥堂はそのように考えている。


 彼女らだけでは出来ない。



『――男子高校生たるもの、もしも魔法少女に出逢ってしまったのなら。さらにその正体を知ってしまったら。その場合はね弥堂君。お助けキャラルートに入ったということなんだよ――』



 もしも現状の盤面において、この物語上自分がそんな立場に立たされてしまったのだとしたら、何か出来ること、するべきことがあるのだろうかと考える。



(何も出来ない)



 そして即断する。



 確かに現在の自分は、微妙にボタンを掛け違えているような彼女ら二人の思い違いや認識不足を繋げることが出来る――そんな立ち位置にいると謂えるのかもしれない。


 しかし、それは彼女らが協力しあえば問題が解決する――そんな前提がなければ成立しない話だ。


 少なくとも弥堂はそう考えてはいない。



 現状の水無瀬の問題に希咲が協力したとして、一体何が出来るだろうか。



 実際のところ彼女や彼女の仲間たちがどんな存在で何が出来るのかを弥堂は知らない。


 仮に彼女たちに弥堂の想像もつかないような凄い能力があって、どれだけ強かったとしても、それでも現状の問題には何も出来ないと考えている。



 そして、仮に今回のことがそれによって解決出来たとしても、その先に今回の件よりも遥かに酷い未来が待っていると、そのように予想していた。



 そう考えると最良の未来――都合のいい結末なんて存在しないように思える。



(だが、廻夜部長は『ある』と言った……)



 彼ほどの男がそうまで言うのならきっとそれはそうなのだろう。



 であるならば――



(『ある』以上は『いける』)



 これに関しては弥堂も納得しやすい。



 生きているのなら死ぬ。


 死ぬのなら殺せる。



 弥堂自身もそんな似た考え方を持っている。



 じゃあ、どんなルートがあるのだろう。



 普通でない彼女たちが自力ではどうにも出来ず、同じトラブルに巻き込まれた弥堂ではなんのサポートも出来ない。そんな時は――



『――ヒーロールートであり、覚醒フラグだ。迫りくる強大な敵を根こそぎぶちのめしてヒロインを救う――』



 かぶりを振る。



『――キミがヒーローだ』



(それだけはありえない)



 彼女たち二人は物語におけるヒロインというものに足るだけの存在かもしれないが、自分はそうではない。存在する力が圧倒的に足りていない。



 それに、敵を根こそぎぶちのめすにも弥堂にはそんな力は無いし、そもそもぶちのめす敵がいない。



 殺す相手のいない戦いでは弥堂は何の役にも立たない。


 殺して解決できる問題にしか対処することが出来ない。



(そんなことは自分が一番よく知っている)



 考えて出る答えは元々わかっていることだけだ。



 だから、希咲や水無瀬のように弥堂も自身の真実を隠していながら、それを知られるリスクを冒してまでこうして希咲にヒントのように断片的に情報を渡しているのかもしれない。


 自分が関わりたくないから、決定的な役割を担うような役柄で矢面に立たされたくないから、希咲にどうにかしてもらおうと、矛盾した行動をしている。



(ルヴィに知られたら鼻で哂われそうだな)



 以前に自身の保護者のような立場にいた女に「情けない」と引っ叩かれるシーンを想像してしまう。


 妄想に過ぎないが、もしもそうなったとしても何も反論は出来ない。



 自分を偽り本心を明かさない。


 やっていることは希咲や水無瀬と同じことでも、そう行動するに至った思想や理念がまるで違う。


 彼女らとは真逆だ。



 そんな風に省みて自嘲したとしても、「じゃあやってやる」と奮い立つような反骨心も義侠心も、この身の裡には一滴ひとしずくほども無い。


 とうに枯れ果てている。



 枯れた泉に浮かんでくるものといえば『潮時か』という発想のみだ。



 関わりたくないと身を退こうが、このまま惰性で続けようが、それは然して変わらず。



 もう間もなくして自分はこの彼女たちの物語から降ろされるだろう。



 そんな確信を持つことしか出来なかった。



 スマホに映った思い悩む希咲の顔を視る。



 迷いと憂いに揺れる彼女の瞳の中――



 その多彩な色の潤いのほんの一滴だけでもあれば、こんな自分でも彼女らを救ってやろうと――



 そんな勘違いを今一度起こすことが出来るのだろうか。



 自嘲も自虐もこの心を震わせずに情熱はやはり枯れている。

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