1章51 『死線上で揺蕩う窮余の一択』 ⑪


「――お話はわかりました。七海ちゃんは弥堂先輩について何か重要な情報を持っている。しかし、それは言えない。少なくとも今は。その理由は義理や意地、そういったものからである。そういうことですね?」


「うん……、まぁ、そうだけど……」



 なにもかもがなかったことのようにスッパリと切り替えて希咲の言い分を総括する。


 そんな望莱の凛とした眼差しに釈然としないものを感じながら希咲は首肯した。



「ナットクできないかもだけど、でもあいつがもしもあたしたちの敵になっちゃうなら、その時はキッパリ切り替えるから……。だから、今は、ゴメン……」


「ふふふ。いいんですよ。たかがそんなことくらいでわたしが七海ちゃんを責めるわけがないじゃないですか」


「みらい……」



 ついさっきまで泣くまで詰ることを画策していた少女は、じぃーんっと感じ入った様子の幼馴染のお姉さんに大らかに微笑んだ。



「でも……、そうですね。一つだけ弥堂先輩のことで質問をしてもいいですか?」


「えっと……」


「あぁ、もちろん、それが答えられない内容に抵触する場合は答えなくていいですよ」


「でも……、それで、いいの……?」


「はい。わたしくらいの天才にもなると、『答えられない』という答えから答えを導き出すことは造作もありまこたえ」


「こ、答え一個多くない……?」


「安心してください。答えがわかったとしても、それに言及するような無粋なことはしません。その時がくるまではちゃんと知らんぷりをしておきます」


「あんたがそれでいいんなら、あたしは……、うん……。それで? なにが聞きたいの?」



 そこで望莱は笑みを消すと真剣な表情で姿勢を改める。



「わたしが聞きたいのは――彼の力です」


「チカラ……?」


「はい。彼がはぐれた野良犬にせよ、何処かの飼い犬にせよ――普通の人でないのなら、必ずその普通でない所以があるはずじゃないですか?」


「それは……、そうね」


「七海ちゃんは彼と戦ってますよね?」


「えっ?」


「なんか変態さんたちごとぶっ飛ばしたとか言ってたじゃないですか」


「あっ、そっか……、それは言ってたっけか」


「はい。結果としてはぶっ飛ばしたとはいえ、あの先輩って大人しくぶっ飛ばされるタマじゃないですよね? というか、大人しくしてたらそもそも七海ちゃんにぶっ飛ばされることもないですし」


「……そうね」



 当時のヤツの全然大人しくない所業を思い出して希咲は顔を顰める。



「ズバリ聞きます。七海ちゃん――弥堂先輩とりましたね?」


「うん。あいつとやったわ」


「…………」


「みらい……?」


「あ、いえ、失礼しました。ゲフンゲフンッ……」



 望莱は咄嗟に誤魔化すような咳払いをする。



 これまで生きてきた時間の6割弱と謂っても過言ではない程の時間を七海ちゃんへのセクハラへ注ぎ込んできたみらいさんは、不意に意図していなかった“えっちな台詞”を引き出してしまったことで大きく動揺してしまったのだ。


 それに伴って心臓の鼓動がまたも高鳴る。


 つい先程賢者へと為ったばかりではあるが、彼女は回転率の高さにも定評があった。



「え、えっと、その……、どう、でした……?」


「どう? どうって……?」


「気持ちよかったですか?」


「は?」


「ゲフンゲフンッ! 間違えました。ゲフンゲフンッ……!」


「あ、あんたまたどうしたの……? だいじょぶ?」



 またも様子がおかしくなり始めた妹分を訝しみながらも希咲が一応心配する素振りをみせる。


 希咲に背中をさすられながら、みらいさんはやらかしかけた己を戒めた。



 中数分のヘビーな二連戦でもう一度ウシさんになってしまえば、本日の体力は使い切りそのまま眠ってしまう自覚がある。


 一応わりと大事なことを聴取しているので、ここでは強い自制心が求められた。




「だ、だいじょうぶです……、まだ慌てるような時間じゃありません」


「え? もう結構な時間だけど……。もしかしてあんた眠いの? 続きは明日にする?」


「い、いえ、わたしは基本夜型なのでまだ舞えます」


「まえ……? イミわかんないけど、じゃあ結局あんた何が聞きたいの?」


「はい、それはですね。七海ちゃんと弥堂先輩の戦いが実際にどれくらいの戦いだったかはわかりませんし、七海ちゃんを相手にどれくらい戦いになったのかもわかりません。でも、一応は戦いという形になったのなら――見ましたよね? 彼のチカラを」



 どうにか真面目な体を取り戻すことに成功した望莱の問いに、希咲も表情を改める。



「……見たわ」


「どうでした? なにか持ってませんでしたか?」


「……なかったわ」


「答えられない?」


「ううん。そうじゃない。目に見えて特殊なスキルとかそういうのは何もなかった」


「……なるほど」



 希咲からの答えに望莱は少し視線を落とし考えこむ。



「京都とか教会の人たちが使うようなモノはもちろんなかったし、それ以外にも特には……」


「う~ん……、ここにきて実はただの一般人でしたとかだったら、わたしお顔真っ赤です」


「でも、普通ではないと思う」



 望莱は顔をあげて希咲と目を合わせた。



「実際のところ、彼どうだったんです? 強いんですか?」


「強いっていうか……、何て言ったらいんだろ……。なんか、上手なのよ」


「じょーず……?」


「そ。例えば聖人みたいに、強引に決着を付けちゃうような問答無用な強さとはかなり違うんだけど、なんていうか戦うのが上手いのよ。メチャクチャ慣れてるっていうか、卑怯なこともいっぱいするし……。経験豊富って言えばいいのかな……?」


「けーけん……、ほーふ……」


「ガッコでのあいつって、何処で何しててもなんか浮いちゃってる感じしてたんだけど、でも……。戦ってるあいつはスゴく自然な姿に見えた」


「スゴく……、なるほど。つまり……スゴかった、と……?」


「うん。スッゴく……、上手だった」


「このドスケベギャルがよぉぉぉっ!」


「ぎゃあぁぁぁぁーーっ⁉」



 ついに昂る内なる己を抑えきれなくなったみらいさんは、先程からの流れで隣に座り背中をずっとさすってくれていた七海ちゃんに襲い掛かる。


 七海ちゃんとしては突然のこととなる襲撃にびっくり仰天して悲鳴をあげた。



「この……っ! このっ……! そんなに好きか……⁉ そんなにセックス好きなんか……っ⁉」


「あんたまた……っ! イミわかんないこと……!」



 不意を突かれてベッドに押し倒された希咲は、自身の上に覆いかぶさってきながら訳のわからないことを喚く望莱の顔面を手で押しやりどうにか抵抗をする。



「ええのんか……⁉ そんなにあの男がええのんか……っ⁉ そこまであの男のがえがったんかぁっ⁉」


「い、い、かげんにぃ――しろぉっ!」



 鼻息荒く希咲の衣服に手を掛けようとしたみらいさんだったが、やはりその身体能力はクソザコだったのであっさりと引っ繰り返されてしまう。



「――こんの、バカタレがっ!」


「ぁいたぁーーっ⁉」



 そして脳天にズビシとチョップを落とされると敢え無く制圧された。



「急に襲ってくるのやめてっていつも言ってんじゃん!」



 プリプリと怒りながら望莱へと咎める視線を向けた希咲だが、彼女の顔を見てハッとする。



 あっさりとマウントを引っ繰り返されベッドに大の字になったみらいさんの顔にあった表情は――虚無だった。



(ま、まさか――)



 表情に焦りを浮かべた希咲は望莱の肩を掴んでゆする。



「ちょっと! あんたなに飽きてんのよっ!」


「もうやだー。もういいですー」


「だめっ! あともうちょっとなんだからがんばって!」


「やだーやだー」



 みらいさんはぐでーっと投げ出した手足をバタつかせて駄々をこねた。


 現代っ子であるみらいさんは長時間の真面目な会話には対応していないのだ。



 おまけにいつもふざけてばかりいる彼女だったが、今日はこれでも1年に1回あるかないかくらいに真面目に物事に取り組んでいたので、すでにその集中力は限界を迎えていた。




「もうやってらんないです!」


「なんでよ!」


「七海ちゃんはすぐに他所でえっちなことしてくるし、わたしのことなんてほったらかしで……!」


「してねーし! 今そんな話してなかったでしょ⁉」


「しかもこんなに健気なわたしに嘘つきました! あんまりです! こんなのってないです!」


「それ今持ち出すの⁉ さっきは許してくれる的な感じだったじゃん!」


「やーですー! わりにあわないです! せめてごほーびが欲しいですー!」


「ご、ごほうび……?」



 どうしたものかと困る希咲の様子に、みらいさんの目がキラリと輝く。


 ここでぶちギレないで迷う素振りを見せる時は、押せばワガママを聞いてもらえることが多いからだ。


 脳裏で作戦コマンドが『ガンガンいこうぜ』に切り替わる。



「ごほーび、ごほーび、ごほーび欲しいです!」


「急に言われても今旅行中だし……」


「ごほーびくれたらもうちょっと真面目にがんばれますー! わたしはやれば出来る子ですー!」


「自分で言うな! つーか、ごほうびって、何が欲しいのよ?」



『しめた!』と脳内でキュピィーンっと光が奔る。


 今日の七海ちゃんは“あまあま”の日だ。


 きっと『嘘を吐かれた』が地味に効いているのだろう。いつもだったら既にお尻を引っ叩かれている。



 みらいさんは慎重に交渉を始める。



「わたし欲しいものがあります! それくれたらちゃんと言うこと聞きます!」


「欲しいものったって……、あたしお金ないからあんたが欲しがるような物買えないわよ? とにかく美景に帰ったら――」


「――やだやだ今がいいっ! 今ここで欲しいんです!」


「そんなこと言われたって、ここ無人島だし……。何が欲しいってのよ?」



『ここだ!』とみらいさんは攻めの一手を打つ。



「ぱんつ!」


「は?」


「七海ちゃんのぱんつが欲しいです!」


「バカじゃないの⁉」



 常軌を逸した要求にびっくり仰天した七海ちゃんのサイドテールがぴゃーっと跳ね上がった。



「そんなもん貰ってどうするってのよ! あんたまたふざけてんでしょ⁉」


「ふざけてなんかないです! 神に誓ってわたしは七海ちゃんのおぱんつを欲しています!」


「は……? え? ちょっと……マジなの……?」



 ドン引きした彼女の様子に内心で望莱はほくそ笑む。



 さしもの望莱とて、なにも本気でぱんつが貰えるとは思っていない。


 本命の要求を通すために、最初に到底通ることのない無茶な要求をぶつけるのは基本的な交渉術だ。



 そんなにぱんつが嫌なら仕方ないから添い寝で我慢しますよと――


 本来の願いを叶えるために慎重に希咲の表情を窺った。



 七海ちゃんはゆるく握ったお手てを口元にあて、キョドキョドと視線を彷徨わせてから、やがてチラリと部屋の隅を見た。


 そこにあるのは今回の旅行に持ってきた荷物の入っているバッグがある。



(あ、あれ……?)



 みらいさんは動揺した。



 あのバッグには希咲の着替えが入っている。


 当然ながら、下着も――



(も、もしかして……イケるのでは……っ⁉)



 もちろん、貰えるものならばぱんつは欲しい。


 それは紛れもない本音だ。



 ギャルギャルした見た目とは違いなかなかにおカタい七海ちゃんは、たとえ女子同士のおふざけだったとしても、そういった下ネタ全振りのおふざけには通常ノってこない。


 だからこそブラフにしたのだ。



 しかし、現在の彼女のまるで『あげちゃおうか、どうしようか』と逡巡するような様は、みらいさんに欲をかかせた。


 そして、そのことで迷いが生じ、望莱は用意していた次の一手をすぐに打つことが出来なかった。



「……わかった」


「えっ……?」


「ぱんつ……、欲しいんでしょ……?」


「だ、だめですっ!」



 小さな声で了承をしたようにもとれる言葉を発し、ベッドから立ち上がろうとする素振りをみせた希咲を望莱は慌てて制止した。



「だめって? でも――」


「――み、未使用と洗濯済みは認めません!」


「えっ?」


「今っ! 七海ちゃんが今穿いてるぱんつしか認めません……っ!」



 ビシッと希咲の下半身を指差し望莱は高らかに宣言した。



 彼女は勝負に出た。



 狂気の一手。



 ここでさらに要求を引き上げた。




「い、いま、穿いてるのって……、そんなの……」



 希咲は一瞬ゴミを見るような目を望莱に向けた後に、何故か弱気な態度を見せた。


 右手は変わらずに口元にあてたままで、左手で望莱の指先を遮るようにキュッと自身のショートパンツを握る。


 そのせいで短いスウェットショートパンツの裾が僅かに上に持ち上がる。



 みらいさんはそこへギンっと血走った目を向けて鼻息を荒くした。



 しかし、彼女は欲望に負けてこのような選択をしたのではない。



 洗濯済みのぱんつは何故か貰えそうだったので、ここでさらに要求を引き上げて希咲に拒否させることによって、それ以上の報酬を狙いにいったのだ。



 狂気の中に一筋のクレバーさを残す。


 これこそが勝負師のマインドであった。



「……いいよ?」


「…………へ?」



 希咲の股間を凝視しながらフーッフーッと鼻息を噴いていたら、そんな耳を疑うような言葉が聴こえる。



 呆然と目を見開きながら望莱は顔を上げ、希咲の顔を見つめた。



「いいよって、言ったの……っ」


「…………」



 頬と目元は真っ赤に染まり、潤んだ瞳で弱弱しくも咎めるようにジッと望莱を睨む。


 そんな希咲の顔を目に写し、望莱は動転して言葉を失った。



「い、いまわたすから、あっちむいてて……」


「えっ……?」


「はずいから……、脱ぐとこ、みないで……」


「は、はいっ……!」



 蚊の鳴くような小さな声。


 だが、やたらと鮮明に耳を通ったその言葉に、みらいさんは童貞のような聞き分けのよさでバッと希咲に背を向けた。



 視界が180度回って数秒すると、シュル……っと布の擦れる音がする。


 みらいさんの興奮は最高潮だ。



「……もう、いいよ……?」


「――っ!」



 さして時間もかからずに告げられた次の指示に、身体能力の限界を超えた速度でみらいさんは希咲の方へ振り返る。



 所要時間が想定よりも遥かに短かった。



 ショートパンツを一度脱ぎ両足から抜き取って、その下の下着も同様に脱衣し、それからまたショートパンツを穿く。


 今の時間ではその全ての行程を熟すのは物理的に到底不可能だ。



 ならば、現在の彼女は下半身に何も身に着けていない可能性が高い。



 天才的な頭脳で瞬時に行った演算によりその解を導きだしたみらいさんは、かっ開いた両のまなこに全ての力を注ぎ込んで希咲の下半身を視線でエイムする。



 しかし――



「――あ、あれっ……?」



 しかし、その目に写ったのは思っていたようなものではなかった。



 希咲の下半身には先ほどと変わらず、しっかりとショートパンツが着用されていた。



「――っ⁉ ――っ⁉」



 みらいさんはしばし混乱し、それからハッとなる。



 希咲 七海といえば、その圧倒的なスピードが売りだ。


 彼女の戦闘スタイルもそれに依存したものとなっている。



 そのことを失念していた自身に激しい憤りが湧き上がるが、努めてそれを抑える。



 下半身すっぽんぽんは叶わなかったが、しかしそれでも最初の願いは叶っている。


 そこまでの高望みをするべきではないと、天才は自分を戒めた。



 さりげなく視線を動かし、希咲の手を見る。



 左手は先程同様にショートパンツの前を押さえていて、右手は胸元でキュッと先程よりも固く握られている。



 親指の付け根あたり、そこから黒い光沢のある布地が僅かに覗いている。



 シルクだ――



 あれはシルクに違いないと胸が高鳴る。


 固く握った右のお手ての中には小さく丸められた黒のシルクおぱんつが間違いなく存在していると、望莱は強くそのように確信した。



「えっと……、じゃあ、はい……」


「え? あっ……、は、はい……」



 おずおずと伸ばされた希咲の右手に吸い込まれるように望莱もフラフラと手を伸ばす。右手と左手を重ねてお皿のような形にして神の恵みを迎え入れる。



 サワっと、掌に柔らかな感触が乗せられた瞬間、望莱の指が動く――




――Active Skill(特殊)――発動!


――【盲パン:Lv1】――成功!




 みらいさんはおぱんつに触れた際に指先から伝わる感触を頼りに、そのおぱんつの詳細な情報を読み取る特殊スキルを会得している。


 ツルッとした手触りから間違いなくシルク素材であることを看破した。



 希咲の手がスッと離れると、掌の上に残った軽やかな重みは全て自分の物となる。


 これは自分の所有物だ、誰にも渡さないと――みらいさんはギュッと握った両手の中にソレを納めながら、バッと振り向いて希咲に背を向けた。



 手の中のおぱんつの両サイドに指を通しながらピョンコとジャンプしてベッドに跳び上がると、左右の手で広げながらギャルの黒ぱんつを天に翳す。


 そしてニンゲンのメスを捕えてきて大はしゃぎするゴブリンのように、ベッドの上で小踊りをした。



「ひゃっほーーーぅっ! ギャルのパンティ、ゲットだぜぇーーーっ――って! これわたしのパンツじゃないですかぁーーっ!」



 大喜びするも束の間、手の中の何の価値もない布きれを床に叩きつける。


 部屋の天井に取り付けられた電灯の光に照らされたことで全容が露わになったその黒ぱんつは紛れもなくみらいさんの持ち物であった。



「騙すなんてヒドイですっ!」



 怒りの感情のままに勢いよく希咲の方へ振り返る。


 すると、ひどく興奮した様子のみらいさんを希咲はひどく軽蔑した目で見ていた。



「なんであたしがパンツ脱いであんたにあげるのよ? そんなわけないでしょ? バッカじゃないの」


「くぅぅっ……! こんな悔しい思いをしたのは二日ぶりです……っ!」



 自分のパンツで大はしゃぎしていた少女は唇を噛み締めてお顔を真っ赤にする。



「つか、あんたそれさ。フツーに廊下に落ちてたんだけど、なんのつもりなわけ? 男子もいるんだから少しは気遣ってあげなさいよ。そんなもん見つけちゃったら困惑しちゃうでしょ?」


「はい。まさにそれが目的です。そのへんにわたしの使用済みパンツを転がしておいて、それを発見した蛮くんの様子を観察したくて。ワンチャン懐に収めようものなら、その犯行の一部始終を録画して一週間ほど泳がせた後に末代までイジリ倒すつもりでした」


「……マジでやめてあげなさいよ。蛮も微妙なお年頃なんだから、そういうウザ絡みの仕方はカワイソウでしょ……」



 軽蔑、呆れ、失望。


 そういった種類の様々な感情が同時に沸き上がり、どんな顔をすればいいかわからなくなった七海ちゃんはふにゃっと眉を下げた。



「蛮くんよりもわたしの方がカワイソウです。純粋な乙女心を弄ばれました」


「純粋な乙女は他の乙女に『パンツちょーだい』なんて言わないわよ」


「七海ちゃんがわたしのぱんつパクりました。ぱんつドロボーです」


「人聞きの悪い。あんたがほっぽってたのカタしてあげたんじゃん」


「ごほーび! ごほーびくれるって言ったのにー!」


「結局それが本音だろ、おばか」



 再びベッドに身体を投げ出して手足をジタジタとする望莱へ希咲は胡乱な瞳を向けた。



「他のことにして。パンツあげるとかそういう変態なのはイヤ」


「えー? じゃあ、一緒のお布団で寝ましょ」


「イヤ」


「なんでですかー!」


「だってあんたすぐにあちこち触ってくるし。あんたと一緒に寝ると、起きたら脱がされてたりしたこともあったし」


「じゃあ膝枕でいいですよ!」


「なんであんたがキレるのよ! つーか大事な話の途中だったでしょ! さっさと続きしなさいよ!」


「やーですー! 膝枕してくんなきゃもうなにも真面目にしないですー!」


「あ、こらっ。暴れんなっ」



 癇癪を起した子供のようにじたばたと駄々を捏ねる望莱に希咲は呆れて溜め息を吐く。



「もぉー……、しょうがないなぁ」



 溜息とともに漏れたその呟きを、ピーピー喚きながら暴れているみらいさんは聞き逃さなかった。



「ほらっ。してあげるから、こっちおいで」



 ベッドの縁に腰掛け、自身の太ももをポンポンと叩いてみせる希咲の腰元にみらいさんは飛びついた。



「あ、こら! 膝枕でしょ! ヘンなことしないでっ!」


「はぁーい」



 叱られつつもニッコニコのみらいさんは、希咲のショートパンツから伸びる白いふとももに自身のほっぺをのせた。



「ちょっとだけだからね。ヘンなとこ触ってきたりとか、ヘンなことしようとしたらすぐやめるから」


「わかってますよぉー」



 言いながら早速望莱は頬を希咲のふとももに擦り付ける。



「やわかいです。細いのに絶妙にやわかいです。あと、すべすべです」


「感想言わなくていいから。つか、グニグニすんのやめろ」


「えー?」


「触んなって言ったでしょ。言うこときかないとやめるから」


「わかりました。触んなきゃいいんですね?」


「えっ?――ひゃんっ……⁉」



 言いながらみらいさんはコロンと身体を回してうつ伏せ体勢に移行する。


 そして希咲の下半身のY字の交点となる窪みに鼻面を突っこんでクンカクンカした。



「やっ……、こら! かぐな!」


「お風呂入ったんだからいいじゃないですか」


「そういう問題じゃないっつーの! すぐヘンなことすんのやめて!」



 躾のされていないバカ犬のように股間に顔を突っ込んでフガフガする望莱の頭を掴んで、希咲は必死に抵抗する。



「ちょ……っ⁉ バカっ! やめろ! あたっちゃうから! もうやめて!」


「えー? なにに当たっちゃうんですかー?」


「うっさい! 変態はヤダってゆったじゃん!」


「変態じゃありません! わたし女の子ですから! 女の子同士だから許されるんです!」


「許されるかぁーーっ!」



 我慢の限界を迎えた希咲は力づくで望莱を引き剥がしにかかる。


 身体能力に圧倒的な差があるため、僅かな拮抗すら生まれない。



 しかしみらいさんもただでは転ばない。



 引き剥がされる直前、希咲の腰に強くしがみつく。


 そしてさりげない動作で手を希咲のお尻に回すと、先程確認したパンティラインを指でなぞった。



――Active Skill(特殊)――発動!


――【盲パン:Lv2】――成功!



(これは……っ⁉ 綿パン……っ!)



 みらいさんの特殊スキル【盲パン】はスキルレベル2で使用すると、服の上からでもその下のおぱんつの素材を看破することが出来るのだ。


 それにより、ただ今の七海ちゃんはお部屋用の油断パンツであることを見抜く。



 だが、力勝負にはなんの役にも立たないので、あっさりと引き剥がされるとベッドの上をコロコロ転がる。



「あんたホントいい加減にしなさいよ!」



 プリプリと怒る七海ちゃんのお叱りには答えず、彼女の左肩へと視線を動かした。



 現在の彼女はお部屋モードで髪を下ろしている。


 そして長い後ろ髪は肩のあたりでまとめられており、左肩から前へ垂らしている。


 その髪をまとめているお部屋用シュシュが淡いピンク色であることを確認し、みらいさんは満足げに「むふーっ」と鼻息を漏らした。



「では、話を続けましょう」


「あんたホントむかつくっ」


「先輩の戦闘スタイルはどうでしたか?」


「…………」



 キリッとした顔で問いかける望莱に希咲は一度何かを言い返そうとしたがすぐに諦め、全身にのしかかってきた疲労感を少しでも軽減できないものかと重い溜息にのせて怒りとともに吐き出した。


 彼女には言っても無駄だからである。


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