俺は普通の高校生なので、
雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
序章01 『俺は普通の高校生なので』
俺の名前は
誕生日4月19日。年齢は16歳。性別は男。逮捕・犯罪歴はなし。大きな病気の経験はなく現在疾患中の病もなし。極めて健康体。結婚歴はなし。
座学の成績は同学級内平均値。体力・身体能力においては同年代平均値を上回る。身長178㎝、体重68㎏、靴のサイズは27㎝。
所属は私立美景台学園第二学年Bクラス出席番号――「――すとおおおっぷ! ストップだ弥堂君‼ 一旦ストップしてみよう!」
先日に作成するよう命じられていた自己紹介文を読み上げている途中で制止をかけられ、弥堂 優輝は手元の書類へ落としていた目線を上げる。
黒髪、黒目。
同年代の男子生徒たちに比べると手入れに無頓着な前髪の隙間から、その光沢のない鈍い金属を思わせる黒い瞳を向かいに座る男へ向ける。
その視線を受けるのは、今しがた制止の声をかけてきた男――弥堂の一学年上の先輩であり彼の所属する部活動の責任者でもある
弥堂からの視線を受け取った廻夜は、見る者の殆どに不快感を与える伸ばしっぱなしの長髪を困ったように片手でガシガシと掻く。学校指定のブレザーにはその肥満体が収まりきらず、前留めのボタンを開けっ放しにさせていた。
彼はその膨らんだ腹をぶるんっと揺らして口を開く。
「弥堂君。一体全体なんなんだい? その奇天烈怪奇なモノローグは?」
廻夜は校内であるにも関わらず何故かサングラス ( 校則違反 ) を架けている。
彼はその漆黒のレンズの奥で眼光を鋭くする――のだが、サングラスのレンズが濃すぎて実際には誰にもその中身は見えないため、正確には鋭くした眼光を向けた気分で弥堂へ問いかけた。
「モノローグ……ですか……?」
問われた側の弥堂は困惑したように問い返す。
こちらはこちらで徹頭徹尾、終始において圧倒的無表情なので、その顔は困惑の感情を全く表せてはいない。
常は陰気で口数は少ないが言葉を発する際ははっきりと物を申す。
そんな弥堂の歯切れが悪くなる時は大抵の場合において会話に着いて来られていないケースが多い。だから今回もそうであろうと廻夜は判断した。
廻夜は、ふぅと一つ息を吐き、両の手の平を天井へ向け大仰にやれやれと呟く。
そしてそんな呆れたと言わんばかりの仕草とは裏腹に、どこか楽し気な調子で弥堂に向かって指を3本立ててみせた。
「3日だ。3日前だよ弥堂君。3日前に僕は君に課題を出したよね? その時僕はキミになんて言ったかな? 言ってみたまえよ」
挑戦的ともとれる態度の廻夜の問いかけに対し、弥堂は特に気分を害すこともなく短く「はい」と一つ返事だけを置く。
向かい側から聞こえてくる「……大体結婚歴ってなんだい? そもそも高校生のキミはまだ結婚出来ないだろう……」という愚痴めいた呟きから意識を外し、件の与えられた課題内容へと記憶を巡らせた。
――4月13日月曜日 16時30分頃 場所:部室 人物:廻夜 朝次 出来事:会話
「いいかい? 弥堂君。インパクトだよ、インパクト。第一印象、出だしが重要だ。僕がキミにこれまでに貸してきた小説の主人公たちも、冒頭やあらすじで自分を普通だ平凡だと語りつつもチラチラと普通でない設定を見せつけてくるだろう? あれはね、このお話はこういうジャンルですよってのを明かしつつ、この主人公はこういう奴でこういう活躍をしますよってのをね、もう最初に言っちゃってるわけなんだよ。まぁ待ちたまえよ。言いたいことはわかるとも。物語は最後まで読んでこそ。読む前に全容がわかってしまっては面白くないと、キミはそう言いたいんだろ? わかりますとも。僕も当然そう思うよ。だけどね弥堂君。悲しいことに、現代人には圧倒的に時間が足りないのだよ。世に溢れる無数の作品達。その中からね、自分が読みたいもの、自分に合ったもの――それらを探すためにとりあえず一つ一つ最後まで読むだなんて余裕を我々が持つことはね、国家が許してはくれないのだよ。確かに僕らはまだ学生だけどね? そんな学生の僕らでさえ時間の不足を嘆いているんだ。今でさえこれなのに、やがて社会人ともなればそれはより顕著だよ顕著。だからね弥堂君。出だしでどういう話かが大体わかれば、最後まで読む時間を費やす価値が自分にとってあるのかどうか――その判断をすぐに下すことが出来るのだよ。つまりは効率だよ、効率。そう、キミの大好きな効率だ。いや、わかる。皆まで言うな弥堂君。キミの言う通りだよ。……え? 何も言ってない? まぁまぁ、もうちょっと待ちたまえ。もう少しこの僕に喋らせておくれよ。ええと……そう、そうなんだ。確かに効率はいいがこれでは予定調和の感動しか得られない。未知との出会い。思いもよらぬ感動。それらとの邂逅はこれでは困難なんだ。だけどね弥堂君。この世知辛い現代社会ではね、人は夢なんか見てはいられないんだよ。僕だってそうさ。前人未踏の大勝を夢見るよりもとにかく損をしたくない。自分が時間を無駄にしたと、損をしたと感じたくないんだ。それを踏まえるとね、この冒頭やあらすじでほぼ全てがわかる仕組みはね、僕らに損をさせないんだ。これは中々に画期的な仕組みなんだよ。やっぱり開幕ぶっぱが大正義だってはっきりわかんだよね……。ちょっと読んでみて、それが自分の好みに合って、そして最後まで読んだ人には当然娯楽を提供出来ているし、あーこれはちょっと自分には合わないなって即時撤退をした人にも余計な時間をとらせない。読んだ人だけでなく、読まなかった人にすら損をさせない。優しさ……、そう――これは優しさだよ弥堂君……。この世の中に、万人に対して優しいだなんてそんなものが、一体どれだけ存在するって言うんだい? 何度も言っているけどね、この世はクソゲーだよ。とにかく優しくない。特に僕みたいな者にはね。大体ね……、ん? あれ? これもしかして脱線してないかい? ……してる? そうだね。してるね。盛大に脱線してるよね。えぇと……本題は……、なんだったっけ……? いや待って。 待っておくれよ。まだ僕に喋らせておくれよ……。あ、いや、やっぱりいいや……。何か疲れたよ……。自分でもちょっとどうかと思うくらい喋りすぎたよ……。あぁ、そうだ。思い出した。待って。もう少しだから。このまま最後まで喋らせて。ほら弥堂君。キミさ? 先週の新クラスでの自己紹介で盛大にやらかしたじゃない? もう今のクラスでの一年間は諦めるしかないレベルの。だからね、その失敗を繰り返さないようにさ、クールなモノローグでも作ってばっちりとリベンジをキメようよ。キミって自己主張強いんだか弱いんだかわかんないしさ。だからここらでしっかりと自分ってやつを正確に他人に認識させていけるようにね、ちょっと頑張ってみようよ。もしかしたらワンチャン誤解が解けてクラスに溶け込めるかも……、え? 僕? 僕のクラス? 弥堂君……? どうしてキミはそんな残酷なことを聞くんだい? 僕のことはいいんだよ。ほっといてくれないかな。それよりもね、これは課題にするからね? 部長命令だよ。期日は3日だ。3日後の朝練の時にやってもらうよ。キミの物語のプロローグってやつをね――…………部長? どうかされましたか?」
該当する記憶を掘り起こし先般の廻夜の発言内容を
報告を中断して彼の相貌を窺った。
「お、お……、おぉ……っ?」
廻夜はどん引きしていた。
この部室に居る間はとにかく口数の多い彼にしては珍しいことに、何も言葉が出てこないようだ。
陸に打ち上げられひっくり返ったオットセイのように、仰け反って無様にオゥオゥと鳴いている。
だが、弥堂が言葉を止めて自分を注視していることに気が付くと、廻夜は「うぉほんっ」と一つ大仰に咳ばらいをし、居住まいを正した。
「え? ええぇっとぉ……、んん……? なぁにからツッコんだらいいのかなぁこれぇ……。いや、うん。まずは褒めとこうか。弥堂君。前から思っていたけどキミさ、随分記憶力がいいね」
体裁を繕うように喋り出した廻夜からの称賛に、弥堂は「恐縮です」とだけ短く返す。
ちなみに弥堂の表情はやはり1ミリも動いていない上に、その佇まいには微塵も縮こまった様子はなかった。
「うん。弥堂君、キミさ。それよく口にしているけれど、キミってヤツは恐縮の意味を絶対にわかっていないよね? 全くもって恐れ入ってないよね?」
「はぁ」
「あ、でた……! でたね、いつもの生返事。キミさ、それもよくないよ? 大体ね……、おっと危ない! また脱線するところだったよ。一つ一つ片づけていこうか。まずさ弥堂君。キミね、さっきのえらい長台詞。普段のキミの口数基準で雑に計算すると、一か月分くらい喋ってたんじゃないかって勢いだったけれども。え? 何あれ? もしかして僕が言ったこと一言一句違わずに覚えてるの? いや、ね? 先日僕が何と言ったか言えって言ったのは確かに僕だよ? だけどね、あれはないでしょ? あんだけガーっと言われましてもね? そもそもの元の発言の主であるところのこの僕自身がね、あんなに長い台詞覚えてないよ。覚えてるわけないでしょ。台本に書いて、はいこれ憶えてね?って渡されたとしてもあんなの憶えられないよ。つまりね? あれだけ口上を並べられても、正解か不正解かはこの僕にもわからないんだよ。いや、違う。違うね。そもそもクイズじゃないからね? 課題内容だけ言えばよくないかな? 僕はそういう風に聞いたつもりだったんだけどね……、んん……? いや……、そうだね。確かに課題を出した時に僕が何て言ったか言えと僕は言った。そう言った。それは認めよう。はい、認めた! だからってね? 何も全文持ってくることないだろう? 唐突にそういうビックリ芸かまされるとね? 僕だって困るよ。『言ってみたまえよ――ビシィッ!』とかってね、イキってたじゃん? 僕。 完全にキメ顔だったでしょ? やめてよね、そういう僕殺しは。ていうか弥堂君キミさ。まさかとは思うけれど、他にもああいう僕の発言を長々と覚えてたりしないよね? もしかして好きなの? 僕のこと大好きなのかな? ありがとう。僕もキミのことが大好きだよ。いや……、そうじゃない。この路線はいけない。あ、違うよ? そうじゃないって言っても、好きじゃないって意味じゃないからね? だけどね弥堂君。こんな新学年始まって早々一か月足らずでね、BL路線はまずいよ。おまけに僕はこんな見た目だ。よく肥えたオットセイだ。BLに行ったとしてもこれじゃ特殊な方向に訓練された腐女子以外、誰も喜ばないよ。え……? 何を言っているかわからない? 奇遇だね。僕も今、どこにどうやって着地させるべきか、ちょうど見失っていたところだよ。……いや、待って! まだ大丈夫! まだ僕一人でどうにか回してみせる。もう少し喋らせて……てかさ、弥堂君。さっきの僕の発言内容の再現さ、あれ少し盛ったでしょ? いやね、キミのことを疑うわけじゃあないんだよ? でもさ、あんなに一方的に一人で喋り続ける人いる? 確かに僕はお喋りだよ? だからってね、いくらなんでもあそこまで相手に何も喋らせないで一方的に一人で話し続けたりしないでしょ? ありえないよ…………、うん、ありえないってことはないね。やってる。今まさにやってるわこれ。えぇ……、ショックだなぁ……。僕さ、結構トーク力には自信あったのよ。これじゃMCにはなれないなぁ……。しょうがない。ラジオにいこう。あれなら一人で無限に喋り続けても許されるよね。ところでさ弥堂君。せっかく僕の喋りを再現するならさ、声と抑揚も僕に寄せようよ。台詞自体は僕だけど、あれ完全にキミの声と喋り方だったじゃない。モノマネしろとまでは言わないけどさ、でも僕の発言内容をキミの無表情と棒読み的な抑揚で喋られるとさ、本人としては軽くホラーっていうか……、ん? どうしたんだい? 時計なんて見て……、あ、もしかしていつものかな? あれいっとく? じゃあしょうがない。はい、どうぞっ――」
最後の掛け声と同時に廻夜から両の手の平を差し向けられると、ここまで一方的に言葉を浴びせられ続けていた弥堂は口を開く。
「――時間です」
その言葉からきっかり3秒後。
部室備え付けのスピーカーより、どこの学校でも使われているであろうありふれたチャイム音が鳴った。朝の出欠確認を行うHR――それの開始10分前を知らせる合図だ。
男二人、無言でチャイムが鳴り終わるまで待つ。
暫ししてチャイム音が鳴りやむと廻夜は「うむ」と満足げに頷いた。
「よし、今日の朝練はここまでだ。お疲れさま、弥堂君。部屋の片づけと施錠は僕がしておくから、キミは先に自分の教室へ向かいたまえ。二年生の教室はこの部室棟からは一番遠いからね」
廻夜からの指示を受け、弥堂は「ありがとうございます」と短く礼を述べると、手に持っていた書類を片づけるべく学校指定の通学鞄を開ける。
そのまま無言で作業をする弥堂の背に「手は止めなくていい」という前置きをしてから廻夜は声をかけた。
それはいつも以上に大仰で芝居掛かったような声音だった。
「さて弥堂君。正直出来栄えとしては軍人さんの自己紹介かな?って感じのものではあったけれども。形としては一応、事実としては紛れもなく。確かにここにキミのプロローグは語られた。キミはキミであることを名乗った。時は今日。場所はここサバイバル部の部室。状況は朝練だ」
その言葉を受けながら、弥堂は手を止めるなという指示を忠実に守る。
上級生である廻夜がまだ話している途中ではあるが、荷物を収容し終えた鞄を手に持った。そして、この部屋唯一の出入り口の扉へと向かう。
「高校二年生となったキミの――弥堂 優輝の物語が今、ここから始まったわけだ。さぁ、どんな気分だい?」
問いかけられたことにより、弥堂はドアノブを回そうとしていた手の動作を止め、首だけで廻夜の方へ振り返ると――
「問題ありません」
――と、短くそう答えた。
「そうかい」
そんな弥堂へ苦笑混じりに相槌を打つと、廻夜は唇の端を意識して持ち上げ男くさい笑みを浮かべる。
そして言葉を続けた。
「では弥堂 優輝君、よき学園生活を」
そのありふれた奨励の言葉はどこか祝福のようでいて、どこかへの祈りのようでいて、そしてどこかへと宣戦布告をするようでもあり、様々な色を含んでいたように弥堂には聞こえた。
だが、弥堂はそれにも何も感じた風もなく、再度短く「恐縮です」と礼の言葉を述べる。
それから、今度こそドアノブを握っていた右手を回した。
「ところでさ、弥堂君――」
てっきり話はもう終わったものだと弥堂は判断していたが、次いで今度はいつものような軽薄な口調で放たれた呼び掛けを背に受ける。
扉から一歩、踏み出していた足を止め、振り返らないままで続く言葉を待った。
「――キミさ。前々から聞こうと思っていたんだけれど、記憶力がちょっと尋常じゃないよね? もしかして特殊能力とか持ってない? 完全記憶能力とかそういう感じの」
何か深層に意味を含んでいそうな先ほどの言葉に比べ、今回は実にどうでもいい質問が投げかけられる。
「まさか。俺は――」
弥堂は振り返ることないまま扉を閉める為に後ろ手に持っていたドアノブから手を離す。
そして、部室内の
「――俺は普通の高校生なので」
短くそう否定をし、
物語の始まりを拒絶するかのように、静かにパタリと閉じられた。
序章 『俺は普通の高校生なので』
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