先輩が怖いけど綺麗なので辞められない件について
コオリノ
第1話 中御霊町交番
桜前線真っ只中、うららかな春日和に、俺は遂に、憧れの初勤務となった。
大卒で警察学校に入校してから早六ヶ月。
この日をどれだけ待ち望んだか。
配属先は地元でもある京都府京都市にある、中御霊町にある中御霊交番。
ただ、僕には一つだけ気がかりな事があった。
それはお互いの健闘を祈っての、同期達との飲み会で聞いた話だ。
『お前配属先は?』
『中御霊町にある中御、』
『お前の配属先……霊番かよっ!?』
『えっ?えっ?何?霊番?』
今でも頭をよぎるあの時の会話。
霊番って何?と、あれ以来誰に聞いても答えてはくれなかった。
それどころか皆一様に同情するような目で僕を見るのだ……。
「考え過ぎだよな……初出勤で弱気になってるだけだ……よし」
顔を上げ、陽気な空を見上げる。
気持の良い晴空、心地よく流れ吹く風。
季節はこんなにも歓迎してくれている。
弱気になってるどうする。
「行こう」
意を決し僕は歩みを進めた。
僕の新天地となる、中御霊交番へ。
などと……意気込んでいた時が僕にもありました……。
僕は今、配属された中御霊交番で、机の上に突っ伏すようにして項垂れていた。
その原因は遡る事一時間前。
意気揚々と交番の前にやってきた僕の目の前に飛び込んできたのは……。
キラキラと輝くような新築の交番……などではなく、色褪せ、カビたようなコンクリートの箱。
おまけに名前が明記された看板には、中御霊交番の中と御が消えかかっている。
配属先の部長に尋ねると、イタズラでよくやられるんだとかで、元に戻すのが面倒くさいんだとか……。
なるほど、それで霊番か。
そして極めつけは、部長に紹介された僕の新任担当補佐官である先輩、東雲 要(しののめ かなめ)さんだった。
「君の担当補佐官を務める要君だ、彼女の言う事をしっかり聞いて精進してくれたまえ、じゃ、僕はお茶でも飲んでくるよ。饅頭の頂き物があってね、これが実に美味いんだ」
にこやかに言い残し奥へと引っ込む部長。
それをよそ目に、僕は先程紹介された要という女性に振り返った。
「きょ、今日付で配属になりました!し、信条、」
「信条 隆(しんじょう ゆたか)二十四歳、私より三つ上……大卒か……?」
「えっ?あ、は……い」
「ん?どうした……私の顔に何かついてるか……?」
抑揚のない喋り声。
やる気の微塵も感じられないその声で聞いてくる彼女、要先輩に、俺は思わず息を飲んだ。
サラサラとした艶のある長い黒髪。
人形のように精巧に整った顔立ち、そして切れ長で冷たい美しさをたたえた瞳。
何処か気だるそうにも見えるが美人なのは一目で分かる。
「あ、いえ……その、」
が、一つだけ気になる事は……。
「背……低いんですね。確か規定身長って154せ」
「ふん!」
「ぐふぉっ!」
瞬間、腹に激痛が走った。
体がくの字に折れ曲がる。
よく見ると先輩の頭が僕のボディに突き刺さっている。
「は、腹に頭突きっ……て……」
悶絶し倒れ、遠のく意識の中、僕の名前を慌ただしく呼ぶ部長の声だけが、虚しく所に響いた。
そして今現在に至るというわけだ。
初勤務初日に先輩の、しかも美人の頭突きを食らって気絶するとか……。
凶暴過ぎる。
もしかしてこれが世に聞くパワハラと言うやつか?
こんな事がこれからも続いたりしたら……。
想像するだけで血の気が引いてくる。
「まあまあ、あんまり気にしないでよ信条君。饅頭食べる?」
「結構です……今食べたら確実に吐きます……」
ニコニコと訳の分からない気を使ってくる部長の申し出をやんわりと断った。
「おい後輩、いつまで休んでんだ。巡回行くぞ……着いてこい……」
そう言うと先輩は椅子に掛けていた制服を羽織り、僕を待たずにスタスタと所を出ていってしまった。
誰のせいだと思ってるんだ……。
「ちょ、ちょっと待ってください先輩」
本当にやって行けるのか僕は……。
一松の不安を抱えながらも、僕は急いで立ち上がると、腹を擦りながら所を後にした。
先輩の後に着いて巡回している最中、僕は気になる事があり先輩に尋ねる事にした。
「あの……うち霊番って呼ばれてるじゃないですか?あれって看板のせいですか?それとも他に、」
先を歩いていた先輩の足がピタリと止まった。
こちらに振り返り、長い髪をかきあげる。
ふわりと甘い匂いが僕の鼻先を掠める。
思わずドキリとしていると
「ここはそう言う場所だから……」
「そう言う場所?」
「お前も直ぐに分かる……ま、その時はおまえが辞表叩きつけている時かもな……」
そう言い残し、先輩は再び先を歩き出した。
「ど、どういう意味ですか?」
慌てて先輩に問い返す。
だがその時だ。
「あの子……」
「えっ?」
先輩の声にハッとなる。だがそれは僕に呼び掛けた声ではなかった。
先輩の歩く先に、十歳くらいの女の子が、目に涙を貯めて立ち尽くしていたのだ。
急いで少女の元へ駆け寄る先輩。
僕もその後を追う。
「おい後輩……」
「はい?」
「声掛けろ」
「え?僕がですか?」
「お前以外に誰がいる、私はガキは苦手だ」
「ガキって……お巡りさんがそんな言い方しちゃダメですよ先輩」
「いいからさっさとしろ……がるるっ」
先輩はそう言って白い八重歯を剥き出しながら威嚇してくる。
どっちが子供なんだと思いつつ、僕は少女に声をかけることにした。
「き、君、どうかしたのかな?お兄さんが話聞くよ?」
「普通お巡りさんだろ。それにお兄さん?子供からしたらお前なんかオッサンだオッサン……」
「ぐっ」
オッサンオッサン言うな。
「あ、あのお母さ……お母さんを……」
おどおどとしながら応える少女。
「お母さん?」
どうやら迷子のようだ。
「うん……お母さんが呼んでたからここまで来たのに……どこなのか分からなくなっちゃった……」
「呼んでた?」
「うん……」
少女が泣き疲れた顔で頷き俯く。
「ええと……家の電話番号とか分かるかな?携帯番号とか?」
「う、うん……」
そう言って少女はポケットからカードケースを取り出し見せてくれた。
ケースの中には緊急連絡先と書かれたカードが一枚入っている。
「ちょっと借りるね」
「うん……」
番号をスマホに入力し、連絡先に通話を掛ける。
すると、呼出音が三度ほど耳元で流れた後に、慌てた様子の男性の声が聴こえた。
「あの、私、中御霊署に所属している警察官の信条と言うものですが」
『もしもし!弘子ですか!?弘子の件ですか!?』
「弘子?」
「あっそれ……」
僕の一言に少女が小さく反応を返す。
どうやら少女の名前のようだ。
「あ、あの、はいそうです。今弘子さんがこちらで一人になっているところを保護致してまして、」
『良かった……本当に良かった……妻と買い物に行ってはぐれてしまったと連絡がありまして、今丁度警察の方に連絡んしようと思っていたところなんです』
「そうですか、それは丁度良かった。で……」
俺は現場で保護し両親に引き渡す手筈を整えると、父親との連絡を切った。
「先輩?先輩……?」
俺の声に先輩は見向きもせず、なぜか屈み込み弘子ちゃんの顔を覗き込んだ。
「おいガキ、お母さん、最後にどっちに呼んでた……?」
「せ、先輩またそんな」
「黙ってろ後輩……で、どっち?」
弘子ちゃんは少し怯えながらも、路地にある脇道を指さして見せた。
「あっちだな……行くぞ後輩」
「えっ?何で?ここで待ってれば、」
「いいから来い」
そう言って先輩は弘子ちゃんを連れて路地へと向かおうとする。
「わ、分かりましたからちょっと待ってください」
そう呼び止めた時だった。
「痛っ……」
弘子ちゃんから小さな悲鳴が挙がった。
「大丈夫!?」
駆け寄ると、弘子ちゃんは足元を手で押えている。
足を痛めたのだろうか?
「ほら、背中載って」
僕は屈みこむと、弘子ちゃんを背中に背負う事にした。
そのまま路地へと先に進む先輩の後を追う。
「痛っ……」
首元で、弘子ちゃんの悲痛な声がまたもや聴こえた。
「あれ、どこか他に怪我してるの?」
「う、ううん……」
そう言って弘子ちゃんは首を横に振る。
「着いたぞ……」
「えっ?」
前を向くと、先輩が路地の行き止まりになったブロック塀の前で立ち尽くしていた。
「ここ?行き止まりだし、それに……」
当たりを見渡す。民家に囲まれてはいるが、人が住んでいるような気配はない。
それどころか所々朽ち果てているようにも見える。
「弘……子……」
突如、背後から声が聞こえた。
女性の声だ。
弱々しく、力のない声。
僕が振り向くよりも先に、
「お母さん!」
すぐ後から声が上がった。
弘子ちゃんの声だ。
お母さん?
直ぐに振り向くと同時に、弘子ちゃんが僕の背中から飛び降りた。
少しよろめきそうになりながらも、弘子ちゃんは体制を立て直し立ち上がり駆け出す。
お母さんの元へ。
振り向いた先、そこには白いワンピース姿の女性が立っていた。
長くボサボサの髪。
頬は痩け、全体的に痩せていてかなり線も細い。
「お母さん!」
弘子ちゃんが母親に駆け寄って行く。
痛めた足を引きずるようにしながら。
「あ、あの弘子ちゃんのお母様ですか?」
母親は駆け寄ってきた弘子ちゃんを抱きしめ受け止めると、僕に向かってこくりと頷く。
「ありがとうお巡りさん!」
弘子ちゃんは母親に抱きついたまま、顔だけこちらに向け笑顔で言った。
「ちょっと待て……」
すると今度は僕の背後から声が挙がった。
先輩だ。
先輩は僕の方へと来ると、横に並ぶようにして立ち止まった。
「それ、本当にお前のお母さんか……?」
「え?先輩何を?二人とも了承しているじゃないですか」
「黙れ後輩」
「ぐっ」
なんなんだこの横暴さは……。
やれやれと溜息をついた時だった。
「それ……お母さんじゃないよね?」
「はあ?」
思わず口から声が盛れた。
何を言ってるんださっきから。
だから二人ともそうだとさっきから言っている。
「いや先輩、話聞いてますか?」
再度聞き返すが先輩は僕の言葉に一向に耳をかそうとしない。それどころか二人を睨みつける始末だ。
「お母さんだよ……弘子の、弘子の本当のお母さんだもん!」
すると、弘子ちゃんは声を張り上げるようにして先輩に言い返した。
ん?本当のお母さん?どういう意味だ?
「ひ、弘子ちゃん?本当のお母さんって……?」
「今のは……今のは本当のお母さんなんかじゃないもん!」
「今の……?」
何かがおかしいぞ。
話が噛み合っていない。
いや、僕が噛み合っていないのか……?
「そう……でも……それは母親どころか、人間ですらないよね?」
突き付けるような先輩の言葉。
射すくめるような目で先輩がそう言うと、弘子ちゃんの顔が徐々に青ざめ始めた。
「ち、違うもん!弘子の、弘子のお母さんだもん!」
必死に頭を左右に振り、それを拒否する弘子ちゃん。
「岡島 早苗34歳……」
「だ、誰ですかそれ?」
先輩の声に僕は聞き返す。
急に何を言い出すんだこの人は。
「この空き家で、父親が留守中に娘と一家心中を計った馬鹿な母親だ。娘は助かったが母親の方は搬送先で亡くなった。そうだろ?岡島 早苗」
先輩がそう呼びかけた時だった。
母親、いや……岡島早苗の影が歪に曲がり、僕や先輩を覆うようにして、ズッと大きく伸び、ブロック塀にその影を落とした。
「あっ……ああ、おか、お母……さん!?」
愕然とした顔で上を見上げる弘子ちゃん。
それに釣られるようにして、僕も上を見上げた。
「なっなんだ……これ……?」
呼吸が一気に荒くなり、上手く息ができない。
肌が泡立ち、寒気に全身が襲われる。
目の前の異常な光景。
弘子ちゃんを抱き支える岡島 早苗、その首が、異常な長さに伸びていた。
「弘子……弘子おぉぉぉ!何でまだ生きてるのおぉぉぉ!?」
長い首をもたげるようにして、岡島 早苗は顔を弘子ちゃんに近づける。
「言ってやれ……」
ボソリと先輩が言った。
「せ、先輩……?」
「お前なんかお母さんじゃないって、はっきりと……」
「そ、そんな……」
恐怖と悲しみが入り交じった声で弘子ちゃんは首を振る。
「言え……お前もこうなりたくないなら……言え!」
「!?」
先輩の鬼気迫る声に弘子ちゃんがビクリと肩を震わせた。
「弘子おおおおっ!」
岡島 早苗の顔がグッと弘子ちゃんに迫る。
「ひ、弘子ちゃん!!」
僕がそう叫んだ瞬間、
「お前なんか……お前なんかお母さんじゃないっ!!」
──パチンッ!!
まるで風船が弾け飛ぶような音。
寸前まで迫った岡島早苗の頭が、文字通り風船のように弾け、そのままサラサラと掻き消えていった。
弘子ちゃんはそれを目の当たりにし、目を見開いたままその場に崩れ落ちた。
俺はハッとして弘子ちゃんの側に駆け寄り、寸前で体を抱きささえる。
「あれ……これ……?」
弘子ちゃんの体をまじまじと見た。
「はい……午後13時30分、未成年略取の罪で現認な」
「こんな時に物騒な事言うのやめてください先輩……」
「お巡り……さん?」
弘子ちゃんが目に涙を浮かべながら俺に訴えかけてくる。
「うん、大丈夫……行こう弘子ちゃん」
俺はそれだけを言うと、弘子ちゃんをそのまま抱き抱え、先程弘子ちゃんの御両親が待つ場所へと向かった。
「弘子!?」
「弘子ちゃん!」
先程、弘子ちゃんの御両親と待ち合わせた場所に戻ると、三十代くらいの男女が弘子ちゃんの名前を呼びながら、こちらに駆け寄ってきた。
「ここに来てもお巡りさん達がいなかったのでびっくりしましたよ……でも良かった、ちゃんと保護してくれていたんですね……さあ弘子、帰ろう、こっちへおいで」
父親が弘子ちゃんに向かって両手を広げて見せた。
が、僕は父親と弘子ちゃんの間に入るように立った。
チラリと弘子ちゃんの顔を伺うと、僅かだが唇がワナワナと震えているように見える。
「お巡りさん?」
それを不思議そうに眺める母親。
「弘子ちゃん……どっちだ……?」
「ん……?どうした後輩?」
先輩がキョトンとした顔で口を開く。
「先輩は黙っていてください」
「なっ!後輩~!!」
鬼の形相で僕を睨みつける先輩。
後で土下座して謝ろう。
だが今はそれどころじゃない。
「弘子ちゃん……どっちだ、君を虐めているのは?君はそれが嫌だったから、ここまで逃げてきたんだろ?そして本当のお母さに助けを求めた……違うか?」
「あっ……」
弘子ちゃんの目から大粒の涙が次から次へと溢れ出す。
「なるほどな……」
先輩が何かに納得したように呟いた。
「大丈夫、信じろ。こう見えても、僕はお巡りさんなんだ」
そう言って僕は思いっきり笑顔を浮かべて見せた。
すると、弘子ちゃんは震える指をゆっくりと動かし始めた。
「な、なんだ、どういうつもりだ弘子……?」
指先がピタリと止まる。
弘子ちゃんが指さした先、それは……父親だった。
「署で話を伺ってもよろしいですか?色々と聞きたい事があるので……?」
僕は父親に静かにそう言い放つと思いっきり睨みつけた。
「あ、貴方……どういう事?」
心配そうに母親が呼びかける。
「ふ、ふざけるな!あんた何様のつもりだ!」
父親はそういうや否や、突如激高し僕に掴みかかろうとする。
「許す、やっちまえ後輩!」
先輩の声、それに呼応するように僕の体は咄嗟に動いていた。
「お巡りさんだよクソ野郎!」
伸ばしてきた腕を掴み瞬時に密着させると、僕は父親を思いっきり投げ飛ばした。
「ぐあっ!!」
地面に倒れる父親に馬乗りになると、僕は腕を掴み、再び父親を睨みつけ口を開く。
「公務執行妨害、及び幼児虐待の容疑で、お前を現行逮捕する……覚悟しやがれ……!」
それ以上父親は抵抗せず、その場に項垂れるようにして地面に突っ伏した。
── 一週間後。
「ずずっ……はあ……今日も平和だねえ……」
「部長……午後から会議じゃありませんでしたっけ?」
「信条君は真面目だねえ。いいのいいの、まだ余裕あるから」
「余裕って……知りませんよ遅刻しても……先輩も何か言ってあげてくださいよ」
「ふん……こいつの首が飛ぼうが私の知ったこっちゃない」
「こいつって……私はこれでも君たちの上司なんだがなあ……やれやれ、そこまで言うなら行ってくるよ。二人とも留守の間宜しくね」
部長はそう言い残すと、大きな欠伸を零しながら所を出て行った。
「おい後輩……」
部長が出ていくのを確認し、先輩が僕に振り返る。
「はい?」
「お前……あの時よくあの状況を全部呑み込めたな」
あの時……。
それはおそらく、一週間前のあの弘子ちゃんの一件の事だろう。
あの後、弘子ちゃんの父親は長期に渡る弘子ちゃんへの虐待の罪を認めた。
父親の元奥さん岡島早苗は、度重なる父親の浮気に耐えかね、まだ幼かった弘子ちゃんを道連れに心中を計った。
結果弘子ちゃんだけが助かったのだが、元々母親似だった弘子ちゃんを見て、妻であった岡島早苗の面影を重ねてしまった父親は、気が付くと事件以来、弘子ちゃんに手を上げるようになってしまっていたらしい。
弘子ちゃんはそれに耐えかね、家を飛び出し、記憶を頼りに元住んでいた、岡島早苗が自殺した家の近くまで来ていた。そして、自分を呼ぶ声に導かれるまま、岡島早苗に助けを求めたというわけだ。
だが、残念ながらそれは岡島早苗の声ではなく、死者の声だったというわけだ。
「そりゃあんなの見たら平気でいられませんよ……」
「だろうな……でもお前はあの状況を受け止めて見せた」
「だって……困っている人が目の前にいる……だったら、どんな状況であれ助けるのが警察官の仕事……でしょ?」
「ふん……この交番はな、元々人手不足だったんだ」
「人手不足?」
「ああ、ここに配属なになっても直ぐにやめてしまうからな。一週間もったのはお前が初めてだよ」
「なるほど……確かにあんな体験してたら……はは。でもそれって、光栄に思ってもいいんでしょうかね……?」
「どうだろうな。死に急いでいるとは思うが……だけど……」
「物騒な事言わないでくださいよ……だけど?」
「まっ、お前しぶとそうだしな。案外お前みたいなのが最後まで生き残るのかもな」
「はは……褒められてるのかなそれ。そう言えば、何で先輩はあの時、弘子ちゃんを呼ぶ声に拘ったんですか?まるで初めから違う者に呼ばれてるって分かっていたみたいに……」
「緊急連絡先だよ。あのカードには岡島 弘子と書かれていた。しかもあの母子の心中事件が起こったすぐ近くだ。同姓同名とも考えられるが、偶然にしちゃできすぎだ。もしかしたら……てな」
「なるほど……流石ですね。あの一瞬で過去の事件と擦り合わせていたなんて……」
「ふん、この辺りで起こった事件ならだいたいアタマに叩き込んである……それよりお前、よくあのガキか虐待を受けてるって分かったな?」
「ああ、あの時弘子ちゃん足を痛めていたでしょう?でもそれ以外にも体に痛みを感じていて……それに最後、僕が彼女を抱き支えた時、服の裾から一瞬だったけど内出血の後が見て取れたんです」
「服の中覗いてたのか?やっぱりあの時現行犯で確保しとくべきだったな、この変態……」
先輩が僕を虫けらでも見るかのような視線を送ってくる。
「だから違いますって!僕は幼女よりも先輩みたいな人の方が……あっ……いい、いやこれはそのっ!って……せ、先輩?」
それは、あの時の一件とはまた違った衝撃的な光景だった。
顔を真っ赤に染め上げ、わなわなと唇を震わせた先輩。
その姿が余りにも可愛すぎて……。
「せ、先、」
そこまで言いかけた時だった。
「ぐおっ!?」
ボディに強烈な一撃。
先輩の頭突きが僕の腹に深く突き刺さる。
「へ、変な事口走るな!こ、後輩のくしぇ、くせに!」
先輩噛んだな。
などと思いつつ床に突っ伏し悶絶していると。
「いやあ忘れ物しちゃったよ、はははってええっ!?何?東雲君殺っちゃったの?遂に殺っちゃったのかい!?」
「こ、こりゅしゅて、殺てない!」
二人の喚く声が遠く感じる。
ていうかまた噛んだな先輩。
初勤務から散々な目にあい、そして今も……。
正直辞めてやろうかと自暴自棄になりそうな気もあったが、あんな顔みたら辞められらるわけが無い。
だが、これからもまたこんな事が続くかもしれない。
先輩が怖くて辞めたいけど、綺麗だから……だから辞められない件について、これからも語っていく日があるかもしれない……また、どこかで……。
先輩が怖いけど綺麗なので辞められない件について コオリノ @koorino
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