活気を取り戻せ
「こりゃハイシンか……? カナタの坊主どうなっとるんだ」
「えっと……軽く説明するとこんな感じだぜ――ごにょごにょ」
「……ふむ。かくかくしかじかということか」
突撃とはいえ一応の説明は必要だ。
今回どうしてこのようなことになっているのか、それをカナタが説明するとおっちゃんはなるほどと理解した様子ではあったものの、ハイシンだけでなく王女と聖女まで近くに居る事実に度肝を抜かれている。
「突然すまない。今回、生配信ということで王都の出店を回っているんだ。どこかいいお店はないかと困っていたところ、彼がこの辺りを紹介してくれたんだ。特にここは一押しだと言ってな」
「……カナタが?」
おっちゃんに視線を向けられカナタは頷く。
「ハイシン様とこうして偶然会えたのも奇跡だし、生配信っつうものの質を更に向上させるためにってのも奇跡だった。それで俺はもしかしたらこの下町を活気付けることに繋がるかもしれないって思って……それでここに連れてきたんだ」
「カナタがそんなことを……」
とはいえ、カナタとハイシンは同一人物……カナタは非常にやりずらい。
それでも真実を知っているのはマリアとアルファナ、そしてミラだけなのでボロが出ない限りバレることはないのだが……それでも一人二役を熟すような現状は中々にカナタとしては新鮮で大変だった。
「店主よ。串焼きを一つもらえるか?」
「た、ただいま!!」
おっちゃんはすぐに用意を始め、ハイシンの分を焼いた。
しかし彼……ではなく、これはミラもカナタにも言えることだがこのマスクには開閉機構のようなものは組み込まれておらず、食べようとすればマスクを外すしか方法はない。
「それではカナタ、是非感想を聞かせてほしい」
「分かったぜ」
カナタたちの動向は多くの人が見守っている。
魔力の波長にある程度は勘付くカナタだからこそ、人ではない魔力も薄々感じ取ることが出来てしまいチラッと視線を向けた。
(あれは……)
チラッと見えたのはあまりにも妖艶な女性たちだ。
彼女たちは民に紛れるようにしているものの、明らかに人が放つことの出来ないエロさをむんむんと漂わせている……おそらく、ルシアと同じサキュバスだとカナタには予測できた。
(きっとシュロウザたちは知ってるのかな……というか、サキュバスなのにおっちゃんの串焼きに夢中そうなのが中々シュールだな)
あのサキュバスたちは周りの男には目をくれず、ジュージューと音を立てる肉に夢中らしい。
色んな人たち……魔族が居るんだなと思いつつ、カナタは出来上がった串焼きをおっちゃんから受け取った。
「ほら、出来たぞカナタの坊主」
「おう。ありがとなおっちゃん」
カナタはまず匂いを嗅ぐ……語彙力を失うほどに美味しそうな香りだ。
閉じ込めきれない肉汁が溢れ出るのだけでもずっと眺めていられるほどだが、カナタはパクっと口に含む。
「……うん! 美味い!」
美味いとたった一言口にしただけだ。
それでも全身で美味しさを表すようなカナタのリアクション、それはまるで彼が前世で見ていたテレビリポートを彷彿とさせるもの……もちろんそれを知っているのはカナタしか居ないが、この串焼きが圧倒的なまでに美味しいというのは周りの人やリスナーにも伝わったことだろう。
「私たちもいただいて良いかしら?」
「はい。ご馳走になってみたいです」
「わ、分かりました!」
マリアとアルファナにそう言われ、おっちゃんは慌てたように焼き上がった串焼きを手渡す。
彼女らのような高貴な身分の存在が下町で食事をする光景など安易に見れるものではないため、これまた多くの人たちの視線が彼女たちに集まる。
「……私も食べたいなぁ」
ボソッとハイシンに扮するミラが口走ったが、幸いに誰も聞いてなかった。
もちろんカナタはミラの分も買っておくつもりなので、彼女が食べられないなんていう悲しい思いをさせるつもりはない。
「美味しいわね……!」
「はい……噛んだ瞬間に滲み出るこの肉汁がたまりません」
「……王女様と聖女様が俺の肉を食ってくれるって夢か何かか?」
残念ながら夢じゃないんだよとカナタは微笑んだ。
こうして王女と聖女が美味しいと口にした瞬間、コメント欄も食べてみたいという文字一色に染まっていく。
一本の串に刺さる肉をマリアたちがお上品に食べる中、まだカナタが言葉を続けた。
「おっちゃんの作る肉だけじゃなくて、他の出店の料理も本当に美味しいんだ。俺は平民としてずっとここを利用してきたけど、何度だってここの料理は味わっても飽きることがない……それくらい美味しいんだ」
まるで堂が入ったかのようなカナタの言葉に多くの者たちが耳を傾ける。
ハイシンが傍に居るというのに、この場を支配しているのはカナタだった――もちろんそんなカナタを見たとしても、事情を知らない者からすればやはりハイシンには行き着かない。
「俺はもっともっとここが盛り上がってほしい……いつまでも笑顔でみんなが続けられるように盛り上がってほしいんだ。もし今まで目にしていたお店がなくなっちまったらショックだし」
「……坊主」
「へへっ、特におっちゃんは俺のことをよく見てくれた。おっちゃんと話すときに故郷の家族を思い出すくらい、俺はおっちゃんのことが大好きなんだ、だからもっともっと盛り上がってほしいんだ!」
それはカナタの心からの言葉だった。
おっちゃんはしばらく目をパチパチとした後、まるで何かを隠すように顔を伏せてしまったが、その場に居る全員がおっちゃんのことを優しく見つめるのだった。
今回のハイシンによるゲリラ生配信は成功を収め、多くのリスナーに対して王都の下町を宣伝することが出来たはずだ。
まだまだ結果というか、具体的な成果は先になるとは思われるものの……今まで以上に活気を取り戻したのは言うまでもなかった。
ちなみに、配信画面にカナタは結構出ていたものの……ハイシンやマリア、アルファナのインパクトが強すぎてすぐに忘れられたことに、カナタは少しだけ微妙な気持ちになった。
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