第74話 ナインテール

北限の疾風ノースゲイルのみなさんに、九尾の狐ナインテールの討伐をお願いしたいと思います」


数日後、ギルドに呼び出された俺たち北限の疾風ノースゲイルに、やはり予想通り九尾の狐ナインテール討伐の仕事が回ってきた。


「わかりました。では…」


リーダーのキースさんが、ハンター協会、受付のルーリさんに詳しい条件を聞いている。リーゼは固まって動けない、ということはないものの、やはり動きに精細が欠けている。


今も九尾の狐ナインテールの名前を聞いて、一瞬、ビク、となっていたし。


「リーゼ、大丈夫か?無理ならキースさんたちに話して休んでいてもいいと思うぞ」

「ボクも行く。お母さんの仇…討たなきゃ…」


※※※※※※


九尾の狐ナインテールの足跡を追うのは難しくない。少なくとも、草木の覆い茂っている範囲では。


何せ、あのような通り道が露骨にできるのだから、見逃すのが難しいくらいだ。


しかし九尾の狐ナインテールは頭が良い。だから、不利になるとすぐに逃げる。そうなる前に、一気に追い詰めて倒したいところだ。


そのため、追い払うのは容易でも『狩る』というと、難易度が少々あがるし、工夫も必要になってくる。


九尾の狐ナインテールは、ギフトにより、浮いて移動することができる。炎で上昇気流などを出しているのだろう。


山の火口近くの草木が少ないところに行くと、足跡がなくなり、途端に追跡が困難になるのも厄介なところだ。


「草地の少ない高地に行く前に仕留めよう。そうしないと任務失敗になる可能性がある」


宿の一階にある食堂で開いた作戦会議で、キースさんは、ます、そう切り出した。


「ならば、キースさん、挟み打ちにしますか?」


追いかけ方次第で、逃がす方向は決められる。先回りで高地の森の切れ目で待ち構えて、そちらに追い込むのだ。


「順当な作戦だね。異論はないよ」


キースさんの賛成の返事に、今度はチャドさんがフム、と腕を組んだ。


「二手となると自然と、キース、マリー、俺とシダン、リーゼがバランスよくなるが、役割分担はどうするキース?」

「シダンくんのギフト的には、追いかけるの苦手だよね?」


それは、そう。何せ植物の技能憑依ライカンスロープだからね。俺のギフトの弱点の1つだ。


「そうですね。俺は待ち構える方がいいです」

「トドメ…ボクにやらせてください!」


リーゼと俺は、全く違う言葉で、待ち受け側を希望することを示した。仇だもんな、リーゼはトドメを刺したいだろうな。


挟み打ちとなれば、あとは追い込むルートと、待ち受けポイントの割り出しだけだ。そういう頭脳労働になると、キースさんとチャドさんはほとんど参加しない。もちろん、リーゼは考えるまでもなく不参加だ。


結果として、マリーさんと俺が、地図とにらめっこしながら、唸ることになる。


「こちらは木が多いので、ポイントを絞りやすいのでは?」

「シダンくん、よく森を観察してたわね。確かに木はギフトでもすぐに燃やせないから、余程でなければ、迂回するわね」


この前見た跡は、草ばかり燃やしていて、木を迂回していた。燃やすための労力は、草と木では、かなり違うからなぁ。


「こっちには河があるので、ここも退路を限定しやすそうです」

「となると、こっちかな?目撃されているのはこのあたりだから…こういうルートで…こう追い込むと…」

「すると、待ち受けポイントはここ、ですね?」

「そうね、そこになるわね」


ふう、とマリーさんが地図から顔を上げた。


「シダンくんがうちに来てホントに助かるわ。キースもチャドも、頭脳労働はしないから…」

「あはは…こっちはリーゼが全然してくれません」


俺は3年という準備期間があったので、こういう知識についても、先輩ハンターたちにだいぶしごかれている。


それに、リーゼが苦手ということもあって、デビューした後からは、もっぱらそういう作戦担当だった。が…それは北限の疾風ノースゲイルと、合流した後も変わらなかった。


しかし、マリーさんという先輩に教わりながらではあるが、最近はマリーさんの役にも立てるようになってきた。この経験は、きっと生きてくるだろう。


「じゃあ、作戦を説明するわね」


※※※※※※


この世界には魔法道具マギーツールの時計がある。そのため、こういう離れた作戦の際にも時間で行動を決めることで、連携を取ることができる。


「1200から追い立て開始。予定では1220〜30頃に俺らの待ち構えたところに来る予定だね…リーゼ、待ち受けポイントはここらであってる?」

「うん、ここが待ち受けポイントだね。作戦開始前にポイントに着けて良かったよ」


どっこらしょっと、リーゼは近くの切り株に腰を下ろした。九尾の狐ナインテールが来るまで時間がある。今から緊張しても仕方がないだろう。


九尾の狐ナインテールのギフトには、それなりの射程がある。となると、投石攻撃も必要になってくるかもしれない。そのときに備えて、俺は適度な大きさの石を集め始めた。


そんな風に時間を潰していたら、まもなく作戦開始時間になった。


「シダン、12時になったよ」

「作戦開始か…あ…あそこ」


遠く、こちらから見るとはるか下になる、開始ポイント付近から火が上がった。


九尾の狐ナインテールを、追い立て始めたみたいだね」

「ほんとだ、よくわかる」


森の中を、徐々に火の手が移動していくのがわかる。九尾の狐ナインテール自身も、火事には巻き込まれたくないからだろう。通り道以外は燃やさないようにコントロールしているようだ。


九尾の狐ナインテールのギフト特殊異能スペシャルランクB炎の使い手フレイムマスターは、周囲半径30メートル以内で自在に炎を自在に操るものだ。


自在、というのは、燃やす、燃やさない、火を着ける、着けないを完全にコントロールできる、ということだ。


そのため、通るところだけをキレイに燃やすという芸当も可能になっている。


ギフトを使い、森の中を九尾の狐ナインテールが進むたびに、通ったあとが炎として見えてくる。それを見る限り、予定通りのルートで、キースさんたちは追い込んでいた。


「シダン…もうすぐ来るよ!」

「見えた!」


キースさんたちが追うこと20分。ぽ、と遠くに火の輪が見えて、それが移動しては、火の輪が見えてが、断続的に繰り返される場所が、かなり近づいてきた。


「おーい、シダンくーん!そっちに行ったよ!!」 


かなり遠くから、キースさんの声だけがかすかに聞こえてきた。この感じたと150メートルから200メートル程度には、距離を詰めているかもされない。


そして、ついにこちらへ向かってくる九尾の狐ナインテールを視認できる距離まできた。もう彼我の差は50メートル程しかない。


九尾の狐ナインテール、見えたッ…連続投擲ガトリング!!」


当てるためではなく、進路を変えさせないための攻撃。敢えて、九尾の狐ナインテールの周囲に投げ込んで、別方向へ行かないようにする。


「リーゼ!近づいてきたら、走って距離を詰めて、投擲斧トマホークで叩き斬れ!」

「う…うん」


連続投擲ガトリングで、進路を制限され、真っ直ぐにこちらに来る九尾の狐ナインテールが…今、射程に入った!


「リーゼ!今だっ!」

「あ、う…ああ」


俺がタイミングを見計らって声をかけた。しかし、リーゼは恐怖の表情で、完全に動けなくなっていた。


母親を殺した九尾の狐ナインテールが今、目の前にいる。それだけで、リーゼは身体が金縛りに遇ったように動かなくなってしまった。過去に、目の前で母親を殺されたことが、それだけ心の中で澱みのように凝り固まっているのだろう。


ならば、俺が、代わりにやる。


巨人の鎖鞭フレイル!!」


急いで、若木の根ルート連続投擲ガトリングから巨人の鎖鞭フレイルに組み替える。しかし、九尾の狐ナインテールの方が、一瞬だけ行動が早かった。


巨人の鎖鞭フレイルを振る直前、九尾の狐ナインテールの目が、怪しく光る。


すると、九尾の狐ナインテールの周囲にある草木が、一斉に燃え上がった。燃え上がった火は、周りに延焼して一気に森へと広がっていく。


俺は、攻撃を中止して、リーゼを若木の根ルートで庇いながら、効果範囲から引っ張り出す。


「火…火だよ…火…お母さん…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

「リーゼ、やつの効果範囲からは逃げたぞ…落ち着け」


向こうから微かに、キースさんの「下がれ!火事に巻き込まれるぞ!」という声が聞こえてきた。


なるほど、九尾の狐ナインテールは、範囲を超えて森を延焼させる方法を選んだようだ。そうすれば、簡単には追い詰められなくなるからな。


「こっちは、森が開けてるから…助かった」


キースさんたち、無事に逃げられれば良いけど…。

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