第80話 英雄はハーレムを作る

目を覚ますと小さな部屋にいた。


ここは、この半年間、ずっと泊まっていた宿で、俺が借りていた部屋だ。上半身を起こすと、身体のバランスがおかしいことに気がつく。


布団をめくってみると、両膝から下がなくなっていて、グルグルと包帯が巻かれている。それで、あのときの痛みとともに、全ての顛末を思い出した。


「あーそういえば、そうだったな…」


鶏体蛇尾コカトリスを狩ることに成功した。


階級6と5と事務員とで、だ。誰も死なずに狩ることができたのは、はっきり言って奇跡だった。あの場にいたのが、うまく連携が噛み合うリーゼとロゼッタと俺の3人だったからこそ、うまくいったのだ。


むしろ、あの戦力差で、犠牲が俺の脚だけで済んだのは、ラッキーと言っても差し支えないレベルだ。


俺が、鶏体蛇尾コカトリスの狩りのことを、ぼんやりと思い出していると、ダダダダダダ、とこの部屋に走ってくる足跡が聞こえた。


「物音がした!シダン!?もしかして起きたの!?」

「おう、リーゼ、無事だったか?」


そう声をかけると、リーゼは目いっぱいに涙を溜めながら、俺に飛びついきた。そして、俺が生きていることをその身で確かめるように、俺の胸に何度も顔を擦りつけてきた。


「無事も何もないよ!ばかばかばか…シダンは2週間も寝てたんだよ!ものすごく心配したんだからな!だいたい何であのとき、ボクを庇ったのさ!」

「うーん。あのときは、それしか対処法が思いつかなかったんだよ…だから咄嗟に、動いちまったよ」

「そのせいでさ、シダンの脚がさ…ハンターとしてどうするのさ!?ボクとのパーティーはどうなるの!?群れのリーダーなんでしょ!!」


頭を何度もかく。参ったな。泣きじゃくるリーゼに対して、何て言えばいいのかわからない。前世と今世合わせて30年生きても、慰めの言葉1つ思い浮かばなかった。


「それは、わりぃ…ハンターとしては当面無理だ…が、いつか治すよ…ハンター協会に頼んでみるさ。それに若木の根ルートを使えば、自力での移動くらいは、どうにかなるからさ、そんな凹むことでもないよ」

「うん…」


リーゼの視線が、包帯で包まれて明らかに足りなくなっている俺の脚に向かうと、また途端に涙が溢れてしまった。


ポタポタ、と垂れる涙が俺の脚を濡らす。


俺はリーゼの涙を指で掬って、そして頭をポンポン、と軽く撫でた。


「な?だから気にするなって?ちょっとの間、ちょっとだけ不自由なだけだよ」

「わかったよぉ」


脚がなくなったことは、ショックではあるが、落ち込んでも仕方ない。


もともと俺は1度死んだところから始まってる人生なのだから、生きてるだけでラッキーだと俺はいつも思っている。


それに、まだ命はあるんだ。だいたい、この世界には治療系統魔法キュアブランチングマギーというものがあり、上位の魔法なら、部位再生だってできる。


ギフトの影響で、俺の寿命は長いみたいだし、金とコネを使えば、そのうち魔法で脚を治すことだってできるだろう。


しかしリーゼは…あれだな、何か俺に贖罪をしないと納得いかないんだろうなぁ。気にするなとは言ったものの、耳が垂れ下がって、ペタン、となっている。相当に凹んでいるのが、目で見てわかってしまう。


「シダン…」

「ん?何?」

「ボク…シダンに何かおいしいもの持ってくる。シダンが産まれて初めて食べるような、すっごく美味しいものを持ってくる…。シダンおいしいもの好きでしょ!せめて、そんくらいしないとやっぱり、ボクの気持ちが収まらないよ」

「…ま…まぁそれでリーゼの気持ちが収まるなら」


俺が、リーゼの言葉にそう返事をすると、ガチャ、と扉の開く音がした。


「それなら、リーゼ。私もついて行くよ」


部屋に入ってきたのは、ロゼッタだった。ロゼッタは、いつもの端正な顔…ではなかった。キレイな顔には隈が見えるし、目の端には涙のあとが幾条もあった。


「リーゼが落ち込む必要はないと思う。ちゃんと最後を決めていた。私は息切れして、魔法を途切れさせちゃったもん」

「ロゼッタ…」

「それにリーゼにシーくんを好きな気持ちでは負けられないもん。だからついていく」

「え?でもリーゼ、事務員の仕事はどうするの?」

「もう辞めた」

「「えええ!?」」


リーゼと俺の声がハモった。いやいやいやいや「事務員はどうする?」「辞めた?」…って、何の話だ?おいしいものを持ってくるって、ロクフケイあたりで何か買ってきてくれるとかじゃないのか?


「あんなバカみたいなハンターの相手をさせられるなんて、もう勘弁してほしいから…ハンターとしてやっていくもん!」


確かに事務員も、ハンターの資格を取らされることは多い。特にギフト持ちは、様々な国に行くのに都合がいいので、階級3半人前まで取らされるのだ。もちろんハンターとしての給料も出るので取ればメリットがたくさんある。


…………いやいや、そういう話じゃなくて、もしかしてそのために2人で遠くに行こうとしてる!?


「私も、もともと研修で階級3までは取っていたけど、この前の鶏体蛇尾コカトリスの狩りをしたときの功績で階級4になったの」

「ま、いいよ。鶏体蛇尾コカトリスと戦ったときに、ロゼッタの有能さは身を持って知ったからね。ボクとしても、変なやつよりもロゼッタの方が信用できるし」


いつの間にか、ロゼッタとリーゼの間に絆ができていたようだ。死線を乗り越えたことで関係性も変化したのだろう。


「じゃあ、シーくん、しばらく留守にするけど、これ以上、女の子を増やさないでね」

「ホントホント。シダンはその場で呼吸しているだけで、関係する女の子増えていくから、ボクたち気が気じゃないよ」


なんでいつのまにか、2人の息がぴったりなの?仲良くなりすぎじゃない?というか、しばらく留守ってやっぱり旅に出ようとしてるの?どういうことなの?


「「だから旅に出る前に…」」


2人が揃って俺を見つめてきた。



「ボクをシダンの恋人にしてほしいんだ」

「私をシーくんの恋人にしてほしいの」



真剣そのものの、そして唐突な、2人の言葉に、俺は面食らって、目を見開いて、固まることしかできなかった。


2人で旅に出るかと思ってあせっていたら、今度は2人に告白された??


今のは告白だよね?しかも2人同時って、どっかの5番目のRPGじゃないんだから、教会でセーブしてやり直しもできないのに…。あれ、最新機種だと3人なんだっけ?いや、そんな話じゃなくて。


今、言われて、いきなり選べる訳ないじゃん!まだ、ずっと先の話だと思ってたから…。


「参ったな…2人が大事なのは、間違いないんだけど…今は、まだ、そこまでの話は考えていなかったよ」


なんと答えればいいかわからなかった俺は、正直な気持ちをまず伝えることにした。


「いまのいまで、どちらか一方を選ぶと言うことは、2人に優劣付けちゃうってことじゃん?そんなのは無理だよ。だから選ぶのに、時間がかなり欲しい。その…勇気を出して言ってくれたのにゴメン」


俺のしどろもどろとした答えを聞くと、違うと、ロゼッタが首を振った。


「2人に優劣は付けなくていい」

「は?」


今度こそ、頭が真っ白になる。


「私、リーゼと話したけど、シーくんへの気持ちの強さ…感じたの…」

「ロゼットもすごいじゃん。事務をやりながら、釣り合うようにギフト磨いて、待ち続けたんだもん」

「そう、だからシーくん、


2人?恋人が2人?ちょっとわけがわかりません。


「ロゼッタとボク、平等に2人を恋人として扱って欲しい」

「シーくんがどっちかを選ぶなんて、いつまで経っても出来ないだろうから、だったらいっそ2人一緒に、リーゼと話して決めたの」


それって、要するにハーレム…。


「シーくん…あとリーゼから聞いたんだけど…」

「う、うん」

「アンさんと、ルカさんにも、不誠実なのはダメだからね。キチンと責任を取るなり、振るなりの決着をつけること。私の恋人が女の子にひどい仕打ちをしたまんまなのはイヤだから…」


俺の頭はさらなる、空転を始めた。責任を取る?責任を取るということは…?つまりはどういうことだってばよ?あまりにもフリーズし過ぎたのか、今度はリーゼが口を開いた。


「シダン、ライムちゃんの話をロゼッタにしたんだ」

「ライムちゃんの?」

「うん。ほら、ルカさんとアンも、ボクと同じ気持ちを持ってるって話しをしていたよね。そんな風にシダンが中途半端な気持ちにさせているのは、正直言って可哀想だと思う」


う、うん。特にアンについては、その…俺が悪いことをしてしまった気がする。


「ま、シダンはモテるし、階級7のハンターともなれば奥さんが何人もいるのは珍しくないし…狼人族は、もともと強い男が何人も奥さん持つのは抵抗ないし」 


あっけらかんに言うリーゼ。ん?階級7?もしかして寝ている間に、また俺、上がったのか…。


一方でロゼッタは真剣な顔で、俺に半ば諭すような、半ば諦めたような口調で話してきた。


「シーくん、だから今そう言ってるの…。もしシーくんが受け入れるって言って、アンさんと、ルカさんもいいって言うなら…いいよ。私は受け入れる。ただ『これ以上は増やさないでね』ってこと」


えーと、それはその2人の話を総合するに、4人のハーレムならいいよ、ということなの?


『ハンター協会のルール的にも階級5から、2人まで持つの許されてるよ。そこから階級ごとに1人づつ…』


不意に、キースさんの、そんな言葉が脳裏に蘇ってきた。階級5で2人、1人づつ増えるなら6で3人、7なら4人…ね…。


何はともあれ、この2人の圧に対して、俺は頷く以外の選択肢が取れるはずもない。ガクガクと頭を縦に振った。


「シーくん、あと私たちの告白への返事は?」

「はい…あの…2人ともこれからもよろしくお願いします…というか、さっきから旅に出るっぽい話をしているけど、どういうこと?」

「あのね、シーくん、悪いけど、ロクフケイあたりで美味しいもん買ってきて、はい、おしまいじゃ私はそうだけど、リーゼも納得しないよ」


リーゼがうんうん、と頷いた。


「ボクの贖罪の気持ちをきっちり受け取って欲しいから…ちゃんと、させて、ね?」


ロゼッタもリーゼも頑固なところあるからな。こうと、決めたらテコでも動かないだろう。


「わ、わかった…わかったよ。2人は、そうすると決めて、曲げるような娘じゃあないよね」

「うん。シーくん、待っててね」

「ボクとロゼッタで、すっごいもん持って帰ってくるからね…重ねて言うけど『もう恋人増やすの禁止』だからね。4人で我慢してね」

「アッハイ」


あーなんか、めっちゃ、俺、尻に敷かれているじゃん。地球のファンタジー作品でも、ハーレムものってちょくちょく見かけるけど、現実でこういう状況になるとさ、尻に敷かれるに決まってるよね。


男が亭主関白で、女の子がキャーキャー言いながらしおらしくついてきて……なーんて、絶対にありえない。男1人に対して、女が複数というのは圧倒的な戦力差なんだよ。自分がその立場になって、よくわかった。


それにしても、この2人にすら圧倒されていたのに、それが4人…今の倍。もはや、勝てる気がしないんですけれど………ま、いっか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る