第79話 コカトリス戦・後

「まずいな…ジリ貧だな…」


何度か鶏体蛇尾コカトリスから、リーゼへの攻撃を、障壁ウォールで守りながらも、俺も攻撃をしかけてはいる。


障壁ウォール要塞フォートレスと比べると少ない本数で使えるため、2箇所同時が可能だ。しかし、全方位を覆えない障壁ウォールでの防御だと、その後の動きが制限されてしまう。


つまり、呪いの吐息カースブレスの余波から逃れるために、一旦下がらなくてはいけないのだ。そこをカバーするため、適宜攻撃をしかけているが、俺もカバーに防御にと、やることが多くて、いっぱいいっぱいだ。


リーゼの攻めも、このような状況のために頻度が減り、現状では鶏体蛇尾コカトリスを攻めきることが、できていない。


それどころか、こっちはロゼッタの魔法も切れて、徐々に追い詰められている。


「攻め手がなぁ…ボクが不甲斐ないのがいけないんだけど」


鶏体蛇尾コカトリスの突進を避けて、こちらに一旦、避難してきたリーゼが自虐気味に愚痴った。


「リーゼは、充分やっていると私は思うよ」


ロゼッタがリーゼから目線を逸らして言った。覗き見ると、ロゼッタの顔は少し赤くしなっていた。


「…ロゼッタ、ありがとね」

「お礼を言われるようなことじゃないけど…」


この死闘の中、2人が少しづつ距離を縮めていることだけは、進展事項かな。


さて、いま、明らかにこっちは攻め手が欠けている。1番の攻め手であるリーゼも、手持ちの斧が堅い羽根に弾かれて、ほとんど効果がないのがキツい。


「ボクの投擲斧トマホークは、全部ダメになっちゃったしなぁ、ちょっとばっかし参ったよ」


リーゼが持っていた斧は、鶏体蛇尾コカトリスの羽の硬さのせいで、ボロボロになって、使いものにならなくなっている。


そのため、先程から、リーゼは最後の手段である、徒手空拳で、鶏体蛇尾コカトリスを攻撃していた。


脚での踏みつけも、嘴も、蛇の噛みつきも、全てが致死の一撃だ。それを全て避けながら、鶏体蛇尾コカトリスを殴りつけるほどの距離を保っているいるわけだ。


リーゼの体術は、少し前と比べると明らかにレベルがあがっている。ここ半年の狩りで、この動きを披露するほどの接戦がなかったため、知らなかったが、カナチヨ滞在時に、相当な訓練をしたことが伺える。


「ずっと特訓していた必殺技があって、当てられればダメージを出せるとは思うんだけど…まだバリエーションがなくて、スキも大きいから…」


そうリーゼには、強力な決め手となる火力を出す手段……殺人鬼マーダーのときに不発で脚を痛めたやつだろう……があるはずだ。リザ村に来てからも、ずっと隠れて練習していたのを知っている。


「威力はあるが、スキが大きい、と」

「そうなんだ。スキはあるし、予備動作テレフォンも大きいから見てから避けられちゃうことも考えられるし…うーん」


リーゼの必殺技を決めるためには、鶏体蛇尾コカトリスの動きを止めなくてはいけない、というわけか。


しかし、鶏体蛇尾コカトリスの動きを完全に封じ込めるための巨人の抱擁ギガントホールドを決めるのには、さらに一瞬だけでも足止めができる牽制火力が欲しい。


「つまりは、巨人の抱擁ギガントホールドで完全に動けなくする必要があるのか?」

「そう!でも、巨人の抱擁ギガントホールドを決めるためには、さらに牽制火力が必要でしょ?」

「まぁね…」


俺のギフトの最大の弱点は、スピードだ。だから鶏体蛇尾コカトリスのようにカンがいいモンスターは、巨人の抱擁ギガントホールドに、そう簡単にはかかってくれない。


「牽制火力にも、練習していたから、当てはあるんだけど…避けるのは少し難しくなるから、カバーを任せていい?」


さっきよりもさらに忙しくなるのか。だが適正階級8という怪物との戦いだ。無理をいくつも通さないと勝ち目などないだろう。


「カバーしつつ捕獲のチャンスを狙えと…それはそれで無茶振りだが、それくらいは何とかしよう」

「任せた!」


リーゼが俺の答えにそう返事しながら、勢いよく鶏体蛇尾コカトリスに向かっていった。直後、勢いよく前のめりに転んだ!?え?


…と思ったら、両手をついて、逆立ち状態で、横回転しながら、鶏体蛇尾コカトリスの脚に、蹴りを連続で叩きつけた。


二斧流ダブルアクスッ!」

(いやいや、これ、カポエイラじゃん!!)


カポエイラは、ブラジルの蹴り主体の格闘技だ。もともとは、奴隷が両手を繋がれている状態でも戦えるように編み出されたらしく、変則的な角度からの多彩な蹴りは、捌くのが難しい…らしい。


コカトリスですら、その蹴りには、惑わされたようだ。転ぶような動きから、攻撃がこないと騙されたのだろう。


「ギャギャギャ!」


鶏体蛇尾コカトリスが、リーゼの蹴り攻撃を明らかに嫌がっているようなけたたましい、鳴き声を上げた。


リーゼの攻撃が、鶏体蛇尾コカトリスに効いているのを見て、俺は1年近く前のことをふと思い出した。


それは、リーゼと受けた初依頼。変異種同族喰らいカルニバルを狩った後の話だ。リーゼが自らの不甲斐なさに落ち込んでいたとき、俺はリーゼの種族特性とギフトの噛み合わせについて、思っていたことを話したことがある。


「リーゼが持つギフトの、筋力向上と敏捷力向上は、どちらも脚の筋力が向上する。これをうまく使いこなし破壊力を脚に集中させた技を編み出せば、手とは比較にならない威力になるのでは?」


そう、リーゼは殴りではなくを主体にするべきギフトを授かっているのだ。


リーゼは最初その話を聞いたとき、キョトンとしていた。が、俺の指摘以来、リーゼは蹴りに関する訓練を、陰で、愚直に、続けていたようだ。このカポエイラ…じゃなくって二斧流ダブルアクスは、その成果の1つらしい。


リーゼは、さらに蹴りながら、その反作用で器用に移動して、避けるのと攻撃を同時に行っている。鶏体蛇尾コカトリスは、リーゼを全く捉えられないようだ。


「ギャギャーー!!」


いらつきが限界に達したのか、鶏体蛇尾コカトリスがついに怒りのような咆哮を上げだした。やはり、先程から嫌がっていたのを見るに、リーゼの蹴りが、かなり効いてるようだ。刃物よりも、打撃の方が効きやすいのだろうか?


堅い羽根が絡み合って、鎖鎧チェーンメイルのように、刃物を阻むのに特化した効果を持っていたのかもしれない。


刃物には鎖鎧チェーンメイルが有効で、鎖鎧チェーンメイルには鈍器が有効だ。そう考えると、リーゼの蹴りは、いま俺たちが出せる1番威力の高い鈍器だから、最も効果的な攻撃とも言える。


「シーくん!リーゼ!呪いの吐息カースブレス、3秒後!2…1」

障壁ウォール✕2!」


俺らと、リーゼの前に、若木の根ルートによる障壁を出す。全体を覆えないので、リーゼはすぐに後ろに下がる必要がある。


リーゼの動きが、制限されていることに気がついてしまった鶏体蛇尾コカトリス踏みつけフットスタンプをしつこく何度も見舞ってきた。丸太より太い脚が連続で地面を叩くように、連続で追っかけてくるがリーゼには当たらない。


「あぶなっ、ちょ、こわっ、いっ」


リーゼは、逆立ちしているというのに、器用にも、手を足のように使ったり、攻撃してきた鶏体蛇尾コカトリスの脚を蹴り返して移動しながら、避けているのだ。


呪いの吐息カースブレス!!3秒後!2…1」

障壁ウォール✕2」


一進一退の攻防だ。しかし、鶏体蛇尾コカトリス呪いの吐息カースブレスの頻度が上がってきているような気もする。


「もしかして、鶏体蛇尾コカトリスも、こちらがなかなか倒れなくて、いらついているのかもな」

「シーくん、それって追い詰めてはいるってことだよね」

「まー、そうなるかな」


ゴク。ロゼッタが唾を飲み込む音がした。


「シーくん、あと1回は完全障壁パーフェクトウォールを使える。使うタイミングはシーくんが決めて。それで出来たスキで巨人の抱擁ギガントホールドをキメちゃってくれる?」

「…俺への期待値高すぎじゃない…」

「でも、いけるよね?」

「なんとかするよ」


さらに、負担増か。もう、何でも来やがれ!どうにかしてやる!


さて、スキを突くなら、当然だが動きの大きい攻撃をさせて、それを防ぐのがいいな。鶏体蛇尾コカトリスの動きを見ている限り、飛翔能力は高くなさそうなので、飛び上がってからの攻撃なんかは、隙が大きくできそうだ。


巨人の双腕ギガントアームズ!」


2つの樹の腕で、鶏体蛇尾コカトリスの脚を狙う。鶏体蛇尾コカトリスは、羽根の生えていない脚を狙われるのが、あまり好きではないようだ。


鞭のようにしなる地下茎で、脚を狙えば、そのうち嫌がって上空に逃げ出すだろう。


鶏体蛇尾コカトリスも何とか避けようとしているようだ。しかし、俺の攻撃が時折当たると、表情のないモンスターであっても、リーゼの蹴りで溜まっていたイライラが、さらに積もってきたのが見てわかる。


「羽に違和感…飛び上がって攻撃してくるよ!」

「飛び上がったあとには…どこかで降りてくる。そのとき、重量に任せたような攻撃を仕掛けてきたら合わせて!ロゼッタ、魔法を使ってくれっ!」

「おっけー!」


飛び上がった鶏体蛇尾コカトリスは、一瞬だけ、滞空すると、すぐに、リーゼを狙い、急降下を仕掛けてきた。


「今だっ!完全障壁パーフェクトウォール!」


ズドンと、完全障壁パーフェクトウォール鶏体蛇尾コカトリスの両足がぶつかる。ロゼッタの魔法のタイミングは完璧だった。


鶏体蛇尾コカトリスの、重量に任せた攻撃の勢いが、ちょうどなくなるまで、攻撃を防ぎきる。


勢いが完全に殺され、そして次の動作に移るのその瞬間、鶏体蛇尾コカトリスは、スキだらけになった。


「今だ…巨人の抱擁ギガントホールド!!!」


20本を束ねた地下茎が鞭のように振るわれ、コカトリスを撃つ。ひるんだ鶏体蛇尾コカトリスに束になった地下茎が巻き付く。地下茎は、嘴にも、きっちりと巻き付いていた。


もし呪いの吐息カースブレスを吐こうてしても、こうもばっちり嘴が塞がれていては、吐くことができないだろう。


抑えている最中に呪いの吐息カースブレス吐かれたら、仕切り直しになってしまうからな、嘴の捕獲は絶対だ。


「行くよ!!」


俺の若木の根ルートによる捕獲を確認した、リーゼが攻撃態勢に入った。2、3歩助走をつけて、飛び上がろうとしているのか、脚を曲げたその時…。


「ギギギ…ヮギャアッッッッ!!」


バキ、と大きな何かが折れる音がすると、抑えつけていたはずの、鶏体蛇尾コカトリスの頭が動き出してしまった。


何と、鶏体蛇尾コカトリスが、首を捻りながら、自らの嘴を折り切ってきたのだ。巨人の抱擁ギガントホールドは嘴を掴んでいた。だから、嘴が折れてしまえば、頭と口だけではあるが、拘束から逃れることになってしまう。


「やべぇ!」


鶏体蛇尾コカトリスは、自由になった頭と折れた嘴から、リーゼに向かって呪いの吐息カースブレスを吐き出した。


リーゼはいま、飛び上がった瞬間だ。束縛している地下茎を外しての防御は、もう間に合わない。ロゼッタの魔法による防御は打ち止めだ。


となると…。


俺は、急ぎ、前に走り出て、飛びかかるようにして空中のリーゼを突き飛ばした。俺自身も、うまく避けたつもりだったが、若木の根ルートを伸ばしながら走ってきたので、勢いが足りなかったらしい。


俺の膝から下に呪いの吐息カースブレスがかかってしまう。


「クソッ!油断したってッッッ!?」


無防備な姿勢を曝け出したのを鶏体蛇尾コカトリスは、見逃してなどくれなかった。呪いの吐息カースブレスで脚が石になった俺に、追撃とばかりに体当たりをしかけてきたのだ。


走るときに若木の根ルートを伸ばしたせいで、捕縛に緩みが出てしまったようだ。吹き飛ばされながら見た、鶏体蛇尾コカトリスの折れた嘴に、笑みが浮かんだようにも見えた。


鶏体蛇尾コカトリスの攻撃は、体当たりだけでは終わらなかった。勢いよく、突き飛ばされ、地面に転んだ俺の石になった脚に、これまで感じたことのないような激痛が走ったのだ。


「グアァッッ!!!?」


あまりの激痛に耐えられず、思わず叫び声を上げてしまう。痛みのあまり、明滅するような視界の中、自分の脚を見ると…鶏体蛇尾コカトリスに踏み潰されていたのだ。


完膚なきまでに、潰れ、千切れ、砕かれている。これは祝福の若葉ブレスでも治らないだろうな、などと、頭だけは妙に冷静に、被害状況の判断をしていた。


「シダンッッッ!!」

「シーくんッッッ!!」


ロゼッタとリーゼが悲鳴を上げた。それより、脚が千切れたから、巨人の抱擁ギガントホールドまでが完全に解けちまった。だが……。


俺が睨みつけるように見上げると、鶏体蛇音コカトリスは、既に俺を見ていなかった。


鶏体蛇尾コカトリスとしては、俺は倒した相手、戦闘を続けられない状態になったと判断したのだろう。俺からは、完全に意識が外れ、鶏体蛇尾コカトリスの視線は、リーゼとロゼッタに向いていた。


馬鹿め、俺はまだ生きているし、戦える。次は呪いの吐息カースブレスを吐けないように、頭を明後日の方向に固定してやるからな


「クソ鶏頭野郎め、今度はてめぇが油断しやがったなッ!もう1回ッ!巨人の抱擁ギガントホールドを喰らいやがれッ!!!」


俺が叫ぶと、足の裏ではなく、潰された膝辺りから地下茎が伸びて、巨人の腕を形成した。


そして、樹で出来た巨人の腕は、まるで巨大な蛇が巻き付くように、俺を倒していい気になっていた?鶏体蛇尾コカトリスを再度、捕らえることに成功する。


今度は、頭そのものを、後ろ向きに束縛している。だから、呪いの吐息カースブレスが吐けたとしても、明後日に向かってしか吐けまい。


「リーゼェェ今だァァァ!!」

「絶対に決めてみせるッ!」


リーゼは数歩加速すると、再び飛び上がった。5メートルはある鶏体蛇尾コカトリスの頭の上より高く上がりながら、さらに右脚を自分の頭より上げる。


魔法道具マギーツール発動…鋼鉄化フレッシュトゥスチール


そして、頭上より高く、そして、鋼鉄化した巨大な斧のような右脚を、そのまま鶏体蛇尾コカトリスの、後ろ向きのドタマに振り下ろした。



脚の大斧グレートアクス!!!」



瞬間。ドゥオン、と、踵落としを入れたとは思えない、打撃音というよりは、破裂音があたりに響き渡った。


音に遅れて、爆風のように血が飛び散って、視界が赤く染まる。それより数秒、遅れて、血の雨があたり一帯に降り注ぐ。そして、さらに数秒経ち、ようやく血の雨が晴れてきた。


すると、そこにいたのは…いや、頭だけではなく、胴体含むの身体のド真ん中に大穴が空いた鶏体蛇尾コカトリスの死体…というよりもはや殘骸だった。


羽と脚しか残っていない状態だ。これで生きているかどうか、確認するまでもない。


「筋力向上と敏捷力向上の脚技による融合…ここまでの威力か…」


考えるまでもない、とんでもない破壊力だった。リーゼは、破壊力という面において、ハンターとして飛躍的に大きな壁を超えたのだろう。


「お陰で…勝ったか…」


そう口にした直後に、俺は気が抜けて、ついに気を失った。

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