第33話 『10食目:ヤギミルクのマーガパン』

こうしてリーゼを軽くあしらったのだが、これについて運動場で様子をじっと見ていたほかのハンターたちが、ひどくうるさかった。


「あーあ大人気ねぇな」「手加減してやれよ」「女の子泣かせた〜」


「おい!いまふざけたこと言ったやつ、もうどんなに怪我で苦しんでいても治さねーからなー!!!」


俺が怒鳴ると、囃し立てていたハンターどもは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。逃げ足の早い奴らめ。


「はー。周りのハンター的には、ボクが負けるのはわかっていたことなんだね」

「あんなやつらのヤジなんか気にするな…あいつらは俺をからかいたいだけだからな」 


もちろん、俺が負けるとも思っていなかったのだろう。普段から階級5腕利き階級6一流と訓練しているのだ。それを知っていれば、いくらフィジカルお化けでも、経験値は俺に遥かに劣るわけで、結果も納得というところなのだろう。


「ランクAのギフトなんてずるい!」

「知るか。別にズルして取ったんじゃなくて、産まれて気づいたら持ってたんだつーの」

「くやしいいいい……でも、わかった。もう仕方ない」


そう言ってから、リーゼが俺の横に近づいてきた。視線は、かなり見上げる感じなので、やはりかなり小柄なようだ。俺の身長がいま160センチメートルほどだから、目線の感じからリーゼは150もないだろう。


「『もう仕方ない』??何の話だ???」

「シダンだっけ?」

「ん?ああ」


すると、リーゼは、ガシ、と俺の右腕に、自分の両腕で、挟み込む様に抱きついてきたのだ。


あれ〜?なんかすっごく右腕が、なんか、こう、すっごいボリュームの柔らかい2つの山に、ギュッと挟まれる幸せな感触がッッッッ!!!


こ…ここここ、こいつ!唐突になんて、恐ろしいことを!!平常心だ!平常心!平常心!平常心!平常心!平常心!平常心!!!


動揺を表に出さないように、何が目的か、リーゼを問いただそうとする。と、リーゼはなぜか顔を赤くして、上目遣いでこちらを見てきた。


「さあ、ボクをお嫁さんにして」

「はぁ?なんだって?」

「決闘で勝ったんだ。ボクはキミに従う。だからお嫁さんにして!」

「ちょ…ちょっと意味がわかりませんので、お断りします」


俺は、話についていけず混乱した結果、不思議な丁寧語で拒否した。


「えーお願い!結婚して!!」

「駄目です」

「なんでー!!」


なんではこっちのセリフだ!こいつ、マジで話が通じねぇぞ。


…話が通じない相手への対処は2つ。無視か、全力逃走、これに限る。さっきは無視したから、今回は…全力逃走だ!俺はリーゼからするすると離れて、逃走に移る。


「え!?ちょ!待って!ボクと結婚してよー!」


何か、ヤバいことを叫びながら後ろから声が追いかけてくるが、無視だ無視。


(俺は今日から、正式なハンターだ。準備のための買い物が必要だ。買い物して準備するぞ。よし買い物するぞ。買い物するぞ。買い物するぞ)


俺は眼の前にやるべきタスクを呪文のように内心で唱えながら、さっきの柔らかい感触を頭から追い払って、心を落ち着かせることにした。


しかし、リーゼはそのあとの買い物にも執拗についてくる、ついてくる。


ランクBの戦闘強化バトルドレスを撒くのは俺では不可能だったようだ。しかもついてくる先で「ボクと結婚して」と連呼するお陰でわずか1日ですっかり噂になっちまった。


「シダン、ロゼッタちゃんにフラレてすぐに新しい女の子ひっ捕まえたんだって?」

「ちげーよ!」


「ロゼッタちゃんと二股かよ!許せねー!!」

「だからちがーう!!」


「ロゼッタちゃんが研修で離れている間に別の女を見繕うとはモテる男は違うなぁ」

「違うって言ってるだろーーーー!!!」


というか、俺、そんなにロゼッタとセットだったのか。


「えーほら、シダンくんもさーイケメンで、ランクAギフト持ちで、訓練とかシビアにやってて、領主様とも知り合いで、超優良物件じゃん?ロゼッタちゃんがいたから皆遠慮してたけどねー」


よくロゼッタと寄ってた食堂・木の実亭で昼飯を食べながら愚痴っていたら、給仕のサクラから、そう言われた。


サクラは俺と同じ年で、よくロゼッタと3人で他愛ない話をしていた。ちなみにリーゼはあまり金を持っていないのか、入ろうとしたら、諦めたみたいで、いま外の出口で張り込んでいる。


「優良物件ねぇ…俺、北方蛮族イーサマータ族だよ?」

「向こうに戻るつもりないんでしょ?」

「あんな地獄頼まれても嫌だね」

「じゃあ関係ないかなーほら、えーと星見亭の看板娘のターニャとか、あと材木商ヒノキヤの次女のヒバリとか、アクセサリー加工屋エッジの妹のミーナとかみんなシダン狙いだよー」


まじかよ。ハーレムかよ。転生してようやくモテ期かよ。まーこの新しい体は、ぶっちゃけ自分でも驚くほど顔いいんだよね。線が細く見えるのか、リーゼみたいに突っかかってくるやつも稀にいるが。


「…そうか…そうだったのか…」

「え?気づいてなかったの?」

「意識してなかった…」


サクラが呆れたようにため息をついた。


「はー。まー仕方ないけど、ロゼッタちゃん離れたからみんなチャンス到来って思ってたら、あんのめっちゃ美人の獣人族ワービーストの女の子連れてるからざわついていたわけ!」

「あいつ、付きまとってるだけ…」

「えーじゃあ私もチャンスある?」


サクラもかわいい。いつもハキハキしてて、元気印、笑顔を振りまく彼女は、まさに看板娘であり、サクラ目当ての客ロリコンどももそれなりにいる。この町、ロリコンだらけだな。やべぇ。


「すまん。キースさんたちがシマットにいるから、すぐに追いかけて旅立つ予定なんだ」

「えー残念。ロゼッタちゃんも、シダンくんもいなくなっちゃうのかー寂しいなぁ」

「キースさんのパーティーに入れてもらうのは、3年も前からの約束だからなー」

「そっかーじゃあ仕方ないね」

「ま、サクラなら男なんてよりどりみどりだと思うけどね」

「ふふん。まーね」


女は地球でもこっちでも実に強かだ。ま、俺はか弱い女より、強い女の方が好きだが。


「はい、じゃあこれは、独立記念で、私からの奢り。もうしばらく食べられなくなるんだから味わっときなー」

「おおお!やはり、木の実亭に来たら、これを食べないとなぁ!」


俺の目の前に、丸い、ホットケーキのようなものが置かれた。


「マーガパン、シダン好きだもんねぇ」


マーリネの特産であり、世界じゅうあちこちでも作られているマーガイモ。見た目はこっちで言うジャガイモだが、地球のジャガイモよりも甘みがかなり強く、ネットリしていて、カボチャやサツマイモに近い味をしている。


それを煮て、皮を剝いて、潰して、ヤギのミルクとよく混ぜてから、生地を丸く伸ばして、竈門で焼く。この世界では、フライパンはあまり一般的な調理器具ではないらしく、料理店では、竈門で焼くか、煮るか、が多い。


最後にヤギバターを乗せて完成する。


「さて、熱々を頂くとしましょう」


ナイフとフォークで切り分ける。切り分けたところから、ほかほかの湯気が出てくる。鼻腔を突く香りが甘くて、食欲をそそる。


一口サイズに切ったマーガパンを口に運ぶ。まず、強いマーガイモの、ストレートな甘い匂い。


果実にありがちな、酸味と甘味の混交のような甘さではなく、マーガイモの強い甘味と、ヤギミルクとヤギバターが醸し出す脂の甘味が、相互作用で、甘味の薫りに消化されている。


口溶けも素晴らしい。まるでエアインチョコのように口に入れた側からジュワジュワと溶けていく。


「うーん。たまらん、もう一口」


パク…ジュワ…パク…ジュワ…。ジュワと溶けるたびに甘さがさらに強くなる。口に広がるネットリとした甘さが、まだ口に余韻を残している間に次、次と口に入れていく。


甘味が口から途絶えない!幸せだーー!!!


こっちで甘味が少ないということもあるが、いや、地球の甘味と比べても見劣りしない完成度だ。どうもこちらでは甘いものは軟弱者が好むという考えがあるため、男性の甘味好きは貴重だ。


領主様みたいにこっそり好む貴族なら、それなりにいるみたいだけどね。庶民は圧倒的に少数派だ。


そのせいで、ザ甘味を美味そうに食べてると、たまに奇異の目で見られるが気にしない。


「ごちそうさま…お会計おいてくよ」

「お粗末様」


※※※※※※


「やっとご飯食べ終わったんだね!今度こそ結婚してよ!」


木の実亭を後にすると、まだ入口でリーゼが粘っていたみたいだ。ヤンデレのストーカー女かよ。


「やだ。勝者は俺だったのに、なんで敗者であるリーゼのいいなりになるんだ?勝者が敗者の言うこと聞くなんておかしいぞ?」

「うぐ…」

「ということだ。いい加減諦めろ」

「諦めない!で、でもどうすれば…うーん」


そういってリーゼは頭を抱え始めた。


「つーか、なんでそんなに俺にこだわるんだよ…わけがわかんねーよ」

「ううう。だって、ボクはキミに負けたからキミと結婚しなくちゃいけないんだもん!」

「だからどういう意味だよ、そりゃ!」


ううう、と小さな声で言ったリーゼは、両手の平を祈るように組んで、もじもじし出した。何か言いづらいことでもあるのか?


「だって…獣人族ワービーストでも狼人族ワーウルフは、決闘を挑んで負けたら相手に従う決まりがあるんだもん!」


なんだよそれ。なんでそんなすごい掟があるの?


「従うってだけなら、結婚する必要ないだろ」

「女が男に挑んで負けて、従うっていうのは、つまり、群れのボスとして認めるってことなの!ハーレムの頂点なの!」


ハーレムの頂点…ちょっと心惹かれるワードだ。いやいやいやいや、何考えてるんだ俺は。


「そんなこと言ったら、訓練とかもできなくなるじゃん。敗北許されないとか、修羅の国じゃん」

「訓練はいいの!そうじゃなくて、ボク、はっきりとキミに決闘を申し込んじゃったから、そうなるの!」

「そんなしきたり、あの場の誰も知らないんだから無視しちゃえばいいじゃん」

「そんなわけにはいかないでしょ!大事なしきたりなんだから!」


リーゼは、めっちゃ可愛いけどさー、これから旅立とうというのに、それより先に人生縛られるのはいやじゃん?うーん、どうすれば…いいかなぁ。こいつ頑固過ぎて、どうにか説得しねぇと、絶対に折れないぞ。


しかし、群れのボスねぇ…。


群れ…人がたくさん…パーティー。待てよ、そうか、俺らはハンターじゃないか。何もハーレムの頂点にならなくても、いい方法があったじゃないか。


「リーゼ、群れのボスなら、別に結婚じゃなくていいじゃん…ハンターとして同じパーティーを組むとかどうだ?」

「ううう。わかったよ。それで妥協する」


あまりのしつこさについついこっちも折れちまったよ。全く。

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