第25話 『8食目:ミストレルリリィの毒漬けキマイラステーキ』

「わかりました…院長先生を呼んできます。ただ、孤児院の横領の件も、しっかりとした調査をお願いしますね」

「必ず調査をして、シダンにも報告しよう。それに二度とこのようなことがないように、再発防止も考えることも約束する」

「…了解しました…では」


俺は領主さまの部屋を退室して、孤児院に向かおうとする。と、コーワさんがついてきてくれた。


「俺の馬に乗ってけ。歩くより早く行けるぜ」

「お願いします」


流石、騎馬。コーワさんの馬は早かった。乗る際に寄った厩舎にいた馬の中でも明らかに毛艶がよく、素人目にもよい馬だった。恐らくコーワさんは騎士団でも、上の方なんだろうなぁ。


あ、院長先生を連れて帰ることを想定して、もうひとり騎士さんに着いてもらってきた。


「まさか孤児院への金が横領されていたとはな…領主様の話を信じてくれてありがとな」

「…ま、それはコーワさんの功績ですよ?」

「???」


コーワさんの人柄があってこそ、忠誠を誓っている領主の話を聞く気になったのだ。


孤児院から歩いたら軽く1時間はかかる距離だったが、10分かからずに着いた。正直、あの競馬みたいな走り方でもっと早く着くかと思ったら、あの襲歩って走り方は1日数分しかできないらしい。


孤児院に着くと、シマとリマが寄ってきた。こんな立派な馬と騎士が孤児院に寄ってくることなんて珍しいからな。


好奇心が止まらないシマとリマの相手をコーワさんに任せて、俺は真っ先に院長先生のところに行った。


「院長先生失礼します」

「どうぞ、シダン、入りなさい」


部屋の扉をノックすると、院長先生から許可が出たので扉を開けて部屋に入った。院長先生の部屋は大人の部屋なのに、相変わらずこじんまりとしている。


「外に騎士のコーワさんが来ていますね…何か領主様からあったんですか?」


院長先生すごいな。つーか、コーワさんのこと知っているんだな。そういえば、領主と知り合いなんだもんな、そんくらいあるか。


「ふむ…ということは、やはり横領ですか?」

「え?」

「領主様が連絡してくる、そしてそれをシダンが仲介する、ということは孤児院にお金が渡されていなかったのを領主様は知らなかったのでしょう?」

「え?」

「だってもしお金を渡していないのが領主様の指示だったら、シダンが仲介するわけないですからね」

「ええええ!?」


もはや安楽椅子探偵かよ。待て、ということはもしかしたら、そのあたりを院長先生に推察させるために、俺を仲介に使ったのかあの領主!うわ~大人の世界怖いよ。


「実は、去年、領主様が病で療養のために、外れの館に移ってから、資金援助がなくなったんです」

「なるほど…その頃から怪しんではいたんですね」

「そうです。あの領主様は、ぶっちゃけ政治的なセンスは並ですが、人はいいですからね」


領主…うん、悪いやつではなさそうなので、今から心の中でも様をつけてあげよう…様は、あれでも政治的なセンスは並なのか。まぁ第1席参事官にしてやられているしな。


「では、シダン…私も領主様のところに行くのですよね?」

「そうです」

「すぐにでも行きましょう」


話がまとまり、出発しようとしたら、院長先生の部屋の扉を、ドン、と勢いよく開ける音がした。誰?と思った俺や、院長先生が振り返ると、扉のところに立っていたのはロゼッタだった。


「ちょーっと待ったー!やはり領主様の館ね…いつ出発するの?私も同行するわ」

「ロゼッタ」

「私のギフトがあれば、ちょちょいのちょいで犯人なんて暴いてやるわ!」

「いやいやいや…やばい大人たちの巣窟に行くんだよ。ロゼッタは危険だよ」

「シーくんだって行くのに、何で私はダメなの!?」


うーん。えーと。と、俺が悩んでいると、院長先生が、俺の前に出て、腰を下ろし、ロゼッタに視線の高さを合わせた。


「ロゼッタ、自分のことは自分で責任取れますか?何かあっても私たちが必ず助けられるかどうかわかりませんよ」

「わかりました!」


ロゼッタは、目をそらさずに即答した。それでいいのか。まぁ、万が一のときは俺もギフトを全力で使って、ロゼッタだけでも助けることにしよう。


※※※※※※


鑑定アナライズ



名前:ジーシャーク・コーダエ

健康状態:中毒(自然毒/細胞毒)

出身:マーリネ農業国コーダエ/貴族辺境伯爵位

種族:只人族ヒューム

年齢:51

身長:1.72メートル、体重:71000グラム


犯罪歴:なし

ギフト:なし



「やはり、中毒ですね」


院長先生やロゼッタと領主の館に戻った。3人で、再び領主の部屋まで通されると、院長先生がすぐに鑑定アナライズを使った。


ギフトの鑑定アナライズは、人間に使えば、ざっくりとしたプロフィールとギフトについて確認できる。しかし健康についてはさっき出た通りのレベルでしかない。


治療キュア系統魔法の診断メディカルアナライズなら、健康に関しては、もっと詳しい情報を知ることができる。しかし、鑑定アナライズに比べると極端に使い手が少ない。


「そうか。ワシ自身の不調が強くて…頭が回っていなかったな…シダン、ありがとう」

「いや、そのまだ治っていませんし」


院長先生が、俺の肩をガシ、と掴んだ。


「シダン、領主様を定期的に治して上げてほしいの。できれば毒が排出されるまで」

 

予備知識的にはあまり良い印象がなかった領主様だけど、聞く限り悪い人ではなさそうなので、治してもいい、と思う。


「院長先生の頼みでしたら、喜んでやりますよ」


俺の言葉に、領主様はもちろん、院長先生も騎士たちもホッとした顔をした。


「では…本格的な報酬はまた今度にして、まずはシダンに前金を渡そう」


そう言って、領主様はツボを取り出して、俺に渡す。ツボの蓋を開けるとなにかの液体に浸っている肉?が入っていた。


「肉…?」

「シダンが美味な食事に興味があると聞いてな」

「ええと、はい。好きなのは確かですが…これは一体、なにを何に漬けているんですか?」

「これはな…ミストレルリリィの毒にキマイラの背肉を漬けている」

「え?」

「ミストレルリリィは肉を溶かす性質の毒を分泌する植物系モンスターだ。その毒を、ミストレルリリィの花蜜などで薄めた液体にな、味と香りは絶品と呼ばれながら余りの硬さでどうにもならないキマイラの背肉を漬けるのだ」


毒に漬けるって、何かすごい肉だなぁ。


「すると、肉が柔らかくなる。分量を間違えると大変なことになるがな…毒10グラムに対して肉1キログラム。これで肉が柔らかくなるのと引き換えに、毒が中和されるのだ」

「中和…ですか」

「そうだ。ちなみに、大体2〜3年ほど漬けるのじゃが…手間がかかる上、材料が高価なので、かなりの高級品でな…ステーキ1枚で、店では魔鋼貨が取れるシロモノだ」

「魔鋼貨!?」


つまり100万を超えるってことか。地球でどんな高級なステーキでも1枚10万いくことはそうそうないだろうに、その10倍を超えるのか。


「キマイラは当然、凶悪なモンスターだが、ミストレルリリィも厄介なモンスターでな。金を払うだけでなく、コネクションがなくては食べられない」

「それを前払いでくれるんですね」

「そうだ。是非貰ってくれ」

「ありがとうございます!」

「ふむ…いい時間だ…誰か」


領主様がそう声をかけるとまもなく、執事らしき男が部屋にあらわれた。


「晩餐の用意は出来ているか?」

「はい。できております」


確認をすると今度はまたこちらに向き直る。


「良かったら晩餐に招待されてくれないか?ああ、孤児院の方にはちゃんと晩と明日の朝の飯を届けるし、ついでに3人が帰るまで騎士たちに護衛もさせるので安心してくれ」

「そこまで準備して頂いているのなら、招待されましょう。シダン、ロゼッタも構いませんね」


院長先生が俺らに確認を取るが、もはやこれは形式上の儀式。実際には参加拒否などありえない。


「わかりました」

「大丈夫だよー」


まさか、領主様の晩餐に呼ばれるとはねぇ。


※※※※※※


「これはシダン様、どうぞ…ミストレルリリィの毒漬けキマイラステーキ、です」

「おおおおお!」


俺の前に置かれたのは、一緒に食べてるほかの人とは別のステーキだ。鉄板の上に乗った1枚の肉は、パッと見には、地球で見たステーキとほぼ同じものだった。


上には胡椒とヤギの乳で作ったバターがのっている。ちな、ここの気候は温暖なせいかコショウなどのスパイスが、比較的、安価で食べられる。


フォークで抑え、ナイフで切ると、身は完全な赤身だった。焼き加減はウェルダン。聞いたところ、最後に中までしっかりと火を通さないと毒気がわずかに残ることがあるらしく、必ずウェルダンで出すらしい。


一口サイズに切り、口に頬張る。そして、はたと気づく。


(し、しまった…何も考えずに食欲に負けてフォークとナイフ使っていたけど、作法とか…何も考えてなかった)


慌てて周りを見るが…みな、同じ様に使っていた。


実に不思議な話だ。


ほとんど地球の人間と見分けのつかない只人族ヒュームに、地球と同じような公転自転速度の大地。地球と変わらず四季があるということは、地軸の傾きまで同じということだ。そして、だからこそか、まるで地球のどこかの様な植生まである。


環境が似れば、自然と同じ様な使い方、道具に落ち着くのだろう。


奇跡なのかなんなのか知らないが、ここまで似ていればフォークとナイフ、そしてそれの使い方くらい、似ていてもおかしくないかもしれない。


それはさておき、この肉の味だ。ジューシー過ぎる。そして赤身の肉々しい薫りと旨味が口にモワッと広がる。一噛み目には赤身肉らしい歯応えがあるのに、何故か二噛み、三噛みすると、ジュワジュワッと融けていくような歯応えに変わる。


肉の雪融けとともに、蜜の甘味を微かに感じるが、ヤギバターの甘味と混じって、脂身の甘味と勘違いするほど、一体感がある。


そして飲み込むときに、最後の一瞬、スッと鼻を抜けていくのは百合リリィの薫り。本来、濃密なはずの百合の薫りが、熟成したためか、妙に軽やかだ。


(何というか…熟成した上質の酒みたいな味だ…一緒に漬け込んだものとのハーモニーが複雑な味をつくり出しているあれだ)


余りの美味しさに、思わず二口目、三口目、四口目五口目と続けて口に入れる。少し大口に思われたが、ぷちという一噛み目のあとのジュワジュワと融ける歯応えと共に、口の中からあっという間に消えていく。


「う…美味すぎる…なんだコ…」


レ、と言おうとしたら、強い視線を感じた。視線の先は…ロゼッタだった。流石に俺の報酬とあって欲しいとは言えないようだが…食べたい気持ちは抑えられないらしい。


「ロゼッタのステーキと少し交換しよう?」

「え?あの…シーくん、いいの?」

「全部はダメだけど少しだけなら…」


残りを半分に切り分けて、ロゼッタの皿に移してやると、目がキラキラとしていた。ロゼッタは、ありがとう、というお礼を言い切るか言い切らないかわからないくらいの勢いで口に放りこみ始めた。


「うんまーい!すごーい!」

「だよねー」


ニコニコ笑顔になったロゼッタと頷きあうと、何だか幸せな気持ちになった。うーん。どんな、高級肉もおいしさを分かち合う人がいた方が楽しいんだなぁ。

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