第27話 孤児院での攻防

第一席参事官とシダンのやりとりから遡ること、30分。コーダエ町外れ、孤児院のすぐ外。


作り置きの晩ごはんを子どもたちと食べた8人の騎士たちは、子どもたちに向けた笑顔とは打って変わって厳しい表情をしていた。


元騎士団長、そして現在は騎士団第2小隊長領主館警護責任者である、コーワは、同じ班のメンバーと状況を確認していた。


「さて、領主様の予想では、今日か明日にはシダンの坊主に対する交渉…いや脅迫材料としてここを襲うだろうとのことだったな」


シダンが領主を治療できる、となると治療が終わった領主は、元の座に返り咲く。貴族ではないクソ参事官様としてはそれは困るので、いつまでも療養中で居てほしいのだ。


官僚勢はかなりの数が、第1席参事官に抱き込まれているようで、実態は把握できない。下手に領主側が動くと、暗殺される可能性もあるような事態にまでなっていた。


「医師すら、抱き込まれているかもしれねぇって状況だ…もう絶望的ではあったんだがな」


ある日を境に、急激に体調が悪化していく領主を治す方法は皆無だった。治療キュア系統の魔法使いマジックユーザーと渡りがつけば領主を治すことはできるかもしれない。


しかし、領主側の確実な味方は騎士団と屋敷の使用人のみ。武官の騎士たちに治療キュア系統の魔法使いマジックユーザーと渡りをつけるのはハードルが高かった。


そのとき、たまたま最近ハンターの怪我の治りが早いという噂が立った。顔を合わせて軽く挨拶をする仲でもある階級41人前のハンターチーム『北限の疾風ノースゲイル』のキースが左腕に、巨大熊ヒュージベアの爪を受けたのに、翌日にはキレイさっぱり怪我が消えていたのだ。


コーワは、キースを問い詰めたがはぐらかされた。


そこで、噂を集めた結果、ハンター協会に併設されている治療院に、治療キュア系統魔法とは異なる、特殊な治療のギフトを持った人間がいる、とわかった。会いに行ったときは、以前、武器屋であった少年だったのはコーワも驚きだったが。


「ふ、まぁ領主様が倒れたときより、状況はわかりやすくなったな」


コーワは、不意に懐から小さなナイフを取り出して、目の前の樹の方に向かって投げつけた。幹の横をすり抜けたナイフが闇に消えると「ぐぅ」という小さな呻き声が聞こえてきた。


そして、ナイフを投げるのと同時、呻き声よりも早くコーワは動いていた。長剣ロングソードを抜き放ちつつ、歩をつめ、斬りつける。言葉にすると、3つの動作をコーワは一瞬にしてこなして、盗賊の1人を切り捨てる。


「敵を切れば、事態が解決する、というのは実にありがたい」

「ヒュー!流石、コーワ隊長」


騎士の1人が口笛を吹く。コーワのギフトは特殊異能スペシャルのランクD、武器の達人ウエポンマスター。あらゆる武器の習熟が早くなり、一定程度習熟した武器を手に持っているときに限り、筋力、器用、敏捷力が5倍になる。


味方の悲鳴を聞きつけたのか、続々と盗賊らしき男たちが姿を表わす。その数は30人ほど。この場にいる騎士は6人なので、5倍以上の差があった。しかし騎士たちは好戦的な顔を崩さない。


「シダンが味方についたからこその逆転だ!領主様のためにも、シダンのためにも、この賊どもを必ず倒すぞ!」

「おー!」


ザザ、と騎士たちは陣形を作った。大盾ラージシールド短い剣ショートソードを持つ3人の騎士が前に出て、両手剣ツーハンドソードを構えた2人が、その後ろに陣取る。


両手剣ツーハンドソードの2人は、剣を少し下げ、下段の構えのやや中段寄り。両手剣ツーハンドソードは、刃先までの長さが2メートルある。槍と大差ないほど、間合いが広い。これは、盾で止めた敵に突きを見舞う陣形なのだ。


盗賊は…第一席参事官の手下ではあるのだろうが、本当に盗賊でもあるのだろう。武装はまんま盗賊と言った感じだ。サイズの合っていない少し穴の空いた革鎧や、バラバラの武器。隊列もクソもない。


「第一席参事官も、動かせる『戦力』となると少ないということかな」


コーワのボヤキに、構えていた騎士たちが頷く。先に切りかかったコーワのみ陣形から前に突出している。がそれは問題ない。


「ふん!」

「ギャアアアアアアアアア」

「ハッ!」

「グエエエエエエエエ」

「そりゃ!」

「ウワアアアアア」


バラバラと現れた盗賊では、全く反応できない速度で動くコーワに、一方的に次々と切られていくだけだからだ。盗賊に囲まれたコーワが、気合の声を出すたび、盗賊の数が1人、また1人と減っていく。


盗賊は、孤児院への入り口を守り、陣形を保っている5人の騎士たちにすら、全くたどり着けず、数をみるみる減らしていく。


「さ…散開しろ!」


盗賊のリーダー格なのだろう、後方にいた1人がそう声を張り上げる。


「気づくの遅くないか…」


コーワは盗賊たちの判断の遅さに呆れた。戦いが始まり3分、すでにコーワは10人を切り捨てていた。伏兵がいなければ、残りは20人。バラバラに分かれて、あらゆる方向から、突撃してくる。


「動きがわかり易すぎる」


向かう2人を、二振りで切り裂き、3人目の突撃を闘牛士のように避け、背中に思いっきり斬りつける。その隙に、コーワの横を通り過ぎた盗賊に、投げスローイングナイフで足留めして、斬りつけた。


それでも16人が門の前までたどり着いた。しかし近づいた盗賊を盾役が防ぎ、突き飛ばし、姿勢を崩したところを両手剣を持った騎士が一突きで仕留めた。


毎日、対人訓練を積んでいる騎士は、盗賊ごときでどうにか出来る実力ではないのだ。5人の騎士の連携に盗賊は為す術もなかった。


そのとき、孤児院の反対側から、バリバリ、と木を割るような音がした。


「もしかして、反対側の雨戸を突き破ったか!?」


孤児院にガラス窓はない。空の枠か、雨が降ったときのための木製の雨戸か。寝るときは基本、野生動物などへの対策もあって、雨戸は全て閉めるのが、常識だ。それは動物のみならず、物盗りからの防備という意味もあるが…それが破壊されたのだろう。


、こっちは陽動でしたね」


盾を構えた騎士が、そう呟いた。コーワはうむ、と頷きながら、盾役に転ばされた盗賊の首をスパン、と刎ねた。


「くそ…なんでそんな余裕そうなんだ!反対側から侵入しているんだぞ!」

「さぁな」


頭がよくないのか、戦うのが下手なのか、盗賊が思いっきりネタばらしをしてしまっている。裏手からの攻撃で、騎士たちが浮き足だったところを、攻めるなり、逃走するなり、考えていたのかもしれない。


しかし騎士たちは今日、8人で来ている。そしてこの場にいるのは6人。残り2人はというと…。


中の子供を安全な、窓のない部屋に誘導しつつ、陽動を警戒して、誘導した部屋の入口に構えていた。


中の二人は、室内で取り回しがしやすいように片手に短剣ショートソードと、反対の手には円盾ラウンドシールドを籠手のように腕に嵌めたスタイルで待ち構えている。


廊下は狭くて、大人が横に2人並んだら、戦うことはできない。だから、2人が背中合わせになり、廊下の反対側に睨みを利かせて待ち構えていれば、盗賊如きにはどうにも出来ないだろう。


「て…てめぇ、まさか裏手にも!?」

「当たり前だろう。盗賊如きの浅知恵で裏をかけるとでも思ったのか?」


まもなく、孤児院内から、盗賊の断末魔が聞こえてきた。表の方も、リーダー格は捕獲、ほかはトドめを刺した。


「さて、この縛った野郎を連れて、誰か2人で領主様のところへ行ってくれ。残りのやつは続けてここの護衛だ」

「了解」


コーワはふう、と額の汗を拭う。


「やれやれ…これで解決に向かえば良いんだけどねぇ」

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