【KAC202211】俺と君と一言日記と

ゆみねこ

僕と君と一言日記と

『今日も特に何もなかった』


 俺は昔から一言日記をつけるのが習慣だ。どこかのテレビか何かで日記をつけると感情浄化作用が発生するとか、ポジティブになれるだとか聞いて始めた。

 しかし、俺が書く内容はいつも決まっていて、効果が見込めないよううに思える。いや、しかしこれしか書きようがないのだ。


 凡人の中の凡人である俺の人生は劇的なことは一つもない。学校に行き、授業を受け、帰ってきて、寝る。ただそれの繰り返し。

 なんの代わり映えもなく、俺は一日を振り返って、日記帳にこう書くのだ。


『特に何もなかった』


 しかし、いつからだろうか。俺の振り返りが一言では纏まらなくなっていったのは──



★☆★☆★☆★☆



 俺の名前は佐藤政近。周りの評判は可もなく不可もない近所の公立高校に通う二年生。

 絶賛昼休みで昼食の食い時だ。しかし、俺は何を思ったのか弁当を家に忘れてきてしまって、飯なしだ。金もないから買うこともできないし、完全に手持ち無沙汰になってしまった。

 

 俺はガヤガヤとする喧騒の中突っ伏して、長い長い時間が過ぎるのをただ待っていた。周りはそんな俺を気にも留めない。

 当然だ。そもそも俺が周りの奴らに気を留めていないのだから。私は貴方に関心がないですけど、貴方は私に関心を持ってね、なんて押し付け出来る訳ないし、したくもない。


 深く目を瞑って、周りの音をシャットアウトする。少し寝たい気分の俺にはこの教室内は些か騒がし過ぎる。


「──ん……」


 折角の陽気だ。外で微睡むのも良いが、本気で寝入ってしまったら最後だ。

 無遅刻、無欠席の俺の戦績に傷がついてしまう。それだけが俺の取り柄でこの学校にいそいそと足を運んでいるのに。


「──くん……」


 しかし、今日は随分と教室内が煩いな。いつもならそろそろ男子達はどこかに出ていき、静かになる頃だと思うのだが……今日は何かがあるのか皆んなが皆んな教室に止まっている様に思える。

 連中は人の邪魔をすることにおいて本当に優れた才能をお持ちのようだ。そんな才能どこで拾ってきたのだろうか。もしかして、必修科目? 俺習ってないんだけど。


「──近君……」


 遠くで誰かが呼ばれている様な気がする。クラス内にカップルか?──滅びてしまえば良いのに。

 やっと、睡魔が身体を支配し出してきてくれたお陰で俺は喧騒が鳴り止まぬ教室から切り離されて、一個体として宇宙空間を彷徨う星の様なイメージに身体中が包まれた。


 音が遠くなり、意識が急速に落ちていく──


「政近君!」

「痛ってええぇぇ!」


 自分の名前らしきものが呼ばれた時には俺の身体は眠りに入っていた。やっと気持ちよくなれると落ちゆく意識の中で思った。思っていたのに……。

 突然発生した脇腹の痛みに俺は飛び上がる他なかった。


 目を開き、周りを見てみると突然の大声に反応した者がこちらを見ている。俺はかなりの気まずさにこちらを見ている者に軽く会釈をして、再び机に突っ伏そうとした時だった。


「どうしてまた寝ちゃうんですか?!」

「んあ……」


 俺の身体を揺り動かし、俺の睡眠を邪魔しようとしてくる存在が一人いる事に気付いた。


「誰……?」

「誰、じゃありませんよ。覚えていないんですか?」

「すまない……」


 睡眠状態から突然起こされたせいだろうか。心臓が急に激しい運動を始めだしていて、物凄く痛い。正直今は目の前の女子のことなんてどうだっていい。


──と思っていたのだが、俺は目の前の少女の正体に思い当たる節があった。


「神楽すみれ」

「覚えているじゃないですか。そう、すみれと言ったらこの私。品行方正、無病息災。完全完璧なルーム長と言ったらこの私です」


 神楽はむふん、と鼻を鳴らすと胸を張った。絶壁はいくら張っても、大きくは見えないんだがな。


「痛い、痛い、痛い」

「今、失礼なことを考えていましたよね?」


 神楽は絶壁だなんだと考えているのを察知したのか、耳をつまみ上げて引きちぎろうとしてきた。その力は冗談にならない程強くて、マジで痛かった。初対面なのに容赦なさすぎだろ。


「私は貴方を心配していたのに……この様子では大丈夫そうですね」

「心配……? 何に?」


 何も初対面の女子に気遣われるようなことはなかったと思うが。


「昼休みの始まりから机に突っ伏しているんですもん。具合が悪いのかなって」

「あー、なるほどな。別に具合は悪くないから大丈夫だ。さようなら」

「いやいや、もう少し私の相手をしてくださいよ」


 神楽から目線を外してまた机に突っ伏そうとした時に、彼女は俺の顔と腕の間に手を入り込ませてきて、無理矢理顔を上げさせられた。

 何? ルーム長、ぼっちなの? だから同じような存在に構ってほしいとか? なら他所を当たってくれ。他にも同系統な存在はいる。


「なんで、俺が神楽の相手をしないといけないんだ?」

「それは私がそういう気分だ──」

「寝る」

「ちょっと待ってくださいよ!」


 またもや無理矢理顔を上げさせてきた神楽。というか、初対面の男子の顔を素手で触れるとかどうなってるの?

 普通嫌なもんじゃないの? 何、好きなの?


「お弁当、忘れたんじゃないんですか?」

「どうしてそれを……!?」

「ふふ〜ん、当たりですね。私の相手をしてくれたら、特別に私特製のお弁当を分けて──」

「いらん。寝る」

「ちょっと!」


 神楽すみれと言ったら料理下手が一番最初に思い浮かぶほどの実力じゃねえか。そんな神楽の手製弁当とか拷問器具以外の何物でもないだろ。

 どうして、自分の弁当が釣り合いに出せると思ったのか……もしかして料理できないことを存じていない?


「お腹すいちゃいますよ、この後の授業キツくなりますよ」

「空腹に耐えるか、腹が満ちても腹を壊すかどっちがいいか聞かれたら、神楽はどっちを選ぶ?」

「……それは当然、前者を選びますが……この質問になんの意味が?」

「つまりそういう事だ。俺も前者派だからな。多少の空腹は我慢するさ」


 そう言うと俺の意図に気付いたのか、憤慨して俺の肩をバシバシと叩いてくる。本当に力強いな、前世はゴリラか?


「全くもう……失礼なんだから」

「そりゃ、すまない。と言うことで寝る」

「もう好きにしてください……」


──俺は今日この日からちょっとしつこいこの女に付き纏われることになった。それは良いことだったのか、そうではないのかは分からない。


 それが今後どうなっていくのか、それは神にも分からない。


『今日の一言日記。騒がしい女に絡まれた』

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