シアワセノオト#

@yakoudentaku

前編

「それはきっと共感覚だよ」と、

 私に向かって恋人である彼は、比較的真剣な顔で説明を続ける。

「一つの刺激で複数の感覚を感じる事。文字に匂いを感じたり、音に色を感じたりするんだけど」

 私達がいるのは横浜は桜木町にある夜景の見えるレストラン。

クリスマスも近くムードたっぷり。

 こんな雰囲気の中で、彼は私に甘い言葉を吐く訳でも無く、淡々と説明を続けている。

 仕事の研修とやらで海外にしばらくいて、久しぶりの再会で、こんなムード満点の状況下の。色気のない講義が続く。

 交際年数的にもお互いの年齢的にも、そしてタイミング的にも、二人の関係を進展させるには絶高の機会で、サプライズを期待していた自分がバカみたい見えて、少し不服だ。

 まぁ、相談をもちかけたのは私の方なんだから、文句は言えないんだけど。

「それでその共感覚を持った子がどうしたのさ?」

「あ、うん。それが実はね……」

 久しぶりに再会した恋人とのデート中。

 だというのに、何故彼がこんな話をし始めたのか。

 それは彼と会えなかった数ヶ月の間に、私が不思議な少年と知り合ったのが切欠だった。

 それはその少年が探している『想い出の場所』を巡る小さな旅。

 しかしその旅は『想い出の場所』に辿り着く前に行き止まりになってしまった。

 

 だから。

「私はその椿くんの“笑顔”を取り戻してあげたいんだ」

 

 その不思議な少年、椿くんと出会ったのは三ヶ月前の事。ちょうど八月が折り返してすぐの出来事だ。

 

 

 一人暮らしをするより楽だと思って、実家のある上大岡へと戻ってきたけど、どうやら失敗だったと最近思うようになってきた。

 毎朝、通勤の際に駅のホームで流れる電車が来たのを報せるメロディ。ここ上大岡の場合は、それが私の大好きな地元出身のバンドの曲になっている

 まだ毎日のように制服を着ていた頃は、この曲の歌詞のように好きな人と自転車に跨って、長い長い下り坂を走りたいと憧れたものだ。

 着るのが制服からスーツに変わってからも、入社してすぐの頃はまだこの曲に見送られる事で、慣れない東京への出勤に勇気をもらっていたものだ。

 でもそれがいつしか、その音楽も耳には入らなくなって、毎日のルーティンで並ぶ快速特急を待つ人の列の喧騒に埋もれてしまっている。

 大好きな曲にさえ私は気付かなくなってしまった。そんな事実に気付いたのは、社会人三年目の夏頃。

 丁度お盆休みが明けた日の朝の事だ。

 朝から蒸し暑くて機嫌が悪いのに、その衝撃的事実は余計に私の精神を抉った。

 だからと言って、社会の歯車ななってしまった私に、それをどうこうする気力なんてない。

 だって、そんなのは私だけではないのだから。

 周りを見渡せば私と同じように快特を待つ、疲れた顔のサラリーマンやOLばかり。

 大人になってしまった私には、当たり前の『大人』の風景しかそこには無い。

しかし不意に、その少年は私の視界に入ってきた。

 ちょうど私が乗る予定の快速特急が駅へと滑り込んできた時だ。

小学生くらいの男の子で、リュックサックを背負い、スケッチブックを抱えて、いかにもピクニックか写生にでも行くみたいだった。

 ただ気になったのは、少年には不釣り合いな大きなヘッドフォンとサングラスをかけている事だった。

 ちょっとチャラい感じが少々いただけない。どこかのYouTuberの真似だろうか?

 『少し大人びてみたかった』と言いたげだが、彼の幼さの所為かとてもアンバランスに感じる。

 そんな少年が私と同じホームで普通車専用の停止線前で一人ぼっちで立っている。

 えっ、一人?

 両親は? 友達は?

 私の胸中で驚きの声が鳴ったつかの間、私は後ろから快特の入口へと押し込まれた。

 人の濁流にのみ込まれ、その後も満員電車に揺られ人に潰されながら、私はあの少年を探したが人の壁の向こうで惜しくも扉は閉まった。

 その後は満員電車に揺られ品川駅へと向かっていく中で、少しだけ二度と目にする事もないその少年の事を考えた。

 

 変わった子だったな·····と。

 

 二度と見かける事もないだろうし、見かけても私は気づかなかいだろうけども·····。

 しかし予想に反して、翌日も少年は同じ上大岡駅の上り線のホームで普通車を待っていた。

 次の日も、その次の日も……。

 そして九月になり、それでも少年は当たり前のようにいつも同じ時間、同じ場所で電車を待っている。

 夏休みも終わっているだろうに。

 私立の小学校にでも通っているのかもしれないが、この辺りに私立小学校なんてあったっけ?

 見かけるたびに私の少年への興味は大きくなっていく。

 そしてその疑問が明らかになるのは意外とそれからすぐの事だった。

九月の最初の土曜日、私は別の場所で少年を目撃した。

 それがこの小さな旅の始まりだった。

 

 

  その日は土曜日だというのに、私は早朝の品川駅の下りホームにいた。

 後輩のミスが発覚したのは昨日の終業間際で、それから対応に追われ。気づけば終電は過ぎ、仕方なく会社で一泊して色気の無い朝帰りになるはめに·····というのが原因だ。

 品川発の下り電車に乗り込むと、閑散としている車両で優雅に座席を占領する。疲れているし、都合の良い事に人目もほとんどない。

 だらしないけど少し寝てしまおうかとうつらうつらしていると、誰かが駆けこんでくる足音がして、それから扉が閉まった。

 その足音の主は荒い息のままわざわざ私の目の前の座席に腰を下ろしたものだから、私は少し気になって目を開ける。

 そこにいたのは例のヘッドフォンとサングラスの少年で、いつもと同じリュックサックにスケッチブックまで持っていた。


 なんでこの子が品川にいるの?

 

 それが最初にでた疑問。驚いて思わず眠気まで吹っ飛んでしまった。

いつもこの子を見かけるのは地元の上大岡の駅。

おそらくその後は上りの普通車に彼は乗っている筈で、こんな朝早くに品川駅から下りの電車に乗るなんて……。

 私はそれから眠気も忘れ、少年が気になって上大岡につくまで彼を伺っていた。

 京急蒲田、京急川崎と過ぎても少年は、大事そうにスケッチブックを抱えたまま、ただじっとしている。

 横浜に着き·····やはり、動く気配はない。

 この年頃の割に、と言うより見た目の派手さに比べとても大人しく。変にギャップ萌えする男の子だ。そんな風に思った矢先。少年が動いた。

 横浜を出発して少し経ってから、少年は突然私の方へと飛び出した。突然の事に面食らっている私を他所に、少年は私から少しだけ離れた席で膝立ちになると、食い入るように窓の外を眺めている。

 場所は横浜でもあまり教育上よくないお店がある有名な歓楽街の辺りだ。

 そう言えばこの辺りに私立の学校があったな·····。漠然とそう思い出した私の思いと裏腹に、少年はその学校とは逆の車窓を見つめ続けている。

 どうやら彼の目的は、学校ではないらしい。まぁ、そうだったら最寄りの駅に止まらない快特に乗るはずも無いか。

 そうこうしている内に、少年がまた動いた。先程と違いゆっくりと、とても〝 残念そうに〟元座っていた場所に、元の体勢で静かにスケッチブックを

抱え始める。

 

 よくわからない子·····そう思う一方で、酷く私の好奇心が疼くのを感じた。

 

 私の地元、上大岡につくと少年は勢いよく電車を飛び出した。

 改札のある三階へ行くためにエスカレーターを駆けあがっていく。上大岡は改札が一階と、京急百貨店に出る三階とがある。

 結局、少年がどうして品川駅から乗ってきたのかわからないまま、消化不良を抱えて、私は彼の後ろ姿を見送った。

 そして自宅へ戻るために一階の改札へ向かう筈だった。

 ダッダッダッという足音が反対側のホームから聞こえ、そこに見覚えのある姿を確認する。

 それはあの少年。

 上の改札へ向かったとばかり思っていたのだが、どうやら改札は出ずに、反対側の上りのホームへと渡ったらしい。

 そしていつもの定位置で止まる。

 そこにあるのは、ホームの反対側からだけど、とても見覚えのある風景だった。

 思わず時計を見ると、土曜日だからか多少の誤差はあるものの、奇しくもいつも私が上大岡を出発する時間だ。

『いつも品川から快特に乗って来て、上大岡で普通車に乗り換えているんだ』

 そう思い付いた途端、私の足は何故か勢いよく階段を駆け下り始めていた。

 

 

  気が付いたら私は少年のストーカーになっていた。

 今の私はどこをどう見ても、いたいけな少年を追いかける不審者だ。

 少年は隣の弘明寺駅で下りると、大岡川へと向かって行く。

 東京から此処まで来るのだとしたら、品川から快速特急に乗り、上大岡で普通車に乗り換えるのはとても効率的だ。

 つまりいつも私が見かけるのは、乗り換え待ちをしていたという事らしい。

 今は葉も落ち、どこか寂しげな雰囲気を醸し出すこの辺りも、春になれば花見の名所で、大岡川プロムナードまで出店が並んでとても賑わう。

 でも今はもう残暑。桜は咲いていないし、出店だって見当たらない。

 そんなどこか寂しげ場所で少年は立ち止まる。

 下手すればニッチな観光客も来ないような、こんな所で何をしているのだろう?

 そう思っていると途中で少年が持っているスケッチブックを置き、あきらかにノートと判る何かを開いて、見比べているようだった。

 そして溜息をつく。

 あのノートには何が書かれているのだろう?

 社会人三年目の大人の女性が、ショタコン拗らせて、そんな事を考えた·····その時だった。

 そんな少年に二人の大人が近寄って来たのに気付いた。

 一目でその職業がわかる制服。所謂、お巡りさんの格好をしたその二人は、つとめて穏やかに少年に話しかけ出した。

「キミ、一人かな? お父さんかお母さんは?」

 質問に少年は答えない。むしろ無視しているようにも見えるし、同時にもう泣き出しそうに私は見えた。

「最近いつも此処に来てるらしいね。平日も。学校は?」

 ただでさえヘッドフォンを外さず耳を隠したままの少年が、警官の話しを聞いているような素振りは無い。すると一人の警官が仕方ないと、無理やりヘッドフォンを外そうと手をかけた。

「や、やめてよッ!」

 突然の少年の絶叫が、閑静な住宅街に響く。

 半分外れたヘッドフォンを必死に掴みながら涙目の少年は警官たちを睨み上げる。

 その顔に警官たちは少々困ったような顔をしいた。

「でも、こうしないとオジサン達の話し聞いてくれないだろう?」

「ヤメテよ、気持ち悪くなる!」

「気持ち悪いって、キミ·····」

 そう一人の警官が、少年に手をかけようとしたその時、私は無意識のまま行動を始めていた。

 もう私は隠れていられず、思わず三人の前に躍り出た。

「よかった、探したんだよ。急にいなくなるからぁ」

 この時程、高校の時友達に誘われた演劇部に入っていれば良かったと思った事はない。

 しかし、ここまで来ればアドリブによる即興劇·····少年の頭の良さに頼るしかない。

 突然の事にその子も二人の警察官も目を点にして驚く。

「すみません、この子私の甥なんです。普段は海外に住んでて、夏休みで遊びに来てるんです」

「貴方の……甥御さん? キミ、本当にこの人はキミのおばさんかな?」

 お巡りさんはそうその子に視線を合わせて尋ねる。明らかに私は疑われている。

「どうなんだい? この人は本当にキミの⋯⋯」

 再び問うたお巡りさんを前に、不意にその子は私の背に隠れ、私の服にしがみ付いて怯えたように警察官を伺い見る。

 まるで見知らぬ人に声をかけられて急に怖くなった子供のような·····。思った以上に聡い子のようだ。

「あの、もういいですか? この子、日本語もあまり得意じゃないので」

 警察官は二人とも最初は困っていたが、「今度からは目を離さないで下さいね」とのご忠告だけで済んだ。

 私は頭を下げるとその子の手を取り、慌てて駅の方へと向かって歩き出す。

 駅の近くまで来て、周りに先程の警察官がいないのを確認すると、ドッと疲れが押し寄せて、思わずため息が出た。

「はぁ……めちゃくちゃ焦った」

 私がそう呟くとその子はそんな私を見上げながら、

「さくらみたいだ·····」

と呟く。

 この季節、桜なんて咲いていないのに·····。

 その少年、関内椿くんの言葉に私はただただ呆れるしかなかった。


 

 少年は関内椿くんは小学三年生だそうだ。

 派手な格好と裏腹に、真面目ないい子で、その証拠に警官から逃げ切っての開口一番は「先ほどはありがとうございました」と丁寧に御礼だった。

「助かりました。此処にいるのはパパにもママにも内緒なので……」

「内緒? 学校は?」

「サボってます……悪い事だとは解ってるんですけど、早くあの場所をみつけないといけないから」

「あの場所?」

 私がそう聞くと、椿くんはスケッチブックと一緒に抱えていたノートを開いて私に見せた。

 所謂、自由帳。キャラクターものの表紙が特徴的なそのノートに描かれていたのは、全体に薄いピンクの霧がかかった、川と桜の木が満開に咲き誇って並ぶ美しい景色だ。

 季節はもう残暑であるし、桜の花もないから雰囲気は違うけれど、構図だけなら先程椿くんが警察に捕まった場所にとても似ていた。

「上手い絵だね。これ、椿くんが描いたの?」

「はい。それでお姉さん、もしかしてこの場所知りませんか?」

「えっ? ここってさっきの……」

そこまで言いかけて、椿くんは遮るように『違うんです!』と否定した。

「似てるけど違うんです。あの辺りの筈なのに。ずっと探してるんですけど」

「探してる……って、この場所を?」

椿くんはそう言うと、今度は持っていたスケッチブックを開いて見せた。

「お姉さんにはこの絵に何が描かれているか解りますか?」

 そこにはスケッチブックらしく、絵が描いてある。それも先程の美しい桜並木の絵を描いた、椿くんの絵だ。そこにはどんな景色が写っているのか·····という、そんな期待は一目で裏切られる。

 その絵は、なんというか、前衛的とでもいうのか、凄い絵としか私には言いようがなかった。

 幾何学的な模様があちらこちらを飛び回り、あらゆる色が散りばめられている。よく言えば子どもらしい。悪く言えば子どもが描くような滅茶苦茶な·····。

「これ、二か月前に描いた東京タワーなんです」

「はっ、えっ? 東京タワーって、あの東京タワー?」

 私がそう聞くと椿くんはとても恥ずかしそうに頷いた。

 しかし、何度意識的にその絵を東京タワーと思って見てみようとしても、それが私の知っているそれと一致する事はない。

 というより風景画にすら見えてこない。

 さっきの桜の絵と違い、東京タワーのあの形や目立つ赤い色さえも何処にあるのかが解らない。

 スケッチブックを椿くんから受け取り、他のページも見て見るが、ほとんど同じような感じで、何が描かれているか私には理解出来なかった。

 唯一判別できるのは先程の桜の絵だけだ。

「変ですよね·····お姉さんが見てるそれ全部、風景のつもりなんです」

 見えないでしょう?

 そう続ける椿くんに私は恥ずかしくなった。小学三年生の描いた絵に、同調する事も褒めることもせず。その驚きを隠しもせず顔に出している。

 むしろ椿くんの方が、喋り方といいとても大人じゃないか。

「ごめんなさい」

 そう謝ると椿くんは「大丈夫。慣れてるから」と私の手を握ってくる。体格差的に上目遣いなったせいか、無理に笑う姿はとても可愛らしく、どこか切なく見えた。

 コヤツ、聡い子というよりあざとい子なのでは?

 自分が本格的にショタコンを拗らせてきたかと、海外に行っている恋人の彼に妙な罪悪感を覚え始めた時、椿くんは余計に寂しそうにこう告げた。

「でも、ボクには世界がこんな風に見えるんだ」

 世界が? 次は中二病でしょうか?

 それには少し早い気が·····。それともからかってる?

 だがそんな思いはすぐに消える。握ってくれたその手は少し震え、目は今にも泣きそうで、

 それを必死に堪えている。

 椿くんは真剣に話をしている。なら、私も真面目に聞かなければ。子供の椿くんが見ず知らずの大人にこうも真剣に接しているのに、大人の私がそうしなくてどうする。聞いて、そして理解してあげなければ。

「その絵がお姉さんには東京タワーに見えないかもしれないけど。ボクには東京タワーその絵のままに見えてるんです。

 ううん東京タワーだけじゃない。全部、全部、ぜーんぶ。ボクには世界が色んな色と形に見えるんです」

 哲学的な話なのだろうか。ただ、その目は切実に訴えている。信じて欲しいと。

「ボクは音が見える体質なんです」

 


「音が見える·····体質?」

「ボクには音が色のついた模様で見えるんです」

「音が映像として見えてるってこと? じゃあ此処に描かれてる模様も」

「その時見えてた音。風景をそのまま描こうとするといつもそんな感じになっちゃう。ボクは見えてる風景をそのまま描いたつもりでも」

「じゃあ今の私の声も……」

「ピンク色の星が重なってるみたい。ちゃんと音は聞こえるから話すのに問題ないけど。ヘッドフォンとサングラスがないと、目の前がぐちゃぐちゃになって気持ち悪くなっちゃうんだ」

だから『さくらみたい』か·····。

 桜の季節でもないのに何故か疑問だった。しかし椿くんは私の声の事を言っていたのだ。ピンク色の星のような形。まさに、桜みたいだ。

 そう言われると悪い気はしないな。

 でも·····。

「ヘッドフォンからはギリギリ外の声が聞こえるぐらいの音量で波の音が流れてます。これである程度景色は落ち着くんだけど、それとサングラスで暗くして見やすくしてるんだ」

 私は椿くんをヘッドフォンとサングラスで、派手な格好をしている変な小学生だなと思っていた。しかしそれ等が無いとずっとこんな滅茶苦茶な世界を見続ける事になる。こんな歳頃の子が、他の人達が見ている景色とはまったく別の世界を見ている。同じものを見ている筈なのに。

 絵に目を落としながら、私ならこんな世界を見続けると思うと想像を絶した。

「でも桜の絵は、普通の·····」

 先程の自由帳の絵。あれだけは私にもハッキリと風景を描いているのが理解出来た。 

「何故かその時はハッキリと見えたんだ。すっごく、すっごく綺麗だったんだ!」

 そう嬉しそうに笑う椿くんは、今までで一番年相応の少年に見えた。

「三年前、たぶん小学校に入る少し前に弘明寺のお婆ちゃん家に来て。みんなで桜を見に行った時に見たんです。パパもママも妹も、お婆ちゃんも、みんないて·····」

「じゃぁ、お婆ちゃんに会いにここまで?」

「ううん、お婆ちゃんは去年死んじゃった」

「ご、ごめんなさい·····でも、それならなんでここに?」

「あの時はみんないたんだ。みんな仲良くて、パパもママも·····。でも最近、パパとママはケンカばっかり。そしたらママが『パパと離れて暮らす』って。

だから二人に仲直りしてほしくって。この絵の場所に連れていってこの景色を見れば、仲良かった頃の事思い出してくれるんじゃないかと思ったんです。

本当に綺麗だったんだよ。急にいろんな色や模様がパァーっと晴れて、桜の木が満開なのが見えて」

 そう話す椿くんはとても明るく笑っていたけど、すぐに俯いてしまう。

「でもみつからないんだ」

 それで椿くんは小学校をサボってまで探し続けていた。

 きっと、椿くんにとってその場所は特別なのだろう。ヘッドフォンもサングラスもいらずに見える景色。

 私達とは違う世界を見ている椿くんにとって、人生観すら変わるぐらいの場所なのかもしれない。

 だからきっと仲の悪い両親も、そこにもう一度行けば仲良くなってくれるかもしれない。そんな一縷の希望に縋っている。

 椿くんの目に映る景色は彩色華美な、混沌とした世界なのだろう。でも心に映る風景は色を失い始めてる。まるで今の私みたいじゃないか。こんな小さな子が。そんな淋しい風景を見るのは大人になってからで充分じゃないか·····。

「そっか。よし、その『想い出の場所』探し、私も手伝うよ。この辺りは地元だしね。ただし、来週からちゃんと学校は行く事。探すのは土日だけ。いい?」

「本当? ありがとうお姉さん!」

椿くんに笑顔が戻る。

 きっと海外にいる私の恋人も、こんな小さな浮気なら赦してくれるだろう。

 この子には笑顔の方がよく似合うのだから。心からそう思ったから。

 こうして私たちの『椿くんの想い出の場所を探す旅』は始まった。

 けれど·····。

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