13.道連れ宣告
時間は戻って現在、昼休みの図書館裏。
「……あのー、ところで【
ひとまず
「……何だ」
不機嫌な顔のままで、一鞘が先を促した。一応、答えるつもりはあるらしい。
「あと3人見つければ、解放してもらえます……?」
これは蒼にとって、大事な確認だ。早めに知っておきたいことである。
そうして恐る恐る一鞘と
(え、どういう感情⁉)
蒼は慌てた。
「あっ、えぇともう1つの条件の方もやるけど! でも、その……いつまで、とか期限が分かるとうれしいかなって……!」
「いや、そこじゃなくて」
一鞘が蒼の言葉に被せた。
「あと4人に決まってんだろ」
「えぇ?」
蒼は困り顔で一鞘を見た。
「だって、
「……あー。そうか」
頭をかきつつ、一鞘が独りごちた。どうやら、彼の中で何かしら納得ができたらしい。
「悪い。説明不足だ」
一鞘に素直に謝られ、蒼はぽかんとした。
「そもそも【五天】についての基礎知識を全然教えてなかった。そこから説明する。だから一旦質問は置いておけ」
「う、うん」
戸惑いながらも、蒼はうなずいた。
確かに昨日は一方的に要求をされただけで話を打ち切られていた。詳しくはまた後日と。
今は本当にさわりだけな、と前置いて、一鞘が早速講義……いや、説明を始めた。
「【五天】というのは、正確には
「えぇ?」
蒼は驚く。しかし、質問は一旦置くように言われていたので、何とか口を閉じた。
「昨日お前に
蒼は昨日のことを思い出す。確か、このふたごは
「……だから私は、正確には【五天】じゃない」
と、後に続いたのが、姫織であった。そうして、木の枝を拾い上げて地面に文字を書いていく。「
「……各家の龍能者を、それぞれこう呼ぶ」
サヤはこれ、と言いながら、姫織が「武」を丸で囲んだ。
「……もしかして、昨日風端君が自分が『タツ』って言ってたのって」
「何だ、お前覚えてたのか」
思わず口を挟んだ蒼を咎めることなく、一鞘が純粋に驚いたような顔を向けてきた。怒ってこないだけいいが相変わらず失礼な男である。
「い、一応。じゃあ、後のこの4人を探せばいいってことで……、あれ?」
姫織の書いた文字を見下ろした蒼は、首を傾げた。1つだけ、字が違う。
「あぁ、それは
蒼が「
「『アヤ』って読むんだ。こっちが正式名称」
「……何で字が違うの……?」
「『文』に『家』だと、『ぶんけ』とも読めるだろ。本家、分家の分家と混じってややこしいんだとよ」
「へぇ……」
と漏らしてはみたものの、蒼にはよく分からない言い分である。
「まぁとりあえず、
「うっ……」
改めて命じられると、無茶ぶりだと実感させられる。
「まぁ聞けよ。まず、お前は龍能を感知できる。あれは本来、龍能者以外には感知できない」
蒼は瞬いた。確かに、講義の最中も道場での時も、一鞘の龍能にまったく騒ぎが起きなかった。しかし、
「……他の五家の人でも?」
「あぁ。あれは呪力をまったく使わずに龍世に作用する力だからな。同じ力を持つ人同士でしか分からない」
「えっじゃあ何であたし分かったの」
「そんなの知るか」
むしろこっちが訊きてぇわと一鞘はにべもない。
「……が、ここにも例外がいるからな」
と、気を取り直して見下ろした先は、一応は本を閉じてくれた姫織であった。
「狭見さん?」
「こいつは龍能は使えないが、龍能を感知できるし、アテられることもない」
「アテられ……?」
「……昨日、あなたが腰を抜かしていたようなもの」
と、姫織が続けた。
「……普通、龍能を浴びればあんな風になる。でも、龍能者同士は普通でいられる」
「姫織も平気なんだよ」
「す、すごい……」
あんなのを目の当たりにして、動じないでいられて、腰を抜かしたりもしないなんて。
「……サヤのふたごの妹だからだと思う」
姫織が淡々と付け足した。蒼はその言葉に、思わず口を開いた。
「へぇ、風端君がお兄さんで、狭見さんが妹なんだ」
するとその兄妹が変な顔をした。
「……それ、そんな大事か?」
「えぇぇ⁉」
一鞘の本気で思っているらしい言葉に、蒼は素っ頓狂な声を上げた。見れば、姫織も同意見らしく何とも言えない顔のままうなずいている。
(な、何かダメだったのかな……⁉)
わたわたしている蒼を眺め、一鞘が「まぁいいけど」とぼやいた。
「それと、やめてくんない。『君』付け」
「……へっ?」
今度は蒼が呆気に取られる番だった。
「……私も。『さん』付け好きじゃない」
「えぇっ!」
姫織までもが渋い顔をしている。まさか2人から、そんなことを嫌がられるとは思ってもみなかった。
「『一鞘』と『姫織』でいいから。普通に」
「わ、……分かった」
さらに意外には思ったものの、そこには触れないでおく。てっきり2人とも、馴れ馴れしくされるのは嫌なんじゃないかと思っていたのだが、
「おだてられてるみたいで嫌なんだよな」
「……本当に」
(な、なるほど)
確かにそっち方面はもっと嫌がりそうだなと納得できた。
「……で、お前の話に戻るが」
「あ、うん」
「お前はおれと姫織の目がどうとか言っただろ。あれって、龍能に関係してるんじゃないかと思ってるんだが」
「………………………………」
「おい、何とか言えよ」
言いたくないなぁ。と思いつつ、蒼は大人しく口を開いた。
「……そうだと思う。龍能使ってた時、目にその光がはっきり出てたし」
「本当か」
「はい……」
じゃあ使えるな、うん、と話し合ってるふたごに、蒼は遠い目になる。あまり確信させたくなかったのだが、これを言わなくてもこき使われる未来が容易に想像できた。
それとふたごはやはり、目に関することは分からないらしい。
「じゃあそれで他の
もはや何の躊躇もなく命令口調である。蒼は一応異議を申し立てた。
「あのー、でも、五家ならいつでも集まれるんじゃ……?」
「いや。家によって役割がまるで違うからほとんど集まらない。【五天】が顔合わせするのは龍から
「そうなる前に、会いたい……?」
「あぁ」
「どうして?」
「何でもいいだろ」
ひどっ⁉ ……とは思ったものの、蒼は今度はその言葉を呑み込んだ。今そんなことを口走ったら、「何か文句あんのか」とガンを飛ばされるのは目に見えている。
「……じゃあ、上位の妖を感知したら知らせろっていうのは?」
蒼はもう1つの要求の方に話を変えた。【五天】を探せというのはまだ根拠があるが、こっちについては本当に意味が分からなかったのだ。
「お前、龍能だけじゃなくて邪気にも敏感だろ」
「⁉」
ズバリ言い当てられ、蒼は絶句した。特に隠していたことではないが、少なくとも戦闘科の人にそれを話した覚えがない。1年生の講義内容的に、その特技を披露する機会もないというのに。
「……極めて邪気が微弱な妖に、普通に気付いてたから」
と言ったのは、姫織であった。それに、と言いながら、何故か悔しそうな顔をする。
「……私の監視に、気付きかけてた」
「…………………………」
どうやら蒼の弱みを調べ上げたのは、姫織だったらしい。確かに気配を消すのが上手そうだ。
「……でも、ここは結界の中だし、龍脈が通ってるんだよ?」
蒼は気を取り直してさらに尋ねた。確かに結界内部に妖が出没することはあるが、それこそ邪気の微弱なものがほとんどだ。
これにも、姫織が単純明快に答えてくれた。
「……龍能者は、妖を惹きつけやすい」
蒼は、目を瞬かせた。
「このあたりの土地には龍脈が通っているけれど、それでも、妖は寄ってくる。下位の妖なら即対処も簡単だけど、上位の妖だとそうもいかない」
妖の強さを下位、中位、上位と分けるが、この強さは殺傷力や凶暴さといった単純な危険性だけを示しているのではない。頭の良さや抑制力、どういった力を持っているかも含まれる。そして大抵の場合、上位の妖ほど邪気を隠すのが上手い。……獲物を襲う、その瞬間まで。
(……確かに、お父さんと一緒に上位の妖に会ったこともあるけど)
蒼は戸惑いながらも、口を開いた。
「でも、今のところそういうのは感じないよ。……本当に下位の妖なら、見かけるけど」
「お前思いっきり触ったり話しかけたりしてるんだもんな」
冷めた声で弱みを指摘され、蒼はギクリと固まった。まぁ無害だから別にいいけどな、と一鞘はどうでもよさげに言ってのける。
「とにかく、これから先そういうのを感知したらすぐに報告しろ」
「う、うん……」
半信半疑な気持ちが抜けきらないまま、蒼は大人しくうなずいた。
「まぁ、【五天】を見つけるのが最優先だけどな」
(やっぱりそっちが本命かぁ)
と納得していた蒼は、「ん?」と急に思い至った。
「……待って、それって
「お前、そこに気付くの遅過ぎだろ……」
「……時差……」
ふたごは最早あわれみの眼差しである。しかし、蒼はそれどころではない。
「さすがにそれは無理だよ! だって、龍世って人口……どのくらいか忘れたけど、ずっとそんなことやってたらあたし、絶対おばあちゃんになってる‼」
「龍世の総人口は約1億4000万人だろ」
一鞘がさらっと嫌なことを言う。
(1億‼)
蒼はもうめまいがしてきた。……すると、肩にぽんと載せられる手が。
「……全員見つかるまでは、道連れだから」
「……。へ?」
姫織の不吉なささやきに、蒼は凍りついた。
「そっ、それってつまり……⁉」
「安心しろ。【五天】はこの学校にいる同級生だから。全員。これで大分しぼれただろ」
「はい⁉」
一鞘もムチしかなかったところに急にアメを転がしてこないでほしい。しかもそんな軽過ぎる調子で。
何でそんなこと言い切れるのかと問いかける前に、
キ――ンコ――ンカ――ンコ――ン…………
チャイムの音が、死刑宣告のように鳴り響いた。
「……あぁっ、講義‼」
それが講義開始の合図だということに思い至り、蒼は顔面蒼白になった。3人がいるのはひと気のない図書館裏で、教室までは走っても5分はかかってしまう。しかも今から始まる講義は、あの
「言ったろ、道連れだって」
一鞘が悪びれず、しれっと言ってのけた。
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