消したい日の、消せない気持ち

川清優樹

消したい日の、消せない気持ち

 目の前の波打ち際に寄せる水。髪の後ろの落ちてく夕陽。きれいで、きれいで、きれい過ぎて。


 大嫌いだ。


「……くっそぉ」


 あたしの初めての……少なくとも、憧れとかそういうのじゃなくて、初めてそうだとマジメに自覚したその恋心は砕けた。


 思いが実るって島外の場所にお小遣いはたいて行ってお祈りをして、ここで好きだと言えば絶対に結ばれるって場所を選んで、姉ちゃんからめっちゃ高い香水まで借りてラッキーだって日を選んで色にまで気をつけて。


 やれることは、全部やったのにこのザマだ。


 小学校の頃からの習慣の日記には、最近はずっとこの時を指折り数える文章が重なってた。学校のこと、友達とのこと、家族とのこと。


 その中でアイツとの事がどんどんどんどん増えていって、そして今日が来たのに。こういうお話ってハッピーエンドが相場じゃないの? ねえねえ神様仏様。


「ばかやろー……」


 しかも。やられたのは真剣で丁寧で優しいお断りだ。ひどい言葉をかけられた、とか笑われたとかそんなんならまだいい、どれほど良かったか。

 

 あたしの気持ちを尊重して? だからこそスパッとはっきりと? これはあたしの感想だけど、実際さっきまでのあいつに態度はそんな感じだった。


 は、カッコいいーなー、ばかやろう――

 ――ちくしょう、ちくしょう、大好きだ。


 真っ向勝負のその結果、思いっきりぶった斬られた。だから後悔はない……それはうそ。そんな簡単に割り切れるもんじゃないけど、少なくとも涙は出なかった。

 

 バッグの中から日記帳を取り出す。ページをめくれば一つ一つに気持ち悪いほどにあふれてる思いは、今は無念のカタマリでしかない。


「あたし、本気だったんだなあ……」


 水が少しずつ押し寄せてくる。風がどんどん強くなってくる。いっそ書きまくったページを引きちぎって投げ捨ててやろうかと思ったけど、やめた。


『もうすぐ、日が暮れます……』


 幼稚園の時に習ったメロディにあわせて町内放送が流れる。早くお家に帰りましょう、か。今のあたしの気持ちを持って帰って、なんてできそうにない。だから、だから。


「こお……の…っ!」


 あたしは浜に降りた。そこでつま先でざくざくと砂を削る。


 あいつの名前、あたしの名前、好きだった、と過去形にして文字にして。


「……どう、よ」


 これが今日の思い。日記に残さない、残せない、残したくない、でも刻んでおきたい、あたしのだ。


 あたしより背伸びした影の頭は、もう水の近くに届きそうになっている。そんな中で書き終えたそれは、ぐにゃぐにゃのきたない文字で今のあたしの気持ちにぴったりだった。


「……はあっ……ばっかみたい……」


 だから波が持っていって欲しい、背中に沈んでく夕陽と共に焼け消えて欲しい。きれいに、きれいに、きれいさっぱり。

 

 今日の日記は書かない、書けない。習慣になってる日記の、たぶん初めての空白のページだ。


 ……明日からは、またちゃんと書こう。


 消したい日の消せない気持ちを、今日とあたしの中だけに置いていって。




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消したい日の、消せない気持ち 川清優樹 @Yuuki_Kawakiyo

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