38. 嫌な予感

 戦うのが面倒くさい厄介な敵。都合良く見つかった階段。追い立てられるように攻撃されて、どうにか階段にたどり着いたら攻撃が止む。まあ、相手は身動きがとれない魔物だから、攻撃が止んだのは当たり前なのかもしれないけど。


 でも……なんだか、気にかかるよね。


「トルト、どうしたの?」


 気づけば、ハルファが僕の顔をのぞき込んでいた。他のみんなも心配そうに僕を見てる。どうやら考え込んでしまっていたみたい。


「実は――」


 黙っていてもしょうがないので、僕は湧き上がってきた懸念を話す。それを聞いたみんなの顔も渋い表情に変わった。たぶん、僕の懸念を否定できなかったんだと思う。


「もしや、この先に罠が?」


 レイが階下を見据えて呟く。


 わざわざ誘導されたんだ。確かに、罠が仕掛けられている可能性は高い。いや、もしくは――


「この階段自体が罠って可能性もあるよね……」


 ダンジョンの制御権を奪われているんだとしたら、偽物の階段を作り出すことだってできそうだ。


「どういうこと?」


 具体的に何かを思い浮かべていたわけじゃないけど、サリィに問われて少しだけ考えてみる。すぐに嫌な想像が頭を過った。


「階段のように見せかけて、実は巨大な魔物の口の中だったり……」


 自分で言って怖くなり、思わず入り口に視線を向けた。釣られて、みんなもそちらを向いた気配がある。幸いなことに、入り口に変化はない。


 とはいえ、安心はできないよね。もう少し先に進んで、簡単に脱出できなくなったところで本性を現す可能性だってある。壁が魔物化した以上、階段がそうでないとは限らないんだ。


「俺が先を見てきましょうか」


 アレンが申し出てくれる。確かに、不安だからといって、じっとしているだけでは意味がない。罠かどうかを見極めるためにも、偵察するのは悪くない考えだ。


「いや、空気ゴーレムに行ってもらおう。アレンは伝達役をお願い」

「わかりました」


 ダンジョン前でやったように、素材の追加投入で膨張する空気ゴーレムを先行させる。何か起こるんじゃないかとビクビクしていたけど、予想に反して何事もなく、すぐに次階層に到達したと連絡があった。その後も階段周辺を探ってみたけど、特に罠らしき物はないみたい。結局、普通の魔物に遭遇して、ゴーレムがやられてしまうまで、問題なく探索は続けられた。


 考えすぎだったかな。でも、怪しいのは確かなんだよね。


 みんなもそう思っているのか、偵察結果が腑に落ちないって様子だ。警戒を保ったまま、数人ずつにわけて階段を降りることになった。僕は最後の組だ。


 前の組は何事もなく出口まで進んで、僕らの番になった。一緒に降りるのはレイとミルだ。一歩進むたびに、警告のように“このまま進んでは駄目だ”という考えが浮かび上がってくる。裏腹に、罠らしきものが発動する様子はない。結局、僕らは全員無事に階段の出口に集まることになった。


「罠はなかったみたいね」

「そうだな……」


 ミルがほっと息を吐く。けれど、同意するレイの顔に安堵はない。他のみんなも安心と不審が半々混じりって感じだ。


「ええと……どうする? 進む?」


 スピラがすっきりしない表情で尋ねた。みんなで顔を見合わせるけど、返事はない。不信感は拭いきれないけど、何事もなかった以上は進むべきか。そんな感じで考えあぐねているみたい。


 だけど、僕の心は決まっていた。


「いや、戻ろう。戻らないと駄目だと思う」


 階段を降りる度に、戻らなきゃって衝動が強くなった。不安がそう思わせているのかと思ったけど、きっとそうじゃない。僕の中の何かが、訴えかけているんだ。


「たぶん、ヨーゼフは前の階にいるよ。そして、何かとんでもないことをやろうとしている。引き返さなきゃ」


 壁の魔物が僕らを誘導していたのは間違いないと思う。でも、それは僕らを罠にかけるためじゃない。さっさと下に行かせるためだ。自分たちは十二階層に身を隠し、僕らに無駄な探索をさせるつもりだったんだろう。狙いは、きっと時間稼ぎ。何をやろうとしているのかはわからないけど、とてつもなく嫌な感じがする。急いで止めないと。


「トルト! 駄目だよ、トルト! 元に戻って!」

「えっ……?」


 気がつけば、ハルファに抱きつかれていた。レイやローウェルも険しい表情をしている。


「みんな、どうしたの?」

「いや、何と言えばいいのか……」


 意味がわからず尋ねると、レイからはそんな要領の得ない言葉が返ってきた。ハルファは僕に抱きついたまま幼子のように泣きじゃくっているし、本当に状況がわからない。助けを求めるように視線を彷徨わせると、いつになくキリッとした様子のシロルと目があった。


『トルト。お前、神になりかけてるぞ。さっきは神気が漏れてたんだ』

「神気、なにそれ?」

『あれだ! ガルナの邪気とか、そんなのだ!』


 神気とは邪気とか、廉君の運命素とかをひっくるめた言葉で、要は神様としての力のことを言うみたい。そんな神気を放つ存在を人は“神様っぽい”と感じるんだって。だから、みんな僕が神になりかけてると思ったみたい。


 そう言われても、僕には全然実感がないんだけどね。そもそも、その神気っていうのもよくわからない。正直、今まで会った神様も、見た目や登場の仕方以外で神様っぽさを感じたことがないし。僕って鈍いのかな。


「うーん、そうなのか。神様になるつもりはないから、それはちょっと困るね……」

「軽いな」


 ローウェルが呆れたように言うけど、深刻に考えたところでどうにかなることでもないからね。それに、どうにかなるんじゃないかって思ってるし。


「まあ、それについては後で考えるよ。それよりも、急いだ方がいいかも」


 僕の嫌な予感が、神様の力による物なのだとしたら、こうしている間にも取り返しのつかない状況に追いやられてしまうかもしれないから。

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