23. とりあえず一段落……のはずが

 みんなで考えた範囲浄化の魔道具はちょっとだけ作るのに手間取った。作ること自体はできるんだけど、思惑通りの効果が得られなかったんだ。たぶん、獣除けの結界を部屋として認識できなかったんだと思う。そのせいで、クリーンが発動しなかったんだ。


 だから、魔道具を作る前に、認識を変えるトレーニングをすることにした。僕自身が使う分には魔道具は必要ないからね。これならマナの消耗を気にせず訓練できるってわけ。


 最初は何度も失敗したけど、結界に薄ら色をつける工夫を思いついてからは、上手く発動させることができるようになった。何度も繰り返していくうちに認識が切り替わったのか、色無しの結界にも作用させることができるようになったよ。やっぱり、トレーニングって大事なんだね。


 あとは付与してできあがり……でも、良かったんだけど、トレーニングで認識を変えられることがわかったから、もう少し性能向上させてみようと思ったんだよね。


 次に何を目指したかと言えば、効果範囲の拡大。つまり、より大きな部屋を浄化できるように訓練したんだ。


 今回の実験で初めて気づいたんだけど、僕のクリーンは対象とすることができる部屋の広さに限界があったんだよね。宿の個室くらいなら大丈夫なんだけど、冒険者ギルド本部のホールを対象としたら上手く発動しなかったんだ。色々と試したら、支部長を集めて説明会をした会議室くらいが限界だったみたい。


 そこで、獣除けの結界の範囲をちょっとずつ調整して、部屋と認識できるサイズを広げることができないか試してみたんだ。こちらもうまくいった。最終的にどれくらいの範囲を浄化できるようになったかはわからないけど。何しろ、簡単に確認できる範囲はすんなり越えちゃったからね。少なくとも、ギルド本部をすっぽりと覆う範囲は浄化できるようになったよ。


 ……そのせいで、ちょっとした騒動が起きちゃったけど。


 前もって実験について報告しておけば良かったんだけどね。今回は突発的に試したものだから、突然部屋が綺麗になってパニックになる職員さんがいたみたい。ローゼフさんからも遠回しに注意されちゃったよ。


 まあ、色々あったけど、努力の甲斐もあって、範囲浄化魔道具は満足いくできに仕上がった。ローゼフさんも喜んでくれたはずだ。なんか、奮発しておいて良かった……みたいなことを呟いていたけども。


 とはいえ、一つ作って任務完了とはいかない。そのあともコツコツと作っては納品を繰り返している。


 そんなある日、マジックハウスに来客があった。やってきたのはラングさんだ。


「粘銀種たちの掃討は順調です! 流石は浄化の神器……あ、いや、魔道具でしたな……まだ」


 粘銀種……僕らの言うところの銀の異形の討伐状況を知らせに来てくれたみたい。作戦は順調に推移しているようで終始ご機嫌だ。


 それはいいんだけど、僕の魔道具をすぐに神器扱いしようとするんだよね。ジト目を向けると訂正してくれるけど、何度も同じやりとりを繰り返してるから、たぶん反省はしてない。困ったものだよ。


「役に立ったなら良かったです。それなら魔道具作りは終わりでいいですか?」


 ここのところは、ずっと魔道具作りに専念していた。それが嫌だというわけじゃないけど、同じ事ばっかりするのは流石に飽きるよ。そろそろ別のことがしたい。もちろん、問題が解決したことが前提だけどね。


「それなのですが……あ、いえ、何でもありません」


 ラングさんは一転して微妙な反応だ。何か言おうとして口を噤む。意図したことじゃないだろうけど、そんなことされるとかえって気になっちゃうよね。


「何か問題が残ってるんですか?」


 重ねて問いかけると、ラングさんの眉がへにょりと下がる。


「問題と言えば問題なのですが……トルト殿の手を煩わせるわけにも……」


 気が咎めるのか、ラングさんの口はどうにも重い。だけど、困っているのは間違いなさそうだ。


 そこにハルファが助け船を出した。


「言うだけ言ってみたらいいんじゃない? 私たちもお手伝いできることがあるなら、やるよ! ……私たち、あんまりやることないし」


 最後にポツリと呟いた言葉が本音のような気もするけど。スピラとシロルもうんうん頷いているね。


 まあ、確かに、ハルファたちにはちょっと退屈だと思う。ラフレスは国ってことになってるけど、ほぼ冒険者ギルドの本部とその関連機関があるだけだもの。せめてダンジョンでもあればいいんだけどね。


 一応、ここに新人冒険者向けの訓練ダンジョンを作ろうって話もあるけど、今のところ全然進んでいないんだ。ダンジョンを作るには神様の力が必要だけど、最近忙しいみたいなんだよね。異形たちの動きが活発化したせいで、そちらへの対応で大変なんだって。


「それなんですが……トルト殿に、追加の魔道具を作って欲しいという要望が……」


 ラングさんは申し訳なさそうにしている。うーん、そういうことなら、ハルファの出番はなさそうだ。


「でも、粘銀種の討伐は終わりそうなんですよね?」

「……はい。ですから、これは冒険者たちのわがままというか……」

「わがまま?」


 どういうことかというと、全支部に魔道具を配備して欲しいという要望があるみたいだ。現状では、支部の数に対して、魔道具が圧倒的に不足しているからね。それでも、融通しあうことで粘銀種の撃退はできたんだけど。


 でも、そのときに彼らは気づいてしまったんだ。広範囲お掃除魔法の便利さに。


 粘銀種の危機があるときは、譲り合うことができていた。だけど、その危機に終わりが見えてきた今、魔道具を独占しようという動きがあるんだって。中には粘銀種をあえて全滅させず、まだ残党がいるという理由で魔道具を手元に置こうとする支部もあるみたい。なんだかなぁ。


「緊急性はなさそうですね」

「その通りです。本当に申し訳ない……」


 ラングさんは恐縮している。


 僕の魔道具が役に立つのなら、それは喜ばしいことなのだけど……この件に関しては急ぐ必要はなさそうだね。今回はお断りしようかな。


 そのときだった。ばたばたと騒がしい音を立て、ピノが飛び込んできたんだ。


「ご主人、ご主人、きんきゅー事態だって! 偉い人が呼んでるってよ! そこのおじさんも!」


 偉い人っていうのは、ローゼフさんのことかな。いったい、何だろう。

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