43. 理を支配する

 何の呪文かわからないけど、僕らにとって不都合な展開になるのは間違いない。黙って見守っている場合じゃないよね。呪文を唱え終わる前に先制攻撃だ。


 相手は銀の異形を宿した教団幹部。となれば、攻撃手段はクリーン一択だ。効果が大きし、周囲への被害も抑えられるからね。


 銀の異形を浄化する特殊なクリーンは本来僕にしか使えない。だけど、付与魔道具にすれば別だ。すでにプチゴーレムズを含めてパーティー全員に配ってあるから一斉攻撃できる。


「みんな、浄化するよ!」


 ユーダスは平気そうだったけど、それでも銀の腕の一部は浄化できたんだ。全員で放てばそれなりに効くはずだ。


「俺は妨害に回る」

『僕もそうするぞ!』


 ローウェルとシロルはそう言って幹部たちにむかって走り出した。浄化クリーンの力は当然男たちも見ていたはずだ。無防備に受けるはずがない。ローウェルたちは攻撃を仕掛けて、回避行動を取らせないようにするつもりみたい。クリーンなら誤射しても平気だしね。


 だけど、僕らの動きは一足遅かった。


「「壁よ、聳え立て!」」


 幹部の男たちが声を揃えて言い放つ。同時に、男たちを囲むように石の壁がせり上がってきた。直後に放った僕らのクリーンは、壁に阻まれてしまったらしい。土埃に汚れた壁が、一瞬で綺麗になった。


「なにあれ? ストーンウォール?」

「どうだろう? 効果は似てるけど……」


 ハルファの疑問に答えながら、僕も首を捻る。壁を生成する魔法として有名なのはストーンウォールだけど、男たちが使ったのは違うもののような気がする。出現した壁はストーンウォールよりも固そうだし、彼らをぐるりと囲うように出てきた点も異なる。何より、呪文が僕の知るものと全然違った。詳しく聞き取ることはできなかったけど、そもそもあれはこの世界の言葉だったのかな……?


 気になるけど、考え込んでいる時間はない。


「はぁっ!」


 壁に迫ったローウェルが剣を振るった。僅かな間で数度切りつけたみたい。分厚い石壁が一瞬でバラバラになった。さすが、ローウェルだ。


「突貫だ!」

「了解!」


 隙間ができたと見て、プチゴーレムズがアレンを先頭に突撃していく。壁の中からクリーンを使うつもりだろうか。ローウェルは引き続き、壁を壊しているみたいだ。だけど――……


「ぐっ!?」


 突然、ローウェルが勢いよく吹き飛んだ。ちょうど駆け寄ろうとしたアレンたちも巻き込まれる。


 何が起きたのかよくわからなかった。


 いや、そうじゃない。それは僕にとってはよく見る光景だ。ただ、敵方から使われるとは想像もしてなかった。


『この壁、腕が生えたぞ!? ゴーレムか?』


 シロルの言うとおり、男たちが作った壁からは大きな土の腕が生えていた。それがローウェルを殴ったんだ。まるで、僕の作ったゴーレムみたいに。


 石壁がぐにゃりと動いた。中央にいた男たちに纏わり付くように姿を変えていく。石塊は男たちを完全に包み、3mほどの石像が二つできあがった。


 いや、石像と呼ぶのは適切じゃない。だって、アレは動いている。まるで、中にいる男たちの動きに連動するかのように。


 だから、アレはきっと巨大な石の鎧だ。普通なら身動きもとれないはずなのに、ゴーレムみたいにスムーズに動いている。


『ぬはははは! 我らの力はこの世界を蝕む。この程度のこと、造作もないのだ!』

『我らの力は理すらも支配する。これならば浄化の力も効くまい』


 男たちが勝ち誇ったような声を響かせた。その声を無視して浄化クリーンを放ってみたけど……その笑い声に変化はない。石鎧に阻まれて浄化の力が届かないみたいだ。


 どうやら、アイツらは僕のクリエイトゴーレムみたいに、土を思い通りに変形させることができるらしい。少し驚いたけど、それだって手はないわけじゃない。あっちがそんなものを使うのなら、こっちだって!


「地面ゴーレム! アイツを倒して!」


 都合良く、ゴーレムはすでに作ってある。指示を受けたゴーレムは、拘束していたバンデルト組の下っ端たちをぺいっと吐き捨てた。ぐごごと身を起こしつつ、埴輪型に変形する。その高さは5m以上だ。アイツらの石鎧よりも大きい。これなら!


「――!」


 声もなくゆっくりとした動作でゴーレムが拳を振り上げた。


『ぬはっ! ぬはははは! 無駄なことを!』

『我らの力が理解できておらぬと見える』


 攻撃が迫っても、石鎧たちは余裕を崩さない。どころか、逃げもせず防ぎもせず、ゴーレムの動きをただ見ている。


「えっ?」


 思わず声が出た。石鎧たちに届く直前、ゴーレムの動きが止まったんだ。いや、ゴーレムはたしかに右腕を繰り出そうとしている。だけど、何らかの抵抗によって、動けなくなっているみたい。


 ゴゴゴとゴーレムの体が軋むような音を立てた。


『トルト! このままだと、壊れるぞ!』


 シロルの警告。慌てて、ゴーレムを下がらせようとしたときだ。


「――!」


 聞こえないはずの断末魔が聞こえた気がした。


 ゴーレムの体が崩れる。ただの土に戻り、そのままぼとぼとと地面へと還っていく。


『ぬはははは! 脆い、脆いなぁ!』

『ゴーレムとて我らの支配からは逃れられん』


 アイツらが何をやったのかはわからない。だけど、僕のゴーレムを無害化する力を持っているみたいだ。

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