36. 困ったときはやっぱりコレ!

 ラウヤさん……いやラウヤでいいか。彼の潜入工作員としての資質はおいとくとして。


「デンデさんが協力してくれるって言ってたから、ギルドに運ぼうか」

「了解~!」


 ラウヤは簀巻きのまま冒険者ギルドに運ぶことにした。尋問に関しては、僕らは素人だからね。専門家……かどうかはわからないけど、デンデさんが手伝ってくれるって言ってたから、素直に頼ることにしたんだ。危険そうならダンジョンで対処しようと思ったけど、この人なら大丈夫だろう、たぶん。


「や、やめろ! やめてくれ! 何でも――……」

「うるさ~い」


 俄に騒ぎ出したラウヤの口に、ピノが何かを突っ込んだ。あ、ニンジンだ。


 予想外の出来事にラウヤは目を白黒させている。その隙を突いて、アレンとミリィが簀巻きを担ぎ上げた。シャラは追加のニンジンをピノに手渡している。ピノがニンジンを両手にニッコリと笑った。ラウヤが口の中のニンジンを処理したら、即座に次のを装填する構えだ。


 それを見たラウヤが諦め顔になって、咀嚼するのをやめた。それが正解だと思う。無闇に張り合っても、際限なくニンジンを食べさせられるだけだからね。


 酷い扱いだけど、相手が敵対組織の工作員であることを考えるとわりと穏便だ。でも、シロルだけはしかめ面をしてる。


『うっ……あれはつらいぞ』

「シロルは生のニンジン、苦手だもんね」


 ハルファが笑う。


 何でも食べるシロルだけど、好き嫌いはあるんだよね。新鮮なニンジンは生でも美味しいんだけどなぁ。




「おお、捕まえたか。この有様ってことは、コイツも銀の力を手にしていたのか」


 冒険者ギルドに到着すると、デンデさんが待ち構えていた。アレン達が運んできた簀巻きを床に落とすと、それを見下ろす。


「道化のラウヤも出世したものですね」


 ギルドにはジェスターさんもいた。同じく簀巻きのラウヤを見下ろしている。


「道化?」

「ああ、コイツの二つ名のようなものです。まあ、そんな大層なものじゃないんですが」


 何でも、このラウヤはある意味で有名人らしい。潜入工作員としては二流もしくは三流。だけど、運だけは良くて、なんだかんだ成果を持ち帰るという実力があるんだかないんだかわからない人なんだって。行動が素人くさくて、狙いがいまいち掴めないこともあり、それでいていつの間にか目的を果たしている要注意人物。だから、道化なんて二つ名がついているみたい。


「いくら運が良くても、相手がトルトじゃね」

「そうだね。どうにもならないよね」


 ハルファとスピラが腕を組んでうんうんと頷いてる。


 相手をした覚えはないけど、意外とそうなのかな?


「それで、デンデさん。尋問をお願いしたいんですけど」

「ああ、任せろ」


 ラウヤの尋問をお願いすると、デンデさんは快く引き受けてくれた。ニヤリと浮かべた笑顔はモヒカンと相まって、悪役感が凄まじい。その分、頼もしくもあるけどね。


「嬢ちゃん、コイツを貰ってくぞ」

「ニンジン? 別にいいよ~」


 デンデさんは、ピノの持っていたニンジンをひょいと掴むと、簀巻きを引き摺りながら奥の部屋へと向かった。その後をジェスターさんが続く。


「やれやれ、食べ物を粗末にするのは感心しませんよ」

「なぁに。事がすんだ後は、コイツ自身に処理させればいいのさ」

「なるほど。それなら問題はありませんね」


 ……あの二人。ニンジンで何をするつもりなの?




 二人が戻ってきたのは、わりとすぐだった。その後ろには見知らぬモヒカンがいる。いや、あれ、ラウヤだ。


「素直に吐いたので、スムーズに聞き出せた」

「ニンジンもおいしく頂いてもらったので、ご心配なく」


 ニッコリ笑顔がかえって恐ろしいけど、何をしたのかは聞かないでおこう。少なくとも見える範囲でラウヤに怪我はない。きっと穏便に話してくれたんだ。そうに違いない。


「それで、何かわかりました?」

「ええ。少々不味い事態かもしれません」


 尋ねると、ジェスターさんは暗い表情で頷く。


 今、バンデルト組の支配地域では、おぞましい計画が進行しているみたい。その内容は、支配地域の全ての人々に銀の力を植え付け、異形へと変えてしまおうというもの。やり方は“銀化薬”という特殊なパウダーを、住人の食事に混ぜるだけ。


「パウダーを一定量摂取したあと、彼らの信奉する神への信仰心が高まると、力に目覚めるらしいのです。そうした者を教団は幹部として迎えるのだとか」


 本当に酷いやり方だ。住民は知らず知らずのうちに異形に取り込まれてしまうことになる。完全に同化してしまえば、浄化クリーンでも元には戻せない。そうなる前に、何とかしなくちゃいけないけど……。


「ところで、何でラウヤは無事だったの? 幹部になったってことは銀化の力に目覚めたんだよね?」

「おそらくですが、信仰心が足りずに力が活性化していなかったのでは? 元からの教団員なので、パウダーを一定値取り込んだところで幹部に取り立てられたのでしょう。上の者は、信徒にもかかわらず信仰心ゼロの者がいるとは想像もしてなかったんでしょうなぁ」

「あ、ああ、なるほどね……?」


 ジェスターさんの推測にまさかと思う反面、妙に納得してしまった。当のラウヤは照れくさそうに頭を掻いている。照れるところでは無いと思うけどね。


「でも、そういうことなら、力に目覚めていない住人がほとんどかな。それならまだなんとかなりそう」

「そうだな。支配領域に取り込まれたばかりの住人は無事だろう。バンデルド組の元の支配地でも住人の全てがエルド・カルディア教団に傾倒しているわけではないだろうからな」


 僕の言葉に、デンデさんが頷く。しかし、ジェスターさんは不安げだ。


「しかし、のんびりはできませんよ。ダンジョンの恩恵を受けて、住人はバンデルド組の支配を受け入れつつあります。エルド・カルディア教団による住民の教化も進んでいるでしょう」


 その可能性は高そうだ。この街で教団が仕掛けてくるのを待ち受けようと思ったけれど、そんな猶予はないかもしれない。


 状況はよくない。こんなときにどうするかと言えば――……


『お、使うんだな?』

『何度見ても意味がわからんが……それがあれば何とかしてしまいそうじゃのう』


 シロルはわくわく、ガルナはやれやれと言った表情で、僕の取りだした箱を見る。もちろん、ただの箱ではなくパンドラギフトだ。ピンチのときにはやっぱりこれだよね!

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