余裕の一戦目

 わあわあと騒ぎ立てる人の声が、会場を埋め尽くしている。興奮した観客が各々好き勝手に叫んでいるから、何を言っているのかはさっぱりわからない。まあ、そもそも意味なんてないのかもしれないけど。


 そんな中だというのに「トルトがんばれー!」というハルファの声がはっきりと聞こえる。視線を向けると、観客席の前方で手を振っていた。隣にはスピラも座っている。彼女はローウェルに声援を送っているようだ。シロルはハルファの膝の上で暢気にあくびをしているね。


 僕とローウェルが立っているのは、円形闘技場。結局、ギュスターさんの提案を受けて、闘技大会に参加することにしたんだ。ソロ、タッグ、チームの三部門があったんだけど、僕らが参戦したのはタッグ部門。チームならハルファとスピラも参加できるんだけど、そうなるとシロルだけのけ者になる。それに闘技場は狭く、接近戦が主体となるため、ハルファには不利なんだ。そういうこともあって、ローウェルと二人での参加を決めた。


 カンカンカンと鐘が鳴ると、徐々にざわめきが収まっていく。対戦前の戦士紹介が始まる合図だ。


「東門! グローダンド闘技場の王者と元王者がタッグを組んだぞ! 神拳のラグザと焔使いレンドロの参戦だ!」


 観客席の中央あたりに設置されている舞台に立った男性が、まずは相手コンビを紹介した。魔法でも使っているのか、朗々とした声が、会場全体に響き渡る。それを聞いた観客がどっと盛り上がった。


 再び、響く鐘の音。お客さんも慣れているのか、すぐに騒ぎは収まった。


「西門! レイノス氏族ギュスター様の推薦、トルト&ローウェル! Bランク冒険者の実力を発揮できるか!」


 意外なことに、僕らの紹介のあとにも、大きな歓声が上がった。もう騒げればなんでもいいのかもしれない。ブーイングが起こるような場所で戦うのはやりづらいから、正直ありがたいけど。


 両組の紹介が終われば、いよいよ試合開始だ。対戦相手の二人は臨戦態勢に入っている。もちろん、僕たちも。


「それでは、試合……開始!」


 カーンとひときわ大きな鐘の音が響き、試合開始が宣言された。


 鐘の音と同時に、対戦相手のひとり――おそらく、神拳のラグザさんが猛然とこちらに向かってきた。狙いは僕かな?


 だけど、こういうときの対処策は事前に話し合ってある。

 打ち合わせ通り、ローウェルがカバーに入って、その進路を塞ぐ。そして、鞘に収めたままの剣で殴りかかった。


 絶好のタイミング……と思ったのだけど、敵もさる者。ラグザさんは直前でローウェルの攻撃を躱したみたいだ。今は少し距離をとって、お互いに睨み合っている。


「ふっ……やるじゃないか。だが、抜かなくていいのかい? まさか、我々を舐めているわけじゃないだろうな?」


 ラグザさんが剣を抜かない理由を問いただす。口調こそ軽いけれど、その視線は鋭い。舐めているのなら許しはしないと、彼の目が雄弁に物語っていた。


 もちろん、僕らは手加減しているわけじゃない。剣を抜かないのは考えがあってのことだ。


 おっと、状況を見ているばかりじゃなくて、僕も仕事をしないとね。


「まさか。お前が武器を使わないのと同じ理由だ。これならば躊躇無く力を振るえる。そうだろう?」


 僕がひと仕事している間に、ローウェルがラグザさんの問いに言葉を返した。


 この闘技大会では、あらゆる武器、あらゆる魔法の使用が許可されている。しかし、一方で、故意に相手を死に至らしめたり、観客に被害を与えたりすると失格となるんだ。

 とはいえ、抜き身の剣を使った場合、故意か否かの判別は非常に曖昧になる。なんといっても、剣というのは人を殺すための道具なんだから。では、できるだけ殺さないように意識して剣を振るえばどうか。今度は技が鈍るんだ。だから、敢えて鞘に収めたままに使っている。これならば、よほど当たりどころが悪くない限り、相手が死ぬことはない。ローウェルも全力を発揮できるというわけだね。


「ふっ、そうかい。それは失礼した。あんたは冒険者だが、立派な闘技者でもあるようだな」


 ラグザさんも、ローウェルの答えには納得してくれたみたい。良かった良かった。


 さて、これから二人の戦いは仕切り直し……のはずだったんだけど、その前にラグザさんが怪訝な声を上げた。


「……待て、もう一人の……チビはどうした? それにレンドロは何をしている?」


 チビっていうのは、まあ僕のことだろうね。

 僕は、ラグザさんの背後にいる。だから、その表情はわからないけど、きっと戸惑いが浮かんでるんじゃないかな。


「そっちの戦いなら、もう終わっているぞ」

「何……?」


 ローウェルがネタばらしをする……けど、ラグザさんはまだピンときていないみたい。というか、観客も今になってざわつき始めた。もしかして、気付いていなかったのかな。


 レンドロさんは既に気絶している。もちろん、僕の仕業だ。

 ローウェルとラグザさんが話している間に、僕はシャドウリープでレンドロさんの背後に回ったんだ。レンドロさんは魔法の詠唱中で無防備だったから、無力化するのは簡単だった。


 使ったのはパラライズタッチという魔法。これは雷魔法の一種で、手で触れた対象に電気ショックを与えるという効果がある。オルキュスでチンピラ相手に立ち回ったとき、非殺傷攻撃がないと不便だと感じたから、新しく覚えたんだ。まだ雷魔法のレベルが低いから効果のほどは心配だったけど、【影討ち】スキルの効果が乗ったのか、レンドロさんはあっさりと気絶してくれた。


 そんなわけで、既に二対一。僕らに非常に有利な状況だ。


 それでもラグザさんは必死に応戦したけれど、動揺のせいか動きがぎこちなかった。結局、ローウェルの攻撃を捌ききれずにノックアウト。僕らの勝利が決まった。

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