トルト君、諦める

「うん、無理だ」


 爪楊枝で浄化作戦。なかなか上手くいっていたけど、ここらが限界だね。アイングルナの人々を浄化しきるだけの付与魔道具をひとりで作るなんてやっぱり無理だったんだ。まあ、完全にやめるつもりはないけど、作るのは一日に200個くらいまでにしておこう。


 一応、アイングルナで動いている浄化作戦はこれだけじゃない。実は本人のマナを必要としないタイプの付与魔道具も開発したんだ。正確に言えば、エンチャントとゴーレムの組み合わせだけど。構造は単純で、邪気浄化用のクリーンを付与した木の棒に小さめのゴーレムをくっつけただけ。魔道具に向かって「クリーン」と言えば、指示を受け取ったゴーレムが代わりに使ってくれる方式だ。使用者のマナを必要としないので、冒険者なんかには人気が出るんじゃないかな。もちろん、ゴーレムの活動維持としてマナが必要となるんだけど、そちらは魔石から補給することになっている。ゴーレムは木の棒にくっついてじっとしているだけで、ほとんどの時間は休眠状態にあるので維持コストもそれほど高くはない。


 機能が追加された分、元の付与魔道具よりも高くなったけど、そっちはレンタルという形で対応した。今のところ冒険者ギルドや商業ギルドの正面に設置されているみたい。アルコール消毒みたいな感じだ。無料でクリーンをかけて貰えるとなると人気らしくって、使用率は高い。これだけ人気が出れば、飲食店なんかでも設置がしてくれるところがあるんじゃないかな。その辺りの交渉は商業ギルドに丸投げしてるけど。


 そんなわけで、爪楊枝だけが浄化活動というわけじゃないから、ちょっとくらい休んでも問題ないはずだ。というわけで、今日はもうエンチャントはおしまい!


 マジックハウスを抜け出して、戦士団が働いている広場に顔を出す。聞いていたけど凄い賑わいだ。大量のお客さんを、マッスルな人たちがきびきびと捌いている。


 基本的に調理・接客は戦士団の人たちが全部請け負ってくれてるんだよね。ハルファたちは材料の買い出しや爪楊枝の補充といった裏方を担当している。裏方の待機スペースにはハルファだけがちょこんと座っていた。


「あれ? トルト、爪楊枝はもういいの?」

「うん。もう僕が全部手を加えるのは無理だよ」

「トルトでも無理なの?」


 ハルファが意外そうに呟いた。

 いや、普通に一つ一つ付与していく単純作業だからね。特に、黙々とやる仕事が得意というわけでもないし。僕のことをなんだと思ってるの?


 それはともかく、行動力のあるハルファがお店の手伝いに混ざらず、こうして裏方として待機しているのは珍しい。もちろん、それには理由があるんだけどね。導師会に目をつけられているらしい僕たちが目立たないようにするための方策なんだ。


 戦士団の動員はマッソさんの提案だ。僕たちを目立たせないという狙いの他にも、戦士団の鬱屈を発散させるという意図もあるみたい。彼等はここ最近、邪教徒を捕まえるために転移扉の広間に詰めていたからね。もちろん、交代はしていたから、ずっと缶詰状態だったわけじゃないんだけど。


 まあどちらかというと、あえて転移扉の警備を緩めて邪教徒をつり出す作戦が本命の理由かもしれない。少数精鋭ということでそちらにはグレイトバスターズの人達が詰めている。作戦に協力することで筋肉トレーニング三ヶ月を免除してもらうという取引があるとかないとか。


 なお、その作戦にはラーチェさんも加わっている。代わりに、グレイトバスターズの魔法使いであるレイモンさんが書類仕事をやらされてるって話だ。


「みんなは?」

「スピラちゃんたちは材料確保に向かったよ。シロルが新しい具材を探すって張り切ってたから」

「シロル……」


 一時期はハンバーグにハマっていたけど、今度の流行はたこ焼きらしい。具材はタコだけじゃないけどね。色々と入れて味を楽しんでいるみたい。まあ、わくわくするのはちょっとだけわかる。


「アレンたちは?」

「プチゴーレムズは……あ、ちょうど戻ってきたみたいだよ」


 最近は自由行動気味のアレンたちの行方を尋ねたら、タイミングよく彼等が待機スペースに戻ってきた。彼等は僕を見つけるとニコニコと機嫌が良さそうに駆け寄ってくる。もっとも、駆け寄ってきたのはアレンだけで、ミリィ、シャラ、ピノはアレンの肩と頭にのっている状態だ。彼女たちはあいかわらずの手のひらサイズだけど、アレンだけは僕よりも背が高くなっている。


 実は数日前に、ジョットさんから連絡があったんだよね。内容はもちろん、等身大ボディに関して。ついに一体目となるアレンのボディが完成したんだ。どうやって作ってるのかわからないけど、かなり人間に近い外見をしている。近づいてじっと観察すれば人間じゃないとわかるけど、遠目だとまずわからない。たぶん、すれ違った程度なら気付かないんじゃないかな。


 新しいボディを手に入れたアレンはもちろん、他の三人もこのクオリティのボディが手に入るとわかってご機嫌だ。ここ数日は、結構頻繁に街を歩いているそうだ。


「みんな街で何をやってるの?」

「クリーン、デス」


 アレンが片言の言葉を発した。実はこのボディになって、アレンは言葉を発することができるようになった。といっても難しい機構があるわけじゃない。このボディの喉にあたる部分に空洞を作って貰っただけだ。あとは、空洞部分に存在する空気ごとゴーレム化する。もともと空気ゴーレムは僕らの声を復唱することはできたから、その応用だね。ただ、イメージ通りの声を発するというのが難しいらしくて、今は片言になっている。なんでか僕の声音で喋るときは流暢なんだけどね。さすがに周囲が混乱するからやめて貰ってる。


 で、アレンたちが街でやっているのは、言うなれば辻クリーンという行為。街を歩いて誰彼構わずクリーンを使っているらしい。一応、僕たちの目的に添っている行動ではあるけど……いきなり無言でクリーンされるとびっくりしちゃうよね。警備組織に通報されちゃうかもしれないから、辻クリーンは控えるようにお願いしておいた。


「明らかに怪しい人だけにしておいてね」

「ワカリ、マシタ」


 うん、これで騒ぎを起こさずに済むかな。

 もう手遅れかもしれないけどね……。

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