筋肉からは逃げられない
「ラーチェさんでも第三十階層の単独探索は危険という話だったんじゃ……?」
「それは考えてあるニャ! 例の場所に筋肉の奴が詰めてるって話だから、あいつを拾ってくニャ!」
筋肉の奴っていうのはマッソさんのことだろうね。彼もAランク冒険者だから、単純に計算すれば戦力は二倍。少しは安全に探索できるって計算かな?
「マッソさんが協力してくれる見込みはあるんですか?」
「大丈夫ニャ! 無事にあいつらが見つかったら、一ヶ月筋肉トレーニングに参加させると交渉を持ちかけるニャ。迷惑かけたんニャから、あいつらに文句は言わせないニャ!」
ラーチェさんは、自分ではなく仲間を
「それでも二人じゃ厳しいんじゃないですか?」
「それはその通りニャ。だから、トルトたちにも手伝って欲しいニャ」
そう言って、ラーチェさんは頭を下げた。
前回話を聞いたときには、僕たちにはまだ早いだろうと言っていたけど、少し考えを変えたみたい。というのも、どこからか僕たちがBランクのフィアトレントを倒したという話を聞いたようだ。第三十階層にはAランクの魔物も出現しはじめるとはいえ、メインはBランクの魔物。Aランクの魔物をラーチェさんとマッソさんで対応すれば、僕たちでも戦えると判断したらしい。
僕としてはラーチェさんに協力をしてあげたい。Aランクの二人がいれば、第三十階層でも戦えるんじゃないかとも思う。だけど、絶対に安全とは言い切れないんだよね。自分個人の感情でパーティーを危険に晒すわけにはいかないし。
迷っていると、ふいに肩をポンと叩かれた。ローウェルだ。
「トルトの決定には従うが……行きたいんだろう? 俺たちも強くなってるんだ。心配するな」
他のみんなも異論はないようで、視線を向けるとニコっと頷いてくれる。
「わかりました。僕たちも一緒に行きます!」
「助かるニャ! トルト、他のみんなも!」
感激したラーチェさんが僕の両手を握りしめて、ぶんぶんと振り回した。感情が高ぶっているみたいで容赦なくシェイクされている。それを何とか落ち着かせて、さっそく転移扉へと向かうことになった。
ちなみに、今回のことはきちんとバッフィーさんに許可をもらっている。書類仕事は止まることになるけど、そもそもここ数日のラーチェさんはぼうっとしているだけで全く仕事をしていなかったので、いてもいなくても変わらないらしい。戻ったら今までの仕事をやってもらいますという言葉を聞いて、ラーチェさんが震えていた。
ダンジョンの出入り口の中間地点にある転移扉から、不思議な空間に転移すると、たちまちにグルナ戦士団の団員に囲まれた。僕らはすでに話が通っているからすぐに解放されるだろうけど、ラーチェさんは別だ。とはいえ、ラーチェさんは有名人。僕たちと一緒に転移してきたこともあって、団員たちも対応を決めかねているみたい。
「暑苦しい筋肉だニャ~。お前らに用事はないニャ! さっさと、一番偉い筋肉を呼んでくるニャ!」
太々しく言い放つラーチェさんに団員たちも戸惑い気味だ。すでに団員の一人が奥の廊下へと走っていったから、一番偉い筋肉ことマッソさんもすぐに来るだろう。実際に、ほとんど待つことなくマッソさんは現れた。
「ラーチェ、一体何の用なのだ。トルトたちも」
「アタシの仲間が三十一階層から戻らないニャ。捜索するから協力しろニャ!」
「グレイトバスターズか。あやつら、まだ戻っていなかったとは。もし、まだ三十一階層にいるのだとしたらまずい状況だな。よし、わかった。我が輩も協力しよう」
「助かるニャ! だけど、やけに協力的だニャ?」
「うむ……。ここに籠もって邪教徒の捕縛を目論んでいたが、まったく進展がないのでな。少々気詰まりだったのだ。日々の鍛錬は欠かしてはいないが、やはり実戦こそが最高のトレーニング! 気晴らしには、ちょうど良い機会である!」
思ったよりもノリノリでマッソさんも協力してくれることになった。
転移扉で待ち構えて邪教徒を捕まえようという計画はうまく行ってないみたいだね。邪教徒たちが活動を控えているのならいいけど、別の移動手段があるとするなら厄介だ。
協力要請の交渉すらなかったから、グレイトバスターズの人たちの筋肉トレーニング強制参加も回避できた。そう思ってたんだけど――……
「うむ。予定通りの探索ができないとは……あやつら弛んでいるな? 無事に見つかったら、みっちりと鍛えてやらんとなぁ。少なくとも三ヶ月は必要だな」
「さ、三ヶ月ニャ!? ま、まあ好きにするといいニャ……」
交渉とは別のところで、トレーニング参加が決まってしまったみたいだ。しかも、ラーチェさんが考えていた交渉条件よりも長くなっている。
えっと、まあ、鍛えるのは悪くないこと……だよね?
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