お仕事をとらないで

 精霊神様は妖精女王を一瞥すると、軽く首肯した。


「説明もあるが、話すこともあったのでな」


 それだけ言うと、未だに驚きで硬直している女王を置き去りに、今度はスピラとローウェルに視線を向けた。


「お前たち兄妹には苦労をかけた。だが、よくぞ苦難を乗り越えて精霊へと至ってくれたな」

「え、いや……」


 苦労というのは精霊化のことだろう。スピラは精霊化が上手くいかず、半精霊状態になり死の危険に晒された。ローウェルもその状態を改善しようと数年間、薬の材料を探して回った。


 とはいえ、スピラもローウェルも精霊神様から、そんなことを言われるとは思っていなかったんだろう。戸惑っているようで、言葉が出ない。


 なので、代わりに僕が聞いてみた。


「なぜ、森人の精霊化は起こるんですか?」

「ふむ。そなたがトルトか」


 なぜか、僕のことも知っているようだ。


「精霊は循環する存在だ。永きを生きた精霊は、終わりを迎えると千々に分かたれ、無数の小さき精霊へと生まれ変わる。世界はその繰り返しによって支えられているのだ。しかし、閉じた循環の先にあるのは停滞。停滞した世界は淀みをもたらす。それを防ぐためにも新しき存在が必要なのだ」


 精霊神様の言葉は小難しい……というか抽象的でよくわからない。ぼやっと理解した感じだと、新しい精霊が誕生しないと世界の運営上問題が出るってことかな。


「では、何故手助けしないんですか?」

「神とて万能ではない。庇護の対象が増えるほど、個々への干渉力は失われるのだ。そもそも、加護を与えた存在以外への過度な干渉は禁じられている」


 庇護対象が増えると、特定の誰かを特別扱いしづらくなるってことかな? もしかして、廉君が積極的に信徒を増やそうとしないのもそういう理由なのかも。廉君と翼人の繋がりは強いように思えるし。


「干渉できないとはいえ、新しき精霊の誕生に関しては気にかけていた。まさか、あやつの縁者に助けられるとは思わなかったが。そなたたちにも礼を言わねばなるまいな」

「あ、はい」


 あやつというのは廉君のことだろうね。


「さて、今回の原因の説明もせねばな。こちらからの要請ではないとはいえ、あやつに助けられたのは事実。ゆえに、仕事を手伝ってやろうとしたのだが、それが今回の事故に繋がったのだ」


 それから精霊神様は原因の説明を始めた。要約すると、その内容はこんな感じだ。


 廉君の縁者――つまり僕とハルファとシロルがスピラの精霊化を手助けしたことで、精霊神様は廉君に恩義を感じたらしい。そこで、廉君の手助けをすることにしたようだ。その方法として考えたのが、ダンジョン内の邪気を減らすこと。まさに僕が廉君から頼まれていることだね。


 そのための手段として、精霊神様はダンジョンに妖精界をつなげた。つなげたと言っても行き来ができるような形ではなく、イメージとしてはフィルター越しにつながっている感じだ。狙いは、邪気を妖精界に取り込むこと。妖精たちは邪気を取り込み精霊気として排出するので、妖精界全体で邪気を精霊気に変換しようとしたんだ。


 とはいえ、ダンジョンから見れば妖精界は異物だ。普通ならつなごうとしても上手くいくものじゃない。なので、外から見るとダンジョンの一部であるかのように偽装したらしい。


 廉君はダンジョンの様子を探ることすらできないと言っていたのに、精霊神様は空間を無理矢理つなげたり、ダンジョンへの偽装したりとやりたい放題だ。これが、神様としての力の差、なのかな。


 それはともかく。上手くつながったところで、僕が引き寄せの札を使ったみたい。偽装の効果でダンジョンからは妖精界がダンジョンの一部に見えている。そして、そこに住まう妖精たちも魔物だと誤認した。その結果としてロロを引き寄せてしまったみたいだ。


「迷惑をかけた詫びに、私の加護を授けよう。とはいえ、あやつの使徒に加護を押しつけるわけにもいかんので、そなたら二人になるが」


 その二人とはもちろんスピラとローウェル。精霊神様は二人の反応などお構いなしだ。急な展開に茫然とするスピラたちをよそに、自らの両手を合わせ、光を生み出した。その光は二つに分かれたかと思うと、片方はローウェル、もう片方はスピラへと向かう。そして、お腹の少し上のあたりで吸い込まれるように二人の体へと入っていった。


「ふむ、これで良い。そなたらの使命は、あやつの使徒らと協力し試練神の暴挙を止めること。励むが良い」


 精霊神様は一方的に言い残すと、現れたときと同じ唐突さで、気がつけばいなくなっていた。


 残された僕らはというと、精霊神様のマイペースさに少し茫然としてしまった。いや、あれくらいの方が神様らしいのかもしれないけど。


「……トルトはよく、神を相手にあれだけ普段通りに振る舞えるな」


 しばらくして、立ち直ったローウェルが呆れたような声音でそんなことを言った。


 あれ、もしかして精霊神様のマイペースさに困惑してたわけじゃないの? 僕の行動に呆れていただけ?


 そういえば神様だもんね。普通は驚きに身を固くして動けなくなるのかも。神様相手に気負いもせずに質問した僕は、おかしな奴だと思われているかもしれない。でも、それは今更な気がするので気にしても仕方が無いよね。


「僕は廉君で慣れてるからかな」

「運命神様はもっと話しやすいから、それもちょっと違う気がする……」


 ぽそりと呟いたのはハルファだ。そういえば、ハルファも大人しかったもんね。たしかに、神様としての存在感は圧倒的に精霊神様の方が上だったけどね。だからといって、話しかけづらいとまではいかなかった。もしかして、僕が鈍感なだけ? ちょっと気付きたくない事実に気付いてしまった。僕って鈍感だったのか。


 少しだけ落ち込んでいると、妖精女王がふぅとため息をついた。


「私の仕事がとられてしまいましたね。精霊神様や運命神様の加護を得た人たちに、今更私の加護など必要ないでしょうし……。どうしましょうか」


 あ、そういえば、招待状の効果は妖精女王の加護をもらえるという効果だったね。

この場合、どうなるんだろう。


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