……魔物?

 顔に張り付いた何かを引きはがす。それは、アレンたちと同じくらいのサイズの人型の生物だった。少し違うのは背中から、蝶のような形の透き通った羽があるところだ。見た目でいえば、妖精なんだけど――


「妖精って、魔物なんだっけ?」

「きーっ! そんなわけないじゃない! あんた妖精をなんだと思ってるのよ!」

「え? ああ、ごめんなさい」


 すごい勢いで反論されてしまった。まあ、たしかに魔物扱いされたら怒るのも無理はないか。


「でも、引き寄せの札って魔物をランダムに引き寄せるんじゃなかったっけ?」

「たしか、そうだったと思うけど」


 僕の言葉に、ハルファが曖昧に頷く。他のみんなも同じような反応だ。


 念のためにもう一度鑑定ルーペで確認してみる。うん、やっぱり、魔物を引き寄せる効果しか言及されてない。


「やっぱり、魔物を引き寄せるって説明だったよ」

「じゃあ、やっぱり……?」

「な、何よ~! そんなわけないじゃない! というか、ここは何処なのよ! なんだか不気味な場所ね……」


 自称妖精さんはそう言って身体をぶるりと震わせた。魔物かどうかはともかく、この場所に見覚えはないみたいだ。だけどそうなると、色々おかしい。引き寄せの札の有効範囲はそれほど広くはないし、階層を跨いだり空間の壁を越えたりはしないはずだ。たぶん。


「ここはアイングルナのダンジョンだよ」

「ダンジョン……? なんで!?」

「ってことはやっぱりダンジョンの外から来たんだよね。どこから来たの?」

「どこって、それはもちろん妖精界よ!」


 妖精界っていうのは、妖精たちが住まうとされる世界だ。世界というよりは別空間と言った方がいいかな。彼ら彼女らは、普段別空間で生活しているとはいえ、紛れもなくこの世界の住人だ。


「ともかく、私を元の場所に戻して!」

「そんなこと言われても……」


 引き寄せの札で引き寄せてしまったというなら、確かに僕に責任があると言われても仕方がない。でも、戻せと言われても困っちゃうよね。


「まあ、ちょっと落ち着いてよ」


 ヒートアップする妖精少女にたじたじになっていると、見かねたスピラが声を掛けてくれた。すると、妖精少女は両手を上げて「わぁ!」と驚きの声を上げる。


「も、もしかして、精霊様ですか?」

「うん、そうだよ。あたしはスピラ。よろしくね」

「ふわぁ!? よ、よろしくお願いします。私は花の妖精のロロと申します」


 スピラが精霊だとわかると、妖精少女のロロは急に借りてきた猫のように大人しくなった。どうやら、スピラを敬っているみたい。


 なんでも、妖精と精霊は近しい存在で、ともに精霊神の庇護下にあるんだって。そう言う意味では妖精と精霊は対等な存在。でも、それは同じ位階同士ならの話だ。花の妖精は言うならば下っ端の妖精で、下級精霊と同等の存在みたい。一方で、スピラのように人の姿を取れる精霊というのは一般的に上級精霊。人間に例えると、平民と高位貴族くらいの立場の違いがあるらしい。


「あのね、あたしは森人から精霊になっただけだから、そんな風に畏まらなくてもいいよ」

「そんな! 滅相もないです!」


 スピラとしては精霊になりたての自分が敬われることに違和感があるみたい。普通に接するように言っているけど、ロロの立場からするとなかなかそうもいかないのかな。ぺこぺこと頭を下げて、少し居心地が悪そうにしている。


「ロロの方にはダンジョンに引き寄せられた心当たりはないのか?」


 埒が明かないとみたのか、ローウェルが話を進める。とはいえ、ロロにも心当たりはないようで、困惑顔で首を振った。


「私はお花畑でお喋りをしてただけよ。それなのになんで……」

『花畑って、後ろの奴みたいなのか?』

「わぁ! 犬がしゃべったわ!」

『犬じゃない! 聖獣だぞ!』


 シロルが口を挟むと、定番のやりとりが発生した。妖精から見ても、犬に見えるんだね、シロルって。


 それはともかく、関係ないと思いつつも、ロロに石柱に囲まれた花壇のようなものを見てもらう。


「小さいけど色々な花が咲いて綺麗な花壇ね! でも、私がいた花畑とは何の関係もないわよ。あれ、でも……」


 ロロが何かを言いかけて、スピラに視線を向けた。それに対してスピラも頷く。


「ここから、かすかに精霊気が流れてきてるのが感じられるよ。さっきまではそんなことなかったんだけど」


 ダンジョンの中で邪気ではなく精霊気が流れているというのは、かなり特殊な状況なんじゃないかな。ロロが引き寄せられたという状況から考えると、妖精界に何らかの関係がありそうだよね。


 そう考えて、花壇に手を触れたり、ロロが中に入ってみたりしたんだけど、特に何の変化も起きない。最初は元気が良かったロロも、帰れないと実感してきたのかしょんぼりと元気がなくなってきた。


「んー。最後の一個だけど、使ってみるしかないかな」


 こういうときの頼みの綱がパンドラギフトだ。危機的状況じゃないのに使うのはもったいない気もするけど、ロロを引き寄せてしまった責任があるからね。問題は廉君からの干渉を受けられないことだけど……きっと何とかなると信じて開封してみる。


「あれ、手紙?」


 中に入っていたのは一通の手紙。いつも廉君が入れてくれる説明書みたいなのじゃなくて、蝋で封がされた立派な奴だ。鑑定してみると、『妖精女王の招待状』というアイテムだった。効果は、妖精界に縁がある場所で封を開くと妖精界へと行けるみたい。運が良ければ、妖精女王の加護がもらえるんだとか。


 加護はともかく、これを使えばロロも妖精界に戻れそうだね。

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