とにかく煮込む

 廉君の家から現実世界に戻ってきた。と言っても、向こうに行っていたのは意識だけだから、身体はダンジョンを出たところから全く移動してないんだけどね。


 さて、用事は済んだから、またダンジョンに戻ろうか。はたから見たら、ダンジョンから出てすぐに戻るという不審な行動に見えるかも知れないけど……だからといって何があるわけでもない荒野に用事はないからね。


『トルト、ちょっと待て! ラムヤーダス様からの干渉があったぞ! パンドラギフトだ』


 引き返そうとしたそのとき、シロルがテシテシと僕の足を叩いた。廉君からの干渉があったみたい。


 別れ際にも特に何も言ってなかったけどなぁ?


 とはいえ、シロルが嘘を吐いているとも思えないので確認してみよう。収納リングからパンドラギフトを取り出す。今日はまだポーションを作ってないからすぐに開封しても問題ない。ささっと箱を開けると、中には四つの指輪と一つの首輪が入っていた。それと、いつもの手紙だ。今回は単純にアイテムの説明だけが書いてある。冒頭の短文は止めたみたいだね。


 箱の中に入っていたのは『邪気転換の指輪』と『邪気転換の首輪』だった。ガロンドの地下迷宮に設置した邪気転換炉みたいに邪気をマナに変換する効果がある。変換効率は炉に比べると落ちるけど、その代わりに邪気変換時に有用な効果を発揮するみたいだ。その効果とは、装備者の身体能力向上とマナ回復効率アップ。使えるのはダンジョン内限定だけど、かなり便利なアイテムだね。


 運命素に変換するわけじゃないから、廉君のダンジョンへの干渉力が直接増えるわけじゃない。だけど、邪気が減れば、相対的に影響力が大きくなるはずだ。それが狙いかな。


 どういう狙いにせよ、使えるアイテムには違いない。ちょうどみんなの分を用意してくれたみたいだから、ありがたく使わせてもらおう。




 さて、マジックハウスに戻ってから取りかかるのは、とりあえず料理だ。

 美味しい料理は鉱人鍛冶屋に対して強力な取引材料になるからね。提供するかどうかはともかく、切り札として用意しておこうかと思って。


『何を作るんだ?』

「んー、やっぱり、おでんかな!」

『おお! ラムヤーダス様のところで話してた奴だな』


 廉君のところで話をしたから食べたくなっちゃったんだよね。具材は今すぐできるのはタコ足、魔獣の串肉、大根っぽい野菜とじゃがいもっぽい芋、昆布巻き、くらいかな。さすがにちょっと少ないね。


 卵が欲しいところだけど、鶏卵は高級品で街の市場なんかだとあんまり見かけない。代用品に鳥型魔物の卵があるけど、たいていはかなり大きいんだよね。さすがにおでんには適さない。今回は見送るしかないかな。


 あと、作れるのは魚のすり身を使った練り物くらいかな。といっても、作り方がぼんやりと想像できるのは竹輪ちくわくらいだ。


「まずは、竹輪を作ってみます」

『おぉ?』


 用意するのは、キラーフィッシュの切り身。その中でも白身っぽいのを選ぶ。ミンサーにかけてぐちゃぐちゃにしたら、塩を加えた上でさらに細かくすり潰していく。ドロドロになったら、適当な木の棒に巻き付けるようにしてくっつければいい。これを焼けば、竹輪の完成だ!


『どうやって食べるんだ?』

「普通は木の棒を外してから食べるけど、まあ試食だからそのまま食べてみようか」

『おう!』


 僕とシロルで一本ずつ味見してみる。うん、適当に作った割りにはちゃんと竹輪だ。


『んー、まあまあだな!』


 シロルの評価はぼちぼちってところかな。そのわりには、棒に張り付いた竹輪をこそぎ落とすように必死になって食べてるけど。なんだか骨をガジガジと囓る犬みたいになってるね。


 あとは、そうだな。つみれでも作ろうかな。ハンバーグだねにシソみたいな爽やかな香りのハーブを混ぜてこねる。これを匙で適量すくって鍋に落とせば、立派な具材になるはず。


 さて、そろそろ、おでんを作っていこうかな。具材は物足りないけど、まあ今回は試作ってことで。おでんのつゆは昆布だしと醤油がベースだ。鰹節も使えたらいいんだけど、まだまだ手をつけられてないんだよね。たしか、燻したりする必要があるはず。詳しい作り方は知らないので相当試行錯誤しなくちゃいけない。便利な魔法があればいいんだけど……さすがにちょっと思い当たらない。


 おでん作りだけど、僕は長時間煮込む派。長く煮込むと味が濃くなったり、具材の旨味が全部溶け出しちゃうらしいけどね。でも、溶け出したエキスが具材に染みこむんだから、美味しいに決まってるよ! 異論は認めるけど、作るのは僕だから、僕の好きなように作る。


『どのくらいでできるんだ?』

「たくさん煮込みます。そして、しばらく放置します」

『えっ? もうすぐ、お昼ご飯の時間だぞ……?』

「別のものを食べてください」

『ぬぅ。ちょっとくらい味見しても……』

「駄目です!」

『おぉぉ!? どうしたんだ、トルト! なんだかいつもより厳しいぞ!』


 シロルから抗議の声が上がるけど、スルーだね!

 このおでんは僕が育てる!


 味見を狙うシロルの襲撃をどうにか躱して、夜までおでんを守り通した。長い間お預け状態だったシロルは、夕食時にしっぽをぶんぶん振りながら食べてたね。他のみんなにも概ね好評。やっぱり、味が染みたおでんこそ正義!


 でも、理想の味とはほど遠いんだよね。素材が違うんだし、仕方ないとは思うんだけど……食べ慣れた味と違うとちょっとしっくりこない。まだまだ研究が必要だね!

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