運命素を放出するだけの簡単なお仕事

「じゃあ、正式に使徒にするね」


 そう言って、廉君は僕が身につけている『使徒の首飾り(仮)』に手をかざした。その時間もほんの一瞬だ。すぐに手を引っ込めると、廉君はニコっと笑う。


「はい、もう終わったよ」

「えっ、もう!?」


 ピカピカ光ったり、神々しい雰囲気を感じたりするかと思ったんだけど、ずいぶんとあっさりと終わったね。


 鑑定してみると、アイテム名は正式に『使徒の首飾り』となっている。とはいえ特別な効果が追加されたわけでもないみたい。むしろ、『一時的に使徒として扱われる』という効果がなくなったから、本当にただの首飾りだね。


「さて、使徒になったからには、これからは色々と働いてもらいます」

「うん。ガルナラーヴァの野望を阻止しないとね」

「まあ、野望というか暴走だね」

「……どういうこと?」

「そうだなぁ。まずは、この世界の神について説明しようか」


 廉君を含めて、この世界にはたくさんの神がいるんだって。一番偉いのは、始まりの神。この世界の土台を作った創世の神だ。その始まりの神が世界の発展と調和のために生み出したのが、その他の多くの神々。火の神とか職業神とか、だね。そして、この中にはガルナラーヴァも含まれているそうだ。


「ガルナラーヴァは邪神じゃないの?」

「んー? やってることは迷惑行為そのものだし、地上の人たちの多くがそう思ってるんだ。邪神という扱いで問題ないと思うよ。ただ、他の神と生み出された過程は変わらないらしいね」


 ラーチェさんが聞いたという謎の声が自称した通り、ガルナラーヴァが試練神として生み出されたみたい。災害や過酷な環境を乗り越えると人は強くなる。そういった試練を乗り越えた人たちを祝福する神様だったようだね。だけど、長い年月の中、少しずつその性格を変えていったみたい。試練を越えた人を祝福するのではなく、積極的に試練を課して、人を成長させようと働きかけるようになったんだ。


「あいつはやりすぎなんだよ。それで何度か文明が崩壊しかけてる。さすがに問題視した他の神々が新たにガルナラーヴァへと対抗する神をスカウトしたわけ。まあ、それが僕なんだけど。正直、神になりたての僕に力なんてほとんどなかったからね。本当に大変だったよ」


 多少の協力はあったものの、他の神々にはそれぞれの領分、果たすべき役割がある。そちらを疎かにはできない以上、廉君がほぼ独力で対応しなくてはならなかったみたい。そこで、ガルナラーヴァの試練によって滅びかけていた翼人と協力することで少しずつ力をつけていったんだって。


「まとめると、だね。邪神ガルナラーヴァの実態は暴走した試練神。この世界の調和を保つ神の一柱だから消滅させるわけにはいかないけど、暴走を続けられても困る。というわけで、何らかの形でお灸を据えてやらないといけない。その役割を担うのが僕と、その使徒たちってわけだね」

「巫女っていうのは?」

「巫女も使徒も違いはないよ。役割的に巫女が神託を受けて、実働が使徒ってことが多いけど。というより、神託を受ける役割を担った使徒が女性だったことが多くて、いつの間にか巫女と呼ばれるようになったんだよ」


 人間が勝手に巫女と呼んでるだけで、別に使徒と変わりはないのか。


「あ、そういえば、今回は連絡が遅かったよね。何かあったの?」

「ああ、それそれ。アイングルナのダンジョンで何か問題が起こってるよね? あのダンジョンに入ってから瑠兎たちの動向が読めなくなったし、干渉もできなくなったんだよね。どうなってるの?」


 ああ、やっぱりそうだったんだ。ダンジョンから出た途端に干渉があったから、妨害されてたのかなとは思ったけど。


「えっと、順を追って説明するとね」


 ダンジョンに出没する特殊個体の存在。それを倒すとガルナラーヴァの声が聞こえ洗脳されてしまうこと。そして、リーヴリール王国の事件は、洗脳された者たちによって引き起こされた可能性が高いこと。それらを説明している内に廉君の顔はどんどんと渋いものになっていく。


「水面下でそんなことをしていたのか。あの辺りは、あいつに縁が深い場所だからなぁ」


 ダンジョン自体がガルナラーヴァの管轄領域ではあるけど、その中でもサザントグルナのダンジョンは特別なんだって。暴走する前のガルナラーヴァが荒野を生き抜いた人々へと与えた恩寵。それが、サザントグルナのダンジョン群なんだ。あのダンジョンは荒野という厳しい環境に打ち勝った人々への祝福であり、より高みを目指すための修行場でもあるらしい。


「今じゃガルナラーヴァって言われてるけど、元々はグルナラルヴァと呼ばれていたらしいよ。国名の『グルナ』はそこからついてるってさ」


 街の名前や組織の名前にやたら『グルナ』とついていたけど、そういう繋がりがあったのか。ラーチェさんがガルナラーヴァと試練神を同一視してなかったから、街の人たちには伝わってなさそうだけどね。まあ、廉君が運命神になる前の話らしいから、そんなもんなのかもしれない。


「あの国には、かつて祝福を授けた者の子孫もいるだろうからね。祝福を授けてくれた神を邪神とは知らずに崇めている可能性はある。そういう意識がある者は、使徒に仕立て上げやすいのかもしれないね」


 ああ、グルナ戦士団の人はそうかも。筋肉を鍛えるのが試練だと考えれば、相性も良さそうだし。だから、失踪者も多いのかな。


「それで僕たちはどうすれば?」

「このままアイングルナを去るのもひとつの手だよ。あのダンジョンには僕が手を出せない状態にある。いざいうときに干渉できないから危険だ。ガルナラーヴァの企みは潰したいところだけど、無理して瑠兎たちに危険が及ぶのは、ね」


 廉君としては、関わることに積極的じゃないみたい。ダンジョン内部の動きが把握できないことを問題視しているようだ。いざというときに、干渉できないからね。だけど――


「知り合いができちゃったからね。このままっていうのも後味が悪いし」

「そっか。……うん。それなら、とりあえずいつも通り活動して、時々地上に出てくれればいいよ。強いて言うなら魔法を使ってくれると助かるかも」

「魔法? いいけど、なんで?」

「僕が干渉できる余地を作るためさ」


 ダンジョンというのはガルナラーヴァの領域。邪気も満ちているので、ガルナラーヴァの影響力が高く、そのせいで、廉君の干渉がシャットアウトされているみたい。その対策として邪気に相当する廉君の力――運気だと別の意味になっちゃうから、運命素としよう――をダンジョン内に振りまいてダンジョンの支配権を掌握したいと思ってるみたい。


 その役割を果たすのが僕やハルファ、シロルだ。僕らは無意識のうちに、ダンジョンから邪気を取り込み、運命素に変換して放出しているらしい。ダンジョンに充満する邪気に比べると微々たる量だけど、それでもないよりはマシなんだって。そして、魔法を使うと失ったマナを補充するときに邪気も一緒に吸い込むから、変換効率が上がるそうだ。


 まあ、なんだかよくわからないけど、そういうことならガンガン魔法を使おう。【創造力】スキルのおかげで色々できることが増えそうだしね。

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