お祓い完了……?

 虚空に向かってよくわからないことを叫び続けるラーチェさん。異様な雰囲気に僕たちは口も挟めない。本当にどうしてしまったんだろう。ラーチェさんがこうなってしまったのは、金ぴかスライムを倒したタイミングだ。そういえば、金ぴかスライムが消える直前、黒い靄のようなものが出現していた。思い返してみると、邪竜も似たような攻撃をしてきたよね。あのときは、全身から力が抜けるだけだったけど、それとは効果が違う……?


 正直、状況はよくわからない。

 でも、このままにしておくのは、悪手だと思う。


「ハルファ、〈鎮めのうた〉をお願いできる?」

「そっか。うん、わかった!」


 黒い靄が邪気にまつわるものなら、〈鎮めのうた〉で抑えられるかもしれない。

 ハルファの歌声が優しげな旋律を紡ぐと、ラーチェさんに変化が起きた。どこか虚ろだった瞳に光が戻ったんだ。抵抗するように上げていた怒鳴り声も、すっかりと止まった。


「……ラーチェさん、大丈夫ですか?」

「……ふふ……ふふふ! ふっふっふっふっ!」


 おそらく、状況は改善した……と思うんだけど、ラーチェさんの反応がないので声をかけた。だけど、返ってきたのは高らかな笑い声だ。


 いったい、どうなってるの!?

 もしかして、まだ靄の影響が……?


 不安に思ったのは僕だけじゃないと思う。だけど、それは杞憂だった。始まったのと同じく唐突に笑い終えると、ラーチェさんは高らかに宣言した。


「変な声に勝ったニャ!」


 ま、紛らわしい!

 どうやらさっきのは勝利の笑いだったみたい。なんだかよくわからないけど、ラーチェさんを蝕んでいた何かに打ち勝ったことでいいのかな?


 詳しい話を聞いてみると、どうやら金ピカスライムを倒したあと、ラーチェさんには不思議な声が聞こえていたらしい。


「嫌な感じはしなかったニャ。思わず従いたくなりそうな、そんな声だったニャ。きっと詐欺師の声ニャ!」


 人の頭に直接語りかけるような存在を詐欺師と同列扱いするなんてラーチェさんは大物だと思う。でも、シロルも同じようなことできるわけだから、人智を越えた存在というわけでもないのかな? あ、いや、シロルも聖獣だけどね。


 ともかく、無抵抗で受け入れるのは危険だと直感したラーチェさんは、声に反論することで拒絶の意思を示し続けた。それが、さっきの怒鳴り声だったわけだ。


「声はなんて言ってたんですか?」

「人類を高みに導くために試練が必要だとかなんとか言ってたニャ! 余計なお世話ニャ!」


 うわぁ。なんというか、すごく胡散臭い!

 ラーチェさんが詐欺師呼ばわりするのも、ちょっとわかる気がする。


「試練ですか? いったい、どういう内容ですか?」

「なんだったかニャ? 興味ないから聞き流してたニャ。魔物をけしかけるとか、そんな感じだったニャ」


 確かに、魔物を倒せばレベルが上がって強くなれる。それは言ってみれば高みに上るといってもいいのかもしれない。とはいえ、魔物をけしかけて無理矢理戦わせるっていうのは迷惑だよね。ラーチェさんの言うとおり、余計なお世話だ。


「他には何か言ってました?」

「ニャニャ? そうだニャ! 声の主は馬鹿なのニャ!」

「え、馬鹿?」

「そうニャ! 自分のことを試練神ガルナラーヴァだと言っていたニャ! それは邪神の名前ニャ! そんなことも知らないなんて馬鹿ニャ」


 ガルナラーヴァ!?

 また、その名前が出てくるのか……。


 ちょっとうんざりして気分が沈んでくるよね。みんなも同じ気持ちなのか、不快感が表情に出ている。


 声の主が本当にガルナラーヴァなのかはわからない。だけど、人を従えようというときに、人類の敵である邪神の名を騙るメリットはほとんどないと思う。普通に考えれば逆効果だ。だとしたら、本物のガルナラーヴァなのかな。それとも僕にはわからないメリットがあるのかも?


 それに試練神だと名乗ったことも気になる。僕ら――というか一般的な認識だとガルナラーヴァは邪神なんだけど、実は本当に試練を与える神様という可能性は? 魔物やダンジョンがいつから存在しているんだろう? もし、天地創造の初めから存在しているのだとしたら、神々からも認められたものだということだよね。そして、それらはガルナラーヴァの邪気を根源としている。だとしたら、ガルナラーヴァは神々の敵ではない可能性だってあるよね。


 でもそうなると、運命神様の立場はどうなんだろう。どうもよくわからないなぁ。できれば、直接話を聞いてみたいところだけど、神託が下るのはハルファだけなんだよね。僕に連絡があってもパンドラギフト経由だから、意図がはっきりしないし。


 そんな風に考え込んでいると、ラーチェさんが聞き捨てならないことを呟いた。


「それにしても、神の声ニャ~? まさか、ゴドフィーの奴も、さっきの聞いたのかニャ?」

「……え? ゴドフィーさんも神の声を聞いたんですか?」

「言ってなかったかニャ? 奴は失踪するときに辞任の手紙を残したんだニャ~。その手紙に『神の声を聞いた』とか『成すべきことができた』とか書いてあったのニャ」


 神の声か。たしかに偶然とは思えない。そうなると、前ギルドマスターは、自称ガルナラーヴァの声に従って失踪したことになる。成すべきことって?


「死都……」


 ポツリと呟いたのはハルファだった。

 死都。それは、ガロンドの地下水路で邪教徒の男が語った言葉だ。あの男の目的は王都全域のダンジョン化し、強者だけが生き残れる都市――死都を作ることだった。強者を選別するのが目的なのかと思ったけど、魔物を倒してレベルを上げさせることが目的だったとすれば、今回の話とも合致する。


「特殊個体の研究をしていた男か。符合したな」


 ローウェルがうんざりとした口調で言葉を繋いだ。

 まあ、そうだよね。青竜の特殊個体である邪竜、そして強制的に試練を課すような目的。地下水路で僕たちが対峙したあいつがゴドフィーだった可能性は高い気がする。


 なんだかとんでもないことになってきたなぁ。

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