死都

 地下水路に入ってから三つ目の下り階段に降りると、明らかに階層の様子が変わった。水路が消えて、石造の壁や床には不自然なひび割れが走っている。そのひび割れからは薄っすらと赤い光が漏れ、脈動するように明滅を繰り返しているんだ。不気味な空間だった。


 階段から真っ直ぐに伸びる廊下の先は重厚な扉によって塞がれている。ダンジョンに入ってから初めての扉だった。そして、この先が禍々しい空気の出所だ。これだけ近づけば嫌でもわかる。


「核があるのはこの部屋?」

「うん。間違いないと思う」


 ハルファに確認をとると、しっかりとした答えが返ってきた。他のみんなの士気も高い。禍々しい空気に飲まれてはいないようだ。〈鎮めのうた〉が効いているのかもね。




 勢いよく扉を開け放つと、そこには天井の高い大広間といった空間が広がっていた。その奥で、黒衣の男がこちらに背を向けて座っている。


「予想よりも早いな。運命神が手を打ったか……」


 男がゆっくりと振り返る。服装はどことなく教会の神父を彷彿とさせるデザインだ。邪教徒にも司教とかそういうポジションがあるのかな。


 男の背後には大きな壺のような物が置いてある。たぶん、ダンジョンに漏れ出す禍々しい空気はあれが生み出しているんだと思う。ハルファに視線を向けると、ハルファは肯定するように頷いた。あれが邪気を生み出すダンジョンの核みたいだ。


「ガルナラーヴァの信徒だな? ここで何をしている!」

「無論、主命を遂行しているところだ」


 レッセルが問うけれど、男はどこか飄々とした様子ではぐらかした。部屋には男以外にガルナラーヴァ側の戦力は見当たらない。だというのに、男には余裕が感じられる。


「それが何かを聞いている!」

「答える義理はないが……ガルナラーヴァ様のご意志を伝えるのも我々の務めか」


 男はそう言うと、大きく両手を広げた。そして、ゆっくりと諭すような声音でガルナラーヴァの意思とやらを語り出した。


「ガルナラーヴァ様はここに死都しとを築かれるおつもりだ」

「……何だそれは?」

「異形が溢れ、混沌が支配する試練の地。怯懦を捨て、剣を取り、屍を踏み越えた者だけが生き残る死の都。それが死都だ」


 ゆっくりとした身振りで訴えかけるように男は語る。まるで敬虔な信者が神の教えを諭すように。いや、実際に男は信仰に厚い信徒なのだろう。ただ、信仰を捧げる対象が邪神なんだ。僕たちからすれば、迷惑な話だけどね。


 それにもしても、死都か。やっぱり碌でもないこと企んでいたね。実現方法は問うまでもないかな。地下水路をダンジョン化できるってことは、王都ごとダンジョン化することもできるんだと思う。そうなれば、王都は混乱するだけでは済まない。多くの人が死に、二度と人が住めない危険な場所となるだろう。


「させないよ!」

「……運命神の巫女か。ではどうする?」


 ハルファを一瞥すると、男は一瞬だけ顔をしかめた。しかし、すぐに気味の悪い笑みを浮かべる。右手を左右に振りながら、言葉を続けた。


「ダンジョン化を止めるには核を破壊するしかない。だが、そうなればダンジョンは崩落するぞ。そうなるように細工はしてある。すでに地下水路の大部分はダンジョンに侵食されていることだろう。王都は崩落に飲み込まれる。そうなれば死都を築くよりも多くの死者が生まれるかもしれんぞ」


 男の言葉を信じるなら、核を破壊した場合、地下水路の消滅だけでは済まないようだ。それをあえて、王都全域をダンジョン化しようとするのは何故なんだろうか。そもそも、ガルナラーヴァとその信徒の狙いって何なのかな。まあ、良からぬことであるのは間違いなさそうだけど。


 ただ、運命神様のおかげで僕たちの元には『邪気転換炉』という対抗策がある。できれば目の前の男を無力化してから設置したかったけど、話を聞く限りあまり時間はなさそうだ。今のうちに設置した方がいいかもしれない。


 できるだけ目立たないように、こっそりと『邪気転換炉』を収納リングから取り出す。僕の背後に出せば、男からは見つけにくいだろう。


 と思ったんだけど――


「邪気の流れが途切れる……? なるほど、対抗手段は用意してきたか」


 さっそく動き始めた『邪気転換炉』が周囲の邪気を取り込むので、広間からの流出が止まったみたい。僕たちの目的を考えれば良いことなんだけど、そのせいであっさりと男に気付かれてしまった。


 それにしても、この男。言葉は淡々としているのに、やけに身振りが大きい。緩急があってわかりづらいけど、まるで何かを描いているようにも見える。


 ……なんだか嫌な予感がしてきたぞ!


「レッセル、あいつの動き、何かおかしいよ!」

「……っ! リーダー、動作発動だ!」


 僕の警告に反応したのは、『破邪の剣』の魔術師だった。

動作発動? 聞いたことがないけど、魔術師の彼が指摘したということは魔法の発動方法の一種なのかも。詠唱の代わりに動作で魔法を発動することができるってこと?


「チッ! この……!」


 レッセルが弾かれたように駆ける。疾風のように一瞬で距離を詰め、手にした剣で男に斬りかかった。男はよけることすらせずに、レッセルの一撃を受けた。動作発動というのを優先したんだろう。男の手振りは止まらない――いや、止まった!


「ぐっ……はは……ははは! もう遅い! 蓄えた邪気を使うことになるが、ここでお前らを潰せるなら些細なことよ」


 男の傷はおそらく致命傷。それでも、最後の魔法の発動には成功したみたいだ。男の身体が崩れ落ちると同時に、部屋の床に魔方陣が浮かび上がった。部屋の大きさの半分は占めるほど大きな魔方陣だ。おそらく、最初から仕込んであったんだろう。その発動の引き金となるのが、さっきの動作とため込んだ邪気だったんだ。


 強い光を放つ魔方陣の内側がまるで波打つかのように揺らぎ、その波間を切り裂くかのように何かが少しずつ、少しずつその姿を現す。


 歪に捻れた角、黒く艶やかな鱗。鋭い眼光に射貫かれるまでもなく、その姿を見ただけで身動きが取れなくなるような威風。この世界で最強と目される種族。


 この魔方陣は竜の召喚陣だったんだ!

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