大穴

 ともかく、目の前の脅威を排除しないといけない。幸い、通常のゴブリンはかなり数を減らしているから、数に圧殺されるような展開はなさそうだ。そういうわけで、ゼフィルもローウェルも積極的に攻撃に出るみたい。ただのゴブリンは相変わらずシロルに蹂躙されているからね。


「ハルファは歌を」

「わかった!」


 ゴブリン相手には使わなかった歌唱魔法を使って貰うことにする。ハルファの歌声があたりに響くと、明らかに身体が軽くなるのが分かった。〈すばやさのうた〉だ。


「おお、こりゃいいぜ!」


 ゼフィルは大きな剣を軽々と振り回して、ゴブリンジェネラルに斬りかかる。ブォンと響くスイング音が恐ろしい。しかし、そんな一撃をゴブリンジェネラルはしっかりと受け止めた。ジェネラルが扱うのも大剣。二振りの大剣がガツンガツンと音を立てぶつかり合う激しい攻防だ。


 もちろん、一対一の戦いではないので横やりが入る。コマンダー格のゴブリンがゼフィルの横合いから斬りかかろうとしたみたいだ。


 だけど、それは叶わない。いつの間にか後ろに回り込んだローウェルが一瞬で切り伏せた。バリバリと音を立てる剣は雷を纏っているようで、上位種とはいえどコマンダー程度では耐えられなかったみたいだ。ローウェルはそのまま、次のコマンダーへと標的を移している。


 僕はというと、ゴブリンリーダーを静かに仕留めている。シャドウハイディングの効果はすでに切れているけど、ゼフィルとゴブリンジェネラルの戦いが激しいせいか、僕は完全にノーマーク状態だ。おかげで、【影討ち】スキルも簡単に発動する。ゴブリンリーダーならば僕でも一撃必殺だ。


 うん、やっぱりローウェルたちの見立ては正しかったみたいだ。正直、ジェネラル以外はほとんど脅威にならない。ゴブリンの上位種は数を率いてこその脅威なんだろうなぁ。


 だけど、さすがにジェネラルは手強いね。ゼフィルも果敢に攻めているけど、決め手に欠けるみたい。まあ、〈すばやさのうた〉込みとはいえ、脅威度Bのジェネラルを一人で押さえ込んでいるんだから十分に凄いと思うけど。


「おいおいっ! 見てないでっ! 手伝っても、いいんだぜっ!」


 残りのゴブリンは全て片付いて、あとはジェネラル一体のみ。そんな状態になったので、ゼフィルの戦いぶりを眺めていたら、そんなことを言われた。もしかしたら、手出し無用かなと思ったんだけど、そんな戦闘狂じゃなかったみたい。


 ローウェルと視線を交えると、どうぞという風に目で合図された。仕方がない。僕が助太刀に入るか。こんなところで譲りあいの精神を発揮しても仕方がないからね。


 とはいえ、ジェネラルくらいになると、たぶん僕の短剣じゃ威力不足なんだよね。上位種になると、どういうわけか皮膚が硬くなってダメージが通りにくくなるんだ。まあ、無傷じゃないなら気を逸らすことくらいはできるだろうけど。


 シャドウハイディングをかけ直して、ジェネラルに背後から近づく。さすがのゼフィルとジェネラルも大剣を振りながら激しく移動したりはしない。基本的には足を止めての斬り合いだ。だから、こっそりと近づくのは結構簡単。


 ナイフの間合いに入っても、ジェネラルは僕に気が付かない。ここから首を狙いたいところだけど、ジェネラルは大柄な男性と同程度の背丈があるから僕だと背丈が足りないんだよね。だから、ここは膝裏を狙う。僕の背丈でも狙いやすいし、ここに衝撃を受けたらさすがに態勢を崩すだろうからね。


「ぐがぁぁっ!?」


 渾身の力を込めてナイフを突き刺す。思った以上の硬さに手が痺れそうだ。だけど、影討ちスキルの効果もあって、ジェネラルにもそれなりのダメージを与えたみたい。少なくとも攻撃を受けたジェネラルが叫び声を上げる程度には、ね。まあ、痛みへの悲鳴というよりも、気づかずに攻撃を受けたこと対する驚きの声だったのかもしれないけど。


 実際のところ、僕の一撃を受けたとはいえジェネラルはまだまだ健在。だけど、僕の役割はこれで終わりだ。いくら足を止めての斬り合いとはいえ、重たい一撃を繰り出し、受けるには自分の体重をしっかりと支える必要がある。膝に傷を負ったジェネラルの動きは目に見えて悪くなった。あとはゼフィルに任せれば大丈夫だろう。


 やはり、動きに精彩を欠いたジェネラルでは、ゼフィルの攻撃に対応できないみたいだ。受けに重点を置くことでどうにか凌いでいるが、受け損ねるのも時間の問題だろう。事実、その瞬間はすぐにやってきた。


「うおぉぉお!」


 ゼフィルの猛攻を受けきれず、ジェネラルは少し体勢を崩した。その隙をゼフィルは見逃さない。猛々しい叫び声とともに振り下ろした一撃はジェネラルの首元に命中。勢いのまま首をたたき切った。


 いやいや、ジェネラルの首を切り飛ばすってどんな威力!?


「相変わらずの馬鹿力だ。とてもCランクの戦闘力とは思えないな」


 そばにいたローウェルがぼそりと呟く。


 いやいや、ローウェルも大概だったよね! 雷を纏った剣でコマンダーをスパスパ斬り捨てたの、見たからね!


 そこに、ジェネラル戦を終えて呼吸を整えていたゼフィルもやってきた。


「トルト、お前凄いな! 対面で戦っていた俺も、お前の姿を見失ってたぜ! 不意打ちからの、あの一撃は怖えなぁ。ていうか、お前、加護は探索系って言ってなかったか? 詐欺じゃねえか!」

「そうだな。暗殺スタイルが板についていた。対人戦だと俺たちの中で一番厄介なタイプだ」


 え、僕もとんでも人間の仲間入りにするつもりなの?

 いやいや、二人に比べると普通の範疇だよ、たぶん。


 そんな風に話をしながら、周囲を見て回る。

 さすがに、もう生き残ったゴブリンはいないみたい。周りはゴブリンの死骸だらけだ。いやぁ、想定以上の数だったね。後片付けを考えると、憂鬱になるよ。この死骸、そのままにしておくわけにはいかないんだよね。ゾンビ化しちゃう可能性もあるし。


 というか、ゴブリンの数はやっぱりおかしい。こいつらは、全部、一つの建物から出てきたんだ。その建物は、周囲の他の建物と比べてちょっと大きくて立派。たぶん、元は村長宅かなんだと思う。だけど、元村長宅とはいえ、この数のゴブリンを収容できる広さはない。いったい、どういう絡繰りなんだろうか?


 疑問に思っていると、シロルがわふわふと鳴きながら駆け寄ってきた。僕たちが周囲を見回っている間、例の建物を偵察に行ってたんだけど、何かわかったのかな?


『おい、トルト! あの建物、床に穴が空いてたぞ! しかも、その穴……たぶんダンジョンだ!』


 ……なんだってぇ!?

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