壁の向こうに
朝が来て、みんなが起き出してきた。そのころには、ハルファもすっかり元気になっていて元通りだ。
朝食は、ホーンラビットの蒸し肉を薄切りにして葉野菜と一緒にクレープ生地で包んだものをだす。手軽に食べられて結構おいしいんだよね。まあ、それもこれも、調理技能のおかげなんだけど。この世界の食材にもだいぶ慣れてきたし、駆け出しの料理人くらいにはなれたんじゃないかな。でも、やっぱり前世のような料理を作るのは難しいんだ。調味料もなければ、便利な調理器具もないから。その辺りの知識が僕にはないから、料理革命とかはできないかも。
「さて、今日は第五階層の探索をやっていくぞ」
レイの言葉にみんなで気を引き締める。第五階層は、キグニルのダンジョンで中層と位置づけられる。冒険者としても、第五階層を探索するようになれば中堅ランクだと見なされるんだ。冒険者となって、まだ一月ほどの僕が中堅ランクと見なされるだなんて、不思議な感じだけどね。これはパーティーメンバーに恵まれたんだと思う。実際、駆け出しの頃からレイたちの実力は高かったからね。でも、ここからはそう簡単にはいかない。
ポイズンスパイダーやファイアリザード。不意を打たれたらパーティーが崩壊してもおかしくない。その上、罠も警戒しなければならないんだ。精神的な疲労は大きい。万全な状態を保つためにも、割と頻繁に休憩をとるようにしている。
「いや、それにしてもトルトの幸運はすさまじいな」
休憩中、ドルガさんが言った。おそらく、道中の宝箱のことを言ってるんだと思う。
「……そうだな。感覚が麻痺してきたが、これは普通じゃないよな」
「ああ、うん。昨日と今日はわりと控えめだと思ったけど、これでも普通は良い結果なのよね」
「でも、まだ魔道具が出てないよ~。ガッカリだよ」
『宝箱からは、あんまり食べ物が出ないんだな。僕もガッカリだぞ』
「見たことがないものばかりだから、私は楽しいよ」
昨日、今日で手に入れたアイテムは、金のインゴット、上級治癒ポーション、銀の食器セット、特に魔法効果のない装飾品が幾つかだ。装備品や魔道具がなかったので、僕らとしてはあんまりぱっとしない印象だけど、売れば間違いなく一財産にはなる。
「坊ちゃんらの感覚はだいぶ狂ってますよ……」
ドルガさんが呆れた目でそう言った。言葉はレイたちに向けられているはずなのに、何故か視線の先にいるのは僕だ。僕は何も言ってないのにっ!
ただ、僕の幸運値がちょっとおかしい自覚はあるので、無駄な抗弁はしないでおく。
「もし、銘酒とかが出たら俺に譲ってくれよ」
うわ、子供にたかるダメおじさんがいるぞ!
まあ、今回のことを含め、お世話になっているから譲るのはいいんだけど。
『なんだそれ? なんだか美味しい物の気がするな! 僕も欲しいぞ!』
ダメです! シロルにはまだ早い!
いや、そもそもまだ手に入ってもいないからね。
休憩を終えた僕たちは探索を再開した。たびたび魔物には遭遇する以外には特筆することもない。それでも虱潰しに探索していくと、行き止まりになった通路の終点で宝箱を見つけた。
「酒出ろ! 酒出ろ!」
「魔道具が出ますように~!」
『食べ物! 食べ物が欲しいぞ!』
垂れ流される欲望を聞き流しながら、僕は慎重に宝箱を調べる。パッと見てわかる仕掛けはない。鍵穴を覗いても特に仕掛けはなさそうだ。たぶん、物理的な罠はないと思う。でも――
「<ディテクト・マジック>」
僕は魔力関知の魔法を唱えた。魔法的な罠を警戒したんだ。第五階層からは宝箱に魔法罠が仕掛けられていることがある。
予想通り、宝箱からは小さな魔力反応がある。<ディテクト・マジック>では罠の種類までを見破ることはできないんだけど、魔力反応の大きさとダンジョンの情報とを照らし合わせれば、なんとなくは罠の種類を判別することはできる。
「たぶん、
「魔法罠か。トルトには解除できない類いの罠なんだよな?」
「そうだね。あ、ルーンブレイカーがあれば解除できたのかも」
レイの言う通り、僕は魔力罠を見つけることはできても解除はできないんだよね。付与された術式を破壊できるルーンブレイカーがあれば、罠も解除できると思うけど、あれはギルドマスターに託したままだ。つまり、今の僕たちに罠を解除する方法はないってこと。
「宝箱の罠解除にルーンブレイカーを使うって発想がなぁ……。あれはそんなに気軽に使うアイテムじゃないはずなんだが……」
ドルガさんが額を手で覆って、ぶつくさ言っている。
まあ、ルーンブレイカーって、国とかが厳重に管理するアイテムらしいからね。でも、持ってたら使うんじゃない?
「
「ああ、えっとね――」
ドルガさんは放っておいて、ハルファに罠の説明する。
「だったら、このまま開けても大丈夫なんじゃない?」
「まあ、そうかもね」
とはいえ、宝箱に仕掛けられた罠が絶対に
みんなと相談の上で、宝箱は開けてみることにした。みんなが
突如、けたたましい警報音が鳴り響いた。狭い通路だから、反響がすごくて耳が痛い。
魔物の出現を警戒して周囲を見回すけど、なぜだか何も現れない。そのまま何の変化も起こらないまま、しばらくして警報音もやんでしまった。
「何も現れないね?」
「そうだな」
僕とレイは顔を見合わせた。罠は確かに発動したはずなのに、魔物が現れない。こんなことってあるんだろうか。
「おお、酒じゃないか! おい、トルト、ルーペを貸してくれ!」
僕たちが真面目に話しているというのに、おじさんが大はしゃぎしている。宝箱の中味が、お酒だったみたいだ。ドルガさんにとってはこの階層の魔物なんて脅威を感じないのかもしれないけど、もう少し危機感を持って欲しいよね。
仕方なく鑑定ルーペを貸してあげる。お酒の鑑定をしたドルガさんは、目を瞠ったあと、がっくりと肩を落とした。
「違う、そうじゃない。もっと普通の酒で良かったんだよ。こんなもん、軽々しく飲めないじゃないか」
どうやらお酒は貴重なアイテムだったみたいだ。僕も鑑定してみたら、『生命の霊酒』というアイテムだった。効果は使用者の生命力と回復量を飛躍的に増強するというもの。一時的な効果だけどね。でも、晩酌で気軽に消費するにはもったいないアイテムだ。結局、レイの判断でドルガさんへの進呈は見送られた。
『んん? なんだかこの壁の向こうから物音がするぞ?』
不意にシロルがそんなことを言い出した。
壁の向こう。それは地図には記載のない領域だ。もしかして、さっきの
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