星空はないけれど
寄り道が長くなってきたので、本日は二話投稿。
こちらは二話目です。
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ギルドマスターと面会した日から二週間ほどが経過した。あの日は第三階層を探索し始めた日だったので、それから、第三階層、第四階層と地図を頼りに探索してみたけど……隠し通路や隠し部屋らしきものはまだ見つかっていない。もしかしたら、見落としているだけかもしれないけどね。確実に見つける方法はないんだから、どうしようもない。
そして、今日。僕たちはついに第五階層へと足を踏み入れた。今は第五階層の入り口付近。ここが本日のキャンプ地となる。僕たちの他にも幾組かの冒険者パーティーが野営の準備をしているね。暗黙の了解として、ダンジョンでは階層の入り口もしくは出口付近で野営をすることになっているんだ。魔物は夜でも構わず襲ってくるので野営の人手を確保するために固まって夜を過ごすんだって。とはいえ、パーティー間で連携するほどではなく、夜襲があったときに声をかける程度の緩やかな協力だ。また、固まって過ごすのは相互監視でもある。冒険者を襲う不良冒険者が行動を起こしにくいように固まっておこうということだね。
「今日はここで野営をすることになる。ドルガ、何かあるか」
「準備はしてあるんでしょう? 坊ちゃんたちなら騒ぎを起こすわけでもなし、普段通りで大丈夫ですよ。ああ、見張りの組み合わせだけは決めておいた方がいいでしょうね」
今回、第五階層を探索するにあたって、ドルガさんがついてきてくれた。第五階層以降は疫呪の黒狼が目撃されているから、護衛みたいな感じかな。僕たちのパーティーにはレイもいるし、慈雨の祈石の探索については一応期待されているからね。僕たちの実力だと、黒狼を相手するには心許ないから、ドルガさんが協力してくれるのはありがたい。
問題の黒狼だけど、被害は続いている。遭遇して手傷を負い病気のような症状に苦しむ冒険者の数は増えているし、おそらくは襲われて人知れず命を失った冒険者もいるんじゃないかな。
「じゃあ、天幕を出すよ。この当たりでいいかな」
「いいんじゃないかしら」
野営にあたっては天幕を用意している。ダンジョンの野営だから、どうしても必要というわけじゃないけど、収納リングで荷物の運搬には余裕があるからね。他の冒険者もいるわけだし、天幕があったほうが落ち着いて休める。それに見張りは灯りを使うから、灯りを遮る物がないと少し寝づらい。
夜間は二人組の三交代制で見張りをする予定だ。一組目がミルとサリィ。二組目がレイとドルガさん。そして最後の組が僕とハルファになった。僕とハルファの年少組で組むのもどうかと思うんだけど、僕たち以外にも複数の冒険者がいるのでそれほど危険があるわけじゃないからね。まあ大丈夫かということで、こういう組み合わせになった。
野営で寝付けるかどうかはちょっと心配だったけど、何の問題もなかった。僕も図太くなったものだね。気がつけば、僕らが見張り役となる時間だ。
カンテラの火が薄らと周囲を照らす中、僕とハルファは隣合わせに座っていた。なんとなく上を見やると、目に映るのは星々ではなく、ダンジョンの天井だ。それでも、揺らめく炎が影を踊らせ、幻想的な光景を作り出している。
ふと、ハルファが僕の外套の端を握った。なんだか、ずいぶんと久しぶりな気がする。と言っても、ハルファと出会ってまだ一月と経っていないけどね。
「トルトはさ。寂しくない?」
ぽつりとしたハルファの呟き。そう言う彼女こそ寂しいんだと思う。だけど、それは無理もないことだ。十二歳にして家族と引き離されて見知らぬ街で過ごすことを余儀なくされている。しかも、周りには他種族しかいない。この状況で寂しさを感じるなという方が無理だ。
パーティーメンバーとはうまくやっているし、ミルとサリィとは特に仲良く見える。けれども、ハルファは孤独を感じているんだろうと思う。そして、そんなときに彼女は僕の外套の端を握るんだ。たぶんね。
ハルファはみんなと仲良くやれているけど、それでも僕が一番懐かれていると思う。それはきっと、僕がハルファと同じ境遇だからだろう。僕だけが孤独を共有できると、無意識にそう考えているのかもしれない。
僕はどうだろうか。
僕の場合、ハルファと違って口減らしのために売られているので、そもそも故郷に戻るという選択肢はない。それに、前世の記憶がよみがえったせいか、それほど故郷の家族を思う気持ちもあまり湧かない。
そういう意味では僕こそ孤独なのかもしれない。家族と思える存在がいないし、前世の記憶もあってか、どうも自分を浮いた存在だと思うことがある。
もちろん、僕にはシロルやハルファ、レイたちもいる。自分の境遇を考えれば恵まれた環境にいるなと思う。ただ、ハルファの孤独に共感する僕もいるんだ。
そのせいか、どうもハルファを放っておけないんだよね。いつかの彼女の言い間違いではないけど、ハルファが故郷に戻るまでは兄みたいな存在としてハルファを支えてあげられたらなと思う。
「ハルファやシロル、レイたちもいるからね。僕は平気だよ」
「そっか」
ハルファはどう言って欲しかったのかな。自分が感じている孤独を共有して欲しかったのか。それとも、いつか寂しさは乗り越えられるという希望が欲しかったのか。僕にはちょっとわからないけど。
僕にできるのは、できるだけハルファの寂しさを和らげてあげること。
「もしハルファが寂しいなら、僕のこと、お兄ちゃんって呼んでもいいからね」
「も、もう止めてよ! あれは言い間違いだって」
ハルファが外套を握る手を離し、拳を振り上げるポーズをする。ちょっとからかいすぎたかな。声が大きくなってる。
「ごめんごめん。ちょっと静かにね」
「もう……! トルトが変なことを言うからでしょ」
「ごめんよ。でも、困ったり辛かったりしたら頼ってくれていいからね。ハルファが故郷に戻れるまではそばにいるから。お兄ちゃんはともかく、故郷に戻れるまでは、僕がハルファの家族だよ」
「なにそれ。……でも、うん。ありがとう」
小さく呟くと、ハルファは再び、僕の外套をぎゅっと握った。
頼りない僕でも、ハルファを少しは支えることができたら、うれしいんだけどね。
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