発酵の民
『トルト、ダメだぞ! 食べ物を粗末にしてはダメだ!』
「いや違うんだよ、シロル。これは必要なことなんだ」
『そんなわけないぞ。食べ物は腐ったら食べられなくなるんだ』
「腐らせるんじゃないんだ。発酵させるんだよ」
僕とシロルは山猫亭の裏にある敷地で言い合いをしていた。
今日はダンジョン探索が休みの日だ。このときを待っていた僕は〈ディコンポジション〉の魔法を試す気でいた。そう、先日宝箱から入手したスクロールは僕が貰ったんだ。あんまりイメージのいい魔法じゃないし、戦闘で有用な魔法でもないから不思議がられたけど、売ったって大した値段がつくわけじゃないから問題なく譲り受けることが出来た。
事前にスクロールを使って魔法を習得した僕は、わくわくで発酵食品づくりにチャレンジしようと思っていたんだけど、それをシロルに見咎められちゃったんだよね。発酵のことを知らなければ、食べ物をただ腐らせようと思われても仕方がないけど。
「トルトにシロルも。そんなところで何やってるの?」
『おお、ハルファ、いいところに! トルトを止めて欲しいんだ』
ちょっと騒ぎすぎたのか、ハルファが様子を見にやってきたみたいだ。シロルがハルファを仲間に引き込もうとしている。そうはさせるものか!
「違うんだよ、ハルファ。僕は美味しい食べ物を作るために実験をしているんだ」
『嘘だぞ! トルトは食べ物を腐らせようとしているんだ!』
僕が必死に説明しようとしているのに、シロルが言葉を被せて妨害してくる。ぐぬぬ。
そんな僕たちを不思議そうに見たあと、ハルファが僕の用意した鍋を覗く。茹でた豆の入った鍋だ。大豆によく似た……というか違いがわからないから僕は大豆だと思っているけど、とにかくこの世界ではよく食べられている豆だ。
「豆を腐らせる……? わかった、納豆でしょ!」
『知っているのか、ハルファ!?』
ハルファから意外な言葉が飛び出してきた。シロルが驚いているけど、僕も驚いた。まさか、納豆を知っているなんて。
「ハルファは納豆を知ってるの?」
「もちろん。翼人の里ではよく食べてたよ。キグニルに来てからは見かけないから、翼人以外は食べないのかと思ってた」
よ、翼人の里ではよく食べられてるんだ、納豆……。
頭にわっかがあれば天使みたいな姿なのに、イメージと違うなぁ。
でも、納豆があるってことは、発酵はできるってことだ。元の世界と同じような菌がいるとは限らないから、どんなに頑張っても成功しない可能性もあると思っていた。だけど、少なくとも納豆菌っぽい何かがいるのは間違いないみたい。僕の作ろうとしているのは納豆じゃないから別の菌が必要だけど、成功例があると気持ちも楽だね。
『く、腐った豆を食べるのか……!?』
「いや、だから腐らせるんじゃなくて、発酵させるんだよ」
『むぅ……? 発酵……』
僕の言葉に聞く耳を持たなかったシロルも、ハルファという伏兵を前にして心が揺らいでいるようだ。ここで一気に畳みかけないと!
「そう、発酵だよ! 特定の条件を満たすと、食べ物は腐らずに発酵するんだ。そうすると、シロルが食べたことがないような食べ物に変わるんだよ」
『そ、そうなのか……?』
おお、いいぞ。シロルが少しずつ信じ始めている。
本当は腐敗も発酵も、原因となる菌が違うだけで同じ現象なんだけど、まあそこは嘘も方便ということにしておこう。重要なのは美味しい物が出来るかも、ってところだからね。
「納豆じゃないなら、何を作るの?」
おっと、ハルファが食いついてきたぞ。さすが納豆の民。
「僕が作りたいのは、醤油か味噌だよ。ハルファは知らない?」
「あ、知ってるよ! そっか、お醤油もお味噌も豆から作るんだっけ」
なんと!?
醤油と味噌まであるの?
すごいぞ、翼人。発酵の民と呼ぼう。ハルファを送り届けるためだけじゃなくて、食の探求という意味でも翼人の里を探したくなってきたよ!
「そうなんだよ。でも、詳しく作り方を知っているわけじゃないから、試行錯誤の必要があるけどね。ハルファは作り方、知ってる?」
「ううん。詳しくは知らないよ……」
「そっかぁ。じゃあ、やっぱり色々と試してみないとダメかな」
醤油とか味噌を作るのに大豆と塩とコウジカビが必要なのは知ってるんだけど、それ以上は知らない。ひとまず、茹でた豆をつぶして塩を混ぜた。コウジカビはよくわからないけど、米麹とか麦麹とか聞いたことがあるので試しに小麦粉も混ぜてみた。意味があるかどうかはわからないけどね。
複数回実験を行うために、原料の塊は幾つかに分けて、それぞれ用意した壺に入れた。まず一つ目の壺に対して、〈ディコンポジション〉を使用する。
そうしてできあがったのは、なんだか緑色のぐちゃっとした物体だった。
『これを食べるのか!?』
「ち、ちがうよ! これは失敗作!」
残念ながら、初回はうまくいかなかった。やっぱり、コウジカビが必要なのかな。小麦粉をいれるだけじゃダメか。魔法なんだから、そのあたりうまくやってくれればいいのに。いや、もしかしたら僕のイメージ力が足りないだけかも。
よし、気持ちを切り替えて次だ。今度は醤油をイメージして魔法を使う。
醤油できろ、醤油できろ!
そんな風に念じながら魔法を使うと、さっきとは明らかに様子が違っていた。原料の塊から茶褐色っぽい液体が滲んでいる。もしかして、成功した……?
試しに液体を指で掬ってみる。うん、色はなんとなく醤油っぽい。
これ、そのまま舐めても良いのかな。たしか、加熱処理とかしてた気がする。でも、
ぺろりと指を舐める。しょっぱいけど、それだけじゃない。独特の旨味がある。ちょっと癖があって品質が良いとは言えないけど、間違いなくこれは醤油だ!
「トルト、どうだったの? お醤油はできてた?」
ハルファが興味津々で聞いてくる。故郷の味みたいだし、気になるんだろうね。せっかくだから、ハルファにも試してもらおう。できあがった醤油を別の容器に移して、それにも〈クリーン〉をかけておく。
「一応、できたと思うんだけど。試してみて」
容器をハルファに差し出す。ハルファは中を少し観察して、僕と同じように指で掬って舐めた。
「うん、たしかにお醤油だね! ちょっと味が違うけど……」
「それはそうだろうね。僕の理想とも違うし……。イメージ力が足りないのかな?」
「うーん、それもあるかもしれないけど。トルトはまだ、その魔法を覚えたばかりなんでしょう? 闇魔法のレベルも低いんじゃないの?」
あ、なるほど!
たしかに、覚えたばかりだから、たぶん闇魔法のレベルはまだ1だ。この状態だと、いくらイメージしても腕前不足で実現できない可能性もあるね。そういうことなら、レベル上げにいそしまないと。〈ディコンポジション〉は戦闘では使いにくいから、別の魔法がいいかな。あとで魔術師ギルドで使いやすそうなスクロールを探してみよう!
そんな風に考えていると――
『醤油……。美味しいのか? 僕も舐めるぞ!』
僕とハルファの反応を見て、シロルも醤油に興味を持ったようだ。シロルは念動で醤油の容器を自分の近くまで運ぶと、その中身を思いっきりぺろっと舐めた!
『うわぁ! しょっぱいぞ! なんだこれ! 水をくれー!』
食い意地が張ってるから、そんなことになるんだよ……。
仕方なく〈クリエイト・ウォーター〉で水を出してあげる。こんなことで醤油を嫌いになられたらもったいないので、今度、醤油を使って、何か作ってあげよう。調味料が増えると、選択肢が広がるね!
――――――――――――――――――――――
名 前:トルト
種 族:普人
年 齢:12
レベル:8 [5up]
生命力:51/51 [26up]
マナ量:35/47 [25up]
筋 力:22 [12up]
体 力:26 [14up]
敏 捷:36 [17up]
器 用:46 [23up]
魔 力:42 [22up]
精 神:34 [17up]
幸 運:117 [3up]
加護:
【職業神の加護・迷宮探索士】
スキル:
【運命神の微笑み】【短剣Lv11】[6up]
【影討ちLv6】[5up]【投擲Lv2】[new]
【解錠Lv8】[2up]【罠解除Lv8】[2up]
【方向感覚Lv4】[2up]【調理Lv4】[new]
【光魔法Lv6】[4up] 【水魔法Lv5】[new]
【闇魔法Lv2】[new]【無属性魔法Lv1】[new]
特 性:
【調理の才能 Lv1】【強運】【器用な指先 Lv1】
【魔法の素養 Lv2】
魔法:
〈クリーン〉〈ファーストエイド〉
〈クリエイト・ウォーター〉[new]
〈デハイドレイト〉[new]
〈ディコンポジション〉[new]
〈ディテクト・マジック〉[new]
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