蟹ハンター

「よし、蟹だー!」

『おお、蟹か! 美味しい奴だな!』


 栄光の階は第三階層を探索中だ。その途中で遭遇したのはジャイアントクラブ。その数は四。第三階層ではよく遭遇する魔物で、僕たちにとっては美味しい獲物でもある。


「トルト、シロル。慣れた相手でも油断はするなよ」

「うん、わかってる」

『了解だぞ!』


 ちょっとテンションが上がってはしゃいでしまった。レイの言うとおり、油断は禁物。戦い慣れた相手とはいえ、あの大きなハサミの一撃をくらえば、怪我は免れないんだから。


 とはいえ、油断さえしなければ、ジャイアントクラブは怖い相手じゃない。初遭遇のときには、有効な攻撃をできるのがサリィくらいだったけど、今ではシロルの雷撃もあるし、僕の魔法もある。


 サリィが先制のフレイムウィップでジャイアントクラブを一匹仕留めた。シロルも雷撃で一匹を攻撃。一撃で倒すには至らないけど、かなりのダメージを与えたみたいだ。


 僕は、レイがひきつけている大蟹の後ろに回り込んで、その頑丈な甲羅に手を当てた。


「〈デハイドレイト〉」


 新しく覚えた魔法を使う。効果は脱水。手で触れた対象から水分を奪う、なかなかえげつない魔法だ。この魔法の最大のメリットは、硬くて頑丈な相手でも確実にダメージを与えられること。僕のような短剣使いはジャイアントクラブみたいな硬い敵は苦手だから、そういうタイプの魔物を相手にするときには便利な魔法だ。威力のわりにマナ消費が控えめなのもグッド。


 とはいえ、攻撃用の魔法としてはあんまり人気がないんだよね。何故なら、手で触れないと効果を発揮できないから。サリィみたいな純粋な魔法使いは、前に出て敵と戦うなんてことは基本的にしないからね。


 実は僕も攻撃用じゃなくて、調理用のつもりで覚えたんだ。ドライフルーツとかジャーキーとか作れないかなと思って。残念ながら、そちらはまだ試せてないんだよね。時間があれば、是非チャレンジしてみたい。


 そんなことを考えている間に、脱水でカラカラになったジャイアントクラブは息絶えて消えた。ジャイアントクラブ相手なら、五秒間くらいってところかな。


 残る蟹も、シロルとサリィが倒したようだ。あっという間に片付いたね。マナは消費してしまうけど、ジャイアントクラブは僕たちにとって倒しやすい魔物だ。まあ、ミルとハルファは少し不満げだけど。


「アタシのやることがなかったわ」

「私も。矢は弾かれちゃうから」


 ジャイアントクラブの甲羅は硬いからね。下手に切りつけたら、刃こぼれしかねない。他に攻撃手段がないならともかく、そうでないなら剣での攻撃は避けた方が無難だ。ハルファには歌唱魔法という手段もあるけど、倒すのに苦労しない相手だからわざわざ使う必要もないだよね。だから、魔物がジャイアントクラブだけだと、ミルとハルファは暇になっちゃうみたい。


「でも、蟹は好きでしょ?」

「まあ、食べるにはいいわよね」

「おいしいよね」


 そう、ジャイアンクラブのドロップには蟹肉があるんだ。基本的には甲羅をドロップするんだけど、ときどき足の部位を落とすことがあって、その中にはぎっしりと身が詰まっている。これが美味しいんだよね。


 調理方法はシンプルに茹で蟹か焼き蟹でいい。殻で出汁をとった麦粥にほぐした身を入れるのもいいね。みんなにも好評で、特に僕とシロルは気に入っている。最近では、ジャイアントクラブを見かけると、よだれが溢れてくるんだよね。戦闘前に気を引き締めないと大変なことになっちゃうよ。


『トルト、蟹足あったぞ! 二つだ!』

「ありがとう、シロル。ストックも結構たまってきたかな」


 ここ最近は第三階層の探索が続いていたから、収納リングには蟹足も結構たまってきている。ジャイアントクラブの足は大きいから、一本でもかなりの量があるからね。しばらく蟹には困らないだろう。


「よし、片付いたな。サリィ、探索の状況は?」

「ちょっと待ってね。……うん、さっきの分岐まで戻って別の通路を探索したら、この辺りの探索は終わりかな」


 慈雨の祈石を探すために、地図を頼りに虱潰しに探しているけれど、隠し通路の類いは見つかっていない。代わりに宝箱は結構見つけたけどね。階層間を最短で抜けるルートは多くの冒険者が通るから、宝箱がポップしても誰かが見つけて開けてしまう。でも、行き止まりルートなんかは、わざわざ探索しにくる冒険者も少ないので、宝箱が残っていることが多いみたい。


 僕たちはサリィの案内にしたがって通路を戻り別の分岐まで戻ってきた。そこから、未探索の通路を進む。特に何事もなく、魔物に出会うことすらなく、あっさりと終点までたどり着いた。行き止まりには、運良くまた宝箱だ。


「魔道具! 魔道具が入っていますように~!」

『僕は食べ物がいいぞ! トルト、食べ物を出してくれ!』


 サリィはともかく、シロルは無茶苦茶なことを言っている。たしかに、宝箱を開けるのは僕だけど、入っているものを決めているわけじゃないんだから、どうしようもないよ。


 ささっと罠を確かめる。ガス系の罠だね。失敗すると厄介な奴だ。一応、みんなには距離を取って貰い、僕は口元に布を当ててから罠解除にあたる。まあ、この程度の罠なら発動させてしまうことはないと思うけど。


 うん、うまくいった。罠も解除して、宝箱の解錠も成功だ。中に入っていたのは――


「魔法のスクロールか」


 入っていたのは二枚のスクロールだ。鑑定してみると一枚は〈アイスコフィン〉、もう一枚は〈ディコンポジション〉だった。


 〈アイスコフィン〉は氷の棺で敵を閉じ込める水の中級魔法だ。このスクロールはサリィが使うことになった。こういう戦闘能力の向上に関わるアイテムに関しては、パーティーの戦力アップにも繋がるので、個人買い取りとかなしで使える人が使うって感じになっているんだ。


 それで、もう一枚のスクロールの〈ディコンポジション〉だけど、これは対象を腐敗させる闇魔法。腐敗した傷は治癒魔法でも回復が難しいんだ。悪魔系の魔物が使ってくることがあるみたいで、敵が使ってくると厄介な魔法だ。だけど、使える魔法かと言われると正直微妙なんだよね。治癒阻害の損傷を与えるといっても威力自体はたいしたことない。討伐を考えるなら、普通の攻撃魔法の方がよほど効率的なんだ。それに、ダンジョンならともかく、外で魔物を退治するときにこの魔法を使うと、素材がダメになってしまう。冒険者にとって魔物の素材は収入の大きな柱だから、そうなると大きな痛手だ。


 そんなわけで、〈ディコンポジション〉はよく知られている魔法の中でもトップクラスの不人気魔法。人族の使い手はほとんどいないし、魔術師ギルドにもスクロールは売っていない。だけど、僕にとっては期待できる魔法だ。だって、腐敗ってことは、うまく制御できれば発酵もできるかもしれないよね?


 これは発酵食品に手を出すチャンスだと思うんだよね!

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