ボス部屋……?
その扉を僕のお世辞にも豊富とは言えない語彙力で表現するなら、ボス部屋前、かな。
両開きの大きな扉はなかなか圧迫感がある。扉の前には柱みたいな篝火台がおいてあって、近づいたら勝手に明かりが灯った。ゲームとかではありがちな演出だけど、実際に体験するとビクッとするよね。一人だったら間違いなく悲鳴を上げてた。
ちなみにボス部屋という概念は、この世界にもあるみたい。ダンジョンの区切りの階層には、強いモンスターが行く手を阻んでいることがある。そのモンスターをボスと呼んでいるみたいだ。まあ、ゲームとかとほとんど変わらない。
だけど、ダンジョンにとってはボスだろうと魔物には変わらないみたいで、わりと頻度にリポップする。
つまり、この先がボス部屋なら、ここが未探索領域であろうとなかろうと、ほぼ確実にボスがいることになる。
「どうしようか?」
みんなに問いかけてみる。
ボスといえば同階層の魔物とは比較にならない強さがあるものだ。僕らにとって、第三階層の魔物はそれなりに余裕をもって倒せる相手だけど、ボスが相手だとそうもいかない可能性がある。
「俺は挑戦してみたい」
レイがニヤリと笑って言う。
未探索かもしれない区域のボス部屋だもんね。その先にどんな発見があるのか、ワクワクする気持ちもよくわかる。
「挑むにしても、今すぐである必要はないと思うわよ」
というのはミルの意見。サリィも頷いている。これは、レイの積極姿勢とバランスをとるために敢えて出した意見かな。ミル本人としては、たぶん、挑戦してみたいと思っている気がする。少し興奮した様子で扉をチラチラと見ているからね。サリィの方が冷静なのはちょっと珍しい気がする。
さて、残すは僕とハルファの意見。ハルファに目配せすると、彼女は小首を傾げた。
「私はよくわかんないけど、みんなとなら、なんとかなるじゃないかな?」
成り行きで冒険者になったハルファは、冒険者になって日も浅いこともあって、ダンジョンに関する知識をほとんどない。だから、ちょっとフワッとした意見になるのは仕方がない。
だけど、言ってることは概ね僕も同意見だ。第三階層の魔物を見る限り、ボスでも手に負えないって程ではないと思う。
「消耗品に不足もないし余力も十分だから、後日にする必要はあまりないかもね」
最後に僕の意見も付け足しておく。
収納リングがあるから、回復アイテムなんかを余裕をもって用意しておけるのが僕らの強みだ。そもそも、第三階層でも僕らには余力があるので、消耗品はほとんど使っていない。
結局、誰の口からも明確な反対は出なかった。あとはレイがリーダーとして決断するだけだ。
「よし、それならここで小休止をとったあと、扉の向こうに挑む。十中八九、ボス部屋だと思うから、油断するなよ」
レイの言葉に、僕たちはそれぞれの言葉で了承した。
■
両開きの扉に力を込めて押すと、ゴゴゴゴと重々しい音を響かせてひとりでに開き始めた。
部屋の中は暗く、奥まで見通すことはできない。カンテラの灯りもサリィの〈フローティングライト〉の魔法も闇に吸い込まれるように減衰し、ごく近くの足元を照らすだけだ。
僕たちは慎重に部屋の中へと足を踏み入れた。背後で大きな音がする。扉が閉まったみたいだ。逃げ道を断たれたわけだけど……大丈夫。それは想定済みだ。
不意に闇が晴れた。光源はよくわかないけど、部屋中が照らされ、視界が一気に広がる。
部屋は思ってたよりもずいぶんと広い。端から端まで走ったら、全力でも十秒以上はかかりそうだ。
部屋の中央で、白い獣が僕たちをジロリと睨みつけていた。似ている動物で言えば狼か犬かってところだけど、頭から一本の角が生えてるし、とても大きい。座った状態で、僕の背丈の二倍はありそうだ。
率直に言えば、すっごい強そう。冒険者になってから対峙したどの魔物とも、比較にならないほどの威圧感だ。匹敵するとしたら、僕が違法奴隷のころに遭遇した、あの魔物――僕の片目を奪った不気味な黒狼くらいかな。
もっとも印象はだいぶ違う。あの黒狼は怖気を誘う禍々しさを纏っていた。こちらの獣は猛々しさはあるけど、黒狼のように嫌悪感を呼び起こしたりはしない。むしろ、神聖な存在に思えるような凛々しさがある。まあ、色のイメージもあるかもしれないけどね。
「まずいな」
「そうね。完全に予想外だったわ」
レイとミルが短く言葉を交わす。
二人と言葉通り僕たちの置かれた状況は極めて悪い。知識にない魔物の強さを正確に推し量ることなんてできないけど、それでもあの獣は格が違う。今の僕たちではまともに対抗するのも難しいだろう。
「サリィ、ハルファ、扉は?」
「やっぱり、駄目みたい!」
「ビクともしないよ」
扉の様子を確かめていた後ろの二人に確認してみたけど、返ってきた言葉は芳しくない。とはいえ、ボス部屋はそういうものらしいからね。予想通りではある。
絶体絶命って感じの状況だけど、だからといって絶望はしていない。何故なら、いざというときの脱出用アイテムを持ってるからね。
「帰還クリスタル、使う?」
「そうだな、使おう」
僕が提案がすると、レイから即座に同意が返ってきた。
帰還クリスタルはダンジョン産のアイテム。どういう原理なのかはわからないけど、使うとダンジョンの入口に転移できる。魔物との距離が近いと発動に失敗するけど、あの獣との距離は十分にあるから、今なら使えるはずだ。
しかし、帰還クリスタルを使う前に、白い獣が行動を起こした。
巨体に見合った大きな口を思いっきり開いて――――
くわぁ~っと、空気が抜けるような音を漏らした。
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